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閑話.エマとレズリーにとっての転機

私は冒険者に向いてない。

そんなことはずっと前から知っている。でも、これ以外の道を私は知らない。


「他を当たれよ。じゃあな」


今日も臨時パーティーを断られた。これで何回目でしょう。

初めは似通ったレベルの人達とパーティーを組んでダンジョンに潜っていた。


だけどある日、私は見た。

ダンジョン内で魔獣に惨殺される夢を。


私はパーティーメンバーにその日の探索は止めるよう何度も説得した。でも、誰も聞き入れてくれなくて。


結局誰も帰って来なかった。

私は付いて行かなかったからひとりだけ生き残った。周囲は私に同情的だった。


それはたった一度だけの話だったが。

二度三度と同じような出来事が続くにつれてみんな私を気味悪がった。


パーティーを組むと一か月以内にダンジョンで死ぬ、と。


噂は瞬く間に広がっていった。新人の、何も知らない子くらいしか私と組んでくれなくなった。それも数日間限定の話。


しかも。


「俺らはあんたに殺されそうになった!金払えよ!」


隠していたからと、お金を要求して来る冒険者さえ居た。新人は何かと入用なのは分かる。私もそうだったもの。

それでも何の被害も被っていないのに、恐喝紛いの行為をしていい訳がない。


「払いません。あなたたちに何か不利益がありましたか?」

「俺たちは殺されそうに!」

「あなたたちは生きているじゃないですか。何を言っているのかお分かりで?」

「だが!」


馬鹿の一つ覚えで同じことばかり吐く。本当に無駄な時間。


「周囲から色々と入れ知恵されたようですが、死んでいった人たちは私の忠告も聞かずに勝手にダンジョンに潜っていっただけの、ただの自業自得です。冒険者は自己責任でしょう?」

「なんて、非道な…!」

「事実を言ったまでです。では」

「な!?待てよ!」


馬鹿の言葉を無視して冒険者ギルドを出た。

また組めるパーティーがひとつなくなった。いっその事一人で潜ろうかな。



…うん。それがいい。

今日は快晴。今夜は星がきれいに見えるはず。


私はソロでダンジョンに潜るようになった。低層でしか探索をしていないから大した金額を稼げるわけじゃなかった。仲間がいない不安に駆られたことも一度や二度じゃない。


だから、私の噂を知ってなお組んでもいいと言ってくれた人たちとまたパーティーを組んだ。


星の見える夜に占ってダンジョンに行くかどうか、何階層まで潜るかを伝えて。

彼らは私の提案を受け入れてくれた。大きな怪我もなく、同じランク帯と比較しても稼ぎは良い方だった。


良い事が続けば当然、人は油断する。


「もっと深くまで潜ろうぜ!」

「でも…」


ある日、パーティーは真っ二つに対立していた。

このままもっと下の階層に降りようとするリーダーたちと、安全を期して帰還しようとする私たち。


「今日の所はひとまず戻るべきです。対策してからまた後日来ればいいじゃないですか」

「ちょっと見てくるだけだぜ?そんなビビることかぁ?」

「好きにしてください。私は帰還します」

「お前らだけで帰れるかよ」

「………」


ここは私たちの今の実力に見合った階層で、半分が抜ければ少なからず誰かが負傷することは確実だった。


彼らの強引な予定変更に付き合わざるを得ない。

そして、こういう時こそ運悪く何かが起こるものだ。


その階層に居た冒険者に魔獣の群れを擦られ、囲まれてしまったのだ。

私たちは死に物狂いで武器を振るい魔術を放って、命からがら地上に逃げ果せた。


少なくない損傷を負って。


パーティーは再稼働できるような状況になかった。すぐ冒険者に戻れたのは私を含めてもふたりだけ。


「お前のせいだ!お前の!お前のせいで……!」


リーダーだった男が冒険者ギルドで喚き散らす。包帯を巻いた右腕が無様さに拍車をかける。


「私たちふたりは地上へ戻るよう提案したのに、聞き入れなかったのはあなたたちでしょう!責任転嫁は止めて下さい」

「ふざけんな!お前の!お前のせいだあぁああぁああ!!!」


剣を抜き放ち、憎悪に満ちた眼差しで私に向かって来る。

が、冒険者ギルド内での決闘はご法度。職員に取り押さえられた男はそのまま外に放り出された。


「さて。新しいパーティーでも探しましょうか?」


もう一人の、無事だった女に問いかけた。

でも、現実は無常だった。


「あんたと組むわけないじゃん。あたしまで同類と思われて孤立するとかありえないし。ひとりでやってなよ」


スタスタと掲示板に向かって行ってしまった。

また一人になってしまった。ほとんどはソロでダンジョンに潜り、時々どこかのパーティーに臨時で参加する。


占星術と夢見があれば危険はない。


ただ、逆恨みした元リーダーが魔獣を引き連れて私を殺そうとしたらしい。それに巻き込まれた人が大怪我を負い、それでも彼らは罪に問われなかった。証拠がなかったからだ。

自分たちも魔獣に追いかけられて、と加担した者達も同様の証言をしたことで加害性が認められなかったのだとか。


そこで止めればいいものを彼らは止まらなかった。

何度も何度も同じ手を使い、私を嵌めようとして失敗して。


同様の事件が繰り返し起これば冒険者ギルド側も調査に回る。

そして、彼らは捕まった。重罪犯として鉱山奴隷になるそうだ。


「何でまだ冒険者してんだよ。ギルドはあの女のカード剥奪しろよ」

「…殺人鬼が」


何も知らない間に事件を起こして勝手に自滅。そして、誇張されて私の悪評へ。


「パーティーから出てけ!!お前なんかと一緒に居たら俺達まで…!」

「報酬を分配してもらってないわ。それが終われば抜けましょう」


都合の悪いことに丁度臨時パーティーを組んで、探索から戻ってすぐ彼らが精算する間に職員から連絡を受けたのだ。

また支払いを渋られるのだろう。


諦念が胸中を満たしていく。


「これくらいくれてやるッ!!!お前みたいな奴が同じ冒険者だと思うと反吐が出る!」


地面に投げ捨てられた硬貨。屁理屈を捏ねられるよりはずっとマシだ。


「失せろ!ギルドに二度と顔を出すな!」


しゃがんで硬貨を拾い集める頭上では聞くに堪えない罵声が飛び交う。

毎度流れは同じ。流石にそろそろ飽きた。


ここに居場所はないし、違う街にでも移ろうかな…。


「何故駄目なのか、理由を述べるが良いぞ?」


大声という訳でもないのによく通ったその男性の声色は、どこか楽しげだった。

硬貨を拾い終えて立ち上がった。足の先から頭の天辺まで真っ赤という変質者が、さっきまでパーティーリーダーだった男性の肩に腕を回して絡んでいた。


「で、聞かせてくれるか?おぬしにこやつを出禁にする権限があるのかどうか、そして相応の理由とやらもの」

「こ、この女は人殺しなんだ!」

「証拠はあるのか?」

「証拠は…そう!ここに居る全員が証言してくれるはずだ!」

「そうか!なれば。…誰か!この者が他者を害する所を見たという者は居るか?このレズリー・バーンが聞くぞ!」


ギルド内は静まり返った。

今までなら誰も彼もが我先にと事実無根の悪評を嬉々として声高に語り始めるのに。


レズリー・バーン

このドラスティア国に12人しかいない議員に最近選ばれたばかりの、話題の人物だ。


「おらんのか?つまらんな!では我はそこの者に用があるのでな。失礼するぞ!」

「え?な、なんですか…!」

「まあ良いではないか良いではないか!」


レズリーと名乗った男性が私の腕を取って「ナハハ!」とおかしな笑い声を上げながら、冒険者ギルドを出ていく。


「あの、離してもらえますか」

「無論却下だ!」


気分の良さげで有無を言わさない彼に特段の抵抗もせず従う。

この男性が議員であることは疑いようがない事実だ。なら、従順でいた方がいい。何が気に入られて重用されないとも限らないのだから。


そんな思惑を抱きながら付いて行って次第に見えてきたのは、遠目から眺めるだけだった豪邸で。


「「おかえりなさいませ」」

「うむ!ただいま戻ったぞ!」


出迎えは執事とメイド。

ただの使用人ではなく、実力者であることが視線ひとつで窺えた。


一概に庭と呼んでいいものか悩むほど手入れの行き届いている前庭を抜け、開放感溢れるエントランスホールに辿り着いた。そこをまた素通りしてリビングルームへ案内される。


「女連れ込んだのかよ」


一歩足を踏み入れた瞬間に盛大な舌打ちが聞こえた。こちらを一瞥しただけで手元の本に目線を戻した、ソファに踏ん反り返ったままの金獅子獣人男性が居た。年は私とそう変わらないように見える。


「エマだ!よくしてやってくれ!」


名前を教えていないのに知られているのは、議員ともなればギルドに情報開示請求をするのも容易だからでしょう。


「エマです。初めまして」

「レオルドだ」


まったく好意的ではない。が、悪意も敵意もない。この邸の住人の誰もが。

これが、私の人生の転機だった。




エマを邸に招待したら、レオルドに脅迫疑惑を呈される始末。

我が如何に信用されていないかが窺えるというものよな!


エマの存在を知ったのは物騒な噂を聞いたからだった。


とある女が自分だけは生き残り、パーティーを全滅させている。


何事も同事案が多発すれば冒険者ギルドに目を付けられ、捜査が行われる。

ステータスの確認に行動の監視を長らく続けてエマには何の落ち度もないことが証明された。


最初は興味本位で首を突っ込んだだけだったのだが、思いの外彼女が優秀で我は部下として引き込みたくなった。


『夢見』と『占星術』

きっとこれらが未来予知に勝るとも劣らない事象を実現させている。


好奇心を抱くな、という方が無理がある。


エマに邸での滞在を勧めれば快諾され、彎曲にスキルについて問えば躊躇なく発動してみせた。

あわよくば、を想定して動いているなと思うとそれはそれで愉快だった。


こやつと過ごす時間は何とも言い難い。媚びを売る魂胆がないにしても、さりげなく自分を売り込んでくるのだ。

そしてしっかりとこちらの関心を煽ってくる。うまいと言わざるを得まい。


我は、どんどんエマに心惹かれていった。


ひとつ、芳しくないのはレオルドとの距離感か。

レオルドは誰に対しても一定の壁を作って距離を置く。


よろしくしてほしいとは思うが、初対面ではやむなしか。


しかし、さほどの交流もなくレオルドは街を出ていった。本人曰く、放浪の旅だと。

ずっと街を離れたがっていた。ひとつのきっかけになったのかもしれぬな。


只、良き出逢いに恵まれることを祈った。






梱包された箱を眺めるうちについつい感傷的になってしまったようだ。


「さてと。これをどうしたものか」


軽く叩いた箱の中身は欠陥品とはいえこの世でたった数本しか存在しない欠損治癒ポーションだ。

今となって見れば初めから全てのピースが準備されていたかのようだった。


ルナと旅をするレオルドとの再会。呪術士の暴挙。ケンタウロス族の存在。異世界人。セルバイド王国の事情。


そのバラバラのピースを適切に当て嵌めていったのは、エマの固有スキルに他ならない。



【好転】


全ての事象において発揮されるわけでもなければ、どう作用しているかも曖昧だ。

問題が勃発したとて鍵は手の届く範囲に転がっているが、それを手に取れるかは、運次第。


それを確実としていくのが、『夢見』と『占星術』である。


議院になる者は例外なく固有スキルを所持する。我も【蒼炎】という名の固有スキルを所持する者だ。蹂躙しかできないが。

だからこそ判ることがある。



ルナは【天眼】だけではない。



レオルドの態度も最初から露骨だった。わざとそう勘付くような言動をしていたのかは定かではないが。

固有スキルか、スキルの相乗効果か。


明言しているのはスキルの相乗効果だけだが、果たしてそれをあやつが懇切丁寧に明かしてくれるものか…。



とはいえ、ウィリアムはエリクサー製作者を掴んでいる。ここからはルナを巡っての争奪戦だ。


「これを受け取ってしまったからな!気張らんとな」


対価を求めずこれを渡して来たのだ。つまりは、そういう事だろう。


ルナ本人が他の欠損治癒手段を持っていることは確定だ。数多の冒険者を抱えるドラスティアにとってルナという存在が希望となり、救いとなることだろう。


にしても。レオルドがひとりの娘を心配し、翻弄される様は見物だった。十年以上の付き合いがある我でも、あやつのあんな表情も姿も見た事がなかったのだ。それだけ本気、なのであろう。

当人は足踏みしておったが。


「ええ。頑張って下さい」


妻となったエマが何ともなしに呟いた。

さっぱりとした声音の中にルナへの親しみが隠されている。


「エマよ。手伝ってくれても良いのだぞ?」

「うふふ」


淑やかに微笑む我妻のしたたかさよ。

これが世の謂う尻に敷かれるということか。世帯を持つとは良いものだな。

あやつが帰って来た時のために、気合を入れるとするか。妻の願いでもあるようだからな。

有能秘書ポジション、エマ。

当初は有能なメンバーがアタオカな自論を立て並べて追放されて後々ざまぁ展開になる、いわゆる『追放モノ』の主人公みたいな感じにしようと思っていたのですが。人は他者の失敗を望む生き物であるという前提の基、常に正解を選び続ける人が居ればきっと疎まれるはずと軌道修正しました。

後半は、人間性だけで妻を決められるほど議員の立場は低くない、という世知辛さがありつつも尊敬し合える素晴らしい妻を迎えられたと日々を噛み締めるレズリーがレオルドを気に掛けるお話でした。


王都編の閑話もこれにて完結です。

登場人物紹介の後、プロローグ兼閑話を一話挟みまして因縁の街ことリュームスの街編を投稿します!

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