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狼風亭の冒険者たち(仮)  作者: うるぅ
02 冒険者という仕事
12/20

012 交戦

一方で、槍を構えた襲撃者は焦りを募らせていた。

踏み込もうとしたが、眼前に閃く光の矢が進路を断つ。メナスの放つ魔力の矢――正しくは理学魔法の初等術《理の矢》。それは呪文の詠唱も力を溜める時間も必要とせず放たれる。通常の魔法であれば、何らかの口術が必要であるがその正体をつかむことができない。ひとたび動きを読まれれば、突撃など愚かしい自殺行為に等しい。

さらに、二人の間には荷馬車の馬が立ちはだかっていた。馬は貴重な財産であり“金目”の品。無用に傷つければ、動物の予期せぬ暴走が自らの命を危険にさらす。それを理解しているからこそ、槍の男は歯噛みしながらも踏み込めずにいた。

「……ちっ。」

ついに覚悟を決め、男は姿勢を低くし、馬を障害物代わりにして横へ回り込み、メナスと対峙しようとする。だが――

そこに、メナスの姿はなかった。

「どこだ……!」

瞬時に戦場の勘が警鐘を鳴らし、男は反射的に後方へ跳び下がる。敵を見失ったときは、まず距離を取れ。視野を広げ、目標を探す――それが生き残るための鉄則だ。だが、その動きをすでにメナスは読んでいた。

荷台の陰から静かに身を起こし、放たれた一条の光が空を裂く。矢は正確に男の右肩を穿ち、鈍い衝撃が肉を抉った。

「ぐあっ!」

苦痛の呻きとともに槍が地に落ちる。

「武器を拾うな。」

冷ややかな声が風のように襲撃者の耳を打った。

「最後の忠告だ。そのまま荷馬車に乗り、ここを立ち去るなら……なかったことにしてやる。」

声音には脅しも怒りもない。ただ一貫して無機質な調子。それこそが、かえって襲撃者の心を締め付けた。恐怖という氷が背筋を這い上がる。

だが――従えば待つのは破滅だ。

宿場にたどり着けば、騎士団の手が伸び、捕縛され、重き刑罰を受ける未来しかない。周囲を見回す。仲間の姿はどこにもない。初めの矢による分断、馬の配置――すべては計算ずくであり、気づけば孤立させられていたのだ。

それでも、まだ勝機はある。距離は二メートル。たった一瞬でも隙を作れれば――。

負傷した肩から血を振り払い、赤黒い飛沫をメナスへ浴びせかける。視界を奪えば逆転の一手となる。

同時に、地に落ちた槍を足で蹴り上げ、左手で掴む。利き腕は使えない。だが突き刺すだけなら十分。勝利の幻影を胸に、男は前へ身を繰り出した――

その瞬間、足元に淡い魔法陣が浮かぶ。

気づいた時にはもう遅い。足元から噴き上がった魔力の柱が男の全身を呑み込み、肉体を表面から一気に削る。血に塗れた襲撃者は、膝から崩れ落ちる。呻き声さえ、もはや力を失っていた。

メナスは視線をリッツへと戻す。

剣戟の火花が幾度も散り、鉄と鉄が噛み合う音が耳を打つ。状況は拮抗――いや、正確にはリッツが押されつつあった。剣の重みも切り返しの鋭さも、襲撃者のほうが一枚上手。それでも、これまで拮抗を保てたのは、背後から飛ぶかもしれぬ魔術の援護に敵が怯えていたからだ。

だが今、その援護がないことに気づいた襲撃者は、恐怖を振り払い、じりじりと攻勢を強めていた。

(まだ時間は稼げるな……)

冷静に判断しつつ、メナスは後方へと目を向ける。


護衛の騎士四名のうち、すでに二名は地に伏し、赤黒い泥に沈んでいる。残る二名にディルが加わり辛うじて応戦していたが、形勢は決して楽観できない。荷馬車の主は腰を抜かし、車輪の影で震えている。

メナスは戦力だけを見れば、まだこちらに分がある。だが勝利の代償に人的被害が避けられないと判断する。何より――先行していった定期便の馬車が振り返ることなく視界から消えた。これは同乗していた騎士たちが襲撃者と通じていると見るべきと疑惑が残る。

護衛の騎士が全滅すれば、俺たちが襲撃犯に仕立てられる──その可能性がメナスの脳裏によぎる。

そう判断すると、メナスは小声で短く口術を唱えると三本の矢を形成する。

彼は勢いよく矢を放つ。一本目はディルと敵との間を切り裂き少し距離を離す。二本目は荷馬車の車軸を狙って車輪を外させる。三本目はディルの足元に突き立てて合図を送る。ディルは意図を読み取り、右手を挙げて合図を返す。

再び前方へと向かい直す。リッツはまだ剣を振るい、息を切らしながらも必死に敵を繋いでいる。力は明らかに足りない。しかし彼は視線の端にメナスを収めて戦っている。その姿をメナスは小さく認めるように目を細めた。若者のぎこちないが真っ直ぐな必死さは、無駄ではない。

(……殺すのは容易い。が、一人捕らえておけば保険になる。)

護衛が全滅すれば、自分たちに嫌疑がかかる。だが、捕虜を一人でも確保しておけば、証言は保険となる。決意を固めたメナスは、荷馬車の荷台へと手を伸ばしロープを引き寄せた。


リッツは焦っていた。

襲撃者の剣技は明らかに自分を上回っている――それは肌で、骨で、嫌というほど理解していた。

斬撃は連続し、まるで風そのものが刃に姿を変えているかのようだった。必死に剣を掲げ、防御に追われる。だが力の重さが急に変われば、支えた足がわずかに揺らぎ、その瞬間を見逃さず斬り伏せてくる。相手の剣術の本質は理解している。だが、理解に体が追いつかない。

受けに回れば回るほど、目の前の一撃をいかに凌ぐかで思考が埋め尽くされ、反撃の道筋を見失う。息継ぎのような思考の隙間が、どうしても必要だった。

その時、視界の端にかがみ込むメナスの姿が映った。何をしているのかはわからない。だが一つだけ理解した――敵に気取らせてはならない。メナスが仕掛けている、その事実すら悟らせてはいけない。

リッツは必死に間合いを外そうと足を運ぶ。後退し、横へ逃れ、必死に呼吸を稼ごうとする。だが襲撃者は容赦なく詰め寄り、距離を与えぬ。そこに脅しも威嚇もない。淡々と斬るためだけに踏み込んでくる。牽制が効かない。投擲も魔弾も、時間と余裕があって初めて力を持つ。今はただ押し潰されるだけだ。

それでも――間を作らねば死ぬ。

焦りを胸に焼きつけ、リッツは決断した。大きく、明確に、下がる。相手が一気に踏み込む、その瞬間を待つために。

そして、襲撃者が地を裂く勢いで踏み込んできた刹那、リッツは逆に前へ出た。

鼻先が触れるほどの至近距離。あまりにも突飛な動きに、襲撃者の瞳がわずかに揺らぐ。困惑の色がその瞳に浮かんだ。

そこに、左手へ込めた魔力を叩きつける。掌底が敵の腹を打ち抜き、重い衝撃が相手を襲った。

「――ッ!」

呻き声とともに、襲撃者の体は反射的に後方へ跳んだ。致命には至らない。だが、剣戟の最中に「何をされたのか」理解できず、混乱に駆られた表情を晒している。己の腹を押さえ、目だけが憎悪に燃えていた。

リッツはそこで、メナスと目が合った。手で「こちらへ来い」と示している。

斬り結んで勝つのではない。メナスのもとへ辿り着くこと。それが今の勝利条件だと悟った瞬間、リッツの胸に一筋の希望が灯った。


目の前の襲撃者は、ゆっくりと立ち上がる剣を構えていた。

その剣技は、リッツを明確に凌駕している。わかっているが、その現実を突き付けられるたび、胸の奥で恐怖が焼けつく。

――この敵を抜き、メナスのもとへ辿り着かなければならない。

時間は残されていない。先ほどの一撃は相手を怯ませただけで、大きな傷には至っていない。むしろ、再び間合いを詰められれば、それで終わりだ。横をすり抜ける余地すらなくなる。

焦りを振り払うように、リッツは腰のナイフを抜き放ち、正面へと投じた。だが、軌道はあまりにも単純。予備動作が大きく、敵は体を軽くひねるだけで容易く避ける。剣先を揺らしながら、呼吸を整える襲撃者。

リッツの胸中に浮かんだのは、やはりという諦念だった。だが、通じずとも構わない。投擲は自分にとって“呼吸”のようなもの。攻撃ではなく、生きるための癖の一部だ。自然ともう一度、腰の鞘へと手が伸びる。

「……一か八か、やるしかないか」

息を呑み、己を奮い立たせる。

その時だった。

ふと脳裏に、メナスの声が甦る。

“魔法はイメージだ”

短い一言。だが、その言葉が、暗闇の中に灯る火のように意識を照らす。次の瞬間からの記憶は曖昧だ。霞の中を歩むように断片的で、はっきりとは残っていない。

気がつけば、リッツの手には再びナイフがあり、それを宙に――まるで見えない台座の上に置いたかのように――浮かべていた。襲撃者の瞳が驚愕に見開かれる。

その刹那を逃さず、リッツは剣を構え直し、躊躇なく踏み込む。

今度は攻める番だった。考えさせるな。隙を与えるな。怒涛の連撃を畳みかける。

金属が何度もぶつかり合い、やがて剣と剣が噛み合った。鍔迫り合いへと持ち込む。

だが、力は圧倒的に劣る。襲撃者が力任せにかち上げた刃に弾かれ、リッツの体は大きく崩れた。

勝機を逃さぬ襲撃者が、一気に間を詰める。

その瞬間――宙に浮かんでいたナイフが、矢のごとく閃いた。

「っ……!」

刃は襲撃者の左腕に深々と突き刺さる。呻き声と共に、相手は大きく後退した。

リッツはその隙を逃さず、脇をすり抜け、疾風のごとく駆け抜ける。目指すはメナスが示していた地点。

だが背後で、襲撃者が怒りに顔を歪める。傷ついた左腕を押さえながらも、なお追撃に転じた。

焦りからか歩幅は大きく、足取りは荒い。

次の瞬間、鋭い引きが足首を捕らえた。

「……っ!?」

張られていた縄が襲撃者の足を絡め取り、その体を地へと叩きつける。砂塵が舞い、鈍い衝撃音が響く。

すぐさまメナスが飛びかかり、馬乗りとなって捕縛の縄を巻きつけていった。

「これで……一人確保だ」

荒く息を吐きながら放たれたメナスの声。その響きに、リッツは膝をつき、深く息を吐き出した。

死線の一瞬を越え、二人はようやく確かな成果――捕縛という戦果を得たのだった


捕虜の止血を終え、リッツの傷にヒリンの葉のエキスをしみこませた布を巻き付けた頃、砂塵を巻き上げて一人の影が駆け寄ってきた。

「よぉ……こっちも片付いたみたいだな」

肩で荒く息をつきながらも、声にはどこか晴れやかな色が宿っている。ディルだった。

メナスは口の端を吊り上げ、薄く笑った。

「まぁな」

「お前の狙い通り、後ろの連中は退いたぜ」

ディルが肩を竦めて言うと、リッツは思わず口を開いた。

「……逃がしたんですか?」

リッツの問いかけにメナスはわざとらしく溜め息をついた。

「おめぇなぁ。勝利条件って覚えてるか?」

投げやりに放たれた声音に、リッツは言葉を詰まらせた。

胸の内に渦巻くのは戸惑いと、苛立ちにも似た焦燥。だが、やがて彼は思い至る。

襲撃者たちの目的は、荷を奪うこと。ただそれだけだ。ならば、あえて守りを緩め、一部を触れさせれば、彼らは撤退を選ぶ。命を無闇に散らすことなく依頼を果たす。それが、次善の策。

その理を理解した瞬間、リッツは余計な言葉を呑み込み、静かにうなずいた。視線の先では、荷馬車の主たちが慌ただしく積み荷を点検している。彼らの前で無用の議論を重ねることは、ただ不安を煽るだけだ。

「俺らは依頼を果たし、被害も最小限に抑えた。これが次善の策ってやつだ」

メナスは淡々と告げる。

「積み荷を取られた商人には、荷馬車と馬でも補填してやりゃいい。問題はねぇ」

その間にも、ディルは捕虜を担ぎ、残った護衛騎士のもとへ引き渡していく。剣を握る手にまだ震えが残る騎士は、もはや二人きりになっていた。だが宿場までは遠くはない。どうにかなるはずだ。

やがて出発の準備が整うと、ディルと騎士たちは荷車の影で何やら言葉を交わし始めた。後処理についての相談だろう。その背中を眺めながら、メナスが低く囁いた。

「リッツ……おめぇはまだ“冒険者”として顔が割れちゃいねぇ。だから念のため、ここから先はラティス商会の新人だ。俺たちの“依頼人”として振る舞え」

不意に告げられた言葉に、リッツは息をのむ。口を開きかけたところで、メナスの手が制するように上がった。指先から差し出されたのは、一枚の紙片だった。

「これが明日、おめぇが行くべき場所だ。もし俺やディルに何かあったら、定期便に紛れてそこへ向かえ。依頼人と落ち合う手はずも記してある」

「……え?」

リッツは困惑した面持ちを隠せなかった。事態を完全に飲み込めてはいない。

「狼風亭から来たと伝えりゃいい。あとは流れに任せろ。人手が減った分、報酬は削られるだろうが……交渉なんざすんな。いいな?」

メナスの声音は鋼のように硬く、言葉の余地を許さなかった。

リッツは唇を噛み、小さくうなずく。胸の内には疑問が渦巻いていた。だが、この場で問いただすのは賢明ではない――その判断が、彼を沈黙へと導いた。

ほどなくディルが戻り、荷馬車は再び軋む音を立てて進み始める。一行は、次の宿場を目指して進路を取った。戦いの余韻を抱えたまま、車輪の音だけが乾いた大地に響いていった。

割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。

何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。

→ https://x.com/feally_leaf

あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。



設定 - 012

理学魔法

芽理の宮が再現性と普及を目的に体系化した魔法である。根幹は「魔力を溜め、変化させ、対象へ放つ」という三段階で構成されており、術者はこれを意識して操作する。制御の補助には〈口術〉が用いられるが、唱えられる言葉そのものに力が宿るわけではない。あくまで術者が抱くイメージと発声を結びつけ、魔力操作を安定させるための技法である。

理学魔法はこの「イメージと口術の連携」を重視し、玉や矢、壁といった単純な形態変化や、熱・光・音・衝撃といった基本的な性質変化を得意とする。火や水を自在に操るような複雑な自然再現には不向きであるが、攻撃や防御、補助など幅広い場面で活用できるため、魔法の基礎として多くの者に学ばれている。

さらに、熟達した術者は自らの魔力を物体に付与して操作性を高めたり、戦闘前に魔力を蓄えて即座に放てるよう備えたり、あるいは複数の口術を並行して仕込み同時に魔法を展開するなど、奥義的な技法を駆使する。こうした工夫によって、理学魔法は基礎的でありながら戦術的な柔軟性を備え、他の体系と並んで重要な位置を占めている。

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