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狼風亭の冒険者たち(仮)  作者: うるぅ
02 冒険者という仕事
13/20

013 詰所にて

その日の目的地である宿場に辿り着いたのは、一日の最も暑い時間帯を少し過ぎた頃であった。道中での襲撃、そして再編成にかかった時間が、予定よりも遅れを生んでいたのだ。

木造の宿場門の前には、鎧に身を包んだ守備隊が待ち構えていた。

護衛の騎士団員たちが彼らと言葉を交わしているが、表情は険しく、会話の端々に緊張の糸が張り詰めていた。空気は穏やかとは程遠く、むしろ鋭利な刃のように、一触即発の緊張を孕んでいた。

「……やっぱり、手が回ってるな。」

低くつぶやくディルの声が、乾いた午後の空気に小さく響く。横目でメナスを窺う彼の視線には、戦いの余韻と共にわずかな警戒心が混じっていた。

だが、メナスは無言で手を挙げ、制する。沈黙のまま、メナスは足を進め、守備隊と鎧の騎士団員たちのもとへ向かう。残されたディルとリッツは、背に冷たい風を感じながら、その姿を見送った。胸の奥に、張り詰めた緊張とわずかな不安が混じる。

やがて――半刻ほどが過ぎた頃だろうか。メナスが門の向こうから戻ってきた。表情は相変わらず淡く、感情の色はほとんど読み取れない。

「とりあえず、中へ入る許可は取った」

淡々とした声が、かえって厳粛な響きを帯びる。

「リッツ。お前は明日の定期便の発着所の傍に場所を借りておけ。今日からそこがお前の拠点だ」

言葉を区切り、メナスは顎をしゃくってディルに合図を送る。

「俺とディルには出頭要請が来てる。襲撃の件について事情を聴きたいそうだ」

それだけを告げると、メナスは踵を返し、再び宿場門の方へ歩み去っていった。リッツはその背中を見送りながら、胸の奥に小さな不安を抱えていた。

宿場の喧騒が、石畳に響く足音と混ざり合う。人々が行き交い、荷馬車が行き交う群れの中、リッツはできるだけ目立たぬよう、定期便や他の荷馬車に紛れて進む。石畳を踏むたび、心臓が軽く跳ねる。

風が通り抜け、木造の建物の影が長く伸びる中、リッツは小さな足取りで、宿場の奥へと歩を進めた。


守備隊の詰所は、外から見れば古びた木造の建物に過ぎなかった。だが一歩足を踏み入れると、内部は石造りの壁に囲まれ、かすかに黴の匂いが漂う、冷たく重い空間だった。天井の梁からは微かな木のきしみが響き、窓から差し込む午後の光は灰色の埃に吸われ、室内をうす暗く染めていた。

その広さに反して、迎えられている空気は決して客人としてのものではなかった。

善意ある第三者の事情聴取、と見做せなくもない。だが穿った見方をすれば、ここは容疑者への尋問の場であった。

勧められるまま、二人は椅子に腰を下ろす。室内だけでも六名の兵が視認でき、外に控える者も合わせれば二十名近い。宿場を守る人数としては決して多くはないが、ひとたび争いとなれば無事に済むことはないだろう。威圧感を示すには十分であった。

「しばし待て」

そう言い残して案内役の若い兵が詰所を出ていく。その声音には、隠そうともしない敵意と高圧さが滲んでいた。

メナスは鼻を鳴らす。冒険者として生きる彼らにとって、この手の扱いは珍しいことではない。守備を担うのは“聖鉄騎士団”。彼らの日常業務は、冒険者が請け負う依頼と大差なく、しばしば軋轢を生む。そして騎士団の若き兵士たちにとって、冒険者とは「選ばれなかった余剰の者」。軽蔑や偏見は、ほとんど習性のように根付いていた。

だがメナスもディルも、表情を崩さない。昼下がりの休憩のように椅子に身を預け、静かに時を過ごす。狼狽や卑屈は偏見を助長し、尊大さは対立を招く。経験豊富な者が取るべき策は、“普段通り”を装うこと――それが最も安全な道であった。

少しの時がして奥の扉が軋む。現れたのは鍛え上げられた壮年の男。無表情の奥に、幾度もの修羅場をくぐり抜けた者だけが放つ威圧が漂う。明らかに、この詰所の長、もしくは同等の権限を持つ人物だった。

「あいつは知らないな」

メナスが小声で漏らす。その言葉により、ディルも察する。この宿場の守備隊には配置換えがあり、半数ほどは顔なじみである。

男はゆっくりと二人の前に腰を下ろす。

その面には一切の色がなく、ただ底知れぬ静けさだけが漂う。静寂は重く、心の内を探るように二人を見据えていた。

やがて、男は口を開いた。

名を、所属を、任務の内容を――冷ややかに、しかし順序立てて、淡々と問いかけてくる。

その声は、まるで鋼の刃のように詰所に重く響き渡った。


「俺らに何かを聞く前に……」

メナスは重いため息を吐き、机を指先で軽く叩いた。その音は室内にかすかに響き、苛立ちをにじませるかのようだったが、それは本心の感情ではなかった。鋭く尖った感情をあえて表に出すことで、相手の反応を測るための演技――それが彼の狡猾さであり、長年の経験が導いた戦術であった。

胸の奥には、先ほどの騎士団員への不信がまだ燻っている。後方を確認するでもなく、町から援軍を呼ぶ気配も見せなかったあの人物たち――守備隊と騎士団員、そして襲撃者が、何らかの形で繋がっている可能性さえ頭をかすめる。

「まずはお前が名乗るのが筋じゃねぇか?」

低く響く声に、ウォル――詰所の長と思しき男――は眉ひとつ動かさず応じる。

「ああ、ここの守備隊長だ。ウォルと名乗っておこうか」

「ウォルさん、ね。悪いな」

ディルがすぐさま声を挟む。その調子は落ち着いており、場を和ませるような響きを帯びていた。

「相方は戦いの後でな、まだ少し興奮しているだけなんだ」

“相方”――ディルは一度たりともメナスをそう思ったことはない。だが、二人が“コンビ”として動いていることを強調することで、ウォルに自然な信頼感を植え付ける狙いがあった。

「俺はディル。そして、口の悪いこいつがメナス。冒険者の真似事をしている、ささやかな二人組さ。」

ディルは指先に微細な炎を灯す。手のひらを覆うほどの炎ではなく、あくまで制御の効いた小さな火――それは技量の証であり、相手の力量を測るさりげない実演でもあった。

ウォルの目にわずかな驚きが走る。瞬間、感情を押し込めるように表情を引き締めたそのわずかな間隙を、ディルは逃さず読み取る。

「特定の宿との契約はありませんが……今回は縁あって、ラティス商会の荷を護ってここまで来たんですよ」

愛想のある笑みを浮かべつつ、柔らかく言葉を続ける。

「ラティス商会……? いや、失礼だが、ああいう大手なら専属の宿を抱えているはずだ。名もなき者に依頼を任せるとは思えんが」

ウォルの疑念は尤もであった。しかしディルは肩をすくめ、軽く応じる。

「一つ前の宿場で、街道沿いに賊が出るとの噂が立ちましてね。急を要したのでしょう」

ウォルはなおも腑に落ちない様子だった。その空気を払うように、ディルは柔らかな笑みと共に言葉を足す。

「ああ、要は“名もなき者を雇うのか”って話ですね? なら安心してください。こっちのメナスは――芽理の宮の“五本指”のひとりなんですよ。」

その名を聞いた途端、ウォルの瞳に微かな揺らぎが走った。

芽理の宮――魔術と学術を統べる巨大組織。知識・探求・実践の三つの学閥から成り、頂点には“賢人”が座す。その任命によって与えられる栄誉職が“五本指”であった。権力や実務を伴わぬ肩書きにすぎないが、外部の目には、無数の冒険者の中で際立つ信頼の証として映る。

ディルの視線に促され、メナスは無言で懐から一つのメダルを取り出した。刻まれているのは芽理の宮の紋章と、裏に描かれた魔法陣と書物――“知識”閥を示す印である。

それが真実か否か、ウォルには判別できない。だが少なくとも本物に見える。

「……なるほど。事情は把握した。」

ウォルは短く告げると、片手を上げた。すると、若い衛士が茶を運んでくる。その仕草は、守備隊側が“警戒は不要”と判断した証であった。

「続けようか」

ウォルは茶を口に含み、静かに唇を拭うと、淡々と口を開いた。

「お前たちは――あの賊に気づいていたんじゃないか。」

その問いに、ディルは一瞬だけ言葉が詰まる。ウォルという男が職務に忠実であることは疑いようもない。だが同時に、彼が利用されている可能性も、賊と裏で繋がっている可能性も否定はできない。軽率な口の滑りは、取り返しのつかぬ不利を招きかねない。

「……そもそも何でそんなことを聞くんだ?」

メナスが机に手をつき、体をわずかに前に傾け、低く問い返す。

「証拠でもあるのか?」

ウォルは揺るがぬ声で応じた。

「冒険者ってのは、鼻が利く奴が多いからな。それに……ずいぶんと落ち着いて対処したらしいじゃないか。」

――おかしい。

襲撃の際、賊は後方に割って入り、護衛の騎士団と自分たちの間を断ち切っていた。あの瞬間に騎士団側からこちらの動きを確認できたはずがない。にもかかわらず、彼は事実を見ていたかのように言葉を口にする。

ディルとメナスは互いに視線を交わした。この男には、町まで同行してきた騎士団員とは別の情報源があると直感が告げる。

「仲間がな、賊討伐の依頼を受けてたからな。六人組の怪しい連中がいるって情報は手にしていた。」

メナスが短く答える。

「だが、その程度の可能性だけで動けるものか。」

ウォルの声音は冷静さそのものだ。

「お前たちは――確信を得ていた。違うか?」

メナスは鼻を鳴らし、ゆっくりと言葉を落とす。

「……おめぇには分からんかもしれねぇが、俺たちは常に“可能性を検討”する。『居るかもしれねぇ』じゃねぇ。『居たとしたら何をするか』を考えるんだ」

ウォルは目を細める。

「やはり……何か、気づいていたんだな? 些細な、何かに」

詰所に重い沈黙が落ちる。

ディルは視線を落とし、茶を一口すすった。答え方を誤れば、賊に自分たちの眼と耳を明かすことになる――それは、致命的だ。

「……空の荷を積んだ荷馬車があったんですよ。」

選び抜いた言葉を慎重に吐き出す。

「どうやって見分けた?」

ウォルの問いは間髪を入れずに飛んでくる。

「それは、言えませんね。」

ディルは首を横に振り、断固とした調子で切り捨てた。

「……銀貨八十枚でどうだ?」

ウォルの声は、試すように低く響く。

「我々の仕事の質に関わる情報です。」

ディルは何か言いかけるメナスの口を手で制し、自ら答える。

「手法は――話せません」

ウォルはじっと二人を見据え、そして少しだけ間を置いた。そして声の調子を落とし、核心を突く。

「それと……先頭を走っていた護衛の連中は、何をしていた? 気づいていて当然だったはずだ」

その一言に、ディルとメナスの胸に冷たい緊張が走る。

――来た。核心だ。

それは単なる失態の確認かもしれない。だが同時に、護衛の騎士が賊と通じていたかを探る言葉にも聞こえる。どちらにしても、ここから先は一挙一動が命取りになる。


「こっちの異変には、気が付いてなかったみてぇだったな。」

メナスが皮肉を交えて口を開いた。

「襲撃が起こりそうな危険地帯を抜けた直後だった。あとはこの宿場まで一直線、せいぜい一刻ほどの距離――気が緩むにはちょうどいい頃合いだったんだろう。……まあ、奴らが残っていれば、少なくとも賊の殲滅には成功していたかもしれんがな。」

ウォルの視線が、机越しに鋭く二人を射抜く。

「だが、襲撃の直後――君たちが声を上げていれば、十分に気付けた状況だったのではないのか?」

その光は冷たく、探るようで、威圧を伴っていた。

メナスは肩を竦め、淡く笑みを零す。

「確かにな。声を上げられれば、な」

その声音には、先ほどよりも明確な皮肉と余裕が混じる。

「後方からは剣戟の響き、前方には武器を構えた賊。力量もわからぬ相手と命を削り合う最中だ。さらに前方の騎士の動きまで、すべてフォローできると思うか?」

ウォルの眉間に深い皺が寄る。

「……言い訳にしては整いすぎているな。」

低く落ちた声は、場の空気を一層重くした。

だがメナスは怯まない。むしろ笑みをわずかに深め、冷ややかな声を返した。

「言い訳に聞こえたか? ならそうなんだろうさ。だが――真のマヌケは、気付けなかった騎士どもだろうよ。」

「貴様……!」

ウォルの手が剣の柄にかかり、空気が一気に張り詰めた。誰かの息づかいすら聞こえるような沈黙。仲間を侮辱されれば血が騒ぐらしい――その反応から、少なくとも彼が賊と通じている線は薄いとメナスは見た。

沈黙を破ったのも、やはりメナスだった。

「まぁ、俺たちが無能と――そう言いたいなら、好きにしな。」

挑発でも諦めでもない。ただ冷ややかに吐き出された言葉。

ウォルの目が細まり、しばし睨みつけたまま動かなかった。だがやがて、舌打ちがひとつ。

「……ふん。貴様らの報告内容では、賊の特定は難しいな。戦闘協力の報奨金は用意しよう。だが、その前に手続きがある。奥の部屋で話そう」

そう告げると、ウォルは背を向け、詰所の奥の扉をゆっくりと開いた。その手には数枚の書類が握られている。

室内に残った二人は、互いの視線を交わす。

割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。

何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。

→ https://x.com/feally_leaf

あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。



設定 - 013

ルベリア王国における都市構成

ルベリア王国における都市構成は、人口規模によって都市・宿場・村・集落の四段階に分かれている。その中で固有名称を持つのは都市と街道のみである。街道沿いに立つ宿場や、街道から離れ無秩序に散在する村や集落には正式な名称が付与されない。背景には戸籍制度の不在、一般家庭が家名を持たない慣習、物流が個人ではなく集落単位で行われること、さらには人の流入出の流動性が高いことなどが挙げられる。

しかし実務上は呼び名が必要とされるため、商会や運送業者は便宜的に地名を付けてきた。多くは「川の名+宿」や「街道名+村」といった俗称であり、地域ごとに異なる呼び名が広まることも珍しくない。一方、治安維持や徴税を担う騎士団や行政は、宿場や村を番地制や番号で整理しようと試みている。

こうして俗称、行政的呼称、そして時には商会独自の呼称が併存し、同じ場所が三つの名で呼ばれることもある。旅人や商人、役人の間ではしばしば混乱が生じ、結果として「都市だけが唯一確実な固有名称を持つ」という現状となっている。

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