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71.堂々巡り

レズリー様達が発つよりも早くに私達は王都を後にした。

エリクサーを不完全とはいえ完成させたことで途中ではあるが、護衛依頼は達成ということにしてくれたのだ。


当日の朝まで共にと誘われたが、魔の森の魔獣異常発生を鎮めることの重要性も理解しているからか強引な勧誘という感じではなかった。




さて、久しぶりの馬上旅。


鈍った勘はそう簡単に取り戻せない。

レオルドさんは勘も何もなく当たり前のように乗りこなすけれど、私はそれにしがみ付いているだけ。行く手を阻みそうな魔獣は倒してるから完全な足手纏いにはなってない、はず。


早めに昼食を摂って移動して、二時間おきに休憩を挟んで。

夕暮れ前には野営を開始した。


まだ王都近郊でみんな似たり寄ったりな道を通る。そのため商人と護衛冒険者で構成された数グループが少し離れた所で野営の準備に取り掛かっている。ここは比較的見晴らしがよくて安全に野営ができる場所として有名なんだとか。



レオルドさんのリクエストは夕食もお肉。

ケチャップと塩胡椒とはちみつ、実験的に魚醤をちょろっと入れてポークチャップにしてみた。


癖のあるにおいを誤魔化すためにバターもひとかけら入れてみたけど、駄目だった時の為にまず一枚だけ絡めてみて味見を一口。

魚醤の生臭い感じはしなくておいしかった。

ほんの少しならこれからも使えそう。むしろ二本だけじゃすぐになくなってしまうかも?



メインのポークチャップとチキンを乗せたサラダにキャベツとベーコンのコンソメスープとハードパン(フランスパンぽい奴)を添えて。



「できた!食べよ~」


テーブルに運び込んで「いただきます」をして、サラダに手を伸ばした。

一日中直射日光に当たったからか、身体がさっぱりを欲してた。惜しむらくは和風ドレッシングや青じそドレッシングがないことかな。


「食わないのか?」


大口でポークチャップに齧り付き問うレオルドさん。大皿のお肉の山は順調に数を減らしていた。

魔獣肉はジューシーで肉々しい。ジュワッと溢れる肉汁は確かにおいしいけれど、今はちょっと気分じゃない。


「うん、こっちあるから。全部食べていいよ?」


そう言ってサラダチキンを口にした。これも魔獣肉だからしっかりとした脂を感じ、ドレッシングに使った柑橘類の爽やかな酸味と香りが鼻を抜けていく。


「食細くなってないか?少しは食っとけ」


三つのお肉が別皿に移された。わざわざ食べやすい一口サイズに小さくカットされた状態で。

それがなんだかとてもおいしそうに見えてサラダへ動かしかけていた手を止め、差し出された一口を受け取った。


ケチャップの甘みと酸味。臭みはないのに旨味はしっかりと感じて、やっぱり肉汁が噛めば噛むほどに溢れてきた。

味見をした時と同じ味のはずなのに。


「おいしい」


何かが違って自然と笑みが零れた。


「まだ食えるか?」

「ううん。ありがと」


お肉を口に放り込んでは大した時間を掛けず次が放り込まれていく。

その食べっぷりが気持ちよくて彼を眺めながら私もまた一口と手を伸ばした。



あれから、何にも変わってない。

告白されたのが夢なのかと思うくらい接し方にも変化がないし、返事を催促することもない。


緊張したり居心地が悪くなったりするよりもずっといいけれど、正直拍子抜けだ。


「どした?手止まってるぞ」


いきなり話しかけられてびっくりした。考え込むあまり食事が疎かになってしまっていた。


「ううん。何でもない」

「そうか?」

「うん。ごめんね」


私がまた手を動かし始めると、彼も食事を再開した。


ちらりと盗み見てもやっぱり変わった様子はなかった。視線だってそう。

いつまでも返事を待たせ続けるのは良くない、と思う。いかんせん告白されたのはこれが初めてで勝手がわからない。


何をどう考えて答えを導き出せばいいんだろう…。




二人旅も数日が経って以前の感覚を取り戻しつつあった。

馬上での移動に慣れてくれば、そこには多少の考える余裕が生まれる訳で。されど、しがみついてないと振り落とされそうにはなる訳で。


否応なしにレオルドさんのことを意識することになった。


密着した状態に気恥ずかしさを覚えて、心臓のドキドキもうるさいくらい。

でも、ふとした瞬間に安心感が胸に広がっていく。

傍に居て欲しい、と思う。

好きか嫌いかと聞かれたら、間違いなく好きと答える。



ただ、ここは異世界で価値観が全く違うから安易に結論を出せないでいた。


一般市民には緩い恋愛観をしている人も少なくないけれど、離婚はよっぽどのことがない限りできないにもかかわらず、過半数は婚姻に積極的。交際0日婚も珍しくなく、この傾向は貴族に多く見られる。


レオルドさんがそうだと決まった訳ではないけれど、軽率な判断はしたくない。彼にも失礼だ。

そう慎重になればなるほど、返答を先延ばしにする口実を探しているように思えてどんどんドツボに嵌まってく気がするのだった。






無性に逃げたい衝動に駆られて挙動不審に陥るも、今日もまた一日を乗り切った。


夕食を済ませてレオルドさんがお風呂に入っている間に片づけを終える。ここ最近はひとりになると手慰みに幻術を弄りながら物思いに耽る。脳内を占めるのは専らレオルドさんのこと。ずっと堂々巡りを続けてる。


「何やってんだ?」

「ひゃぁ…?!」


慌てて振り返った先には髪を濡らした彼がいた。思いの外距離が近く、その視線は私が生み出したデフォルメされたライオンに注がれている。


「実体は、ないな」

「え、あ、うん…。幻だもん」


ソファの背に上半身を預けて私の背後から幻を掻き混ぜ始めた。吐息すら感じられるほどの至近距離に「お茶を、淹れますね」と口実を作って身を引く。


「結界があるからルナには使い道がなさそうだな」


差し出された彼の人差し指の流線に沿って境界を曖昧に解かした幻は徐々に宙へと溶けていった。


その幻の歪さがまるで今の自分なのだと見透かされているようで、酷く落ち着かない。


「そ、そうでもない、かも?結界は私を中心に形成されるから、視線誘導させるなら幻術がいいと思うよ?でもね…」

「どうした?」


収納から取り出したタオルを手にソファ裏へと移動した。彼も勝手知ったると慣れた動作でやりやすい姿勢に整えてくれる。

これで顔を覗かれることもなくなり、一定の間も確保できてそっと小さな息を吐いた。


「継続使用に向かないって言ってたでしょ?デメリットの大きいスキルはそれだけメリットも大きい傾向にあるから期待してたんだけど。ほら、【天眼】みたいな感じで」


毛先部分から梳っていき、少しずつ毛先を揃えていく。髪が纏っていた水滴が私の手を濡らした。


「なるほど。結果、期待外れだったって事か?」

「まあ、そうかな。発動しててもデメリットがあるようには思えなくって…」


タオルをトントンと軽く押し当てて水分を吸収させて、また梳いてを繰り返す。

いつもの、もうお決まりになりつつある習慣。


「あいつは何が原因でああなってたんだ?」

「魔力の消費効率が悪いんだと思う。たぶんだけど」

「ハーフエルフだろ?」

「それはそうなんだけど。幻術は珍しくて師を仰ぐこともできなかったんじゃないかな?」


ハーフエルフといえど、エルフ種は総じて魔術の扱いに長けている。とはいえ、原理を理解しているのとしていないのでは発動時に如実な差となって現れることはおかしくない、と思う。


「ルナなら使いこなせるのか?」

「並列操作スキルで操作に補正が掛かるから大丈夫、だと思う」

「そうか」


それにしても、レオルドさんの髪の毛は本当にきれい。

私の髪よりも遥かに細くて柔らかい。光を反射させてキラキラ輝いてて、すごく羨ましい。


彼の優れた嗅覚でも悪臭に感じないよう調節した香油を丁寧に丁寧に馴染ませていく。

日々を過ごす度に艶やかさを増していくのだ。




…こんな風に、私もなれたら。


「…私ね。護衛依頼を受けてみて思ったの。もっと出来る事増やさないとって」

「これ以上何がいるんだよ。どこを目指してんだ?」


レオルドさんが呆れた声を上げた。

私を認めてくれてることも頼ってくれることも、もう知ってる。


「今は二つしか同時に魔術を発動できないけど、これが三つ、四つってなってたら犯人探しもエリクサー作るのだってもっと簡単だったと思わない?」

「エリクサーがそう簡単に出来て堪るかよ」

「そういうもの?」

「本職が泣くぞ?自重するってことも覚えた方がいい」

「…そっか」


理解を示したものの、なんとなく何かが足りてない気がする。それが何なのかは分からないし、どうしてそう思うのかも分からない。

でも、このままじゃダメなことだけは理解ってる。


話題が途切れて静寂が降りた。

腰に届く長髪を完全に乾かすには時間が掛かる。暫くの間、テント内にはレオルドさんの身動ぎと温風だけが空気を揺らしていた。




「ルナ。固有スキルは習得出来ないのか?」


レオルドさんが再び口を開いたのは乾かし終えた髪を一纏めに結んでいる時だった。


「固有スキル?」

「ああ」


固有スキル、かぁ…。



「観察してたけど、感覚的に無理だって思ったかな」


私も同じことを考えたことがあって、試したこともある。

【天眼】でも固有スキルの習得はできなかったのだ。

分かったことは、あれは普通のスキルとは根本から異質だということ。


「それは今もか?」


レオルドさんが突然身体を捻ってこちらを覗き込む。

座った状態の彼と私に身長差はほとんどなくて、なぜかあの夕暮れの眼差しがふと頭を過って、今と重なった。


「わ、分かんない…!」


咄嗟に二歩三歩と後退って、俯いて目を逸らした。

きっと今顔が赤らんでいるだろう。自分でもそう分かってしまうくらいに頬に熱を感じる。


「聖女とかいう奴が回復系の固有スキルじゃなかったか?」

「あ、そうだね!や、やってみるね?」


瞼を閉じて何度も何度も深呼吸を繰り返してレオルドさんを頭の隅にどうにか追いやろうとしては失敗した。やっとのことで【天眼】を発動し、知識の海に沈んでいく。


元クラスメイトで王妃になった清原聖羽さんの固有スキル【聖なる癒し】


治癒も出来るが、その本質は浄化。

聖魔術に近く、それでいて決定的に何かが違う。


その核はどこなのか、どう違うのか……。




「…できそうなのに、できないぃ…」


【天眼】に取っ掛かりがある気はするのに、どうしてもあと一歩が届かない。それなのに探し続けても見つからないと思うのはなんでなんだろう…。


「やっぱ無理そうか?」

「解んない。何かがこう、違うとしか…」

「そうか…」


レオルドさんが体勢を元に戻して正面を向いた。しっかりと見たわけではないけれど、落胆したような、それでいて安堵しているような表情を浮かべていた。




それ以降、夜の時間を使って【天眼】の検証を始めた。

レオルドさんは『軟化』のような戦術に幅を持たせられるスキルの習得を、私は『並列操作』や『並列思考』といった魔術発動に役立つスキルを重点的に練習していった。もちろん固有スキルの手立てを探っていく。あまり進展は見られなかったけれど。


とはいえ、リュームスの街に到着する頃には、スキルのレベルアップだけでなく新たにいくつかのスキルを習得していたのだった。

ルナにレオルドを意識させるか否かを悩みましたが、これは一応恋愛主軸の物語のため悶々として貰うことにしました。

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