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王なき御伽噺  作者: 烏丸 燈


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第一話 戴冠式

 王が亡くなって数日。

 城も民も今か今かと待ちわびる日が来た。


 第一王子ユリウスは、ただ一人静かに鏡を見つめていた。

 「…つくづく、よくできた顔だ」


 漆黒のゆるやかな巻き髪、雪よりも白い肌、紅玉のような瞳、血のような紅い唇。

 巨大な楕円の鏡に映るのは、完璧なまでに整った容貌——

 だが、その唇に浮かぶのは、嘲りと憎悪の混じる冷たい笑み。


 「父上の血を引く者は多い。だが、“美”こそが王の証ならば、選ばれるべきはこの俺だ」


 「鏡よ鏡、この国で最も王にふさわしいのは誰か?」

 その問いに答える者はいない。だがユリウスの顔はすでに満足げに歪んでいた。

 彼にはわかっている。民にとって必要なのは、力と、象徴としての美。自分こそがそれにふさわしいと。

 「やっとだよ……やっと俺は美しき王になれる……母上」


 今日は第一王子、いや王の戴冠式であった。




 王城の大聖堂には、百を超える燭台が灯され、白金の祭壇を淡く照らしていた。

 荘厳なオルガンの調べが高らかに響き、列席した貴族や神官たちの目は、一人の男へと注がれている。


 第一王子——ユリウス・エーレンハイト。

 その手に掲げられた蒼銀の王冠が、黒髪と紅い瞳にまばゆい対比を与えていた。

 絵画の中から抜け出たようなその姿に、誰もが「戴冠の主」を疑わなかった。


 ——だが、その時。


 「殿下!早馬にございます!」

 その荘厳な空気を切り裂いたのは、城門から駆け込んできた一人の伝令だった。

 伝令を止めようとする神官を押しのけて進み出た男は、跪きざま、声を震わせる。


 「軍勢、タイベア砦に迫る!先触れには、王の落胤を名乗る男——アデル・ルシエンの名が!」


 ざわめきが広がる。

 神官の顔色が変わり、貴族たちが声を潜めて囁き合う。

 「落胤、だと…?」

 ユリウスの声は、氷のように冷たい。

 「こんな日に、そんな滑稽な芝居を持ち込むとは。あまりにも出来すぎているな」

 伝令は黙して項垂れたまま、震えている。

 ユリウスは玉座への階段を一段だけ登り、ふと立ち止まった。


 「鏡よ」


 小声の呟きと共に、空間の一角が揺れる。

 宙に浮かぶ楕円の鏡面が波打ち、やがて戦煙に覆われた砦の情景を映し出す。


 灰が舞っていた。風も火もないのに、空一面に。


 兵士たちが咳き込み、視界を奪われ、次々に地に伏していく。

 その向こう、城壁の上——黒衣をまとい、薄金の髪を風に乱すひとりの男。

 青い眼が、すべてを見下ろしていた。


 その手が掲げられるたび、灰が渦巻き、刃と化して兵たちを薙ぎ倒していく。


 (……まさか、異能力?)

 異能力は王族の血を引くもののみ与えられる特殊能力だ。そのはずがどこの誰とも知らぬ男が異能力を持っている。


 その時、アデルの唇が動いた。

 鏡越しにも聞こえぬはずのその口の動きが、ユリウスには読めた。

 ——“俺が、真の王だ。”

 「……っ、貴様ァ……!」

 音を立てて鏡が割れる。鏡片が床に散らばり、火花のように光る。

 戴冠の儀は止まり、列席者が息を呑んだ。

 ユリウスは、振り返らずに言い放つ。


 「神官よ。儀式は中止だ。王冠は後で受け取る」

 「で、ですが殿下……!」

 「黙れ」

 その一言に、場の空気が凍る。

 「私の戴冠を、灰まみれの道化で汚すとは……! 赦さぬ。絶対に、赦さぬぞ……!」


 その顔は、もはや「鏡の王子」ではなかった。

 美の仮面は砕け落ち、紅い瞳には猛火のような怒りが宿っていた。


 「アデル・ルシエン。貴様はこの国の歴史で最も愚かな裏切り者として記されるだろう。私はその名を、灰ごと地に叩きつけて、二度と誰にも語らせぬようにしてやる…!」

 静寂が戻った大聖堂に、ただ一つ、玉座の下で砕けた鏡の破片だけが鋭く光っていた。

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