74.臨時メンバー
「落ち着いて考えてみて。ね?」
「ジュース貰って来たから飲みな?な?」
レオルドさんを悪く言う人達に聞き分けのない子供のように慰められ続けている。
ただ、レオルドさんが彼らを「善良な冒険者」と評した意味は理解できた。良くも悪くもお人好しなのだろう。
でも、私の態度は覆らない。
私を仲間としてちゃんと接してくれる人は、彼が初めてだったから。
そんな人を悪者扱いする人達に囲まれて、なのにやっぱり上手く言い返せなくて。自分の口下手さが悔しく思いながらも、説得を諦めた。
口を噤むことが、私が他者に反抗の意思を示せる唯一の手段だ。
「何してる」
いつもより低い声色。
それは紛れもない、彼で。
「レオルドさん!」
跳ねるようにしてパッと席を立ち、彼の許へ駆けた。
彼の背後に回り込んでその背に身を隠しつつ、ほんの少しだけ顔を出す。
「文句があんなら俺に言えよ」
「いや、その…あたしはただ、その子が酷い事されてないか確かめたかっただけで!」
「んで?」
「それはその…」
ミュラーリカさんが言い淀んだ。
結局私から聞き出せたことは“レオルドさんは優しい人だ”ということだけ。彼女達が聞きだしたかった内容は何一つとしてなかったのだから当然の反応だ。
さりとて彼女の勝手な思い込みながら、私のためを思ってという本心に嘘偽りなく、ほんのちょっぴりだけ胸が痛む。
「ちょ~っと聞きたいんだけど!」
言葉に詰まるミュラーリカさんを庇うようにして前に出たのは、さっきまで彼女と一緒になって慰めてきた、犬獣人のジスカーターさんだった。
「何だ?言い訳か?」
「な~んか怒らせちゃったことはマジでゴメン!けどさ、この子の言ってることが要領を得んくて」
嘘偽りない真実しか言ってない。
だけど、“レオルドさんに脅されている少女”という前提条件がある彼らにとって理解ができなくても仕方ない。徹頭徹尾、私が庇っている風に見えていたのだと思う。
「ルナは人見知りでズレてはいるが、会話が成り立たないってことはないと思うが?」
…ちょっと酷い。今回に限っては、常識はずれなことは一言も言ってないのに。
「いや~…うん…。ちょ~っと今、自分の目を疑ってるとこだから…」
私たちの距離感が衝撃的だったのか、二度見どころじゃないくらい私たちの間を視線が往復する。分かりやすく「混乱しています!」と彼の顔に書いてあった。
「話は後にしよう。レオルドも」
彼女たちのリーダーさんが私たちを追い越していった。
その際に私へ向けられていたのは訝しむような眼差しだった。レオルドさんが何か言ったのかもしれない。
「だから、俺らに話すことは何もないんだが?」
「そう言わずにさ。俺たちも腕を磨いてるんだ。見てもらえれば分かってくれると思う」
「俺はルナに全幅の信頼を置いてんだ」
“全幅の信頼”
私がレオルドさんに抱くような安心感や信頼を、レオルドさんも私に感じてくれていると明言してくれた。
ニマニマと口角が緩むのを抑えられなくて気恥ずかしさのあまり、彼の背に顔を押し付ける。
「…本当に本人か疑わしくなるな」
リーダーさんのそんな呟きと共に仲間を連れて去る足音が聞こえ、喧騒によってそれらは徐々に掻き消されていく。
チラ見したギルドエントランスにはもう彼らの姿はなかった。
「俺らも行くか」
「…うん」
レオルドさんに促されて身を隠すのをやめ、扉へと一歩足を踏み出す。
「その前に少しいいですか」
「んにゃ…?!」
が、呼び止める声に飛び上がって蔭へと逆戻りした。
レオルドさんの「あ、悪い」と悪びれのない謝罪が耳に届く。
「こいつはジェイク。臨時でパーティーを組むことにした。いいか?」
茶髪茶眼をした彼はレオルドさんに届きそうなほど身長が高く、以前よりも威圧感があった。ここでは珍しい直刀を背負っている所は以前と変わりない。ハーフだかクォーターだか知らないけど、純日本人ではないからか彫りは深め。こちらでは馴染みやすく過ごしやすいことだろうが、それでもこの世界の住人と比較すると童顔寄りで。
その眼差しもやっぱり冷ややかで。
…そういえば、あの時もこんな目をして私を睨みつけてた。
「大丈夫か?」
「…レオルドさん」
レオルドさんの声にふと物思いから我に返ると、視界一杯に覗き込んでくる彼が映る。他のことは視界の端にすら入らない。
自分で思うよりも、私はずっと成長していたらしい。
晴明君との再会や三澄君の話題が挙がった時のような湧き上がる恐怖は欠片もなく、感じたのは当時の嫌悪感だけ。
これもきっと、レオルドさんのおかげ。
「うん。大丈夫」
「そうか?無理すんなよ」
「ありがと!」
その心配が嬉しくて自然と笑顔が零れる。
気負うことも、怯えることも、気に病むことも、憂うことも、何もない。
堂々とレオルドさんの隣に並び立って、正面からその人を見据えた。
…うん。やっぱり、怖くない。
自分の変化をしっかりと実感した私は、いつもの癖で【天眼】を発動した。
【名前】ジェイク(藤崎明)
【種族】異世界人
【呼称】なし
【年齢】18
【レベル】61
【固有スキル】第六感
【スキル】体術lv2
剣術lv6
抜刀術lv1
身体強化lv5
自然治癒lv1
火魔術lv2
土魔術lv1
気配遮断lv1
気配察知lv1
夜目lv1
【加護】女神レイアの加護
この後戦闘があることなどお構いなしの【天眼】鑑定。
恐怖がないとはいえ関わりたくないのが本音で人違いである事を願ったが、ステータスだけでなく過去もある程度把握して確信した。“異世界人”の表記がある時点で同級生以外いないだろうけど。
私へ非難をぶつけて来たクラスメイトのひとり。
それでいて本人に悪意がないからなおのこと質が悪かった。
今にして思えば、自分より弱いと解っている人に委縮する道理はなかった。現在でさえスキル構成の違いはあれど当時の私と大差ない強さで、レオルドさんとの差は一目瞭然だ。当時の私は体格差や大声、同調圧力に圧し潰されていただけなのだろう。
正直、同行を拒否したい。現実問題として私たちと彼とじゃ実力に乖離がありすぎる。これでは寄生行為を働くようなもの。
…ただ、レオルドさんに大丈夫と言ってしまった手前断りづらい。
「…ルナです。初めまして」
初めましてじゃない。けど、これでいい。わざわざ友好的に接する必要はない。
結界も一応念のため、レオルドさんに施すと同時に自分の分も強力な結界に張り直しておいた。
「…ジェイクです。よろしくお願いします」
相手も色々と察してなのか、何も言ってこなかった。
お読みいただきありがとうございます!
クラスメイトその3 藤崎明 の登場です!
名前に関する感想をいただきましたので、真面目に考えてみました。いかがでしょう???