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第3話 スライム鬼化事件

 今日は3月24日。ここは、シャモ平原。草花もまばらなこの平原に、対スライム戦闘部隊第六小隊がやってきた。この平原の近くでトウモロコシ農業を営むピーター ル・ルー氏からスライムを見たという目撃情報が寄せられたのだ。

 シャモ平原の中央部にある高さ3メートルの大岩のそばに、それらはいた。全部で四匹のスライムがいる。それら全て高さが2メートルほどの大型スライムだった。

 だがそのうち一匹の様子が普通と違っていた。普通、この惑星マジーにおいて、スライムは地面とはベタッと接着している感じに見えるものなのだ。そうじゃないスライムは、少なくとも第六小隊の面々は見た事が無かった、今日までは。四匹のうち、三匹はそんな普通のスライムの形をしている。だが、残りの一匹は違った。

 それは、ボールのような真球に近い形をしていた。


「おい、何だよあれは?」


 第六小隊隊員のダミアン シュヴァリエが他の隊員に聞く。


「何なのかしらね?でも、それって問題なのかしら?私たちのエーテルで、スライムは全て叩き潰す。重要なのは、それだけでしょ?」


 アルメル ヴィダールが返事をする。


「そういうことよ!全員、戦闘態勢!」


 隊長のアナエル ボネが叫んだ。隊員は皆構えた。隊員のある者はエーテルを剣の形に変え、別の者は銃の形に変えるなど、皆それぞれ、好みの武器の形のエーテルを形成した。そこでスライムの方に一つ変化が起きた。ボール状のスライムが分裂したのだ。


「チッ、四匹が五匹になるか、めんどくせえな。」


 ダミアンはそう言った。だが、そうはならなかった。分裂したスライムは、まだ全体として球形を保っていた。分裂後の二つの細胞は二つの半球としてお互いに接着している。結果として三匹の普通のスライムと一匹の二細胞のスライムがダミアンの目の前にいる。これは普通ではない。スライムは普通、分裂すると空間的に分離された二匹のスライムになるのだから。


「くるぞ!戦闘開始!」


 隊長のアナエルの指示とともに、戦闘は始まった。スライムの中で仕掛けてきたのは、普通の形をした三匹だった。残りの一匹はまだ奥で動く様子はない。アナエルを除く隊員の数は九人だ。三人で一匹のスライムを迎え撃つフォーメーションだ。

 ダンッダンッとエーテルを銃に変えた三人の隊員が放った弾が三匹のスライムに着弾する。スライム達はいくつかの触手を伸ばし襲ってくる。エーテルを剣の形にした隊員達がそれを切り落とす。

 それを後ろから見ていたアナエルは見た。後ろ側にいるスライムが再度分裂をしたのを。二細胞期にいたそれは、四細胞へと分裂した。四細胞期の各細胞は、どちらかというと球に近いような形状だった。そして、それらが緩くくっつきあっているような印象をアナエルは受けた。

 隊員達の戦闘は続く。ダミアンが一匹のスライムとの距離を詰める。彼の一太刀はそのスライムにトドメを刺した。


「続け!次の二体、一気に行くぞ!」


 他の八人の隊員達はすぐさま四人四人に分かれて、二体のスライムに波状攻撃をかけた。こうして三匹の普通のスライムは全て倒された。彼らが残る一匹に顔を向けた時、それは八細胞期にあった。

 一つ一つの細胞は最初丸かったのだが、そのうち、その一つ一つが隣接する細胞に接着し始めた。接着が起こっている面は平らになっているが、外側に面している部分は球面みたいに見える。全体として八細胞からなる球形の生き物が、第六小隊の目の前にいた。第六小隊の面々はそれを取り囲んだ。


「かかれ!」


 隊長のアナエルの合図とともに、一斉攻撃が始まった。だが、エーテルの銃も剣も槍も、攻撃が通る感触が全くない。弾かれている感じしかしない。


「何だこいつは!?」


 ダミアンが狼狽える。スライムは少し眩い黄色い光を放ち始め、何度か分裂を繰り返した。第六小隊は攻撃を続けているが、こちらの攻撃によって細胞の分裂は止められている様子がない。細胞分裂が続いて行き、そしてその生き物の形態が変化していき、次第にスライムは手足や首を持つ生き物になっていった。黄色い光が始まって2分くらいした時、その光はとても眩しくなった。


「全員、対閃光防御!」


 アナエルが叫ぶ。強い光が止んだ。目を開いた皆は、スライムの方を確認した。アナエル達の目の前にいたのは、もはやスライムでは無かった。それは、鬼だった。

 最初、それはじっとしていた。だが、肩の動きを見るからには、呼吸をしている。確かにそれは、二足歩行をする獣物の様なのだった。そして頭には2本の角がある。


「こんなのが人の住む所に行ってしまったら、甚大な被害が出るぜ!早く片付けるぞ!」


 そう言ったのは、隊員のジョエル ガトーであった。彼はエーテルの剣の名手だ。エーテルフェンシングの世界チャンピョンという肩書きを彼は持っていた。


「キエー!アタタタッ!タタァッ!」

 

 彼は大きな奇声を上げながら斬りつけるタイプの使い手だ。その動きは繊細かつ素早い。鬼は瞬時に腕を動かす。長く伸びた爪でジョエルの攻撃を受け流す。最初の方はジョエルが押しているかの様に見えたが、徐々に鬼は攻撃を受ける側から攻撃をする側に変わっていった。鬼は、二つの腕を自在に振り回し、ジョエルを追い詰めていく。


「キエー、アチャ!?アチャチャチャ!?」


 ジョエルの発する奇声に戸惑いや苦悶が感じられる様になってきた。鬼の攻撃はどんどん素早くなり、ジョエルはそれを裁ききれなくなった。彼の態勢に隙ができてしまう。そこを鬼は見逃さなかった。鬼の右手は左胸と左腕を一気に深く傷つけた。ジョエルは倒れた。ジョエルは鬼の一撃で戦闘不能となってしまったのだ。命はあるが意識を彼は失った。


「後ろがガラ空きだぜ!」


 ジョエルを鬼が追撃しようとした時、隊員のヒューム オリヴィエが後ろからエーテルの弾を撃ち込んだ。後頭部と背中の頸椎、合計四箇所が丁寧に撃ち抜かれた。ヒュームはエーテル射撃のメダリストだ。エーテルを安定化させる器具は一切使用しないので、無課金アニキなどという名前でマスコミにチヤホヤされた。鬼は少し動きを止めた。


(今だ!)


 隊長のアナエルは自ら鬼に近づき、鬼の足元で倒れているジョエルを回収し、引き下がった。彼女の判断の素早さと、動きの素早さが成したスーパープレイであった。


「ダミアン!ジョエルを病院へ今すぐ搬送して!アルメル!あなたは大隊長セリス ゴダールに事件を電話で報告!ジェシカ!あなたは、スライム生命情報解析課、課長のエミリー ベルナールに連絡し、応援を要請しなさい!」


(スラ情に連絡?だが、今はアナエルの言葉に疑義を挟んでいる場合じゃない。)


 ジェシカは、そう思いながらも急いでスマートフォンでエミリーに電話をかけた。


 鬼はワナワナと震えている。怒りがその表情に見える。先ほどの全く攻撃を受け付けなかった八細胞期とは違って、ヒュームの攻撃は鬼に傷を確かにつけた。だが鬼は目でもわかるくらい速く、傷の自己修復した。とんでもない再生能力を鬼は持っていたのだ。

 鬼は背中側にいたヒュームの方に振り返り、彼に向かって突進を始めた。ヒュームは怖気なかった。向かってくる鬼の頭に数回、エーテルの銃撃を与えた。同じ所をヘッドショットし続け、鬼の頭に風穴が空いた。だが、それは鬼にとっては大したことのないかの様に突進の勢いは止まらなかった。


「させないわよ!」


 アナエルがエーテルの防壁を構成する。防壁は円柱状に鬼を取り囲む。鬼の突進は、鬼は防壁に阻まれて、あとヒュームまで1メートルというところで止まった。アナエルは軍で一二を争うエーテルによる防壁の使い手なのだ。どうやら、鬼に有効な攻撃を通す事はできないようだが、エーテルでバリアを張って防御するのは何とかギリギリ、人間でも可能である様だ。


(エミリー、早く来て頂戴!)


 アナエルは願った。アナエルと、スライム生命情報解析課の課長であるエミリーは士官学校の同級生だった。二人が卒業したのは、7年も前の事だった。アナエルはバリアを張りながらその7年前のことを思い出していた。


「おめでとう、エミリー!ついに最終成績、出てたわよ!みんな分かっていた事だけど、あなたが首席で卒業ね。」


「ああ、その事ね。その事で、貴女にお話ししておきたい事があるの。」


「何かしら?」


「卒業式の総代は、貴方がやってね。」


「!?何よ、それ。首席が総代をするのが決まりでしょう?嫌よ、そんなの!あなたと私だと、大人と子供かと思うくらい差があるのよ!それをみんな知っている。学生も士官学校の教職員も軍も。全員からブーイングが来るわよ、私が総代代理なんかしたら。」


 士官学校の総代は、卒業後に軍の重要職に就く事が不文律となっているのだった。だが、エミリーは言った。


「軍と先生達なら、もう説得ができたわ。学校のみんなには言わせておけばいいわ。そうは言っても、あなたは少しイヤかもしれないけど。」


「何であなたは総代をやりたくないの?」


「私はしたい事があるのよ。スライムについて研究したいの。倒すんじゃなくて。」


「研究って。。スライム生命情報解析課にでも就職するって言うの?」


 いや、そうじゃないと否定される事を期待してアナエルは言ったが、その期待はあえなく裏切られた。


「そうよ。」


「ドテッ。どうしてあんな閑職に就きたがるのよ!課長になったら、その上がもう無い出世の絶壁よ!あなたは学校で勝って勝って勝ちまくって来た人よ!勝利者の矜持があるべきだわ。」


「そうかもなんだけど、それ以上に私の直感が、私のエーテルが囁くのよ。ただ戦ってばかりじゃダメになるって。私もそうだし、国とかそう言うスケールで、まずい事が起きる時が来るって。」


「あなたがスラ情に行けばそれが解決されるとでも言うの?」


「そんなのわかんないわ。やってみないと。ね、お願い。今度、最高級A5ランクのマツカサ牛のステーキ奢るからさ。」


 ステーキに目の無い肉食系のアナエルは、まんまとステーキを食わされ、総代として卒業式に参加した。


(ちょっと、軍も職員も学生も誰一人ブーイングしないわ。スライム討伐の英雄候補と目されたエミリーが総代ではないと言うのに。一体どんなネマワシをしたのよ、アイツは!でもいっか、アイツのことだもの、アイツがこれから推進するスライムの科学は役に立つくる日が来るかも知れないわ。)


 そう思いつつ、アナエルは卒業証書と勲章を受け取った。



(今こそが、その時かもしれないのよね、エミリー!)


 鬼に対してバリアを張っている、今現在のアナエルは思った。

 40分後、平原に五台のジープが到着した。そのうち四台が戦闘部隊のものだ。残る一台はスラ情課のジープだ。スラ情課のジープが拡声器で声を出す。


「マイテス、マイテス。あ、マイクついてるわね。アナエルー。無事なのー?」


 昔と変わらないマイペースなエミリーのキャラに、アナエルは笑みをこぼした。

 

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