第十五話 決意
納屋の扉がぎぃ、と重く軋んで閉じられると、再び雨と風の唸りが空間を満たした。
アスティアの姿は消えたが、あの鋭い眼差しだけが、空気の中に残っているようだった。
リヴィアの手には、一枚の地図が残されたままだ。
羊皮紙に描かれた粗い線と、赤い印。
「国のために戦う意思があるなら、明日の晩、ここへ来てほしい」――去り際にアスティアが残した言葉が、耳の奥で何度も反響していた。
「……どうするの?」
ルーファスの問いかけは、小さく、静かだった。
雨音が遠のいたような気がしたのは、心の中にひとつの静けさが訪れたからかもしれない。
リヴィアは地図に視線を落とした。
その赤い印は、まるで彼女の胸の奥をじくじくと刺す棘のようだった。
――明日の晩、ここへ。
その言葉が、また脳裏をかすめる。
地図を折りたたみ、胸元にそっとしまうと、リヴィアはゆっくりと立ち上がった。
「私はあの難民の親子みたいな人たちを……助けたい……」
「……行くだけ。まずは、それだけ」
自分に言い聞かせるように呟いた声は、思いのほか静かだった。
「参加するかは、決めてない。ただ……見に行くだけよ」
そう言う彼女の目には、けれど微かに覚悟の光が宿っていた。
ルーファスもまた、立ち上がった。
「はー……めんどくさそうだけど、僕は姉さんについていくよ。例えどんな決断でも」
リヴィアは納屋の扉に手をかける。
扉が軋み、雨の冷たい空気が流れ込んでくる。
だが、その風はもう彼らの歩みを止めるものではなかった。
リヴィアはゆっくりと外へ足を踏み出す。
暗い空の下、赤く染まった夕焼けの名残が雲間にうっすらと滲んでいた。
それはまるで、かすかな希望の兆しのようだった。
(このまま放っておいたら、きっと誰かが暴れ出す。
怒りが、恐れが、飢えが、人を狂わせてしまう前に――)
リヴィアは思う。
この手で救えるものから、まず守る。
その先に何があるかなんて、まだ分からない。
けれど、それでいい。
「私は私のやり方で……国と、そこに生きる人々を守る」
その言葉は、小さな誓いだった。
けれど、その一歩が、世界を変えていく序章になることを――彼女はまだ知らない。




