第十一話 涙の宝石
荒れた地平に、くすんだ夕日が落ちていく。
リヴィアとルーファスは、避難民の列に混じっていた。戦禍を逃れ、命だけを頼りに歩く彼らの足取りは重く、空気には乾いた土と疲労の匂いが染みついていた。
その中で、小さな男の子を抱く母親がいた。子どもの顔は青白く、唇はひび割れている。母親は破れた水袋を手に、ただ願うように子の頬を撫で続けていた。
「この子、薬さえあれば……けど私には何も無い……もう……」
母親は目を伏せた。声は震えていたが、涙はもう枯れているようだった。
リヴィアはその姿を見つめ、胸の奥が軋んだ。
助けたい――それは突き上げるような衝動だった。
「……これを、使ってください」
リヴィアはひざをついて、子どもの手をそっと撫でた。ぽたり、と涙が頬を伝い、乾いた土に落ちる。
その瞬間、涙は柔らかな青光を放ち、宝石へと変わった。
小さな、けれど純粋な祈りのような輝きだった。
リヴィアはそれを拾い上げ、母親の掌に優しく置いた。
「売って、お薬を……買ってあげてください」
母親は言葉もなく、ただ宝石を見つめた。震える唇の端が、わずかに笑みの形をつくった。
だが――その光景は、すぐに周囲の視線を集めた。
「あれ……今、宝石に……?」「本物なのか?」「だったら、わたしにも……!」
誰かが叫ぶと、民たちが一斉にリヴィアへと向かって押し寄せた。
やせ細った手がいくつも伸びる。
「自分も助けてくれ」「病の母がいるんだ」「子どもが飢えているんだ」と、口々に叫びながら。
リヴィアは思わず後ずさった。これほど多くの、助けを求める声に囲まれることなど、かつてなかった。
「そんな、私は……全部は……!」
その瞬間だった。ルーファスが左手の甲を噛み、血をにじませた。
地面にしたたったその赤は、瞬く間に黒い茨となって広がり、波のように群衆との間に壁をつくる。
茨は誰かを傷つけることなく、ただ穏やかに、けれど断固とした意思でリヴィアを包み込んだ。
「もういい。姉さん、下がって」
彼は低く言った。
驚きと動揺の中、リヴィアは唇を噛みしめた。
――私は、何をしているのだろう。
たった一粒の宝石で、ひとりの命は救えても、それだけでは足りない。押し寄せる絶望を、どうやってすくえばいいのか。
守られるだけでは、きっと何も変えられない。
「ルーファス……私は、もっと多くの人を助けたい。でも、どうすれば……」
震える声で、リヴィアは呟いた。
少年はその声に黙ってうなずいた。
彼女の問いに、答えはなかった。けれど、その想いが本物である限り、ふたりの旅は止まらない。




