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真紅のセカイ  作者: てとらぐらむ
第一章 Initium~始まり~
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第二話 権輿

 「これからよろしく頼むよ、(まこと)。」


 件の後日の朝、横の席には紅が座っていた。あの後、柏木はほぼ再起不能になったようだ。

 昨日の夕方のHR(ホームルーム)で御堂が柏木の後始末について愚痴っていたので皆も周知の情報だ。


「こちらこそ、よろしくね。九重さん」


 そう返すと紅は僕の目を見て


「私のことは紅と呼べ、真。」


 有無を言わさぬその瞳に気圧されて、僕は頷くしか無かった。


「よろしくね、紅さん。」


「ああ、よろしく。真。」


 そう言って紅は手を差し出してきた。

 僕はそれに応じて紅の手を握った。その感触はしなやかながらも、なにか大きな物に包まれている感覚になる。

 そして少し懐かしい気さえする、僕はその感覚に安心して少し放心していると


「アンタたち、いつまで手を握ってんの!」


 そう言って、後ろの席から見ていた影葉が僕と紅の手を無理やり引き剥がそうとする。


「無礼ですよ、影葉ゆかり。」


 しかしそれは影葉の横にいる、紅の従者アイオンによって腕を捕まれ、止められる。

 彼女はその後、紅の後ろの席を、紅の従者であると言う尤もらしい理由で奪っていた為だ。


「紅様のご意思に反することは許可できません。影葉ゆかり、理解できますか?」


「ご意思ってアンタ…、九重さんはアンタにとって神か何かなの?」


 アイオンに両手を掴まれたゆかりは少し苛立ちながら言葉を返す。


「被造物である私にとって、創造主たる紅様が神以外の(なに)であると?」


「は?創造主?九重さんが?アンタの母親とでも言うの?まだ子供を生む歳でもあるまいし…。」


 影葉は困惑しているようだ。アイオンはすかさず


「私は紅様の…。」


「待て、アイオン。それ以上は言う必要が無い。」


 紅がアイオンの言葉を遮る。


「影葉君といったね、そう言えば君は最近困っていることがあるんじゃないかな?」


「んん…そうだね。例えば、自分が出したC.O.R.Eが制御できなくなった…とか。」


 紅がそう言うとゆかりが目を開き少し動揺しているように見える。


「具体的に言えば、自分のC.O.R.Eが制御できなくなったという方がいいかな?」


 ゆかりは見るからに動揺している。


「アンタどこまで知ってる訳!?いや、私のC.O.R.E特性は誰にもわからないはず、そういう能力だもの。」

「アンタのC.O.R.Eは読心術とかそれに類するモノ?」

「だとしても私の能力はその程度で看破されないはず。どういう事?…。」


 ゆかりはブツブツ言いながら頭を抱え込んでいる…。


「そう考え込む必要はない、影葉君。」

「私はそれを知っている。ただそれだけだ。」

「読心術やC.O.R.E能力などでは無い。落ち着き給え。」


 そう言いながら紅は僕のもう片方の手も掴んで握る。


「君の身に何が起こっているのか知りたいか?であれば私の研究室に来ると良い」

「特科の研究棟の受付で私の招待と言うといい、私の研究室に通してくれるだろう。」


 その後、紅は僕の両手を朝のHR(ホームルーム)が始まるまで握っていた…。


 ――――――


 放課後になった…。今日は昼頃に香織からメールが来ている

 "件名:放課後に校門前で待ってる"との事だ。本文は空文だった。

 どうやら紅は研究室に用事があるらしく、それを追うように影葉も研究棟の方へ姿を消した…。


「お疲れ様、真…。」


 メールの通り、香織は校門前で待っていたようだ。

 学校の帰りから直接来たらしく、その制服姿はこの学校のものと違うため浮いているように見える。


「今日、真の部屋に行って良い?」

「どんな所に住むのか気になって…。」


 どうやら香織は僕が新しく住む部屋が気になる様だ。

 僕は二つ返事で承諾し、香織と共に寮へ帰る道を歩く。


「で、真。あの影葉とか言う人に変なことされてない…?大丈夫…?」


 香織は心配そうに僕の方を見る。


「変なことも何も、親切にしてもらってるだけだよ。今日だったら朝御飯作ってもらったり…。」


「そう…。」


 そう言ったきり、香織と僕は寮につくまで喋ることもなく時を過ごした。

 そして、香織を僕の住む201号室に案内した。


「凄いね…この部屋。」


 香織は2LDKの一人部屋らしからぬ作りとその黒を貴重とした荘厳さに驚いているようだ。


「決めた、私もここに住む。」


 彼女はそう言って、僕に一緒に住む許可も取らずに部屋を出て何処かへいってしまった…。


 ――――――


「で、あんたが言う理由ってなんなの?」


 影葉は急いたまま、紅に詰め寄る。


「まぁまぁ、落ち着きたまえ。ともかく、私の研究室へようこそ。」

「こちらはアイオン、私の助手。助手はもう一人いるんだが今は不在でね、また今度紹介しよう。」


 紅は研究室のメンバーを紹介した後、両腕を肩まで上げて開き、影葉を歓迎する。


「は、はぁ。」


 影葉は呆れた様子で空返事を返す。

 そして、3秒ほどの小さな静寂が生まれる。


「なんだ、私の胸の中に飛び込んで来るかと思って待っていたが、ノリが悪いな君は。」


 紅は両腕を開いたまま、おどけた様子で佇んでいる。


「誰があんたにハグするってのよ、初対面だって言うのに」


 影葉は不機嫌な様子で言葉を返す。


「では仕方ない。アイオンで満たすとするか」


 そう言って紅は軍人のように横に立つアイオンを抱擁する。


「おお、よしよし。」


 そう言って紅はアイオンの頭を撫でながら少しの時間を過ごす。


「で、本題は何だったかな?」


「私のC.O.R.Eの事よ!」


 矢継ぎ早に影葉が言葉を返す。


「ああ、君のC.O.R.Eが不調という話だったね。」

「なぜ私がそのことを知っているかについて答えることは出来ないが、おおよその原因を突き止める事は可能だ。」

「まず、君のC.O.R.E能力は人と差異の無い人形を生み出し、それを操る、または自律的思考を植え付けることが出来るだろう?」


 影葉は苦虫を潰した様な顔をする。


「やっぱり知っているのね。」

「なぜ知っているのかはこの際良いわ、原因が知りたいもの」


 紅は真剣な顔をして話を続ける。


「原因は単純だ。君はその人形を起動し続けすぎた。」

「人と差異の無い人形が自律的思考を備えたまま、日常を長い時間生活するとどうなる?」

「君が操っていない時間も人形は自律的思考に従って様々な経験を経る。」

「そして、それで得た経験は彼女の血となり肉となる。」

「それを積み重ねた人形が自我に目覚めないと言う確証はどこにある?」


 影葉は肩を震わせながら声を吐く


「その言い分だと…人形が人間になったとでも言いたげね」


 影葉の言葉に紅は静かに首を縦に振る。


「う、ウソでしょ?C.O.R.Eから人間が生まれる例なんて聞いたこと無い…。」

「でもアンタが言うことが事実だとすれば辻褄が合う…。」

「ともかく、その人間になった人形とやらを消す方法は無い訳?」


 少し冷静になった影葉は新たな問いを紅に投げる。


「君は物騒なことを言うんだな。」

「もうアレは人みたいなモノだよ?殺す必要を感じ無いが?」


 そう返す紅の言葉には少し怒気が混ざっている。

 同様に紅の胸の中にいるアイオンの目にも殺気が混じる。


「あんな戦いしたアンタに物騒なんて言われる筋合いは無いわよ!」

「というか、殺すも何も、元々人じゃないんだから気にする必要がないじゃない。」

「私のC.O.R.Eから生まれたから私のモノみたいなものでしょ?私が私のモノをどうしようと勝手じゃない?」


 影葉はアイオンから目を逸らし、不思議そうな顔をしてそう返す。


「君が彼女を殺すというならば、私は君に協力する気はない。研究室から即刻帰りたまえ」

「君の望みは能力が再度使えるようになることだと思っていたが見当違いのようだ。」


 先ほどまで笑顔で話していた紅の顔は険しくなり、同様にアイオンも影葉に対する警戒を強める。


「わかるの!?その方法が!」


 影葉は藁をも掴むように紅の言葉に食いつく。


「わかるが今の君に教える気はない。」


 影葉は数秒ほど悩んだ後言葉を絞り出す。


「…わかったわよ。殺さないから教えて…。」


 俯きながら紅に懇願する。


「その言葉を待っていた。何、簡単な話だ。」

「今までは人形を出したり仕舞おうとしていたのが間違いだ。」

「新たに人形を生み出す意思を持ってC.O.R.Eを使ってみたまえ」


 紅は飄々とした表情で解決策を述べる。


「新たに…作る…。」


 そう言って影葉はC.O.R.E能力を発現させる。

 彼女の横に新たな人形が形造られていく…。

 その人形の姿形は

 ”双葉香織”

 今真の隣にいる彼女と差異が無いように見えた…。


 ――――――


「ちょ、ちょっと香織。本当に住むつもりなの?」


 香織は数十分ほど経て、再度僕の部屋に戻ってきたかと思えば、その手には引っ越しの荷物と思われるスーツケースが見える。


「何か問題?」


 香織は荷物をバラして我が物顔で僕の部屋に配置しつつある。

 元々香織は部屋にあまり物を置くタイプではなかったようで、最低限のコップや皿や歯磨き等を各置き場に設置していく。


「いや、問題だよ。許可なくこんな事してバレたりしたら…。」

「というか、高校生の男女が一つ屋根の下で住むなんて…。」


 僕は問題に上げるに当たってもっともらしいことを言葉にする。


「許可?バレなければいい、バレたらその時出れば良い。」

「一つ屋根の下?影葉もそうでしょ?ご飯まで作ってもらって(とぼ)ないで。」

「これからは私が真のご飯を作る。真も楽だし私も嬉しい。WinWinの関係。何か問題?」


 香織は堂々とした表情でこちらを見つめる。

 どうやら何を言っても彼女を説得するのは難しそうだ…。

 僕は諦めて香織が住むことに渋々承諾した…。


 その後、彼女は寝る部屋も同じがいいなどと言い出したが流石に部屋を分ける方向で話がついた。

 彼女は納得していないようだが…。


 ――――――


 翌日、魚の焼ける良い匂いとともに目が覚める。どうやら香織が朝食を作っているようだ。

 僕は自分の部屋で寝巻きから着替えると同時に、香織がドアをノックする。


「ご飯出来たよ、真。」


「美味しそうな匂いだね、ありがとう。今行くよ」


 そう言って僕は料理が並べられたテーブルの席に座る。

 4人用のテーブルに置かれた2人分の食事を見ると、少し寂しい印象を受ける。

 香織の料理はいかにも和食と言った所だ。鮭の塩焼き、豆腐と麩、ネギの入った味噌汁、雑穀米で炊かれたご飯。

 香織は僕と向かい合うように座ると、二人で手を合わせて食材への感謝を述べ、食事を始める。


「どう?美味しい?」


 香織は少し不安げな表情で僕に問いかける。

 僕は鮭とご飯を口に入れながら頭を振って肯定の意を告げる。


「良かった、口にあって…。」


 香織は心底安堵した様な表情だ。

 その後、香織と僕は黙々と食事を食べ、終わりと共にまた食材への感謝を述べる。


「ごちそうさま、美味しかったよ香織、ありがとう。」


 僕がそう言うと香織が少し誇らしげに笑顔を浮かべた。

 その時、コンコンと部屋に備え付けられたドアノックが音を立てる。


「平坂く~ん、起きてる~?朝ご飯だよ~」


 影葉の声が聞こえる。僕のために朝ご飯を作ってくれたようだが、既に満腹状態である僕は、

 どうもこれ以上食べる事は出来そうにない。

「作ってくれたにもかかわらず、食べれなくてごめん」と謝罪の意を彼女に伝えようと僕は玄関へ向かうが、

 それを遮るように香織が早足で僕の前を遮って玄関の方へ向かい、ドアを開ける。


「おはよう、平坂く…ん?。」


 影葉は香織の姿を見るなりにこやかな表情が一転して怒りを孕んだ表情に変わる。


「ここは私と真の部屋、部外者は出ていって。」


 そう言って香織はドアを強く閉めカギをかける。

 閉めたドアの奥からドアノブをガチャガチャしながら、はぁ!?どういう事!?や、説明しなさいよ!と聞こえる中

 香織は何事もなかったかのような顔をして、僕を部屋に手で押し戻す。


「登校までは少しあるから、テレビでも見ながらダラダラしよう。」


 ドアの方から影葉の怒号が聞こえる中、香織は僕をソファまで押し、座るように促す。

 僕がソファに腰掛けるとともに、香織は僕が逃げないように手を掴んで空いた手でテレビのリモコンを操る。

 朝から面白い番組があるわけでもなく、香織は無難にニュースの番組を選択する。

 ニュースの内容は交通事故で誰が死んだだったり、政治家の汚職が露見したり、男女関係のもつれで遺体に大量の刺し傷だったりと

 最近明るいニュースを見ることは少ない、

 今日のニュースの大見出しは、かなり大きな規模のC.O.R.Eの研究所が跡形も無く消し飛んだというものだ。

 コメンテーターはやれ危険な実験がどうとか、誰かの怨恨による犯行だったり、視聴率のために勝手な憶測をあれこれ並べて場を賑わしている。

 人が幸せになろうが不幸になろうが関係なく、飯を食べる事が出来る職業と考えると、この人は食い扶持が無くなることは無いであろうな、等とくだらない事を考えながら、時計をふと見ると登校の時間が近づいていることに気づく。

 香織も同様にそれに気づいたようで、僕の手を引き、空いた手で荷物を持ち、玄関へ向かい、ドアを開ける。


「で?説明してもらえるのよね?双葉香織(ふたばかおり)さん?」


 笑顔の影葉がドアの前で立っている、口元だけが笑い、目はまるで笑っていない。

 香織は影葉の方を一瞥(いちべつ)するとまるでいなかったかのように振る舞い、僕の手を引いて影葉の横を抜けていく。

 僕は香織に引っ張られながらも後ろ手に、影葉におはよう、朝食の件はごめんね、とだけ告げた。


 そして香織と僕はそれぞれの学校の分かれ道に差し掛かると、香織は名残惜しげに別れを告げた。


 ――――――


「で、どういう事か説明してもらえる?平坂君。」


 放課後、僕の前には笑顔を浮かべながら怒りのオーラを纏う影葉が鎮座している。

 当然、言及する内容については香織の事のようだ。


「まぁまぁ、彼女は君と違って長い仲なんだろう?許してあげたまえよ、影葉君。」


 そう言って、僕の隣に座る紅は影葉を宥める。

 まるで、彼女が僕と香織の仲を知っているような言い分に少し違和感を覚えるが

 恐らく場の空気を読んだのだろう。と僕は早々に脳内で自己整理を済ませる。


「わ、私だって真とは…。あ、アレよ、不純よ!、幾ら幼馴染とは言え同じ部屋に住むなんて事許されないはずよ!」


 最初の方は小声で聴き取れなかったが、まぁ、確かにそうだし、良くないという事はわかっている。

 結局の所、僕が香織の勢いに押されて了承してしまったのが原因ではあると言えるが…。

 過去の事を言った所で現状僕からはどうすることも出来ない。


「とにかく!これは然るべき所に連絡させてもらうわ!多分事務室の相談科とかに行けばなんとかなるでしょ!」

「よりにもよって香織は部外者!これはセキュリティ的な意味でも良くないはずよ!」


 そう言って香織は教室を出て、事務室に向かわんとするその腕をアイオンが拘束する。


「紅様の話はまだ終わってはいない。」


 アイオンの視線は香織の目を真っ直ぐと射抜くように捉えている。

 絶対に逃さないと強い意志を感じさせる眼差しだ。


「なぁ、影葉君。香織君の自由にさせてあげたまえよ。」

「それでも君が香織君を排除すると言うなら、私も君を止めざるを得ない。」

「事務室に行ったとて、"権限"を持つ私に対抗することは出来まい、諦めるのが吉だよ。影葉君。」


 そう紅が話し終えると、影葉はアイオンの手を振り払い、怒った様子で何処かに行ってしまった。

 僕は先ほど紅が言葉にした"権限"とは何かを紅に質問する。


「ああ、何。簡単なことだ。研究のための実験と言えば多少の融通が効く、その程度のものだよ。真。」

「まぁともかく、今日は私の研究室に来たまえ、真。」


 肝心の"権限"については話半分のまま、誤魔化すように紅は僕の手を取り、研究棟の方へ向かった…。


 ――――――


「では改めて、私の研究室にようこそ、真。」


 そう言って紅は両腕を広げ、何かを待つかのように僕に目線を向ける。

 すると、背後からトン、と軽く押される感覚とともに、僕は紅の腕の中に収まる。

 紅に抱かれながら振り返ると、アイオンが誇らしげな顔で立っている、どうやら彼女に押されたようだ。

 紅は満足げに僕を抱きかかえたまま、案内を始める。


「まず、御存知の通り彼女が私の助手、アイオンだ。」


 アイオンは紅にそう説明されると、ペコリと頭を下げる。


「そして、今日は私の優秀な二人目の助手がいるようだ。」


 そう言いながら、紅は左手に僕を抱きかかえたまま、研究室の一角で自身の青を基調とした腕輪を外し、部屋の隅のオブジェに掛ける。

 すると、オブジェ後方の壁がスライドし、白色の扉が現れる。扉には「Kagami's Lab」と書いたプレートが掲げられている。

 紅はその扉を開き、部屋の主に声を掛ける。


「やぁ、(かがみ)君。具合はどうだね?彼は平坂真、新しい私の助手だ。」


 紅は鏡と呼ばれる女の子に僕を紹介する。

 鏡と呼ばれる彼女の髪は銀色で、その瞳は緋色、いわゆるオレンジに近い目の色をして、気だるそうな表情をしている。

 そして、僕は、僕自身の意思も問わず、勝手に紅の助手にされているようだ。


「そしてこちらは緋羽鏡(あけばかがみ)、君と同様に、私の助手だ。」


 そういうと緋羽はこちらを向き、不服そうな顔を向ける。


「助手ではない。共同研究者だ、紅よ。」


 彼女は見た目によらず、低い声で訂正を促す。


「ん…。彼が君の…、ふむ、そういう事か…。」


 緋羽は紅と僕の顔を交互に見た後、何故か納得気な表情をしている。


「流石に鏡君にはバレてしまうか、まぁ君の能力の前には看破されるとは思っていたが。」


 僕の知らない所で二人の間で話が進んでいるようだ。


「ともあれ、彼にも私と同じE.R.A.Dを作ってやってくれ、鏡君。よろしく頼んだよ。私は少し用事があるんでね。」


 そう言うと紅は抱きかかえた僕を緋羽の座る椅子の前にちょこんと置いて、そのまま部屋を後にした。

 紅が扉を出る姿を呆然と眺めていた僕は、再度気を取り戻して、緋羽の座る方に向く。

 すると緋羽の顔が僕の顔のとても近くまで近寄っていることに少し驚くが、

 当の本人は僕の顔を掴み、じっと瞳を見たまま逃さない。

 僕の全てを網羅せんとするその瞳に、多少の恐怖と彼女の瞳の色香に動悸が早くなる。


「君、少し我慢したまえよ。」


 そう言うと彼女は強く僕を抱きしめたまま、首に牙を当て、強く血を吸う。

 当然、痛い。彼女の口から溢れ、流れる血は僕のシャツを赤く染め上げる。

 そのまま約2~3分も経った頃、僕は身体から力が抜け、彼女にしなだれかかり、意識を失った…。



 ――――――


「〇〇くん、あのね…。」


 僕は夢を見ている事を自覚する。

 前に見たモヤのかかった少女の夢だ。前回と同様に、そのモヤは晴れず、彼女が誰かはわからない。


「わたし、しっぱいさく?らしいの」

「うまくできないし、ダメみたい。おねえちゃんみたいにできないとダメなんだって。」


 モヤのかかった少女はどうやら落ち込んでいるようだ。

 そして、夢の中の僕は落ち込んだ彼女を励ましている。

 座ったまま俯いた彼女の頭を撫でて、彼女の気が済むまで寄り添って…。


 彼女を撫でる感覚は、他人を撫でているにも関わらず、自身が撫でられている感覚だった…。


 ふと、目が覚める。


「君、気がついたかね。」


 目を開けると、僕の目を見つめながら頭を撫でる、緋羽の姿が目に入る。

 どうやら、僕は意識を失った後、彼女の膝の上を枕にして寝ていたようだ。

 意識を失うのが彼女のせいとはいえ、少し気恥ずかしい。


「君、これから定期的に私の所へ来たまえ、それがE.R.A.Dを渡す条件だ。」


 そう言われると、受け入れざるを得なくなる、少し困惑しながらも僕は首を縦に振る。


「何、毎回気を失うまで血を頂くわけでもない。仮に気を失っても手厚く看病してあげようじゃないか。」


 僕は彼女の膝枕から起き上がろうとするが、それは彼女の手によって優しく静止されてしまう。

 それほど抵抗する意義も感じないので、諦めて彼女の膝の上で気を休めることにする。

 何より、少し落ち着くのだ。初対面と言えど、彼女からは紅と少し似た雰囲気を感じ、親近感?安心感?を覚える。

 不思議と暖かいものに優しく包まれた気持ちになってしまう。


「まぁ、ともかく。条件を飲んだ君にはちゃんと対価を与えなくてはな。これが君のE.R.A.Dだ。」


 そう言って彼女は僕の右手に青を基調とする腕輪を着ける、どうやら紅と同じモノのようだ。

 よく見ると彼女の右手にも同様に同じ腕輪が付いていることがわかる。


「これは、君のE.R.A.Dであり、この研究室の鍵なのだよ。」

「このE.R.A.Dを持つのは他に私と紅、3人だけ、つまりこの研究室に入れるのも3人だけということだ。」

「当然、私達以外が入ることも禁ずる上、他言無用でよろしく頼むぞ?」


 そう言って彼女は僕の頬を指で突く。


「では、早速E.R.A.Dのお披露目とでも行くか。君、立ちたまえ。」


 そう言うと彼女は僕の手を引いて立たせる、少し貧血故にふらっとするが、彼女が背中を持って支えてくれる。


「では、その腕輪に力を集中させるイメージを持ちながら、君が思う武器を想像したまえ。」


 僕はそう言われて、自身の想像する武器を思い浮かべる、刀、弓、斧、槍…。

 どれもしっくりこない…。

 ふと、僕は紅が持っていた片手の直剣を思い出す。銀色の本体に、青のラインが入ったシンプルな直剣。

 それを強く想像する。すると、右手に付けた腕輪の模様が輝き、右手に柄を掴む感触が生まれ、金属の重さを感じる。

 目を開くと、彼女が柏木と対峙していた時の直剣と同様のものが握られている。


「ふむ、成功したようだ。どうだね?E.R.A.Dを発現した感覚は。」


 初めて人を殺しうる道具を持った感覚は、少し空に浮いたような浮遊感を感じる反面、

 その金属の重さは責任の重さを忘れるな、と誰かに念押しされているようだ。


「収納したいのであれば、鞘に剣を収める想像をしたまえ。」


 彼女の言う通りに納刀のイメージを浮かべると、直剣はその重さを無くし、青い粒子になって消えていった。


「どうだね?便利だろう。そのE.R.A.Dは。」

「少しコツはいるが、一般的なE.R.A.Dのように、最初から刀の形や槍の形をとっているものと違い、収納可能なのだよ。」

「また、このE.R.A.Dは相手によって…、いや、まぁ今の所は良いだろう。」


 彼女は楽しげにE.R.A.Dの説明を行う。やはり研究者として自身の成果物を評価されることが嬉しいのだろう。


「では、私はそろそろ帰るとしよう。君、頑張りたまえよ。」


 そう言って彼女は席を立ち、何かを思いついたかのように僕の方へと歩いてくる。

 そして、僕の耳元へ口を近づけ、言葉を囁く。


「君、紅には気をつけたまえ。」


 そう言い残して彼女は研究室を後にした。


 何故か緋羽には紅に近い感覚を覚えてしまう…。

 しかし、紅の時に抱く感覚とは似て非なるものだ。

 紅が静かに燃える火だとすれば、彼女は刺すような刹那的な火のように感じる。

 そして、どちらも本能的な安心感を僕にもたらす。

 紅の共同研究者だけあって、只ならぬ人間であるという事は伺える。

 いずれにせよ、彼女の紅に対する警鐘は、多少なりとも心のどこかに留めておくのが吉だろう。

 僕はそのように自分の気持ちを整理して、二人の研究室を後にした…。


 

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