第5話 鬼のゲノムを読む
「さあ、時間経過で細胞の状態が変わっていくといけないわ。早く戻ってゲノムを読みましょう!ここにいる鬼のことはひとまずお任せします!アナエル、頑張ってね!」
そう言うとエミリーは、ゲンの運転するジープに乗り、颯爽とスラ情課のある国防軍の建物へと帰って行った。
40分かけて、エミリーとゲンは国防軍本部に到着した。
「ふー、ただいま、全員いるわね!」
スライム生命情報解析課の大会議室へとエミリーとゲンが戻ってきた。他のメンバーはすでに会議室にいる。鬼の発生は国家の緊急事態だと言うことで、スラ情課の全員が一箇所に集まり話し合う緊急会議の招集がかかったのだ。
「今ある仮説の一つは、スライムのDNA上に、スライムにしては珍しい事に、変異が入り、そのスライムがミュータントとなった。そしてそれが、そのスライムが鬼化した事の引き金となった、と言うものです。スライムは、それが一細胞だった時から様子がおかしかった様です。その時にはもう変異が入っていたと仮定しましょう。鬼の細胞は全てその細胞が分裂してできたものなのだから、血液中にある細胞もその変異を受け継いでいるはずよ。その仮説が正しいか血液中の細胞のゲノムを読んで検証してくれますか、ジェレミー?」
「わかりました。」
「この仮説についてはどう思いますか?」
エミリーが聞く。
「ある一つの自然な仮説ではあるのじゃないでしょうか?反証可能な仮説です。正しいか否か試してみる価値があると思います。」
「では、ルイーズとジェレミーの二人でゲノムを読む実験を計画して、実行してください。」
さっそく、ジェレミーがルイーズと一緒にゲノムを読むための実験を始める。ちなみにルイーズの苗字はロンベールで、彼女はイチゴが大好きだ。ツブツブしているのが好きなのだそうだ。
「顕微鏡でまずサンプルを見てみようよ、ジェレミー。鬼の血液には何があるんだろうね。」
ルイーズはそう言って、サンプル準備を始めて顕微鏡を覗く。まずは低倍率で観察してみる。
「わっ、見た感じ、ヒトのサンプルを見ているのと変わらないわ。」
ルイーズは対物レンズを40倍に変え、顕微鏡を覗く。
「見た感じが、スベスベした感じのものと、ゴワゴワした感じの二種類が見えるわよ。スベスベの方が多いわ。これらは、それぞれ、普通の動物の赤血球と白血球に対応するものなのかも。」
「なるほど、細胞の大きさもヒトのに似てる?」
「似てるわ。」
「では、遠心機の条件は、ヒトサンプルの条件からの検討してみよう。」
ジェレミーは、鬼の血液を遠心機にかけた。ヒトサンプル同様に白血球の分離された層バッフィーコートが得られたのがわかる。マイクロピペットでそれを回収し、細胞破砕、スライムDNAの精製と回収を行った。
このようなスライムDNAの実験技法はスラ情課の長い歴史の中で蓄積されたノウハウに基づいている。以下では、スライムと他の種との混用がないのでスライムDNAを、単にDNAと書く。
一旦DNAが精製されれば、ジェレミーの開発したプロトコルと機械でスライム、いや鬼化したので鬼のDNAを読む事ができる。この機械はスライムDNAシークエンサーと呼ばれていた。
ジェレミーとルイーズは精製されたDNAを、DNAを断片化するなどの前処理をしてから、この機械にかけるところまで実験を続け、実験記録を電子システムに保存し、実験室を後にした。荷物のあるオフィスへと戻ってくる。気づけば、夜の一時だ。
「ふー、おつかれ様、ルイーズ!おやすみ!」
「おつかれー、おやすみー、ジェレミー。」
彼らは、オフィスで別れた。ルイーズは先に帰った。それから5分くらいして、マリアがやってきた。マリアが彼女のオフィスでジェレミーを待っているのを彼女の上司達は許可していたのだった。
「おつかれ様、ジェレミー。大変な一日だったわね。」
「マリア、待っててくれたんだな。先に寝てなって言ったのに。さあさ、一緒に帰ろう。君も疲れてるだろ?」
「疲れてなんかいないわ。あなたを待つのはいくらでもできるわ。」
そういうマリアに、ここはオフィスだが、ジェレミーはキスをした。
(そうやって、ずっと待たせちまったな、プロポーズの件も。この鬼の案件が終わったら、すぐプロポーズするぜ。)
今度は、マリアがジェレミーの口に舌を入れた。深夜でヘトヘトの二人の、お互いに少し酸っぱいキスだ。深いキスを終えた二人は、オフィスの電気を消し、家路についた。
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次回、 第6話 鬼化したスライムのDNAのマッピング
は明日4/17投稿予定です!