006 決戦
二度の曲がり角を越えた先、一行は広間へとつながる通路にたどり着いた。イリアの感知通りの構造だ。目前に迫っている広間には天井の一部が崩れ、外の光が射し込んでいた。薄明るい自然光が満ちており補助の明かりを必要とはしていなかった。
ディルとキャラウェルはまるで日常の散歩でもしているかのように落ち着いた表情を浮かべていた。その余裕は、数々の修羅場をくぐり抜けてきた者のものだ。一方、新人たち――リッツ、オルス、そしてイリアの瞳には、かすかな緊張が走っている。胸の奥で鼓動が早まるのがわかる。
広間の中央、影の中に佇むゴブリンシャーマンが、すでにこちらの存在に気づいていたらしい。甲高く不気味な雄叫びを上げ、ゆっくりと詠唱を始める。空気が振動し、重苦しい気配が場を満たした瞬間、リッツ、オルス、ディルの三人が一斉に飛び出した。
「散開して!魔法が来る!」
後方に控えていたキャラウェルの声が響くと同時に、シャーマンの詠唱を終える。瞬間、凄まじい熱が広間全体に放たれる。火の玉や炎の柱ではない。目に見えぬ熱波が、確実に肌を焼き、喉を焼き、全身の感覚を奪う。
「うわっ…あつっ!」
思わず目をつぶり、足を止めるリッツとオルス。そこへ、号令を受けたゴブリンたちが叫び声を上げ、突撃してきた。視界を奪われたまま、剣を振るうリッツとオルス。だが敵は軽やかにそれをかわし、反撃に出る。
「ぐっ…!」
リッツの右肩に棍棒が叩き込まれる。苦悶の声を漏れる。後退する彼の右手からは、力が抜けかけていた。辛うじて剣は手にしているものの、握力が落ちているのは明白だ。このままでは押し切られる。そう思った矢先、広間の奥で激しい金属音が響いた。ディルとシャーマンが、ついに刃を交え始めたのだ。鋭い剣戟の音とともに、灼熱の魔力は一気に消え去る。まるで炎を切り裂くように、冷たい空気が戦場を包み込む。
「やっと…!」
視界を取り戻したリッツとオルスは即座に体勢を立て直した。ゴブリンたちは距離を取り、間合いの外でじりじりと動きながら様子を伺っている。戦況は一瞬、膠着したかに見えた。
(近くに寄ってるのは二匹だけか。)
リッツの視線は自然と奥へと向いた。杖を巧みにかわしつつ、ディルは一歩一歩距離を詰め、鋭い刃の雨を叩き込んでいる。魔法の詠唱に集中する暇さえ、シャーマンには与えられていないようだ。
(今のうちに数を減らしておかないと…!)
リッツは、オルスと視線を交わすと懐に手を伸ばす。そして、投げナイフを引き抜くと、オルスの正面にいるゴブリンへ向けて投げつけた。空を切る鋭い音を立ててナイフが飛ぶ。ゴブリンの太ももに突き刺さり、甲高い悲鳴が響いた。
「今だ!」
オルスが切りかかろうとしたその瞬間、もう一匹のゴブリンが間に割り込む。棍棒を構え、鋭い剣筋を受け止める。攻撃のリズムが崩されたオルスは、次の一手に備え一瞬防御に思考が回っていく。その間に、リッツはナイフが刺さったゴブリンへと切りかかる。右手は満足に動かず、剣の振りも鈍い。だが、敵も負傷している。互いに決め手に欠いた状態である。
「リッツ!狙って!」
イリアの声が戦場の均衡を破る。彼女の放った霧状の魔力がゴブリンを包み、動きを止める。身体拘束の魔法と察したリッツは、タイミングを合わせて剣を振り下ろした。刃が肉を裂き、ゴブリンは断末魔を上げて倒れる。
リッツとオルスは、残る一体を挟み込むように動く。ゴブリンは焦りながらも構えを取り直すが——その時、入り口側の壁際で、何かが激しく叩きつけられるような音が響いた。
音の方に反射的に顔を向けたリッツとオルス。視界に飛び込んできたのは、壁際に叩きつけられたイリアの姿だった。
「後方からホブ、二。ゴブ、一!」
キャラウェルの鋭い報告が飛ぶ。間が悪いことに外に出ていたゴブリンたちが戻ってきたようである。
リッツがディルの様子を確認する。視線の先では、すでにゴブリンの一体が切り倒されている。ディルは、ゴブリンシャーマンを圧倒していた。討ち取るのは時間の問題だ。だが、今すぐ戦力としてカウントするのは難しいと踏む。
「オルス!こいつを頼む。俺が後ろを――」
言い終わるより早く、オルスの姿が視界から消えた。彼は既に後方へと駆け出している。
「お前じゃ、あの数は無理だろ!イリアを頼む!」
振り返らずに、オルスが怒鳴る。リッツは一瞬言葉を詰まらせた。だが、オルスの判断の方が正しいと理解し、頭を切り替える。
オルスはキャラウェルの元へ駆け寄りながら短く問う。
「一体、いけるか?」
「ひよっこちゃん。先輩はあんなのに負けないわ。」
棍を両手で構え直し、キャラウェルがニヤリと笑う。
「なら、左は任せる!俺は右!もう一匹はすり抜けさせてもいい、リッツが抑えてくれる、いいな?」
「了解」
合図とともに、オルスとキャラウェルはそれぞれの敵へと走り出した。ホブゴブリンは力こそ強いが、その分動きが鈍い。横移動のステップを交えた間合いの調整に翻弄する。だが、その一撃一撃は重く、棍棒が振るわれるたびに風が唸る。オルスは、ほんの少しのミスでも命取りになると感じ取り舌打ちをする。
一方、リッツは倒れたイリアの前に立ちふさがり、ゴブリン二匹を相手に戦っていた。左腕に装備した革のバックラーで攻撃を受け流しつつ、右手の剣で応戦する。徐々に握力は戻りつつあったが、じりじりとダメージが蓄積している現状に焦りを覚えていた。
そんなとき、冷静な声が響いた。
「リッツ、動き止めるわ。お願いね」
振り返らずとも、それがイリアのものだとわかる。ダメージはそれなりにあるのだろうがそれを感じさせない気丈な声だ。彼女は再び霧のような魔力を指先から放ち、ゴブリンたちに向けて広がる。薄く広がった霧がゴブリンたちの体を包むと、二体はまるで糸が切れた操り人形のように、膝を折って崩れ落ちた。先ほどと同様の拘束魔法…いや、何らかの作用を持ったより高位の魔法であろう。
イリアの魔法に一拍遅れて反応したリッツは、落ちたゴブリンの喉元を正確に断ち切り、手首を返し残る一体の胸を一突きし絶命させる。
リッツが後方のホブゴブリンに視線を移そうとしたときに、断末魔の叫びが広間に響いた。リッツとイリアは反射的に視線を向ける。ディルの剣がゴブリンシャーマンの胸を深々と貫いていた。力なく膝をついたシャーマンの体が、ディルの剣先から滑り落ちる。
一方その頃、オルスはホブゴブリンの攻撃に対し防御に回っていた。重く、鋭く、それでいて正確な棍棒の軌道。最初こそその技術に圧倒されたものの、オルスはふと気づく――この正確さは、裏を返せば誘導しやすいということだ。
「……いける。」
オルスは、一撃ごとに後退しながら、少しずつ広間の端へとホブゴブリンを誘導する。受けきるのではない。かわすのでもなく受け流す。広間の端、逃げ場をなくしたように見えるその場所で、ホブゴブリンは咆哮と共に棍棒を大きく振りかぶった。
――ガンッ!
鈍い音と共に、棍棒の先端が天井にぶつかる。想定外の衝撃に、巨体がわずかによろめく。その一瞬を、オルスは逃さなかった。
「……詰めが甘いんだよっ!」
相手の横を抜けざま、剣が膝裏を斬り裂く。呻き声と共に、ホブゴブリンが膝をつく。怒りに任せて棍棒を横薙ぎに振るうが、その動きを読んでいたオルスは身を低くして回避。続けざまにもう一閃、膝に剣筋を重ねる。呻きと共にホブゴブリンの上半身が崩れる。最後の一撃――剣が首筋を鋭く薙いだ。
キャラウェルはその一部始終を見届けると対峙しているもう一体のホブゴブリンに目線を向け直す。静かに…そしてゆっくりと一歩を踏み出す。まるで、敵の動きを読み切ったかのような正確さで動き出しの部位を鋭く打ち動きを止める。相手が守りに入れば隙間を的確に突き、体力を削っていく。魔道士でありながらその猛攻は武人のようであった。やがて、何発目かの一撃でホブゴブリンが膝をついた。キャラウェルは静かに掌に水の球を形成すると、渦を巻いてホブゴブリンの首元へと放つ。命の断ち切られた命の音が静かに響く。
――そして、すべてが静まり返った。
勝負は終わった。広間にいるゴブリンの群れは完全に殲滅された。しかし、戦いの代償はゼロではない。イリアは腹部を押さえて動けないでいる。先ほどのホブゴブリンの重撃が響いているようだ。リッツもやはり右肩を押さえている。
キャラウェルがイリアに駆け寄り、そっと手を彼女の腹部へ当てる。短い口術を唱えると、魔力を流し込み、イリアの体内の組織を静かに整えていく。
「大丈夫、骨に異常はないわね。少し時間がかかるわ。」
治癒魔法は数分かけて丁寧に行われた。ダメージは修復され、イリアは動けるようになる。その間も後続の気配はない。どうやら、この洞窟内の制圧は――完了したようだった。
一行は、静かに、けれど確かな手応えと共に、勝利の余韻を噛みしめた。
「ふぅ……お疲れ様。これで、依頼は完了だね。」
広間に響いたディルの穏やかな声に、皆が肩の力を抜く。彼は微笑みながら剣を鞘に収め、振り返らずに奥へと足を進める。
「え?まだ何かあるの?」
イリアが不思議そうに問いかける。
「念のため、さ。ゴブリンの子供や取りこぼしがいないか。それと――金目の物が残ってないかね。」
ディルは立ち止まらずに答える。その言葉に、リッツ達は慌ててディルの背を追った。
広間の奥にはいくつか横穴があった。明らかに自然にできたものではない。掘り進めたような痕跡があり、その構造からしてゴブリンたちが寝床として利用していたのだろう。
「人為的だな。結構、手が込んでる……」
オルスが呟きながら、ひとつずつ注意深く穴を覗き込む。
中は意外と整っており、藁や粗末な布のようなもので簡易的な寝床が作られていた。幸いにも、どの寝床も空だった。どうやらゴブリンの取りこぼしはいないようだ。
リッツはひとつの寝床に膝をつき、中を探り始めた。木の実、丸い石、人間の食器らしき破片……その中に、泥にまみれた銀貨が数枚、転がっているのを見つけた。
「1、2、3……全部で8枚か。」
リッツが指先で泥を払いながら数えていると、別の場所からイリアの弾んだ声が響いた。
「ねえ、見てっ!」
リッツとオルスは顔を上げて彼女のもとへと駆け寄る。イリアは膝をつき、木の実を拾っていた。目を輝かせながら、嬉しそうに笑っている。
「これ、ヒリンとマルナの実だよ!しかも、結構な量!」
彼女は地面に広がった木の実を丁寧に拾い集めながら、目を輝かせた。
「……いいものなのか?」
オルスが少し怪訝な表情で尋ねる。
「ヒリンは傷薬の材料で、マルナは魔法薬の原料よ。普段は葉しか流通してないけど、実の方は成分が濃くて、貴重なのよ。」
イリアの説明にオルスは頭を掻きながら苦笑する。
「なるほどなぁ……よくわかんねぇけど、とりあえず集めときゃ損はなさそうだな。」
オルスは、近くに落ちていた実をひとつ拾い上げた。リッツも苦笑しながらそれに倣い、三人で木の実を集めはじめる。
その後も、洞窟内の探索は進められた。陶器の破片、銀貨、果実、そして干からびた食料……どれも生活の名残が感じられる。被害は少ないと聞いていたが、どこかから人を襲って物資を集めていたらしい。
「さて、そろそろ引き上げようか。」
ディルが広間の中央に立ち、仲間たちを見回す。
「まだ日が高いうちに狼風亭に戻ろうか。報告と今回の振り返りもしておきたいしね。」
仲間たちはそれぞれ頷き、静かに歩き出した。その足取りは、戦闘の疲れを残しつつもどこか軽やかだった。
割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。
何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。
→ https://x.com/feally_leaf
あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。
設定 - 006
キャラウェイ・アイビス
年齢23歳。ネラート領出身。女性。
身の丈ほどの棒を操る棒術と水系魔法を操る魔道士。
狼風亭の戦闘力のランク付けでは、冒険者のみで14/19位。従業員込みで17/25位
15歳のころ、人さらいに襲われたところをディルに救われ、行動を共にするようになる。当初は水属性の精霊魔法を扱ったが十分に制御できず、力を発揮できなかった。内乱の折に祈心魔法と出会い、組み合わせて運用し力を発揮する。狼風亭では、数少ない身体回復役として重宝される。不器用で臨機応変な判断を苦手なため、自身の行動に限定を設けることで判断力を高め、戦闘能力を補う。心を開くのは基本的にディルのみである。




