75.討伐を賭けて
街外へやってきた。魔の森上空にはうっすらと砂埃が舞い上がる。外壁周囲は戦闘で足を取られないためか、どこも綺麗に整地してあった。
急な要請にしては思いのほか多くの冒険者がこの場に駆け付けていて、パーティー同士の間隔が狭い。これでは討伐完了後に獲物を巡って揉め事が起きそうだ。
「フツーにぶっ殺しても面白くねぇよなぁ?」
誰かの嗄れ声にどこからともなく賛同が挙がり、好き勝手に盛り上がっていく。どこのパーティーが最多討伐数を叩き出すのか、大物を討伐するのか、というシンプルで定番の賭け内容だ。
この話題が広まるのと比例して、レオルドさんへの悪意が増幅するようだった。余りの気色悪さにゾッとした。
「レオルドもやらないか」
さっき私たちに絡んできたリーダーの人がレオルドさんを誘う。
来る途中で彼が名前を教えてくれて、サイラスという魔術剣士らしい。傍らには先程のふたりに加えて見の丈より更に巨大なハンマーを肩に担いだドワーフと魔獣を引き連れた調教師がいる。
鑑定で彼らのステータスを順番に確認していくけど、レオルドさんを誘うだけはあって普通に強かった。それにレオルドさんを警戒はしても蔑視しない姿勢が他の冒険者とは明らかに違った。やっぱり根は悪くない人達なんだろう。
「遠慮しておく」
「俺たちが頼りになるってことを証明してみせるから。その子よりは強いと思うよ?」
「あ?……勝手にやってろ」
私を貶しめる言葉に反応して怒りを露わにしたレオルドさんだったが、瞬時に我に返って参加を否定した。
下に見られることはいつものことながら、怒ってくれたことが嬉しい。
が、周囲の有象無象はレオルドさんに罵倒を投げ込んできた。「逃げた」だの「腰抜け」だのなんだのと、喜びがたった数秒で萎えてしまった。
いつまで経っても止まない誹謗中傷に、私のどうしようもない怒りが募っていく。
「…私が、やりましょうか?」
「やめとけ」
辛抱ならず立候補したのだが、間を置かずしてレオルドさんに止められた。
諫めた彼を周囲がまた馬鹿にし、沸々と燃える悔しさに身を焦がす。
「んじゃ。始めよおぜぇ?」
徐々に距離を縮める舞いあがる砂埃とその発生源たる魔獣たち。
ニタニタと下劣な視線を私たちに寄越しながら、それらに向けて一斉に駆け出して行った。
取り残されたのは私たち三人と賭けに乗らなかった人たちだけ。
「…ルナ」
レオルドさんが諦めを含んで私の名前を呼んだ。きっと挑発に乗るなって言いたいんだと思う。
私はこのまま彼がバカにされたままで居たくない。
本当は全員に言い返してやりたいけど、私にそんな話術はないから。
でも、魔術だけは自信がある。
「レオルドさん、ごめんね?」
謝罪の言葉に反して、もう掃討は始まっていた。
道中の訓練成果で並列操作のレベルを一つ上げた私は今や三つの魔術を同時に発動できる。氷槍で魔獣の息の根を止めて風魔術で死体を運搬し、それを時空魔術に収納する。
通常、魔術の攻撃範囲は大体五百mあるかどうかだ。しかし、私から魔獣までの距離は一㎞以上。
この距離からの精密射撃は相当な無理難題だが、そこは【天眼】との合わせ技で飛距離を二㎞にまで延ばした。これでもまだ粗削りだから、百発百中とはいかない。
それでも今回においては最後尾ですら射程圏内に入っている状況だった。のんびりダラダラとおしゃべりに興じていた彼らのおかげで。
魔獣を狩るために全力疾走で駆ける彼らの頭上を悠々と飛び越えた氷槍が、魔獣の頭蓋に貫通しては次々に死体を量産していく。息絶えたはずの魔獣は力なく宙を飛び、これまた彼らの頭上を通って後方へと向かっていくのだ。
私によって繰り広げられる光景に足を止めてしまった彼らの背中に胸が空く気持ちを味わう。
レオルドさんも私と同じだったのか、左後方から楽しげな空気感が伝わって来た。
このまま誰一人として魔獣に指一本触れさせはしない。すべて討伐してみせる。
そしたらきっと、私たちを馬鹿にする人なんて居なくなる。
「あれ、は…!」
ジェイクの強張った囁きが聞こえて来た。私は一匹たりとも逃さないことに必死で何が来たか把握できていない。
「ワイバーンだな。それも三体か」
ワイバーン…あ、それってあの?
齎された情報に特段の焦りもなかった。レオルドさんも一切の余裕を崩していない。
さっきまで威勢のいいことを言って一目散に駆け出した冒険者パーティーのいくらかは進行を中断し、二の足を踏んでいるが。
A級魔獣が一度に二体も出現したのだ。対空戦を強いられるとなれば遠距離攻撃手段を持たない者はなおさら。
「余裕そうだが、気を付けろよ?」
「うん!」
気負いなく当たり前のようにされる心配がとても嬉しい。もう既に射程範囲内で危険が全くないとしても。
飛行速度も大して速くなく、的も大きい。狙いが定めやすいことこの上ない、格好の獲物でしかなかった。
「…ワイバーンっていつ見ても空飛ぶ大きなワニ、だよね…」
本当にワニそっくり。それでいてなぜかとてつもなくおいしい。程よい脂乗りでいて身が引き締まってる、何にもでも合う万能食材だ。
「鰐て。すごい煽り文句だな?」
「この世界ワニいるの?!」
「居るぞ?」
レオルドさん曰く、遠方の国にワニが存在するらしい。ただ、地球と違って人的被害はないのだとか。むしろ魔獣と比較して弱いから絶滅を危惧されて保護対象に指定され、国を挙げて個体数保持に力を入れているそうだ。
「あ、終わった」
雑談してる間、これまでと同様に氷槍で仕留めて運搬からの収納。ワイバーンも他の魔獣と大差なく討伐が完了した。あれらは全てワイバーンから逃げていたようで続く魔獣の姿はない。
「レオルドさん、帰ろ?」
この近辺にも魔獣はもういない。だから、ここに居続ける意味もない。
「冒険者ギルドに寄ってからな」
苦笑交じりのレオルドさんにそう言われて気落ちしつつも「…は~い」と答え、門へ向けて歩き始めた。
「…あなたの分、三割でいいでしょうか」
ジェイクに問いかけた。何もしていなかったとはいえ今は臨時でパーティーを組んでいる。一人だけ報酬なしでは後々揉める原因になりかねない。
「いえ。俺はけっこうです」
遠慮されてしまった。後日になって請求するみたいなよくある手口で得をしてやろうって感じもなさそう。
でも、万にひとつの可能性も潰しておきたい。
「そうですか。それではこれだけ置いていきますので」
収納からワイバーンを地面に落とした。ほとんど傷つけてないから、これで十分足りることだろう。ちょっともったいない気もするけど、必要経費だと思って諦めよう。
「こんなには…!」
「レオルドさん行こ!」
ジェイクの言葉を最後まで聞くことなく、レオルドさんの手を引いてその場を後にした。
街門を抜けて足を踏み込んだ大通りでは行き交う人々が明らかに減っていた。この街では魔獣が出現する度にこのようになるのだろうか。それでは心休まらず、疲弊してしまう。
だからこそ、王都にクエストが張り出される事態になったのだろう。
「レオルドさん」
冒険者ギルドへ向かう道すがら彼に呼びかけた。すぐさま何気ない口調で「どした?」と返って来る。
ジェイクとパーティーを組む決定をしたのは彼だから、少し言い出しづらい。
何度も口を開いては躊躇って閉じてを繰り返し、やっとの思いで決心を付けた。
「…あの人と組むのは、これっきりにして下さい」
自分は思いの外ジェイクを嫌っていたらしい。語気が強くなってしまった。
戸惑いを纏ったレオルドさんが歩みを止め、半歩先で私も立ち止まった。力なく離れてしまった掌に振り向くと、やっぱり彼は困惑していて、私は続く言葉を探した。
「…同郷か」
理由を答えるよりも先にレオルドさんが正解を引き出した。
コクンと首を縦に振ることで私が肯定を示すと、彼は苦虫を噛み潰したように表情を歪めた。
それも数秒後には「…それで?」と会話の先を促される。
「…あの人は正義感があって、素直な人です。…でも」
「でも?」
「…あの人は良く言っていました。“弱きを助け、強きを挫く”って」
彼の正義はとても高潔で得難いものかもしれない。世間一般的に美徳とされることも認める。
一方で致命的な欠点でもあると、私は思う。
「綺麗事だな」
レオルドさんはそう吐き捨てた。
力を持つからこその苦労だとか、苦痛だとか、恐怖だとか、制約だとか。
世の中には価値観や事情、色々なナニカが複雑に絡み合っている。
「そう、なんです。…それでその、義務がって責任がどうのって、言われて…」
何でもかんでも振り翳していい訳でも、できる訳でもない。ましてや誰もがあの人のように真っ直ぐ正義に希望を抱いて居られる訳でもない。
「辛かったな」
「うん。…それでもう、関わりたくなくて…」
私には私の考えがあって、彼には彼の考え方がある。
お互いの意思を突き通すためにお互いに関わりを断つ。ただそれだけのことが、召喚された頃はほぼ不可能だった。
「分かった。…勝手に決めて悪かったな」
心苦しそうなレオルドさんの謝罪。
でも、私にとってありがたいことでもあった。こういう状況にならなければ、伝える機会もなかっただろうから。彼がいきなり押し掛けて来ても、レオルドさんが事情を把握してくれていれば混乱も少ないだろう。
「大丈夫。…レオルドさんありがと、解ってくれて」
開いてしまった半歩の距離を埋めて、また彼の手を掬う。
まだまだ残暑が照り付ける今、このほんのり冷たい体温がとても心地いい。
冒険者ギルドに舞い戻って報告までスムーズに済ませた。
が、魔獣の売却が思うように進まずにいた。
「ワイバーンがんなに安いわけないだろうが!」
「そう申されましても…」
さっきからこのやり取りを延々と続けているのだ。
ギルドの提示額が五百万リグ。損傷の少ないA級魔獣で廃棄部位が殆どないワイバーンとなれば優に千万リグを超す。…らしい、レオルドさん曰く。
それを買い叩こうとする醜く歪んだ顔をした受付嬢。
彼女に逆らう職員は誰一人としていない。
「もういい!埒が明かない」
「では、この値で買取を…」
レオルドさんが折れたと判断するや否や彼女らは醜悪さをさらに増し、嗤みを深くした。
「ルナ、収納してくれ」
「は~い」
すぐさま査定台のワイバーンに触れて収納した。
ポカンと放心して呆ける受付嬢と傍観していた冒険者たち。
きっとこれもレオルドさんの意趣返しだ。顔は見てないけど、そんな空気感が伝わってくる。
バカにする様に鼻を鳴らした彼がそのまま踵を返した。
「こ、ここで売らなければ貴方が損するだけよ!?」
対応していた受付嬢の荒ぶった半狂乱声と共に、乱暴に椅子を押しのける鈍い摩擦音と机へ手を叩きつける乾いた打音がフロアに響いた。
「ご心配どうも」
レオルドさんは振り返ることもせず軽く手を振るに止め、そのまま冒険者ギルドの門を潜っていき、私もそれに続いた。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!!!
最近パソコンの調子が悪く…投稿頻度が落ちそうです。楽しみにして下さっている方々には本当に申し訳ございません<(_ _)>。