表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狼風亭の冒険者たち(仮)  作者: うるぅ
03 魔法とレクチャー
17/20

017 実践魔法

昼下がりの狼風亭。厨房には、刻まれた野菜の青臭い匂いと、煮立つ鍋の湯気が立ち込めていた。

その片隅でリッツは根菜の皮をむいていた。今日はオフの日。だが冒険者の身に、完全な休暇など滅多にない。体を鍛える日もあれば、怪我や疲労を癒やす日もある。それだけではない。宿に住み込む以上、月に銀貨四十枚の支払いがのしかかってくる。

リッツのような新人は、休みの日でさえ多少は稼ぐ必要があった。狼風亭の夜の営業の時に楽器の演奏や魔法の見世物で稼げる者もいるが、彼にはそんな芸当はできない。せいぜい厨房の仕込みを手伝い、日銭を得るのが関の山だった。

ナイフで皮をむく手にぎこちなさが残るが、投擲の練習で覚えた刃物の扱いが役に立っていた。厚い皮を削ぎ落とす感覚に指先が慣れていくと、ふと心は別の方へ逸れる。――あの荷運びの仕事を思い出すのだ。

三ヶ月前。荷を運んだ先で復興作業に駆り出され、三人分の重労働を担った日々。くたくたで帰ってきたときには、メナスやディルに一言くらい文句をぶつけてやろうと思った。だが、帰還を待っていたメナスから返ってきたのは感謝の言葉。そして、報酬の七割をリッツの取り分にすると告げられたのだ。

それから、冒険者としての仕事も変わり始めた。二週に一度、ラティス商会から荷運びや復興の依頼が回ってきて、仲間のオルスやイリアも共に動くようになった。日雇い同様の肉体労働から解放され、代わりに「冒険者らしい働き」を積み重ねられるようになってきたのだ。


だが――。こうして包丁を握り単純作業に没頭していると、心の奥に焦りが芽吹く。自分はまだ力不足だ。メナスに教わった理学魔法の基礎は形にもならず、魔法の断片すらまともに操れない。平時ならば問題はないが、いざ戦闘に入ったときには、本当に仲間の役に立てるのか一抹の不安を感じている。

(……会えていないんだよな、あれから。)

メナスの所属するパーティは遠出の依頼に出ている。宿に戻るのはいつになるのかわからない。せっかく師事できる相手を見つけても、教えを得られなければ意味がない。

リッツは手にしていた皮を桶に放り込み、荒く息を吐いた。湯気を立てる大鍋の音が、かえって遠くに感じられる。まるで自分だけが、取り残されているかのようだった。


続いて、リッツは慣れない手つきでナイフを動かし、果実を一口大に切り分ける。断面がきらりと光り、果汁が指先にまとわりつく。

「これだけで随分と見栄えが変わるんだな……」

呟きは自嘲にも似ていた。

果実を酒瓶に沈めると、淡い色彩が瓶の底へと流れ込み、やがて酒に溶けていく。それは単なる保存の知恵にすぎない。だが――この作業の積み重ねが宿を支え、やがて客を笑顔に変えるのだ。

「ずいぶん慣れたみたいだね。」

 背にかかった声に、リッツは思わず肩を震わせた。厨房の空気は自分だけのものだと思っていた。だがその思い込みはあっさりと破られる。

 振り返れば、任務を終えて戻ったばかりのディルがそこにいた。軽やかな立ち姿の奥に鋭さを秘めた男。緩やかな笑みの裏に、幾度も修羅場を潜り抜けた者だけが持つ冷徹さがある。リッツは、その安定した気配を、羨望に似た思いで見つめてしまうのだった。

「ええ。まあ……」

言葉の先を探すように曖昧に返し、鼻先を手の甲でこすった。自分でも気づかぬほど、わずかな照れを紛らわせる仕草だった。

そのとき、厨房の扉が軋む。新たに差し込む影に、リッツは顔を上げた。キャラウェイだ。旅装をまとった姿のまま、軽く片眉を上げる。

「お帰りなさい、キャラウェイさん。」

リッツは背筋を正し、声を弾ませて挨拶した。少しでも彼らに認められたい。そんな心の奥底の願いが、不意に言葉を明るくしていた。

ディルは返事もそこそこに、調理台へ歩み寄ると、皿に並ぶ果実を一片つまみ取った。噛みしめ、わずかに目を細める。

「ほう……旨いな。大きさも揃ってるし、よく仕上げたじゃないか。」

まるで検品官が査定でも下すかのような声音に、リッツは肩をすくめて苦笑した。

「ちょっと! 払ってくださいよ。僕の給金から差し引かれたら困りますから。」

口先では不満を並べながらも、声音は柔らかい。彼の心には、不思議と棘が生まれなかった。ディルとの軽口は、日々の作業に染み込むほど馴染んでいたからだ。

「なぁに、これぐらい“加工ミス”って言っときゃいいんだ。」

軽く肩をすくめ、笑い飛ばすディル。その余裕に、リッツは呆れを滲ませながらも、どこか救われる気分になった。

ふと視線を巡らせると、キャラウェイが口元に悪戯めいた笑みを浮かべていた。

「リッツ。あんたに客が来てるよ。それも、とびきり美人の子が。」

「……僕に、お客?」

リッツは思わず眉をひそめた。ラティス商会からの依頼ではないだろう。知り合いの顔を思い返すが、誰ひとり「美人」という言葉に結びつかない。

仕込みはすでに終わっている。会えと言われれば会える。だが――胸の奥で、小さなざわめきが芽吹いた。

(……美人な子、ね。どんな人なんだろう。)

興味と戸惑い、その両方を抱えたまま、リッツは手にしていたナイフを静かに置いた。


リッツは布巾で指先の水気を拭いながら、裏の厨房からそっとホールへと歩み出た。

昼下がりの〈狼風亭〉は、まだ営業の支度も整わぬ静けさの中にある。窓から差し込む光が木の机を淡く照らし、店内には微かな埃と酒樽の香りが漂っていた。その一角――大きな机に数人の影が腰を下ろしている。目に飛び込んできたのはイリアの姿、そして見慣れぬ二人の客人だった。

ひとりは銀糸のような髪を肩に流した女性。淡紅の瞳は澄み切り、まっすぐにリッツを射抜く。姿勢や仕草のすべてが洗練されており、ただ者でない気品が漂っていた。

もうひとりは紅の法衣をまとった男。柔らかな微笑みを湛え、どこか人を安心させる空気を纏っている。その瞳もまた赤く、髪は姉と同じ銀色――二人の間に血の繋がりがあることは明らかだった。

「あ、リッツ! 遅かったね。ほら、こっち!」

イリアが軽く机を叩き、空いた席を指して手招きする。

呼ばれるまま、リッツは腰を下ろした。喉の奥に問いが詰まるが、口を開くより早くイリアが矢継ぎ早に紹介した。

「こちら、リディアさんとラシュアさんだって。」

にこやかに差し伸べられた手。リッツはぎこちなくも握り返す。しかし心の奥底には小さな戸惑いが残り続けていた。――彼らは一体、何者なのだろうか。

その沈黙を破ったのは、背後から響く落ち着いた声だった。

「その二人は、うちの宿のエースだよ。」

振り向けば、ディルが立っている。彼の言葉は、リッツの胸に渦巻く困惑を静かに押し流す。

理学、精霊、祈心――三つの系統を高い水準で操る魔法戦士の姉弟。

〈白閃〉のリディア。〈紅衣〉のラシュア。

冒険者たちの世界で、その名を知らぬ者はいない。彼らはいずれも、二つ名を冠した名高き存在だった。


「たまたまさ、ネラート領の依頼の途中でメナスに会ったんだよ。」

紅衣の青年――ラシュアがにこやかに話を切り出した。声音は軽やかで、冗談めいた明るさを帯びている。

「そしたらさ、手をかけたい子がいるらしくてね。手解きしてくれって、あのメナスに頼まれたんだ。」

「へぇ、あいつがねぇ。」

ディルが片眉をわずかに持ち上げる。その響きには、意外の色と、ほんの一匙の興味が混ざっていた。他人に心を寄せぬことで知られるメナス。その彼がわざわざ「誰かに頼む」などという行為は、確かに尋常ではない。

「だろ? あの自己中メナスがだよ。」

ラシュアは愉快そうに肩を揺らし、軽やかな笑い声を漏らした。

リッツは反射的に身を乗り出す。胸が高鳴り、思わず瞳に光が宿る。

「そのために、わざわざ来てくれたんですか!」

だが返ってきた答えは、冷や水を浴びせるような現実だった。

「そんな頼みの一つで戻ってくるわけないさ。大きい依頼が来ててね。組める奴がいないか、ついでに見に来ただけだよ」

笑顔を崩さぬまま放たれたその言葉は、皮肉なほど鋭く胸に刺さった。

リッツは頬の筋肉を引きつらせ、必死に表情を繕おうとする。だが、胸の奥からせり上がる落胆は隠しようがなかった。

(……やっぱり、俺なんかがわざわざ目をかけられるわけじゃないか)

握った手のひらにじんと熱がこもる。リッツは視線を落とし、卓上のジョッキを取った。中にはただの水。口に含んでも、果実酒のような甘さはなく、喉を通るたびに妙に苦味だけが際立った。

リディアが音もなく弟の足を踏みつけていた。それは彼女なりの、口を滑らせる弟への無言の忠告だ。だが、この姉弟にとっては日常の一幕に過ぎないのだろう。赤衣の青年は顔色ひとつ変えず、視線だけを姉に流したかと思うと、すぐに何事もなかったかのように言葉を続けた。

「君たちは、まだ実戦で通用する“魔法の形”を持っていないだろう?」

声音に飾りはなく率直だった。

リッツは思わず肩をすくめる。図星だった。彼は集中できる状況でなければ魔法を発動すらできない。変わりゆく戦場の中で適切に扱うなど、到底できなかった。

イリアもまた似たようなものだ。彼女の術は展開から効果が現れるまでに時間差があり、仲間の援護を得て初めて意味を持つ。独力で戦える域には程遠い。

「だからこそ、だ」

ラシュアは軽く肩をすくめ、柔らかな笑みを浮かべる。

「メナスの頼みもあったし、この機会に僕らが“実戦魔法”の手ほどきをしようと思ってね」

「実戦魔法……?」

リッツとイリアが、同時に声を上げた。

「そう。実戦魔法だ」

紅衣の青年の赤い瞳が、どこか楽しげに細められる。

「理学・精霊・祈心――三種の術を組み合わせ、戦場で生き残るための力を再構築する。それが僕らの言う“実戦魔法”なんだ」


ラシュアは卓上に三本の指を立て、そのまま軽く木の板を叩いた。乾いた音が、静かなホールに響く。

「そもそも――君たちは魔法が三種類に分かれているか知っているか?」

問いかけられたイリアとリッツは、互いに視線を交わすも、結局は首を横に振るだけだった。

ラシュアは、その反応を待っていたかのように赤い瞳を細め、穏やかな笑みを浮かべて語り始める。

「まずは理学魔法。これは魔力の“制御”に特化したものだ。口術によって出力を安定させ、無駄なく目的に沿わせる。散らしてしまえば力は弱いが、集中させれば極めて効率的に働く。」

イリアは真剣な面持ちで言葉を追い、リッツは思わず拳を膝の上で握りしめた。

「次に精霊魔法。これは逆だ。細かな制御を放棄し、純粋な魔力を炎や水といった自然現象へと変質させる。制御をしないがゆえに爆発的で高出力。時に広範囲を焼き払うほどの力を持つ。」

リッツは無意識に隣のディルへと視線をやる。彼が戦場で操る炎――おそらくは、この精霊魔法の系統に属するのだろう、と胸の内で納得する。

「そして祈心魔法。これは外へ放つのではなく、己や他者の“内”を変質させるものだ。思念を魔力に乗せ、肉体や精神の流れをゆるやかに書き換える。癒しや強化の術の多くは、この祈心の範疇にある。」

 ラシュアはそこで軽く息を吐き、肩を揺らすように微笑んだ。

「――要は、この三つを理解して、自分に合った形に組み替える。それが出来てスタートラインに立てるんだよ。」

 その言葉は穏やかに紡がれていたが、リッツの胸には重く響いた。自分の力がどれほど未熟かを突きつけられた気がしたのだ。

「問題なのは、私たちが皆、それぞれ違う適性を持っている点ね。」

 弟の言葉を引き取るように、リディアが静かに口を開いた。彼女の声は澄み切っていて、どこか冷ややかな響きを帯びながらも、不思議と耳に心地よい。

「例えばメナス。彼は理学に秀でているけれど、精霊には一切の素養がなかった。祈心に関しては……かろうじて適性がある程度ね」

 リッツは思わず身を乗り出す。メナスですら偏りがある――その事実は、意外でもあり、どこか安堵にも似た感情を呼び起こした。

「俺は精霊だけだし、キャラウェイは精霊と祈心、両方を扱える」

 ディルが軽く肩を揺らして会話に割り込む。

 リッツは息を呑んだ。胸の内で、押し殺していた思いが一気に膨らむ。

――自分には、どんな素養が眠っているのだろうか。

割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。

何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。

→ https://x.com/feally_leaf

あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。



設定 - 017

リディア・イライナ

年齢28歳。ネラート領出身。女性。

細剣と光と熱と音の魔法を扱う。<白閃>の二つ名を持つ。軽戦士よりの魔道戦士。

狼風亭の戦闘力のランク付けでは、冒険者のみで4/19位。従業員込みで5/25位


一般家庭の出身で、芽理の宮を経て自領の騎士団に所属した。内戦時は非戦派の領主に仕える親衛隊だったが、主君を守れなかったことを機に主戦派へ転じた。その後は前線で功績を挙げ、主力として名を馳せる。その縁もあり、戦後はリュートの誘いで狼風亭に所属している。

また、自身の高い才能が弟ラシュアの自信を奪い、力の発揮を妨げていることを痛感している。普段は冷静だが、弟のこととなると周囲が見えなくなる一面もある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ