第十三話 自由とは
裏通りを抜けた先、小さな橋のかかる川辺でふたりは足を止めた。石の欄干には風化した彫刻が刻まれており、水面にはどこか疲れた空の色が映っていた。
リヴィアは橋の上から川を見下ろしながら、ようやく息をついた。
「……想像してたのと違う。もっと、自由で、何でも選べると思ってた」
「現実はいつも、少し濁ってるものだよ」
ルーファスは川の中に小石を投げた。波紋が広がって、やがて何もなかったかのように水は元に戻った。
「けど、姉さん」
「……なに?」
「それでも僕、今のほうが好きだよ」
彼は振り返って笑った。少年の笑みにしては少し大人びた、静かな笑顔だった。
「王宮の病床の中で、何も知らないまま過ごしてたころより、百倍まし。あの張り紙を見たとき……ああ、やっと僕たちは“国にとって都合のいい人間”じゃなくなったんだって思えた」
ルーファスはリヴィアが結ってくれた短い三つ編みを指の先でいじった。
リヴィアは目を見開いた。
けれど、否定する言葉は出てこなかった。
ルーファスはぽつぽつと続けた。
「自由ってさ。籠の鳥が外に出たら自由なのかな。僕は違うと思う。外に出て何をするか自分で決めたら自由だと思う」
リヴィアは感極まった。かつて病弱で宮殿に閉じ込められるようにして過ごしてきた弟が、自分の意志で行動できるようになったからである。
長生きはできないだろうと言われていた彼が奇跡的な回復をしたのはつい最近の話だった。
ーー数ヶ月前
その頃はまだ先王が健在だった頃だった。
リヴィアは切迫した様子で宮殿の廊下を早歩きしていた。
ルーファス王子、容体急変
その知らせを侍女から聞き、リヴィアはルーファスの部屋へ向かっていた。
ルーファスの部屋へ訪れたリヴィアは驚愕した。
その部屋には豪華な天蓋付きベッドに横たわる顔色の悪いルーファスと宮殿に仕える医師しかいなかったのである。
兄様達は……?父上は……?
リヴィアは考えるのを辞めた。あの人達は自分のことで手一杯なのだ。
名前の出てこなかった王妃は既にこの世にはいない。ルーファスを産む時に亡くなったのである。
リヴィアはルーファスに寄り添い、手を握った。ルーファスはひゅうひゅうと苦しそうに息を詰まらせている。
「……」
リヴィアはなんてルーファスに声をかけたらいいか分からなかった。
その時、部屋の扉がまた開かれた。
「ルーファスが……容体急変って……」
部屋に入ってきたのはレオンだった。兄達の中でも一際優しい彼は報を聞きつけすぐやってきた。
「レオン兄様……」
リヴィアは縋るようにレオンを見た。自分にはどうしょうもない事態に無力感を感じていた。
「レオン……兄さん…………リヴィア……姉さん……ありがとう」
ルーファスが苦しそうに笑う。
「一人で寂しかったけど……二人が来てくれて……僕は幸せ者だよ……」
リヴィアはルーファスの髪の毛に触れた。自分と同じ白金の滑らかな髪。そして、ゆっくりと三つ編みを一つ作った。
「これはお守り。早く元気になれるように」
ルーファスは苦しみながらも、ふふっと花が咲いたように笑った。
その数日後、医師も驚きを隠せないほど、ルーファスの体調はみるみる回復した。
茨の王子は病床の眠りから目覚めたのである。
「――行こうか、姉さん」
過去を思い出していたリヴィアははっとし、黙ってうなずいた。
歩き出したふたりの背には、冷たい風が吹いていた。
だがその風は、どこか遠く、まだ見ぬ地平の匂いを含んでいた。
ここから先、どんな困難が待っていても。
自分の足で歩き、自分の意思で選び、自分の言葉で語る。
それが、本当の“自由”だと信じて。




