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第13話 ユークリッド聖域にて 前編

「ジェレミー!準備はいい?」


 マリアがジェレミーに尋ねる。ここは、ユークリッド聖域の入り口だ。ユークリッド聖域、それは聖域という名に相応しく、ここ一千年は人間が立ち入った事がない場所だった。何故なら、入ろうとすると謎の力に押し返されるためだ。ここには人間には突破不可能な何らかのバリアが張ってあるのだった。

 今日は4月25日、魔法熱素シャラァがONI1タンパク質の機能阻害に有用かもしれない阻害剤、Kintaronibの合成に必要だとジェレミー達が理解したその次の日である。

 なぜ、ジェレミーとマリアがユークリッド聖域の入り口にいるかというと、タンパク質阻害剤、Kintaronibは、そもそも古代人で異星人でもあるマルガレータの事典に載っていた化合物であった事が背景にある。その化学合成には魔法熱素シャラァが必要で、一方でマルガレータの妖精の名前もシャラァだったので両者には何らかの繋がりがあるのかもしれない。ジェレミーとマリアはその繋がりをユークリッド聖域に探りに来たのだ。

 ではなぜ、ここに来たのがマリアとジェレミーなのか?それは、この若いカップルなら聖域を取り囲むバリアを突破できるかもしれないということが、フュチュール大学のローロン達の最新の発見からわかったのだ。

 上記の背景となったローロンの最新の発見について話そう。結論から言うと、このユークリッド聖域のバリアを突破するには、二人のうち、一人のエーテルがもう一人に移植されているという条件を満たす二人組が一緒に入る必要があると言うことがわかったのだ。この条件を満たす二人組は、現在の惑星マジーには、ジェレミーとマリアの二人組しかいない。

 エーテル移植は非常に高度な技術で、数百年に一度というレベルで優れたエーテルの使い手だったジェレミーにしかできない芸当だった。更に、もし仮にそれができたとしても、自分のエーテルをもう一人の人物に与えすぎると即死してしまう可能性がある危険な技法でもあった。そのような事情があって、ここ千年ほどの中のエーテル移植は、ジェレミーがマリアに施した一件のみなのであった。

 では何故、エーテル移植により、エーテルが共有された状態の二人ならユークリッド聖域に入れるのかという話になるが、その理由は、今回ローロン達が発見した、古代人マルガレータの第二の手記に書いてあった。マルガレータは二千年前の古代人だが別の惑星から来た異星人で、ここ惑星マジーに来た当初はここ、ユークリッド聖域に住んでいたのだった。そして惑星マジー現地の古代人のグレゴリーと恋に落ち、聖域を出たのだった。彼女の第二の手記が発見されたのは、マルガレータの骨や彼女の第一の手記が見つかったのと同じ、ユークリッド聖域からそう遠くない、シゾーの街近郊の古代遺跡からである。

 マルガレータの第一の手記には、彼女の双子の姉であるベアタとソフィアが大喧嘩をし、二人とも他のオートル人を引き連れて別々の惑星に行ってしまったことが書かれていた。今回見つかった第二の手記には、その大喧嘩について詳細な記述が見つかったのだ。大喧嘩の発端は、正体不明の宇宙人がユークリッド聖域を襲った事であった。その時は、ソフィアが活躍してこの宇宙人を撃退したが、彼女はエーテルを使いすぎてエーテル枯渇に陥った。それは彼女にとって生命の危機だった。そこでベアタはソフィアにエーテル移植し、彼女の命を救ったのだ。これはジェレミーがマリアを救ったのと同じようなシチュエーションだ。

 ベアタとソフィアの不仲はエーテル移植の後で起きた。最初のうちは命を救われ感謝をしていたソフィアだった。しかしベアタのエーテルを得たソフィアは、ベアタより少し強力な力を持つようになった事から、ここ、ユークリッド聖域の次期女王になるのは自分であると主張したのだ。ベアタは怒り狂い、とうとう不仲な二人は顔を合わせたくなくなり、別々の惑星へと各々の国を作るために移住した。それがマルガレータの第二の手記に書いてあった事だ。

 この手記は病床のマルガレータが書いた物のようだ。彼女の母であるユークリッド聖域の女王が見舞いに来たある日、彼女らは二つの事を議論したと手記には書かれている。まず、ユークリッド聖域はどうするのかと言う話だ。ベアタとソフィアは女王以外の全てのオートル人を連れて行ってしまった。故に女王がユークリッド聖域にいる最後のオートル人なのだった。女王は、ベアタとソフィアの帰りを待ちたいと言っていた。但し、それには条件があり、それは彼女らが和解した上で二人同時に戻ってくる事だった。ユークリッド聖域が他の者に侵されるのを防ぎたいのでバリアを張るのだと、彼女は病床のマルガレータに言ったと手記に書いてある。そのバリアはエーテル移植が起きた二人組を認識し、そんな二人組のみ、聖域に入れるようにするのだと言う。エーテル移植が起きた例と言うのは強力なエーテルの使い手であるオートル人を統べる女王ですら、知る限りベアタとソフィアの一例しか知らなかった。だから、このシステムなら、仲直りした二人を迎えられ、その他の侵入者は弾けると女王は思ったのだ。

 病床のマルガレータと女王が話し合ったもう一つの事というのは、マルガレータの相棒である妖精のシャラァをどうするのかと言う事だ。女王は、もしマルガレータが亡くなることがあればシャラァはユークリッド聖域に連れて帰ると言ったのだそうだ。シャラァは、女王とかつて契約した三体の妖精のうちの一体だった。シャラァはマルガレータと共に生きる契約をし、マルガレータはシャラァを女王から引き継いだのだった。ちなみに他の二体の妖精は同様にマルガレータの二人の姉と契約していたのだという。

 シャラァといえば、上に書いた通り、ONI1タンパク質を阻害し得る薬、Kintaronibの合成に必要とされていた魔法熱素の名前と同じ名前だ。その名前の一致は偶然なのかもしれない。だが今は、スライム生命情報解析課が、いや、軍が、ソレイユ国が、ひいては、惑星マジーの人類がシャラァを必要としている。ゆえに、ユークリッド聖域に唯一入れる可能性のある人類であるジェレミーとマリアは、ユークリッド聖域に入り、シャラァを得る手がかりを掴んでくることを任務として与えられたのだった。


「俺の方の準備はオッケーだよー。君の方はどうだい?」


「私なら準備はもうできてるってば。」


「いや、道具の準備とかは、そうなんだと思うんだけど、心ここに在らず、そしてなんだか悲しい顔をしているけど。」


「わ、わかるの?」


「ずっと一緒にいるんだもの、そりゃそうだよ。何でか、俺が当てよう。さては、エーテル移植をして喧嘩別れした古代人の双子、ベアタとソフィアの事を考えて憂鬱な気分になってるな?エーテル移植が俺たちとの共通点だからださ。」


「!?」


「図星か。」


 そこで、ジェレミーはマリアの方を向き、続けた。


「ねえ、俺は君にずっと恋をしてるんだ。学生の頃から今までずっと。照れ隠しを外すと、愛している。俺は君のそばにずっといたい。俺はベアタじゃないし、君はソフィアじゃない。単純にそれだけじゃない?彼女らの不仲を、俺らに当てはめて悲しい想像をする必要なんてないさ。」


「ありがとう、ジェレミー。私も、あなたのそばにずっといたい。」


 そこまで二人は言って、気づいた。この二人の感覚的には、二人はほぼプロポーズに近い事を言ってしまったのだ。結婚に関しては奥手にやってきた二人は、顔を赤らめた。

 そして二人が結婚はそう遠くないと思った事は、二人を現実的な感覚に引き戻した。誰も入れなかった聖域やら古代人やらは、二人の心を圧倒していたのであるが、二人には二人の人生があり、生活があり、この任務はその1ページに過ぎないと言うことを二人は思い出したのだ。それを成功させ、人生の次のページに行く決意を二人は固めた。


「では手を繋いで、聖域を囲むバリアに触れてみよう。」


 事前情報では、普通の人間がこれに触れると、外に押し戻されると言う話だったが、手を繋いで足を進めた二人は、何も遮るものが無かったかのようにあっさりと中に入れた。マルガレータの第二の手記の記載通りだ。

 バリアのすぐ内側が城壁都市になっている。その正門が開いていて、二人は中に入った。城下街に入って二人が驚いたのは、時代的には古代の遺跡であるはずだが、王城以外の建物の形が丸っこい事だった。まるでスライムのような形をしている。この街は技術的には現代的と言うか近未来的だ。発電施設と推測される施設見つかったが、発電の原理が全くわからなく、それは停止していた。街にある電子機器、自動車、ロボットは全て停止していた。


「街の中を見ていても埒が開かないわね。女王がシャラァを連れて行ったのだから、女王の城に行きましょうよ。」


 マリアの提案はもっともだ。彼らは少し遠くに見える小高い丘の上にある城へと向かった。城は四つあった。或いは四つ城が結ばれたものが一つの大きな城だった。空から見て、三角形状に三つの城が存在していて、その三角形の重心の位置にもう一つの城があった。

 城の敷地内に入るなり、マリアは、気配を感じた。


「スライムよ!下がって!ジェレミー!」


 二人は城の中庭でおびただしい数のスライムに囲まれた。マリアはジェレミーにバリアを張りつつ戦った。エーテルに乗って加速し、エーテルの銃を撃ち、そしてエーテルの剣を振るう彼女は軍神そのものだった。

 ジェレミーは、エーテルは使えないが、体術は一流のままだ。要領よくスライムをかわし、逃げつづけ、マリアの邪魔にならないようにした。

 城の中庭から、四つある城のうち一つの城の内部に入ると、中庭より、更に高密度に上から下までみっちりとスライムがいた。他の三つの城でも状況は同様だった。マリアは戦い続けた。

 結局、5時間かけて城の中庭と四つの城のスライムの駆除が完了した。今日はもう夕方になっていた。スライムの気配ももうなくなったので、二人は中庭でキャンプする事になった。時刻的には退勤時刻を過ぎた。

 この城のある丘の麓の川には水車があり、それがこの城の下にある水汲み機と繋がっているようで、城の中庭には水の湧いてくる泉があった。マリアとジェレミーは順番に、そこで体を洗った。

 ジェレミーは枯れ木を集め、持っていた固形燃料とライターで火を起こし、小鍋にレトルトのカレーとご飯のパウチを入れ、加熱した。3分の調理で二人の食べるカレーが出来上がった。スパイスの香りが二人の食欲をそそる。


「今日はお疲れ様、マリア。また一層強くなったんじゃないか?ほら、君のカレーだ。」


「ありがとう!いい匂い。」


 マリアはカレーをジェレミーから受け取る。ジェレミーが作ってくれるご飯はいつも美味しい。長時間の戦いを終えた後の、キャンプファイアに照らされるカレーライスは嗅覚と視覚の両方に強く訴えかけてくる。ジェレミーの分のカレーの準備もでき、二人は話しながら、夕飯を一緒にとった。思えば、シャモ平原のスライム鬼化事件があってからと言うもののスラ情課はフル稼働で、ジェレミーは外で食べて帰ってくる事が多かった。こんなにゆっくりとした二人での夕飯は久しぶりだ。

 夜はふけていき、キャンプファイアの火も弱まっていった。食欲が満たされた二人は、日が沈み切る前に二人は歯磨きをするなどして、次に備えた。ここら辺の段取りの良さは二人の共通点だった。日が沈んで10分ほど経過した。

 

「お、星がすごいな、ここは。」


 幾多の星が見えるようになってきた。首都フュチュールと違って、ここは街の明かりがない。なので更に少し時間が経つと、星々は更にコントラストを増し、フュチュールではお目にかかれないほど星の輝く満点の星空が二人の前には現れたのだ。


「うわぁ」


 二人でハモって彼らは息を呑んだ。


「ねえ、私達、二人っきりだね。」


 マリアはそう切り出した。スライムはユークリッド聖域にはもういない。マリアがジェレミーの唇に彼女の唇を被せてくる。瞬く星と煌めく月の下、古代文明が産んだ大きな城の庭園にて、二人はお互いの姿をはっきりとみる事ができた。二人は何度も愛しあい、そして明日のこの地での任務へと気力を充実させ、眠りについたのだった。 

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