第十八話 黄金は誰の味方か
夜の帳が降りた戦場の野営地は、静まり返っていた。火は落とされ、見張りたちが交代の時間を確認し合っている頃――
「アデル殿下に、商談を持ちかけに来ました!」
テントの外で、あまりに場違いな声が響いた。
「……は?」
アデルは訝しげに眉をしかめた。何かの間違いかと思ったが、続けて近衛が布をめくって顔を覗かせた。
「第三王子、カイアス・エーレンハイト殿下です。お一人で……笑顔で……」
「笑顔で?」
「ええ、満面の、です……」
驚愕したアデルが外に出ると、そこにいたのは陽気な笑顔を貼りつけた、軽やかな足取りの少年だった。上等なマントを肩からかけ、戦場の空気をまるで感じていないような調子だ。
「はじめまして!王家の第三王子にして、シュタイン商会の経営責任者、カイアス・エーレンハイトでございます!」
「何のつもりだ」
「商売ですとも!」
満面の笑み。まるで街角の露天商が柑橘類を売るような調子でカイアスは続けた。
「アデル殿下は謀反人と呼ばれてはおりますが、私の目から見れば優良な“新興勢力”。戦とはつまり、市場の再編ですからね。」
カイアスは変わらぬからりとした笑顔で続けた。
「混乱は需要、勝機は供給。兵士たちが戦ってくれる限り、私はその後ろで“明日必要になる物”を売るだけです。人が死ねば薬が売れる。生き残れば食料が売れる」
彼は人差し指を立てた。
「私はあなたに、需要を提供しに来たのです」
アデルの視線が鋭くなる。
「ユリウス側ではなく、俺に?」
「ユリウス兄さんはねぇ、なんというか……損得よりも権威を重視とするタイプで、商売相手としてはちょっと信用できないんですよ。あなたは……腹の底が読めないけれど、損得には正直そうで」
「……で?」
「で、です!こちら!」
カイアスは軽く手を鳴らすと、近くに控えていた配下が荷車を引いて現れた。布をめくれば、中には保存食、手入れの行き届いた剣、そして野戦病院向けの薬品まで、きれいに整頓された箱が並ぶ。
「これらはお試し。売り物ではありますが、今回は“見本”として、無料で差し上げましょう。気に入っていただけたら、続きの取引を――」
アデルは腕を組んだまま、荷車に目もくれず言った。
「ただの商売……か?」
「ええ、ただの商売。私は王位にも、戦の勝敗にも興味はありません。ただ、“生き残った人間”が“市場”になる。それだけです」
カイアスの目は、笑っていたが、揺るがなかった。
「だから私は、あなたが生き残る方に賭けた。あ、もし外したらその時は……別ルートを探します。商売なんて、そういうものでしょう?」
アデルは息を吐き、口の端をわずかに持ち上げた。
「最低の商人だな」
「最高の褒め言葉、ありがとうございます」
カイアスの笑顔は屈託なかった。
アデルは思った。
こういう奴こそ、戦の後に必ず生き残る、と。




