第三話 撹動
「おはよう、真。」
今日も一日が香織の声を聴くと共に始まる。
緊張した香織との生活も、数日も経って慣れてしまうとある種の日常のように感じ、朝の挨拶にも安心感を覚える。
香織におはよう、と返すと、彼女は笑みを浮かべて朝ご飯の支度に戻る。
僕は自身の寝間着を脱いで、制服へと着替え、学校の支度を済ませ、朝ご飯を香織と共に食べ、寮を出る。
彼女は影葉との一件以降、鉢合わせにならないように早出をするようになったため、他に登校する生徒の姿を見ることは無くなった。
そのおかげである種、制服の違う彼女と登校しても周りに奇異の目で見られることは無いわけだが。
そう考えながら学校の分かれ道に着くと、いつも通り名残惜しそうな顔をした香織を見送る。
「おはよう、真。」
「おはよう、平坂くん。」
「おはよう、平坂真。」
学校の席に座るや否や僕は紅、影葉、アイオンに向かって「おはよう、みんな」と挨拶を返す。
「そういえば今日から平坂君も実技実習が始まるんじゃない?勉強ばっかで飽きたでしょ。」
「やっと適性検査だしね~平坂君はどんな適性だろうね!?」
そう言う影葉の顔はワクワクを隠せない様子だ。
そして、転校して来た僕はC.O.R.EやE.R.A.Dについての最低限の基礎知識が無いと実技実習に出れないため
皆が実技実習をしている時間は一人この教室で自習を行う…。はずだが
紅が実技実習を投げ出して付きっきりで僕に内容を教えてくれていた。
本人曰く実習の必要は私には無いというのでその言葉に甘えた形になる。
アイオンも紅のそばに居たいがために実技実習をボイコットしようとしていたが、紅の命令には逆らえず、実技実習に行ってしまった。
ゆかりも不満そうな顔を浮かべていたが、どうやら実技をサボるだけの余裕が彼女には無かったようだ。
つまりは紅のおかげで僕は予定の期間より早く基礎知識の授業を終えることが叶ったと言える。
どうやら今日は実技実習の前にC.O.R.E能力の適性とE.R.A.Dの適性を検査するらしい。
僕は担任の御堂に連れられ適性検査室に案内される。
…どうやら野次馬で3人もついてきているようだ。
「うわ~楽しみ~、なんだろうね平坂くんの適性!火の系統だったら私と九重さんと同じだね!」
C.O.R.E適性には大きく5ジャンルに分かれるようだ。木火土金水
いわゆる、万物は「木・火・土・金・水」の5つの要素から成り立つという五行説に殆どの場合当てはまるようだ。
例えば最初に紅と戦った柏木で言うと水にあたる。血液(液体に類するもの)を吸収し力を得るためだ。
また、彼の能力には切ると血が止まらなくなる能力もある。これは毒を意味する。毒は五行で言うと水の象徴だ。
つまりC.O.R.Eの能力を解釈して分解していくと基本的には五行に帰結することになるが、解釈次第で様々な能力になるため
同じ毒といっても水の毒もあれば金の毒もある。また、火にも再生の意味はあるし、木にも再生の意味がある。
「では真クン。この額縁の前に立ちたまえ。」
御堂はそう言って額縁に飾られた真っ白な絵の前を指す。
「では、この絵に向かって手をかざし、力を絵に向かって送る想像をするのだ。」
「目は開けようが開けまいがかまわない、自身のやりやすい方でやってくれたまえ。」
僕は言われるがままに絵に自身の手から力を送る様に想像を行う。
すると、真っ白だった絵が色づき始め、青い空に緑の草原の絵が浮かぶ。
絵の中心には草原に背を向けて空を見上げる少女の姿が浮かび上がる。その少女を見ると悲しんでいるように見える。
年齢はおそらく12歳ぐらい…だろうか。
「うむうむ、真クンは木のようだね。真ん中の少女以外変わった特徴が無いように見えるが…。」
「う~ん残念だけど、あまりC.O.R.Eの適性は無いように見えるね。」
後ろの野次馬…ギャラリー達を見ると香織は自分の事のように悲し気な表情をしている。
アイオンは興味がない様子…。紅はただ一人納得しているような顔を浮かべる。
「なんでこの絵を見て、C.O.R.E適性が低いと言えるんですか?」
影葉は御堂に質問を投げかける。
「ああ、影葉クン。それは簡単だよ。」
「この絵にはクセが無さすぎるんだ。C.O.R.E能力は本人の精神と密接に関係する。」
「その本人の精神の歪みこそがC.O.R.E能力の原動力となるのだよ。君の絵も少なかれクセがあっただろう?そういうことだ。」
「それに比べてこの絵はあまりに純粋すぎる。」
「この真ん中の少女が何を指してるかはわからないが、それが彼にとってよほど大事なことでない限りC.O.R.E適性は低いと見えるね。」
御堂は興奮したかのように矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「クセ、クセといえば九重クン、是非君の絵を見てみたいものだがね。どうだ?やってみないか?」
紅はニコリと笑う。
「御堂教諭、構わないですが、あまり意味はないかと。」
そういうと、時間が経って再び白くなった絵に紅は手を向ける。
すると、先ほどの僕の絵と同じように青い空と草原が映し出される。
その中心に立つのは先ほどの少女と…少年に見える。
二人が手を繋いでいる様子を見るとかなり仲が良い様子が伺える。
また、二人が向き合い何かを約束しているかのように感じる。
「どうだね?御堂教諭、私にクセなどないだろう?」
紅はしたり顔で御堂の方を見る、御堂は少し悔しそうな様子で佇んでいる。
「え!?九重さんって火じゃなかったっけ?木のように感じるけど…。」
影葉は困惑した様子で紅のほうに向きなおる。
「そうだ。私は確かに火だ。つまりこの絵は必ずしも正しくないということだよ。」
どうやら紅はこの適性検査にあたっての例外のようだ。何故かはわからないが…。
「ま、まぁそれはいいとしてだね。真クンのE.R.A.D適性検査を行おうか。」
「既にE.R.A.Dはあるみたいだけど…。知っておくことに無駄はないだろう、うん。」
少し取り乱した様子の御堂がまた僕をMRIのような機械に誘導する。
「では、ここに寝転んでくれるかな?」
僕はその機械に寝転ぶと、御堂が機械を操作する音が聞こえる。
「目を閉じてリラックスしておいてくれたまえ、3分ほどで終わるからね。」
特に不快などを感じることはなく、機械の中で僕は考えを巡らせる。
僕の絵に描かれた少女は誰なのか、そしてあの絵にはどういう意味があるのか。
と考えているうちに検査が終わったようだ。
「う~ん、真クン、結果は聞かない方がいいんじゃないかな?」
御堂が不安な言葉を投げかけてくる。
「ま、適性はすべて無いと言えるね。ある種すべて使えるとも言えるかな?」
御堂によるとどうやらE.R.A.Dの適性は何もないようだ。
本来であれば剣、太刀、弓、レイピア、杖などの各自の適性に合った武器種のE.R.A.Dを使用するようだが
あいにく僕のE.R.A.D適性はそのどれにも当てはまらない。仕方ない、無いものはないのだ。
僕を励まそうとしてくれた影葉も、流石に気まずそうな顔をして黙っている。
すると、僕の頭の上に手がポンと置かれる。振り返ると紅が僕の頭に手を置いて撫でている。
「真、無問題だ。気に病む必要はない。過ぎたる力は身を滅ぼす。何も才能だけが強さじゃない。」
紅はそう言うと落ち込む僕を後ろから抱いたまま、適性検査室を後にした。
――――――
紅は僕を抱きかかえたまま、実習棟の模擬戦の観察室に来ていた。
この部屋に設置されたモニターによって現在行われいる模擬線の一覧が中継され、観戦することができる。
摸擬戦のフィールドの観客席に行けばより詳細に観察をすることができるが、
複数の試合を観察する場合、この観察室が適していると言える。
他の生徒の観察室の使い方を見るとこの観察室で誰と誰が試合しているか確認した後、観客席に赴くために用いられているようだ。
「どうだ?真。気になる試合はあるだろうか?」
紅は僕を後ろから抱いたまま上から僕の顔を覗き込んで来る。
僕はモニターに神代凛音 vs 神代焔と書かれた試合が気になって注視する。
名前から推測するに恐らく姉妹同士の試合のようだ。
凛音と呼ばれる彼女は、深い青の長髪をまっすぐに下ろし、端正な顔立ちと修道服を模した制服のせいか、
どこか清楚で近寄りがたい雰囲気を漂わせている。右手にレイピア、左手に小さな盾を構えた構えは洗練されていて、
俊敏な動きと合わせて、相手の出方を見ながら的確に突きを繰り出すスタイルが伺える。
一方の焔は、凛音とは対照的に存在感が強く、黒髪を高く束ねた髪型や、赤と黒を基調にした和風制服服が印象的だ。
大太刀を片手に構えるその姿は迫力があり、力任せのようでいて意外と隙がなく、
重さを活かした威圧的な戦い方を得意としているように伺える。
見た目こそ派手だが、妙な落ち着きと芯の強さを感じさせるタイプでもある。
姉妹というのにあまりに対照的な戦い方ゆえに僕は眼を惹かれた。
「ふむ、神代の姉妹か。まぁ真の師にはいい塩梅か。ともかく彼女らの試合の観客席に行こうか。」
そういって紅は僕を後ろから抱きかかえて神代姉妹が戦う観客席に向かった。
どうやら、試合は終盤戦、明らかに凛音が優勢に見える。
焔の得意な間合いの内側に凛音が潜り込んでいるため、小回りの利かない大太刀では凛音の苛烈な攻撃に対処できないようだ。
しかし、焔の腰には大太刀よりひとまわり小さい太刀が刺さっているにも関わらず、彼女はその太刀を使おうとする気配はない。
そして、そのまま凛音が焔の首筋にレイピアの剣先を突き立てて、試合の勝敗が決した。
紅は僕を引き連れたまま試合が終わった彼女らの元へ向かう。
「初めまして、神代姉妹。実に素晴らしい、君たちは選ばれた。」
紅は棒読みで拍手をしながら彼女らに話しかける。
あまり気にしていない様子の焔に対して、凛音の方は明らかに紅に対して警戒するそぶりを見せる。
「私の名前は九重紅。彼は平坂真だ、よろしく頼む。」
「さぁ、早速要件を伝えようと思うが、何、簡単な話だ。」
「真を指導してやってくれないかな?君達の戦いを見たが惚れ惚れする戦いだったよ。」
「ああ、もちろん報酬は考えているよ。新型のE.R.A.Dでどうかな?勿論君たちに合わせてチューニングさせてもらおう。」
紅は相手に喋る暇を与えぬまま、凛音と焔に交渉を持ち掛ける。
凛音は少しあっけらかんとしているが、焔は黙って僕に近づき、僕の周りを回るように観察を終えると納得した様子で
「私は構わない、姉上はどうだろう?、姉上さえよければその条件で受けよう。」
そう言って焔は凛音の方に顔を向ける。
「私はお断りさせて頂きます。その誘いは受けません。」
凛音は首を振って踵を返す。
「さぁ、焔。続きをするわよ。」
凛音は焔に練習の続きをするように促す。
まったく取り合う気のない様子だ。取り付く島もない様に感じる。
焔もそれにつられて踵を返す。
「凛音君。理由を伺っても?」
「ええ。貴方の戦い方には品がない。それだけの事です。」
凛音は背を向けたまま紅に言葉を返す。
「ほう、品がない。となると最近の柏木の事かね?」
「いやはや、見られていたとは、私も有名人の仲間入りということかな?お恥ずかしい限りだ。」
「特科の生徒が戦うってなって観ない人の方が稀有だと思いますが?九重さん。」
「貴方は貴方自身が思っているより有名人ですよ。それは皮肉ですか?まぁ私は貴方に用が無いので失礼させて頂きますね。」
凛音は紅から離れるように練習の場へ戻っていく。
紅の顔を見ると、断られたにも関わらず笑顔のままだ。何か策があるのだろうか。
「ああ、凛音。臆病者よ。心配せずとも君のような臆病者に私の真を任せるわけには行かぬ。」
「私の眼は節穴であったな。誠に申し訳が立たない。時間を取らせてしまって申し訳ない。」
その時、背を向けた凛音の足が止まる。
紅は間髪入れずに言葉を続ける。
「ああ、臆病者の凛音よ。高潔な戦い方が全てだと信じる愚か者よ。」
「可哀想、可哀想であるな。君の行く末は頭打ちの未来が見える、見えるぞ。あ~はっはっはっは。」
嘘臭い笑い声と共に紅が凛音を蔑む。客観的に見れば明らかに度を越えた挑発行為ともいえる。
そして、紅が次の言葉を紡ごうとした時、紅の首元に太刀の刃先が突き付けられる。
「それ以上の姉上の愚弄は辞めて戴こう。」
僕の気づかぬうちに、足音も無く焔が紅の背を取っていた。
にも関わらず、紅の表情は笑顔のままで、十分な余裕が伺える。
「君より先に凛音君が食いつくと思ったんだがね。」
「なに、まぁ臆病者でないことを証明してくれればいい話ではないか。凛音君。」
背を向けたまま立ち止まった凛音は背中から凄まじい殺気と共に冷気を放出している。
恐らく氷の使い手と言えるだろう。氷は五行の属性から言えば水にあたる。
同じく紅の背後を取って殺意と共に熱気を放出する焔が恐らく火の使い手ということを考えると
姉妹の筈がその実は相反する性質を持っているように感じられる。
「では、貴方の望み通り証明しましょう。私が臆病者ではない事を。」
「そして証明しましょう、貴方の戦い方が、いかに野蛮で品がないかということを。」
「決闘ということで良いのかな?、で私が負けたら何を望むのかね。」
紅は余裕綽々と言った様子で凛音の要求を受ける。
「私が臆病者であるという事の訂正、そして二度と私たち姉妹に関わらない事よ。」
凛音は苛立った様子で条件を告げる。
「アハハ。君はそれが美しい事と思っているのか知らないが、貧相な要求だな。まぁ好都合ではあるが。」
「では私が勝った際の要求は君達姉妹が真の師となることだ。シンプルで良いだろう?」
両者納得の行く条件で合意がとれたようだ。
僕は紅の要求を吞ますための狡猾な手腕に恐怖を覚えると共に、頼もしさを含む大きな安心感を感じる。
それゆえに紅に出来ない事など無いのではないか?と錯覚してしまいそうになる。
――――――
紅と凛音の決闘は直前まで凛音が焔と戦っていて消耗していることを考慮し、後日行うこととなった。
紅は凛音と試合を行うことを御堂に伝えると、御堂はめんどくさそうにしつつも、凛音との戦いに興味が湧いたらしく。
試合を少し楽しそうにして浮足立っている様子が伺える。
どうやら凛音は学園の中でも相当の実力者らしく、明日行われる見物者はかなり多いことが予想できる。
僕は自分が戦うわけでもないのに、なぜか戦いの前の高揚を感じ、中々その晩、速やかに眠ることは叶わなかった…。