第十九話 怒れる国の人たち
雨の季節が過ぎ、不満を持つ人々の寄せ集めである反乱軍の野営地には、焦げた鉄と血の匂いが染みついていた。
「また襲撃……ね……」
ルーファスの呟きに、リヴィアは唇を噛んだ。
反乱軍の一部が貴族の屋敷を焼き討ちにし、罪なき使用人まで手にかけたという報せが入ったばかりだった。
彼らの怒りは、正しい――けれど、このままではそれに飲まれてしまう。
リヴィアは野営地の中心に立ち、仲間たちの前に姿を現した。彼女を「宝石の姫君」と崇める者もいる。しかしその瞳に映るのは、神格化された偶像ではなく、一人の決意を抱いた少女だった。
「皆さん……剣を抜く前に、どうか、私の提案を聞いてほしいのです」
ざわめきが広がる。彼女は言葉を選びながら、続けた。
「私は、怒りが間違っているとは思いません。むしろ、あの城に座す者たちの無関心と搾取は、怒りに値します」
誰かが「だったら斬り捨てろ!」と叫んだ。
彼女はその声を無視せず、正面から受け止めるように頷いた。
「でも、それだけじゃ何も変わりません。怒りを剣に変えれば、憎しみの連鎖が生まれるだけです。だから私は、皆の怒りを“声”に変えたいのです」
彼女が提案したのは、“怒りの議会”と名付けた公開討論の場だった。
立場も出自も問わず、すべての者に発言権がある。ただし暴力と中傷は禁止。怒りは言葉で語られなければならない。
最初の議会の日、場は殺気に満ちていた。粗末なテントの中、剣を手放せぬ者もいた。罵声、怒号、血走った瞳。
その中で、リヴィアはただ座って聞いていた。
自分を罵る者の声にも、彼女は決して口を挟まなかった。
数日後、ある男が立ち上がった。
「俺の家族は、貴族のために死んだ。あいつらが飢えさせた! 俺の怒りは、ただ話して治まるもんじゃない!」
テントの空気が凍った。
だが、それに答えたのは別の女性だった。
彼女は子を背負いながら、涙声で言った。
「でも、あなたが貴族の子を殺せば、また別の誰かの怒りになります……それを繰り返したら、私たちは、何のために立ち上がったのですか?」
男はしばらく黙っていた。
そして、絞り出すように言った。
「……分からねぇ。でも、誰かに言えてよかった」
議会の空気が、初めて少しだけ柔らかくなった瞬間だった。
それから少しずつ、人々は話すようになった。
貧しさを語る者、失った家族の名を呼ぶ者、明日を語る者――。
“怒りの議会”は、次第にただの討論の場ではなく、新しい秩序の萌芽となっていった。
剣よりも先に、言葉を交わすという小さな約束が、革命軍の中に芽吹いたのだ。
リヴィアはその夜、ルーファスと共に焚き火の前に座っていた。
「ねえ、私……間違ってないよね?」
その問いに、弟は静かに笑った。
「姉さんが言葉で人を動かすのを、僕は初めて見たよ。誰かの怒りを否定しないで、でも未来を変えた。僕は間違ってないと思う」
焚き火が揺らめく。
リヴィアはそっと頷いた。
「私はもう、宝石だけに頼らない。奇跡じゃなく、声で世界を変えてみせる」
その言葉は、小さくとも確かに、次の革命の夜明けを告げる鐘の音となった。




