第二十二話 市井の声
夜明け前の空がわずかに白み始めた頃、リヴィアは小さな帳簿を前に黙って座っていた。机の上には、今後の集会で扱う議題のメモと、各地区に送る案内文の草案が散らばっている。
「民の声を集めて、国を変えるなんて……本当に上手くいくの?」
椅子の背にもたれかかったルーファスが、心配そうに声を掛ける。だがその目は、慎重な探るような光を帯びていた。
リヴィアは静かに顔を上げると、言葉を選びながら答えた。
「それでも、始めるわ。民衆は怒りだけを抱えて生きているわけじゃない。彼らの生活を、望みを、未来を――国が聞いてこなかった声を、私たちが拾い上げるの」
その声は、激情でも涙でもなかった。ただ静かに、しかし確かな意志を秘めて響いた。
ルーファスはしばらく沈黙し、頬をかきながら息をついた。
「……驚いたよ。正直、僕にはそんな発想はなかった。拳を振るうことばかり考えてた」
彼は立ち上がり、リヴィアの横に来て苦笑を浮かべた。
「でも、いいね。誰も殺さずに国を変えようなんて――綺麗事だと思ってたけど、今は信じてみたくなったよ。姉さん、すごいね。自分じゃ、思いつきもしなかった」
その言葉に、リヴィアはほんの少しだけ微笑んだ。
「ありがとう、ルーファス。でもこれは私一人じゃできない。あなたの力も、仲間たちの声も、全部必要よ」
「……もちろん。姉さんの事は守るよ」
そう言ってルーファスは微笑んだ。
数日後、「声の集会」は革命軍が一時掌握した南部の村落で初めて開かれた。
雨除けの天幕の下に、農夫や職人、元兵士、亜人の女たち、商人崩れの中年男、かつて領主に仕えていた書記――身分も境遇も異なる人々が十数人、集められていた。
「ここでは誰でも、国に言いたいことを話して構いません。ただし、人を罵るのではなく、自分の想いを語ってください。それを記録し、まとめて次へ繋ぎます」
リヴィアが語りかけると、最初は沈黙が流れた。だが、ぽつぽつと口火が切られた。
「税の取り立てで、干ばつの年でも休みなく米を納めた。家族が飢えた」
「戦争の兵を出せと、村から若者がいなくなった。戻ってきたのは二人だけだ」
「亜人である私の子どもが街の学校に通うのを禁じられた」
語られる一つひとつの声が、重く響いた。それは怒りではなく、悲しみと、諦めと、それでも生きようとする願いだった。
会の終わりに、記録係がその場で話を読み上げた。皆が黙って聞くなか、リヴィアはその全てに頭を下げた。
「ありがとうございます。これは、私たちの最初の一歩です」
会を終えた後、見張りについていたルーファスが、会場を振り返ってぽつりとつぶやいた。
「……本当に始めたんだね。言葉で戦うってのを」
「ええ。終わらせないわよ。始まったばかりなんだから」
その言葉に、どこか無謀な強さが滲んでいた。




