恭子と玲子の日常
5月12日。恭子と玲子は恭子の部屋でリモートワークに励んだ。2人は同じマンションの違う階に住んでいたが、お互い離婚して10年になる。母親たちはこれまで元夫とのレスの期間が10年に満たなかったが、晴れて参戦資格を得たのだ。このタイミングでチラシが配られたのにはちゃんと意味がある。カサノヴァ条約で夫又は彼氏とのレスの期間が10年に満たない女性は異世界への参戦資格がないと明確に定められていた。もちろん離婚した女性や彼氏と別れた女性にも適用された。恭子たちはネットのリテラシーが高くなく、いまだにAIの波に乗れないでいた。最近は稼げもしない中身スカスカの動画ばかり上げては自慢げな輩を見て吐き気を催した。かと言ってまだマジカルナイツの自覚もないが、母親たちは異世界の世界観がキライではない。どころか興味しんしんだったが、すれ違いが重なっただけだ。恭子たちが参加した直近のイベントが隣国のアサギリ公国。だがあの日の会場は若い子が多く、三十路の女性は浮き上がりがち。しかも試着会は白のチアがメイン。結局試着せずに終わったが、もうちょい積極的でもよかったと後悔した。「サザナミ公国の夏服は確か白のセーラーに紺のミニスカートだよね」「うん。アサギリ公国よりは露出度控えめかな」母親たちは娘たちの目がどうしても気にかかる。「友紀にダメ出しされたら泣くわ」「私もよ。美玖にだけはダメ出しされたくないわ」もちろん友紀たちがそんな子じゃないのは百も承知だが、参戦すれば状況が一変する。私たちは娘たちと同じコスチュームを身にまとって異世界で敵と戦わなければならないのだ。でもその反面楽しみでもある。私たちは清香たちを救い、異世界で戦う。ただし魔法が使えても無双はしない。「必殺技はないらしいわね」「そうね。でもナルシスとの力の差はないんでしょ?」「出たとこ勝負ね」イメルダによれば彼らは鬼ではなく、ただの学生に過ぎない。戦闘民族でもないし、私たちでもやれなくはない。「向こうの夏はどう?」「梅雨がなくてカラッとしてるらしいわよ」「名古屋ほどじゃなさそうね」問題は別荘暮らしだが、釈放されれば清香たちから話を聞ける。「8月は休みたいわね」「でも虫が湧かない?」「衛生環境が不安ね」「よく聞いておかないとね」清香と柚果の様子を見ればヒントになりそうだ。私たちは8月までにナルシスと3戦するが、仮投降はあくまでも私たち次第。「異世界では仮投降は恥じゃないらしいわね」「どころかむしろ潔いとみなされるそうよ」そのあたりは気楽。しかも夏休みだし私たちはフリーだから会社を無断欠勤しなくて済む。「拘束期間が1ヶ月なのがいいよね」「そうね。安心して休めるわ」その間ナルシスは訓練しないから力の差が開かない。だが独房にはエアコンが完備している。男性看守もいないし、シャワーの日が週に4日ある。「11月から4月は週に3日なのね」「1日の差は大きいよね」もともとニュース映画のない国は仮投降制度を売りにしてきた。なので待遇や独房の改善には意欲的。「魔王さまが独房を視察する時は必ず女官たちを同行させるそうよ」「男性目線じゃわからないからね」私たちは8月を戦うプランも模索してみたが、やはり厳しい。「もともと参戦には避暑の側面があるからね」「そうね。名古屋の夏は長いし先が読みにくいわ」5月からエージェント活動を始め、6月に参戦するのは梅雨と重なるため名古屋では不人気。しかもすでに蒸し暑く、今年の夏は例年以上に厳しくなりそうだ。ありがたいのは春を避けられたこと。「3月から始めると厳しいわね」「そうね。大気が不安定だし、戦いに慣れないうちに4月になって夏服に衣替えでしょ?」「清香たちがリタイヤするのもわかるわ」しかも彼女たちはエージェント活動をしなかったという。「じゃあコスチュームに慣れないうちに本番を迎えたのね」「ソレじゃあかなり厳しいわ」そもそも私たちは露出度高めのコスチュームをふだん身にまとわないわ。「むしろ私たちこの時期を選んで正解だったかもね」「そうね。向こうは名古屋ほど暑くないだろうし」私たちは恵まれた。参戦の大義名分があるし、いざとなれば別荘に避難できる。10月になれば衣替えがあるし、大気が不安定になる3月はまだ当分先になる。2月からエージェント活動を始め、3月に参戦し4月に衣替えを迎えるのが理想だが、現実はそう甘くない。仮に[いちづ]がそうしても果たしてリタイヤを免れたかどうかは微妙。2月は寒いし3月と4月は大気が不安定。むしろ5月からエージェント活動を始めた方が挫折しにくい。夏バテを防ぐためにも参戦は6月下旬がベスト。戦いに慣れた頃に別荘暮らしが始まるが、本番は9月から。再び慣れた頃に10月の衣替えを迎える。ここからは未知数だが、しばらく春は来ない。私たちはそんなに悪い未来にはならないだろうと結論づけた。