表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼風亭の冒険者たち(仮)  作者: うるぅ
01 いざ。狼風亭へ。
3/20

003 出立

早朝の狼風亭は、夜の喧騒が嘘のように静まり返っていた。窓から差し込む柔らかな光が木の床を淡く照らし、厨房から漂う香ばしいパンの匂いと湯気の立つスープの香りが、三人の腹を静かに刺激する。

リッツたちは、昨日のリュートの助言を忠実に守り、それぞれの装備を整えてカウンターに腰を下ろしていた。リッツとオルスは軽量な皮鎧に身を包み、腰には革製のバックラーを装着。重さを抑えつつ、必要な防御力は確保している。イリアは普段のローブ姿を脱ぎ、動きやすいシャツとズボンに身を包んでいた。ブーツも軽めのものに履き替え、森での機動性を意識している。

リュートは三人の様子をひと目で確認すると、口元に小さく笑みを浮かべた。

「いい判断だ。素直でいいね。じゃあ、食べながら聞いてくれ。」

そう言って、リュートはいつもの調子で説明を始める。

「改めて説明するが、依頼の内容はゴブリンの群れの討伐だ。近隣の村のそばの森に住み着き始めたらしくてな。農作物への被害が出始めている。薬草や山菜を取りに行く村人への被害も時間の問題だ。……ということで、なるべく早めの対処を希望されている。」

リッツは、ちぎったパンを口に運びながら眉をひそめる。

「それはまあ、よくある話だけど……」

リュートは言葉を区切り、ゆっくりと報酬額を告げた。

「報酬は、銀貨500枚だ。」

その瞬間、オルスは思わずスープを吹き出しそうになり、驚きの声を上げる。

「……は? たかがゴブリン退治で? 500枚って……新兵騎士の半年分の給金じゃねぇか!? 何か裏が──」

リュートは静かに首を振る。

「もちろん、それは総額だ。分配や諸経費を差し引けば、手取りはもっと減る。だがな、命を懸けるってのは、そういうことだ。」

言葉に重みがあった。三人は自然と姿勢を正す。命と報酬の重みを、リュートは淡々と、しかし確かに伝えている。

「さて。君たちに同行する先輩を紹介しよう。」

そう言って、リュートが手招きすると、奥から二人の冒険者がゆっくりと姿を現した。

一人目は、黄色のインナーに緑の上下を合わせた、軽妙な雰囲気の青年。鍔つきの帽子をかぶり、腰には使い込まれた片手剣。右手には深紅のガーネットが埋め込まれた指輪が光っている。──火系魔法を強化する魔導具として知られるガーネットを常に身につけていることから、剣と魔法の両立型であることが窺える。

「ディルだ。今日はよろしく頼むよ。」

気さくな口調でリッツたちに声をかけ、順に握手を交わすその笑顔には、確かな自信と余裕が滲んでいた。

その背後には、白いトップスにベージュのズボンを纏った女性が立っていた。手には自分の身長ほどもある棍を携える。華奢な体躯からは物理をメインにしているという感じはしない。

「キャラウェルよ。あなたたちの補佐役ってところね。よろしく。」

にこやかに微笑むが、瞳の奥には意図を隠す冷静さが宿っている。三人はその視線に少し緊張を覚えつつも、自己紹介を済ませた。

朝食を終えたリッツたちに向かって、リュートがふと声を落とす。

「……改めて伝えておくけど、君たちの合否は、依頼の成否ではないからね。」

柔らかく微笑むその顔に、いつもの陽気さはなく、真剣な場名指しが宿っている。

「完璧を求めてないさ。大切なのは……無事に帰ってくることだよ。」

それだけ言うと、リュートは、厨房の奥へと戻っていった。その背中はどこか、何かを言いかけて飲み込んだようにも見えた。


「……行こうか。」

ディルの声に促され、三人は自然と足を動かす。朝の光が石畳の上で淡く揺れ、街路樹の影が長く伸びる中、歩きながらディルの説明を聞く。

「今回の目的地はそれほど遠くないね。徒歩移動になるけど、道案内はこっちでするよ。何か気になることがあれば、遠慮なく聞いてくれ。あと、道中で使う簡単なハンドサインも教える。実戦じゃ声を出せるタイミングって、意外と難しいからね。」

ディルは振り返りながら説明を加える。その口調は軽妙だが、内容は緻密で、戦闘経験者の知識の蓄積が滲む。

「最初の目的地は……依頼主の所ですか?」とイリアが声をかける。

「ああ、それね。……ってことは、あんまり詳しくないんだ?」

ディルは笑みを浮かべながら歩みを止めずに答える。「まあいいや。ちょうどいい機会だし、歩きながら基本的なところから説明するよ」

街を抜ける間も、ディルの説明は具体的だった。

「まず、“依頼主に会うかどうか”ってのは、依頼による。ギルド経由の正式な依頼だったら、基本的に冒険者が依頼主と直接顔を合わせて、条件の確認をすることになってる。」

「条件……?」

リッツが眉を寄せて問う。

「たとえば、護衛依頼で旅の途中に手に入れた物の所有権は誰にあるか、とか。戦闘でケガしたら、治療費は誰が払うのか。そういう細かい取り決めを最初にしておかないと、後々揉めることになる。」

「確かに、口約束だと立場が弱くなりますね。」

イリアが小さく頷いた。

「そう。だからこそ、依頼前の顔合わせが大事ってわけさ。ただ、今回みたいに宿に直接持ち込まれる依頼ってのは少し特殊でね。こういう時は、リュートさん…宿の亭主が、依頼主と先に契約内容を詰めるんだ。俺たちはそれを引き継いで実行するだけさ。」

「じゃあ、もう条件は確定してるってことか。」

「その通り。契約内容はこうだ。調査期間は最大三日間、対象はゴブリンの住処一つの駆除。で、住処での入手物──いわゆる“戦利品”は、全部冒険者のものになる。」

オルスが腕を組んで唸る。

「依頼主は、村の村長だそうだ。被害の出ている農作物の補償や村人の安全確保をリュートに一任してる。……まあ、あの人の顔が利くんだろうな。」

その言葉に、リッツはふと昨夜のリュートの言葉を思い出す。

──泥水をすすっても、生き残る覚悟。

依頼が簡単に見えても、何が起こるか分からない世界。そんな当たり前の“常識”が、今は妙に現実味を帯びていた。


一行はリテイアを抜け、依頼の目的地に向かって歩いている。森の縁に差し掛かり、木漏れ日の中を静かに進む。鳥のさえずりと、遠くでかすかに響く川のせせらぎだけが周囲の音だった。夏の終わりの風は、少しひんやりとして肌に心地よく、リッツ達の胸の奥にわずかな緊張を和らげるように吹き抜けていく。

「……あの、“調査期間三日間”っていうのは、どういう意味なんですか?」

歩きながら、リッツが問いかける。

「いい質問だね。」

ディルは前を向いたまま、軽く微笑む。

「たとえば、“ゴブリンを見かけた”って話が、実際は見間違いや恐怖からくる幻影だった……なんてこともある。そういう時、無期限に捜索を続けると、依頼側も冒険者側もどんどん消耗しちまう。だから、あらかじめ“ここまで”って期限を設けておく。三日がそのリミット、ってわけさ。」

リッツは深く頷く。理解はできたが、まだ心のどこかで緊張が残っている。

「でも……調査や討伐の結果を証明しないんですか? ふつうなら、依頼主ってもっと疑うと思うんですけど」

イリアの問いに、キャラウェルが静かに答える。

「もちろん、証明が必要な依頼もあるわ。依頼主の使者を同行させたり、討伐した個体の牙や耳を持ち帰ったりね。」

キャラウェルの説明に、イリアは素直に頷く。

「今回は、まだ村側にそこまで深刻な被害が出てないんだ。だから緊急性が低いって判断されて、報酬は少し下げる代わりに、報告書だけで済む契約になったらしい。つまり、今回は信用で成り立ってるんだよ。リュートの信用、そして俺たち冒険者としての信用ってやつだね。」

ディルが補足するように語る内容に。リッツは少し口元を引き締めた。

「まあ、普通の依頼の時の契約事は、はじめのうちは先輩に任せておけばいいよ。」

ディルは肩の力を抜いたように笑う。

「ある程度場数を踏んで、冒険者として慣れてきたらで十分。下手に先走ると、逆に損をすることもあるからね。」

「……はい。」

素直に頷いたリッツの横で、オルスも軽くうなずく。イリアは何かを考え込むように視線を下げたままだった。


小一時間ほど歩いた頃、ディルが足を止め、軽く指を立てて合図を送った。

「じゃ、ここからはちょっとした訓練だ。我々がよく使うハンドサイン──これを覚えてもらうよ。」

ディルは片手を上げ、人差し指と中指を立てて見せた。

「これは“進め”。手を開いて振ると“止まれ”。他にも、“敵なし”、“注意”みたいなのもある。声を出せない状況でも意思疎通は重要だからね。」

サインはどれも単純で分かりやすく、リッツたちは繰り返し練習しながら自然に覚えていく。

「これくらいなら簡単だな。」

オルスが肩を回しながら笑うと、ディルは軽くにやりと笑った。


その後も一行は、時おり笑いを交えた雑談をしながら、ゆるやかに進んでいった。どうやらディルとキャラウェルは、内戦時から一緒に組んで活動していたらしい。息の合った様子は、言葉がなくても伝わってくる。

宿の中では中堅ポジション──つまり、“教える側”に回ることも多い二人。だが、どこか風通しが良く、頼れるけれど押しつけがましさのない存在だった。

森の風が止み、葉の揺れる音も途絶え、足音だけが静寂に吸い込まれていく。──コツ、コツ。足元の石を踏む音さえ、やけに響く。リッツは、自身の装備を改めて見やった。

リュートが言っていた“金属鎧の禁止”──その理由が、今になってようやく体に染みる。

オルスが小さくつぶやく。独り言のような声だったが、先頭を歩いていたディルがこちらを振り向くこともなく返答する。

「鎧の話しかい? 護衛任務なら、逆にいかつい鎧で威圧する手もある。ケースバイケースで使い分けるといい。状況に合わせるのが冒険者の基本だよ」

「……聞こえてたのか。」

オルスは肩をすくめ、思わず口元をほころばせた。自分でもほとんど聞こえないほどに小さな声だったはずだ。

「これぐらいで驚いてちゃダメだよ。」

ディルが軽く笑うが、声にはどこか緊張が混じっていた。


森の木々の間に漂う光と影が、刻々と変化する。風に揺れる葉の音だけが、静寂をわずかに破っていた。

「この森のどこかに、ゴブリンたちの巣があるはずだ。そろそろ、遭遇の可能性も出てくる。慎重に進もう。」

イリアが一歩立ち止まり、眉を寄せて尋ねる。

「……正確な位置は、把握してないんですよね?」

「ああ。今回の依頼は、“調査から駆除まで”。詳細な場所は掴んでいないな。」

ディルは、腰に差した地図を取り出して軽く振った。

「ただ、ゴブリンは切り立った斜面にできた自然洞窟を好む傾向がある。だから、地形的にそれっぽい場所をいくつかマーキングしてある。順番に潰していく感じだね。」

リッツが小さく口を開く。

「……今日中に見つかりますかね。」

その声には、わずかな不安が滲んでいた。

ディルはちらと振り返り、わざと肩をすくめてみせる。

「うーん……、経験上では、初日に見つかるのは七割くらいかな。運がよければ、今日のうちに見つけてサクッと片付けて、夜には宿で酒でも飲めるかな。」

その言葉に皆の表情がわずかに緩むが、すぐに空気が引き締まった。

イリアが、静かに口を開いた。

「提案があります。霧に魔力を乗せて感知魔法を使えるので、精度は完璧ではありませんが……うまく活用すれば、巣穴の場所を効率的に割り出せるかと。」

その言葉に、ディルは一瞬立ち止まり、彼女の瞳を真っすぐに見つめる。そしてゆっくりと首を横に振った。

「……いい提案だと思う。有効な手段さ。でもね──」

彼の声は、先ほどよりもわずかに低く、重みを帯びていた。

「ゴブリンの群れには、上位種が混ざってることが多い。二匹、多くて三匹。それらの中には、魔力に反応できる個体が存在することがある。」

森の空気がさらに引き締まる。ディルは続けた。

「魔力を撒いたことで、敵にこちらの位置がバレるリスクがある。それだけならまだしも、彼らに“逃げるための時間”を与えることに繋がる。」

イリアは息を飲む。リッツが静かに口を開く。

「つまり……討伐目的に対して不利な局面を引き寄せることになるってことか。」

「そういうこと。慎重に進むに越したことはない。」

ディルの言葉にイリアは唇を結び、しっかりと頷いた。

割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。

何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。

→ https://x.com/feally_leaf

あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。



設定 - 003

オルス・ロルウェン

年齢24歳。ピシア領出身。男性。

少し長めの片刃の剣と少し短めの両刃の剣を使い分ける重戦士。

狼風亭の戦闘力のランク付けでは、冒険者のみで12/19位。従業員込みで15/25位


リッツの家に出入りしていた商人の息子で、雇われ傭兵から剣術を手ほどきされる。合理的な判断と胆力に優れ、サシでの戦闘を得意とする。戦局全体を見据え、次の行動を冷静に決める決断力と広い視野を持つ一方、戦闘以外の判断は人に委ねることが多い。普段は無口で自身の意見を口にせず、心を許した相手には本心を語る。リッツの努力の方向性を理解しつつ見守る。騎士への昇格が現実的でないと見て、冒険者への道を提案する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ