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第2話 ジェレミーとマリア i.e. Jacob et Monod

 ジェレミー達は自分達のオフィスに戻って来た。彼らのオフィスはグループアドレス制で、座る席は部署内で自由に決めて良い。ただ、そうは言っても誰がどこに座るかと言うのは割と固定席となる傾向にはあった。

 ジェレミーは彼の席に着くと、マリアからもらったメモ帳を開いた。


(論文掲載おめでとう。今日はワイン買って帰ります。)


 ジェレミーはスマートフォンを開き、夕飯の料理はジェレミーの方で作っておく事をマリアに伝えた。そして仕事に戻った。業務時間は普段はあっという間に過ぎると言うのに、ジェレミーは何度もパソコンのスクリーンの端にある時計を見返した。そして、それは今日は同じ建物の中で事務業務を行なっているマリアにとっても同じなのであった。

 夕方になり、退勤時刻となり、ジェレミーはスーパーで野菜とホタテとバターを買った。それを持って帰ると、部屋の掃除をしてから、夕飯の準備を始めた。野菜を切るところからスタートだ。ラジオをつける。キャスターが威勢よく原稿を読んでいる。


「我が国の国防軍、対スライム戦闘部隊のエース、マリア モノー大尉がまたやってくれました。ピレネア山脈に発生した電気スライム10匹を撃退!これで、一万世帯に影響を与えた停電の原因が取り除かれたのです!彼女の大活躍で第七対スライム戦闘部隊は快進撃だ!」


(お、マリアの活躍がニュースになっている。いいねえ。)


 マリアは、実は軍の内外で有名で、テレビやラジオの取材も時々あったりするほどなのだ。ジェレミーはそんな彼女と同棲している。ジェレミーは料理を続け、ちょうど夕食の準備が終わったところでインターフォンが鳴った。鍵を開けて、マリアが入ってくる。


「ただいま。会議でこんなに遅くなっちゃったわ。」


「おかえり。」


 ジェレミーが手を拭いて台所から食卓へと出てきた。マリアはジェレミーの論文採択祝いに買ったワインの瓶を食卓に置くと、ジェレミーのところまで歩いて行き、彼の唇を奪った。


「おめでとう。今日はうちの上司が失礼をしたわ。ごめんなさい。」


「君が謝る事じゃないよ。それより、ピレネア山脈での戦い、大活躍したんだってね。おめでとう、ラジオで報道されてたよ。」


「ありがとう。」


「そのお祝いはまた今度するけど、僕も君にプレゼントを買ったよ。」


「開けてみていい?」


 マリアが開けてみると、テ・オールのアイシャドウが入っていた。これはマリアにとって欲しかったやつというやつだ。今持っている他の化粧品と是非組み合わせてみたかったその品が、袋の中にはあった。マリアはもう一度ジェレミーにキスをして聞いた。


「なんでわかったの?」


「家のパソコンでなんかオススメで良く出てきたのと、デパートの化粧品売り場で、君のブツブツ言っていた独り言から推理したのだよ、マリアくん。電気スライム討伐のお祝いは、また今度レストランでディナーにでもしようか。」


「お祝い、ね。でもそれは二人に乾杯のお祝いよ!だって私の栄誉は本当は、あなたと一緒に受けるべき栄誉なんだから!ラジオもテレビも何度も、あなたと私二人の力でやっている事だって説明したって、私一人の手柄のように報道されるのには、ウンザリだわ。」

 

「まあ、座ってよ。グラス出しといてよ。俺は、料理のセッティングするからさ。」


 さて、今回、実際に電気スライムを倒したのはマリアだ。だが、マリアの中にあるエーテルは実は75パーセントほどがジェレミーのものなのだ。残りの25パーセントがマリア本来のものなのである。

 

 マリアがジェレミーのエーテルを持つようになったのは、彼らが防衛軍士官学校、スライムハンター科の最終学年四年生の時からだ。士官学校には他国の人間から国を守る士官を養成する普通科と、スライムから国を守る士官を養成するスライムハンター科の二つの学科がある。

 二人は学生の時から、彼氏と彼女と言う関係にあった。ただ、それだけでは無かった。四年生には二人組を作り、スライム討伐にあたる、ビノーム制度があった。彼ら二人はビノームだったのだ。

 ジェレミーは、ビノーム結成時、圧倒的に学年トップの成績を誇っていた。それだけでなく、数百年に一度というレベルのスライムハンターになると目されていた。一方でマリアは席次は400人中30番と言うことで上位陣に食い込んでいるものの、ジェレミーの強さに少しコンプレックスを感じていた。

 座学の数学とか理科はマリアは学年で一番か二番、ジェレミーは学年で百番くらいだった。彼はあまり、これらに興味がなくこれらの科目ではトップではなかったが、これは彼の総合成績にはあまり影響が無かった。軍の士官学校のスライムハンター科では数学とか理科がそこまで重要な学科ではなかったためだ。

 理数系はその時は得意ではなかったが、ジェレミーは頭も切れる。戦略シミュレーションをやらせれば、常勝。マリアとの二人組での任務でも作戦の立案はジェレミーが担当するのが常だった。

 四年生が九月から始まり、三ヶ月経った12月の或る日の事だった。メルキュール山に沸いたスライムを討伐する任務を担当する事になった二人だったが、そのやり方で二人の意見は割れた。二人はその前の任務との兼ね合いで一日早く現場に着いた。ジェレミーは他の十ペアのビノームつまり他の二十人の生徒を待ってから、任務を開始すべきだと主張した。一方でマリアはすぐに任務を開始する事を主張した。


「あなたは学年トップだからいいけど、私はすぐにでも経験値をたくさん得て、あなたに追いつきたいの!この気持ちわかるでしょう、ジェレミー?」


 結局、二人はすぐに山に入ったが、事前情報と違う状況に遭遇した。スライムの数が事前情報の2倍、分裂速度が2倍、レベルも2倍と見積りがあり得ないほど間違っていたのだ。二人は死力を尽くして戦った。だが、最後の最後にマリアは重度のエーテル枯渇の状態に陥った。

 スライムハンターはエーテルを放出して戦い、その度に体内のエーテルが減る。減ったエーテルは休養を取ることでいずれ回復する。ただし、体内のエーテルの量がゼロに近いレベルまで下がる事は絶対に避けねばならない。そのような状態はエーテル枯渇と呼ばれ、それが重度だと生命活動の維持に困難が生じる。

 そのため、国防軍士官学校、スライムハンター科では、徹底的にエーテル枯渇を避ける事を、生徒に覚えさせる。しかし、この時のマリアは、あまりの敵の物量の多さと、自分の意見を押し通した事が二人のピンチを招いた事の罪悪感から、無理を押して戦ってしまったのだ。マリアのこの場合は、数時間後に彼女の命が終わると言うほどの最高に危険なレベルでのエーテル枯渇だった。普通なら彼女を救う手立ては無かった。


「うう、うう。」


 マリアが呻き声をあげる。


「大丈夫だ。マリア、これから俺のエーテルの容量、その中に入っているエーテルを君に移植する。」


「な、何を、、、、ジェレミー!?」


 二人が繋ぐ手が光り出した。エーテルの移植、それはここ一千年ほどに期間で惑星マジーでは一度も使われた事のない秘術とも呼べる術式だった。エーテルを移し過ぎれば、ジェレミーが死んでしまう、とんでもなく調節が難しい術式だ。そんなものは普通の人間なら使いたくはない。

 

「まだだ。まだだ。」


 ジェレミーは自分のエーテルをマリアに注ぎ続ける。マリアが陥った重度のエーテル枯渇からの彼女の生命力の蘇生にはジェレミーの99%のエーテルを不可逆的に、つまりもうエーテルがジェレミーの元に戻ってこれない様式で、注ぎ込む必要があった。

 エーテルの移植では、エーテルそのものだけでなく、その容量も移るのが重要なポイントだ。個人の中のエーテルの容量は、個人ごとに定まっている。仮に水を入れるコップで例えると、ジェレミーは100ミリリットルの容量、マリアが30ミリリットルの容量をエーテル移植前には持っていた。今回の99%のエーテル移植が終われば、ジェレミーは1ミリリットル、マリアは129ミリリットルの容量を持つようになるのだ。

 ジェレミーのたっぷりあったエーテルの元々の容量なら、その1パーセントがジェレミーに残っていれば、枯渇には至らず、普通の生活は問題なく送れる。ただ、スライムハントの技術を使おうものならば、すぐにエーテル枯渇を起こすであろう。なので、彼のスライムハンターとしての人生は、この日で終了したのだった。

 少しして目を覚まして、自分がどのようにして助かったのかをジェレミーから聞いたマリアは大泣きに泣いた。


「せっかく二人で生きていられるんだから、精一杯やろうよ。」


 そんな言葉をかけながら、マリアに、ジェレミーは優しくキスし、彼女が泣き止むまで、言葉をかけては、抱きしめ続けた。

 それから数ヶ月間、マリアはジェレミーからもらったエーテルと自身のエーテルをどのように使って戦えるのか、ジェレミーと二人三脚で、必死に学び、新しい自分に慣れていった。


 だが、数ヶ月後、学期末に生徒の成績ランキングの掲示が学校の廊下であった。そこで、ジェレミーの席次が首席からほぼ最下位まで落ちたのを見て、そして自分の席次が、あり得ないほどの高得点でぶっちぎりの首位に押しあがったのをマリアが見た時、マリアは再び、席次が貼られた廊下で、今度はジェレミーを含めた皆の前で泣いた。


「ごめ、、、なさい、、ジェレ、、、ミ。こん、、、な、違」


「何が違うのよ!ジェレミーの力を奪って、自分の成績を上げるなんて、最低!」

「ジェレミー、可哀想。。。」


 これは、恐らく、その場にいたジェレミーファンクラブの面々がマリアに浴びせた言葉だ。見かねたジェレミーはマリアに近づき、言葉をかける。


「泣くなよ、マリア。今まで頑張ってきたのが報われたんだ。おめでとう。潜在能力があるだけの状態と、能力を目覚めさせた状態っていうのは、天地の差があるからね。それに、今回初めて俺が勝った教科があるぞ。数学と理科、君が教えてくれて、俺は今は、案外面白いなって思っているんだ。この二つは今回は俺が一位で、君が2位だ。君もウカウカしていられないぞ。」


 そう、エーテルを使う実技の授業は、全て座学の自習時間に振り返られたジェレミーだったのだ。ただ、彼は、腐る事なく、そこに新しい楽しみを見つけて行ったのだった。


「ごめん、、、さい、、ジェ、、、ミ」


 泣き崩れていたマリアをジェレミーはずっと抱きしめていた。そんなジェレミーを後ろから見て、ジェレミーファンクラブの面々も罵声を止めた。ジェレミーの気持ちを踏みにじって罵声を続ける事は、できなかったのだ。

 何度もジェレミーに励まされて、マリアも卒業の前までには、自分に宿っているジェレミーのエーテルと共に前向きに生きていく決意を固めた。それでなければ、一体ジェレミーは何のために自身の力を失ってまで、自分を助けたのか。そんな思いが彼女を熱くさせた。

 そして卒業後、彼女は国防軍の対スライム部隊のエース小隊、第七小隊に配属となり、ジェレミーはスライム生命情報解析課に配属となったのだった。卒業と同時に彼らは同棲を始めた。


 話を現在に戻そう。ジェレミーとマリアは食事を食べ終わり、まずマリアがシャワーを浴びる。彼女はシャワーを浴びながら自分達の関係に想いを馳せる。


(彼が、自分の今やっている事が好きで、その道で一流の成果を挙げているのは、本当に嬉しいことね。)


 だが彼女は彼からのプロポーズへの道のりが険しい事にも想いを馳せる。


(でも、それなのに、私の事となると、まだ彼は私に遠慮している。力を失った自分が私に将来ずっと相応しいかなんて、未だに考えている。私にとっては、彼以外にはいないのに。)


 彼女が「結婚して。」といえば、彼は結婚するだろう。だが、それが二人にとって最良の道のではないと、マリアは予想している。


(私は、彼がプロポーズするまで待ち続ける。それは、多分、彼がどこまで自分を肯定できるかと言う事と関係している。彼が本当の本当に自信を取り戻す日はいつかやってくる。)


 ぼやぼやとシャワーの水の流れに身を委ねるながら、マリアはシャワーを終え、タオルで身体を拭き、シャワー室を後にした。

 今度はジェレミーがシャワーを浴びる。シャワーを浴びながら、ジェレミーもプロポーズについて考えている。ジェレミーはジェレミーで、マリアには自分に助けられた過去に縛られてほしくないと思っている。自分の将来を見据えた道を進んでほしいと。だが、従軍開始から二年半が経ち、軍のスターとして政財界の大物達と交流を持つ機会が多くあったマリアだが、彼女からの愛情が変わる様子はない。そんな現在を信じずに未来もクソもあるまい。もうそろそろプロポーズをしようと彼は意を決した。シャワーは彼の臆病も流したのだ。

 ジェレミーが鼻歌を歌いながら寝室に入ってきた。マリアはベッドの上で座ってジェレミーを待っていた。


「うわっ、あなたが女神か?」


 バスローブ姿のマリアを見てジェレミーが言う。


「あなた、科学者でもあるのに神は信じるタイプなの?」


「科学者でも信じる人はいるよ。その理由が、いないと証明もできないからという場合もあるだろうし、その他文化的な理由、個人的な理由もあるだろうしね。俺はさ、目の前にいるからさ、女神が。」


 二人はまずバスローブを脱ぎ、二人とも下着姿になった。お互いの腕や背中を触れ合ってハグをする。エーテルの移植があった日からずっとそうなのだが、二人は、ただハグしているだけで何だか頭が、ぼーっとなって気持ちいい気分になるのだった。これは二人がジェレミーに元々宿っていたエーテルを共有しているので、二人が共鳴しているからなのだろうか?二人はたまにそんな事もたまに考えたりもしたが、結局単にハグの気持ちよさに身体も心も任せるだけだった。


お読みくださいましてありがとうございます。


良い一日をお過ごしください。


ポーピャー

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