第十二話 指名手配
その街は、国境に近い小さな宿場町だった。
石造りの家々がひしめき合い、風に揺れる洗濯物と干された薬草の匂いが鼻をくすぐる。往来を行き交う人々の顔は険しく、通りの隅々には戦の影が色濃く漂っていた。
「……少し休んでいきましょう」
リヴィアの提案に、ルーファスは無言でうなずいた。
数日ぶりに辿り着いた町の市井。そこには市場が立ち、人々が穀物や薪を物々交換していた。笑い声もあったが、どこか上擦っていて、笑いというより、空気の抜けた安堵のようなものだった。
リヴィアはふと、道の端に立つ掲示板に目を向けた。
風に揺れる粗末な羊皮紙の束。告知、求人、迷い人の案内――そして。
彼女の目が一枚の紙に吸い寄せられる。
そこに描かれていたのは、見覚えのある――あまりにもよく知った――顔だった。
『第一王女 リヴィア・エーレンハイト』
『第四王子 ルーファス・エーレンハイト』
『国家に対する反逆容疑により、両名を指名手配とする』
『発見、拘束した者には恩賞金を支給する』
――その瞬間、時が止まった。
「……姉さん?」
傍らにいたルーファスが、彼女の様子に気づいて声をかける。
彼女は返事もできず、ただ手を伸ばして、震える指先で紙をそっとなぞった。確かにあった。自分の名が、弟の名が、冷たい筆致で並んでいた。
「これって……」
「あーあ。見つけちゃったか」
ルーファスは彼女の横に立ち、掲示板を見上げた。
彼の目は細められ、既に心のどこかで覚悟していたような、そんな静けさを湛えていた。
「僕はともかく……姉さんまでとはね」
「……私のせいよ。私が旅に出ようなんて言ったから。だから、あなたまで……」
「違うよ、姉さん」
彼は静かに首を振った。
「僕は自分の意思で出たんだ。……この国がどうなってるか、自分の目で確かめたかった。そして、なにより姉さんと一緒にいたかったから」
リヴィアは言葉を失った。
彼の瞳には、揺るぎのないものがあった。それは決して幼い憧れや反抗心ではなかった。現実を知って、それでもなお何かを選ぼうとする、若くして得た決意だった。
「……どうしましょう」
彼女がようやく絞り出した問いに、ルーファスは一度だけ掲示板の紙を見やったあと、くるりと背を向けた。
「先に進もう。ここで立ち止まっていたら、あの紙に書かれてることが本当になっちゃうよ」
「……うん」
二人は足早にその場を離れた。人目を避けるように裏通りを抜け、市場の喧騒が背後に遠のいていく。
石畳の上を、彼女の旅装の裾がかすれた音を立てる。
冷たい風が、街に染みついた戦争の匂いを運んできた。
リヴィアはそっと唇を噛んだ。
――これが、わたしたちの選んだ道。後戻りは、もうできない。
だがそれでも、胸の奥に小さな灯が残っていた。
自分たちはまだ何も終わらせていない。変えることができる――そんな予感が、かすかに彼女を支えていた。




