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狼風亭の冒険者たち(仮)  作者: うるぅ
02 冒険者という仕事
11/20

011 不穏の気配

朝靄に包まれた街道は、冷たく湿った空気を震わせながら、ただ蹄の音と車輪の軋みを淡々と刻んでいた。五台の荷馬車が列をなし、まだ弱々しい朝の光が大地を撫でてゆく。

メナスは手綱を軽く操り、自らの馬車を列に寄せた。隣を並走する騎士と短く言葉を交わす。交渉は簡潔で、取り決めはすぐに済んだ。——銀貨二十枚。経費から差し引かれるにしても、余計な戦闘を避けられるのであれば安い買い物にすぎない、と彼は胸の内で結論づける。

列のうち三台は民間の荷馬車であり、護衛を付けている様子もない。残る二台は王国の定期便で、鎧に身を包んだ騎士が数名同乗していた。その規律正しい姿が列全体に秩序を与え、車内の空気にも微かな安堵をもたらしてゆく。

そんな中、ディルがマンドリンを取り出し、流行の旋律を爪弾き始めた。軽やかな音色は靄を裂くように漂い、やがて幾人かが鼻歌交じりに声を揃える。六台の荷馬車の列は、さながら小さな合唱隊のように進んでいった。音楽は不安を薄め、旅路に心地よい薄布をかけるように働いていた。

四刻ほどが過ぎ、陽が高くなる頃。音の流れは不意に途切れた。ディルがふと指を止め、旋律は空気の中に消える。彼は無言でマンドリンを布袋にしまうと、御者台へと上がり、隣のメナスの傍らに腰を下ろした。


「……おかしな荷馬車が混じってるな」

その声は低く、しかし鋭い刃を含んでいた。

その一言に、リッツの耳がぴくりと反応する。彼は息を殺し、二人のやり取りに全神経を傾けた。

「二台だ。確かに箱は積んでいるが、中身は空だな」

メナスの視線が隊列をなぞるが、表層の違和感はまだ掴みきれない。ディルの口元がわずかに歪み、言葉が続く。

「荷馬車の跳ね方だ。木箱ごと揺れてやがる。中身が軽すぎる証拠だ」

改めて観察すれば、確かにそうだ。段差を越えるたび、荷台と木箱が別々のリズムで跳ねていた。重みを欠いた空箱ならではの挙動。些細な違いであっても、熟練者の目には明白であった。

「……いつから気づいていた?」

「二刻前の休憩だ。初速がやけに速かった。前に二人、後ろに四人。人数も帳尻が合う」

メナスの目が細くなる。言葉は少なくとも、二人の間には鋭く速やかな算段が流れていた。

「獲物は?」

「剣三、槍二、斧一だ」

ディルの声は低く冷徹。やがて首をわずかに巡らせ、後ろのリッツへと目を向けた。

「リッツ。戦闘になったら槍には近づくな。わかったな」

リッツの喉がひくりと鳴り、小さな頷きが返る。槍の間合いは広く、未熟な自分には踏み込む余地がない。教本にも記されていた常識。だが、それを頭で理解していても、いざ現実に直面すると心臓を圧する恐怖に変わる。

果たして自分は、戦の場でどこまで役に立てるのか——。その問いが、鉛のように胸の奥へ沈んでいった。


列はやがて森を抜け、川辺へと差し掛かった。視界が開け、重苦しい木々の影は消え去る。広がる平地は陽光に照らされ、槍や長柄武器を振るうには理想的な舞台を形づくっていた。伏兵を潜ませるなら、敵が好んで選ぶ場所に違いない。

逃げ道となる川は、追い詰められた者に最後の選択肢を与える一方で、追手にとっては相手を溺れさせる格好の罠でもある。メナスもディルも無言のまま、馬を進めながら視線を鋭く走らせていた。前方から援軍の気配はない。列は長く伸び、視界の端に動く影はなく、ただ太陽だけが高く昇り、影を短く削ってゆく。

熱と乾いた風が頬をかすめ、石畳を叩く蹄の音は鋭さを増していた。車輪の軋みが、まるで不吉な合図のように大きく響き渡る。張り詰めた沈黙の中、やがてリッツだけが心の奥に小さな安堵を覚え始めていた。

——もしかすれば、何も起きないのかもしれない。

空荷の荷馬車であろうと、馬や車そのものは莫大な財産だ。安全のため定期便に紛れ込む商人がいたとしても、不思議ではない。そう己に言い聞かせかけた、その刹那だった。

後方から、かすかな悲鳴と鋼の衝突音が空気を裂いた。

反射的にリッツは振り返ろうとする。しかし、その動きを鋭く射抜く声が飛んだ。

「リッツ!」

ディルの叱咤が、全身の神経を引き締める。背筋がはね上がり、咄嗟に視線を前方へ戻すと、疑わしいと睨んでいた荷馬車が街道の中央に停まり、行く手を塞いでいるのが見えた。

さらに前方では、先頭の定期便が異変に気づかぬまま距離を広げていく。

「……ッ」

リッツの喉がひくつき、生唾が喉を落ちる。荷台から降りてくる影は二つ。太陽に照らされて煌めく剣と槍の光が、容赦なく彼の眼に突き刺さる。

訓練では何度も人と刃を交えた。魔物とも戦った。だが、これは違う。血を分けた同族と、命を奪い合う戦場に立つのは、これが初めてだ。震える指先を押さえようと、彼は必死に拳を握りしめる。

「ディル。後方の確認を頼む」

メナスの声は低く、鋼のように硬い。有無を言わせぬ圧が籠もっていた。

「こいつらは……俺とリッツで相手する」

その一言に、ディルの眉がわずかに動く。だが、すぐに何も言わず頷き、剣戟の響く方角へ駆け去っていった。

残されたリッツの耳に、血の匂いと川のせせらぎが同時に迫りくる。喉の奥が焼けるように熱く、胸の奥では恐怖と覚悟がせめぎ合い、彼を押し潰そうとしていた。


リッツは腰の鞘に震える指を滑らせ、ぎこちなく荷台から降りた。冷たい朝の空気が肌を刺し、心臓の鼓動だけが口の中でやけに大きく響く。メナスが魔法を主軸に戦う者である以上、間合いを作るのは剣を携えた者の役目だ。躊躇いながらもリッツは荷馬車の前へと出る。

抜こうとした剣は、しかし彼の掌に従わない。震えた手が鞘の柄を押し開くべきところで固まり、鍔鳴りにも似た乾いた音が、ぎこちなくカチカチと繰り返す。抜き身の刃はわずかにも鞘を離れず、喉元は氷が張ったように固まる。

その様子を見た襲撃者のひとりが、悪意を含んだ笑みを浮かべた。

「よぉ、糞坊主……怖ぇなら逃げてもいいんだぜ?」

下卑た罵声が広がり、嘲笑が隊列の片隅でうねる。刃の輝きが刺すように冷たく、男たちの顔には獣のような好奇が映っていた。だが、メナスの声はそれを一掃するほどに冷えていた。怒号でも脅しでもない

「五体満足でいたいなら、そのまま回れ右して馬車に乗れ。」

賊たちの嘲りは更に大きくなり、男の一人が肩をすくめるようにして歩み寄る。

「おいおい、逆だろ? 馬車を置いていくなら、帰してやるよ。」

その時、メナスが荷台の上から静かに命じた。声は小さいがリッツの耳に確かに届く。

「剣を持っている奴を抑えろ。倒さなくていい。ただ抑えればいい……できるか?」

リッツは震える唇を噛みしめる。小さく頷くと、意識の奥で糸のように絡まっていた恐怖が、わずかにほぐれ始めた。手の震えは少しずつ落ち着いていく。だが、その代わりに、歯が小刻みに鳴り、身体は震えながらも意思を取り戻していく。

「仕方ねぇな。」

メナスはリッツに掌をかざす。馬と馬車が視界を遮り、敵の目には見えない位置から、リッツの背へと淡い気配が流れ込んだ。肌を撫でるような、それでいて確かな存在感を持った魔力。

その瞬間、リッツは息を呑んだ。何かが鎖を解かれたかのように胸のあたりで外れ、身体が信じられないほど軽くなる。筋肉は新たに覚醒したかのように自らの意思に応え、震えは霧散した。動作は滑らかに、そして確実に戻る。足先から指先までが彼の命令に忠実に従うと、恐怖は火照りに変わり、それが集中へと昇華していった。

「理学の祝福の一種だ。半刻ほどだが――お前の体は思う通りに動く」

メナスの声は静かだが、その言葉は揺るぎない確信を帯びていた。

「俺があいつらを分断する。……頼むぞ」

メナスの目が一瞬、真っ直ぐリッツを貫いた。言葉以上に伝わる命令と信頼。今度こそ、リッツは迷いなく頷いた。刃を解く感覚が、かつてないほどに手に馴染む。彼の中の小さな震えは完全に消え、そこに残ったのは冷静と燃えるような決意だった。

襲撃者は依然として余裕を崩さず、漫然と歩を進めていた。だが、残り五歩を切った瞬間、その気配が一変する。踏み締めた地面が小さく弾け、獣じみた速さで駆け寄ってきた。

ほぼ同時に、メナスの掌から光の閃きが走る。魔力を凝縮した矢が三本、矢継ぎ早に放たれた。

一本目は、リッツを狙っていた剣を持つ襲撃者の横を鋭く抉る。驚愕に顔を歪めた襲撃者は、反射的に横へ飛び退いた。そのわずかな動作で、リッツとの間には深い間隙が生まれる。

続く二本目は、槍を構えていたもう一人の足元へ突き刺さった。乾いた音と共に土が弾け、槍使いの足が一瞬止まる。

三本目は、その顔面を真っ直ぐに狙い撃つ。必死に首をひねってかわしたものの、その視線は逸れ、仲間の位置を見失った。たったそれだけの隙――しかし戦場を知る者にとっては、致命に等しい空白である。

「……クソがっ!」

苛立ち混じりの声が吐き出された。彼らはリッツの震える姿に油断していた。だが今、戦況を掌握しているのは間違いなく――この魔道士、メナスだと悟る。

とはいえ、魔術師は距離を保ってこそ力を発揮する者。間合いさえ詰めれば、自分たちが優位だ――そう思考を切り替えた刹那、リッツが踏み込む。

剣を抜いたその足取りには、もう迷いはなかった。震えていた心はすでに静まり、恐怖の正体が「経験の差」だと理解したことで、逆に澄んだ視界を得たのだ。敵は二人。ならば自分とメナスとで一人ずつを相手にし、互いを視界に収められる位置を取ればいい。戦いの基本を、リッツは忠実に守ろうとしていた。

対峙する襲撃者は、目の前のリッツに意識を割き、メナスの存在を視野に入れきれていない。仲間同士の連携を想定していないその戦い方が、少しずつリッツの心を落ち着かせていく。

だが、交わす剣は重く、切り返しの鋭さも一段上。刃を合わせるたびに、力の差を痛感せざるを得なかった。追いつくので精一杯。それでも、背後にメナスが控えていることを相手が意識しているのは明らかだった。リッツがわずかに身を捌くだけで、敵の動きが鈍る。「矢が飛んでくるのでは」と恐れているのだ。

剣戟は多くはない。だが、時間を稼ぐには十分。その確信がリッツの胸に芽生える。自分でもできる、と。今は、恐怖よりも冷静な自覚が勝っていた。

割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。

何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。

→ https://x.com/feally_leaf

あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。



設定 - 011

ルベリア王国における魔法派閥

この国の魔法は、大きく「形態変化」と「性質変化」の二つの要素に分類される。体系は理学・祈心・精霊の三つに分かれ、それぞれ独自の特性を持ち、単独でも組み合わせても使用される。

理学魔法は、芽理の宮が体系立てた技術で、素養が乏しい者でも扱える汎用的な魔法である。複雑な制御は不得手で威力も控えめだが、形態変化に長けており、攻撃や補助、短時間の防御など幅広く応用できる。そのため、魔法の基礎として学ばれることが多い。学習者の入り口として最適な体系である。

祈心魔法は国教ピシア教に結びつき、祈りの力で自身や触れた対象の魔力を整えて作用させることができる。主に回復に用いられるが、応用次第で防御結界や行動制御、対象の強化など多彩な効果を引き出せる。その柔軟性から、戦闘や支援の場で非常に重宝される。

精霊魔法は最も歴史が長く、口伝を中心に伝承される。自身の魔力の性質を変化させることで、特化した能力や高威力、属性を付与できるのが特徴である。習得には熟練を要するが、極めれば戦局を一変させる強大な力を発揮することもある。

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