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狼風亭の冒険者たち(仮)  作者: うるぅ
02 冒険者という仕事
10/20

010 最初の宿場にて

──半刻後。

三人は食事を終え、ディルが荷物の点検をしている。輸送任務においては、休憩のたびの確認は欠かせない。もし何かを落としたなら、どの区間で問題が起きたのかを即座に割り出せるようにしておくためだ。

「メナスさん……あの、“もっと低い話”っていうのは……?」

恐る恐る問いかけるリッツ。彼の知る限り、魔弾の生成と射出は最初歩の魔法とされる。だが、それより“下”など存在するのだろうか。

「ほれ。これ握って、見てろ。」

メナスは掌に収まる石を投げ渡した。

「先に言っとくぞ。お前が自力で魔弾を扱えるようになったのは、大した努力の証だ。それは認める。だからこれから話すことは、お前が一人でもいつか必ず辿る道筋の答えだと思って聞け。……わかったな?」

その言葉に、リッツは真剣に頷いた。

「お前はな。魔法の基礎訓練を知らないまま応用を使ってるんだ。魔弾ってのは、魔力の形状変化、放出、維持、射出──いくつもの工程が組み合わさった“複雑”な魔法だ。俺がさっき言ったアドバイス、覚えてるか?」

「えっと……魔弾と掌を紐で繋げて、紐を伸ばして……」

「ちげぇ!」

メナスが遮る。

「理学の要素を使って説明してみろ。俺の言葉をただ真似るな。」

リッツは答えられず、石を握りしめたまま俯く。

沈黙を埋めるように、ディルが口を開いた。

「球を作るのは形態変化と放出。紐を伸ばすのも同じ。……弾も紐も“同じ魔力”だと考えれば、これは弾と紐を分けて考えて扱うべきじゃない、ってことだろ?」

「正解だ。」メナスがうなずく。

「俺は、お前のやろうとしていた魔弾より難易度を下げた指示を出したんだ。だが、それを理解できねぇ時点で──お前はまだ魔法の入り口の“外”にいるんだ。いいか、これは貶してるんじゃねぇ。これが、現実だ。」

リッツは小さくうなずく。

「今から、理学魔法の“最初歩”を三つ見せてやる。」

そう言うと、メナスは石を握り込み、近くの木へと放った。

一投目──

放物線を描いた石は、木に当たるとめり込むように突き刺さった。

二投目──

手元を離れた石が、空中で加速していく。「ドンッ!」と激しい音を立て、木の幹に深く突き刺さった。

三投目──

足元の石が不自然に浮かび上がり、蛇が動くようなジグザグの軌跡を描き、木に当たってから転がり落ちた。


「どうだ? 今の違い、理解できたか?」

メナスが振り返り、鋭い眼差しで問いかける。

「えっと……一投目は、単純に破壊力を高めたもの。二投目は、射出して速度を増したもの。三投目は……石を操作した、ってことですかね。」

リッツは自信なさげに答えた。

「そうだな。」メナスは短くうなずく。

「お前は投擲の技術を持ってるらしいな。それがホントなら、その三種類だけでも十分すぎる武器になるはずだ。」

その言葉に、リッツの胸に一筋の光が差した。

確かに──投げナイフに魔力を纏わせれば、鎧を貫く可能性が格段に上がる。速度を自在に操れるなら、遠距離から味方を援護することだってできる。

最初歩と呼ばれた術は、実のところ自分の特技にぴたりと噛み合うものだったのだ。

メナスはレクチャーを終えたとばかりに立ち上がり、出発の準備に取りかかる。その背を慌てて追いかけるように、リッツが声を上げた。

「あの! どう練習すれば……」

「魔力を込めて投げろ。」

ぶっきらぼうだが、重みのある声が返ってくる。

「魔法はイメージだ。速く飛ばすイメージを持てば、そのうち速くなる。成功する姿を思い描いて、数をこなせ。」

さらに問いを重ねようとしたリッツを、ディルがそっと手で制した。

ディルは心の中で驚いていた──任務のためとはいえ、メナスが無償でここまで相手を尊重した技術開示することを、一度も見たことがなかったからだ。

「今日は言われた通り、ひたすら投げてみよう。数をこなすんだ。明日は質に移ればいい。一種類だけでも会得できれば、十分な収穫さ。」

ディルはリッツの肩に手を置き、優しく笑いかける。

リッツはその笑顔に勇気づけられ、小さくうなずいた。

背中に、まだ微かに残るメナスの言葉の響きを感じながら。


午後になっても、荷馬車は変わらず街道を進む。

手綱を執るメナスは視線を前へ、ディルはマンドリンの音を途切らせることなく背後へ目を配る。荷台ではリッツが、森の縁に向けて魔力を帯びた小石を次々と投じていた。放たれた石は枝葉の間で小さく鳴り、風と車輪の律動に混ざって消える。

ここまで、旅は順調だった。旅程通りなら、あと三刻もすれば今夜の宿場に着く。

「──ディル。」

メナスの低い声に、ディルの指が弦上でふっと止まる。

「今夜の宿、どうする?」

輸送の任務では、荷を失うことが何よりの失態だ。だから宿場では場所だけ借り、荷馬車に人員を残して夜を明かすのが常。もっとも、冒険者の持ち出しで差額を払えば、荷馬車専用の宿に預けることもできる。荷は宿の人員が監視することで、運び手はようやく床で体を伸ばせる。

「荷置き場を借りりゃいい。三人いるし、回せるだろ。」

ディルが答えると、メナスは短くうなずいてから、さらりと言った。

「なら、荷物を見るのは二人に任せてもいいか?」

ディルは思わず目を細める。

互いに流儀は違えど、必要なら協調はする──だが“任せる”と言い切るほど信頼し合う仲でもない。そこまで譲ってでも、メナスが今夜確認したいものがあるのか。

「別に構わんが……何かあるのか?」

「まあ、ローズマリーが居るはずだからな。」

その名に、ディルは短く思考を巡らせる。

同宿の冒険者──というより情報屋に近い女。単独で動き、政府組織に批判的。良くも悪くもメナスとの相性は悪くない。密約か、ただの酒席か。仕事の最中に私事を優先する男ではないはずだが……詮索する義理もない。

「そうか。」とだけ呟き、飲み込む。

「それなら、俺とリッツで荷番だな。」

視線を荷台へ向けるが、ディルの声はリッツに届いていないらしい。

リッツは相変わらず投擲を続けていた。

始めた頃に比べ、魔力の流路の無駄が削れ、軌道が安定してきている。師なきまま工夫し続けてきたからなのだろう。自分の動きを一つひとつ解いては結び直す、そんな丁寧さが、肩や指先の微かな張りに表れていた。

メナスは前を向いたまま、わずかに口角を動かす。ディルの弦は再び鳴り、車輪の刻む拍に寄り添う。傾き始めた陽が街道の石を黄金に染め、三人を同じ影の帯で繋いでいた。


日暮れ前、旅路に影が伸び始めるころ、一行は宿場へと辿り着いた。

メナスは迷うことなく荷置き場を借り、荷馬車を預けると馬の背を撫でてやる。馬の呼吸はまだ穏やかで、疲労の色も濃くはない。手早く桶に水を張り、干草を用意すると、馬は嬉しそうに鼻を鳴らした。明日も力強く道を駆けてくれることだろう。

その間にリッツは荷を一つずつ点検し、印と数を照らし合わせていく。若干の不慣れさはあるが、丁寧に指先を使い確認する姿には慎重さがあった。

ディルは町の市場に赴き晩と翌日の食糧を買い揃えて戻ってくる。袋の中には燻した肉、蒸し芋、そして硬いパン。保存の利く旅人らしい献立だ。

ディルと入れ替わりに、メナスは無言で宿場の中心部の方角へ歩み去る。酒場や小さな店がある方向であるり。灯がともる頃には彼はローズマリーと杯を交わしているのだろう。

「リッツ。俺らも食事にしてしまおう。その辺の木片をまとめて置いてくれ。」

指示を受け、リッツは荷置き場の片隅から薪を集め、組み上げる。ディルは指先に小さく念を込めると、種火が生まれ、ぱちりと薪が火を噛んだ。

「やっぱり、ディルさんも魔法使えるんですね。」

リッツの声には、驚きと確信が混じっている。

「まあね。これは精霊魔法…って奴さ。」

ディルは表情を崩さず、手際よく料理を整える。燻製肉を切り分け、芋を皮ごと焚火で温め直し、硬いパンを割って火の傍らへ置く。炎の赤が紙袋の縁を染め、香ばしい匂いが夜気に溶ける。

「ほいよ。」

盛りつけられた皿を軽く投げ渡すと、リッツは慌てながらも確かに受け取った。二人は火を囲んで食事をとる。いつもならマンダリンを奏で冗談交じりに話すディルも、この夜は黙して食事を進めるばかりだった。

耐えきれず、リッツが問う。

「何か、気になることでもありました?」

「ん? ああ……ちょっとな。」

曖昧な笑みを浮かべて相槌を打つと、彼は皿を片付け、荷台に腰を掛けた。

「少し、獲物の手入れをしておくかな。」

腰につけていた剣を外し、服の内側から短剣を八本取り出し並べ、手際よく手入れを始める。

この国では、蠟燭や油灯はまだ庶民にとって贅沢品。商いの場を離れれば、夜はすぐに闇に沈む。先ほどの焚火も燃え尽きれば三刻と持たない。その後は月明かりだけが頼りだ。

リッツもまた倣って、自らの装備を点検し始める。火が消える前に、刃を確認し、革紐を締め直し、明日の自分を整える。炎の光に映る二人の影は、静かな夜風に揺れながら、やがて町のざわめきに溶けていった。



二人は三刻ごとに交代で見張りをすることに決めていた。既に一巡を終え、焚火は燃え尽き、残された灰が夜風に舞う。淡い白さが東雲の端に滲み出し、夜明けを告げ始めている。

二度目の番を終えたリッツは、荷台で眠るディルを起こそうと近づいた。声を掛けようと息を吸い込んだ瞬間――ディルの瞼がすでに開き、迷いなく上体を起こす。

「……」

声をかけようとするリッツの口元を、ディルの手が静かに制する。

彼が感じ取ったのは、何者かの気配だった。音はない。けれど、確かに誰かが近づいてくる。

ディルは無言で荷台を降り、焚火の灰に混じった炭をひとつ拾い上げると、それを石畳に投げ捨てた。

カラン――カラン――。

高い音が静寂を切り裂き、夜気の中へ鋭く響く。

――こちらは気づいている。敵意あるなら去れ。

鳴り響くその音は、無言の意思を告げていた。

「慌てんなよ、ディル。」

暗がりから姿を現したのはメナスだった。

「……あほか。何でわざわざ気配を消して来るんだ。」

毒づく声には、安堵が滲んでいた。その変化を、未熟なリッツですら感じ取れるほどに。

ディルの視線が問うている。――何か報告があるんだろうな?

メナスはそれを受け流すように肩をすくめ、馬の様子を確かめながら短く告げた。

「戻ってきて早々だが、日が昇り次第、出立だ。定期便に紛れ込むぞ。」

ディルは小さく舌を打ち、昨夜の食材を手に取りながら手を動かす。潰した芋に卵を混ぜ、硬いパンに挟み込む。簡素だが腹に重みを与える携帯食だ。

「お前はもうひと眠りしておけ。」

目配せを受け、リッツは従順に荷台へ潜り込む。疲れの重みはすぐに彼は疲れからすぐに眠りに落ちる。

「ん……で、何があった。」

リッツが寝入ったのを確かめると、ディルの声が低く落ちる。

「昨日見て回っただけでも、ヒリンの葉は品切れで豆も値が跳ねてた。なんか起きてるんだろ?」

問いかけに、メナスはわずかに顎を引く。

「ああ。街道沿いで被害が出ているらしい。」

「魔物か? それとも賊か?」

「マリー曰く、両方だ。」

メナスの声は淡々としている。

「ゴブリンとかなら群れても大したことねぇ。問題は賊だ。六人組らしいが、拠点もつかめてねぇらしい。手練れの線を疑った方がいいな。」

「交戦になれば厄介だな。」

ディルは渋面を作り、ちらと荷台に眠るリッツへ視線をやる。未熟な者を抱えて任務を遂行できるのか――脳裏で計算を巡らせる。

早朝便。都市と都市を繋ぐ定期隊列。日の出と共に発ち、昼には次の宿場に着く。複数の荷馬車が連なり、騎士団の護衛が付くため安全は高い。ただし、その護衛に“ただ乗り”する形になる。余計な摩擦を避けねばならなかった。

「……そろそろ時間だ。」

東の空が朱に染まり始める頃、メナスは馬の手綱を取る。ディルは荷をまとめ、作った携帯食を荷台へ投げ込んだ。リッツの寝息はなおも穏やかに響いている。

そして、一行は夜明けの街道へと再び歩みを進めた。

割と遅筆です。エピソードを一つ書ききったら、週1で投稿します。

何かあれば、感想の所かXのDMでご連絡いただければ幸いです。

→ https://x.com/feally_leaf

あとがきで、何かしらの設定を1話ごとに描いておきます。



設定 - 010

芽理の宮

ネラート領に本拠を置く芽理の宮は、魔術や学術、教育の中心である。魔法学や魔法工学にとどまらず、物理学・錬金学・哲学・医学・政治学など幅広い学問が研究され、四年の教育課程を通じて専門知識を備えた人材を各方面に輩出している。

組織は知識・探求・実践の三大学派に分かれ、各学派の頂点には賢人が立つ。その下で組織を動かす導師が実務を統括し、正式職員として研究や教育に従事するのが修士である。さらに各学問分野の最優秀者は学宰と呼ばれ、学派を超えて学問全体を統括する。学派ごとに特色は異なり、知識派は理論の体系化を重んじ、探求派は未知への挑戦に身を投じ、実践派は学問を現実に応用することを使命としている。

歴史的には内戦前に貴族の懐刀として活躍し、ルベリア王国建国後は政府の実務者を多数輩出するなど、学問と政治の双方で大きな影響力を持つ一大派閥として存在している。学問の自由と秩序を信条とし、信仰すら研究対象とするため、時にはピシア教出身者との権力争いに巻き込まれることも少なくない。

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