閑話.相場と交渉
テーブルには下級から特級ポーション、よく使用される解毒ポーションから王侯貴族が所望する万能型状態異常回復ポーションまで、ありとあらゆるポーションがずらりと整列する。
「じゃ。まず下級ポーションからな」
「はい!レオルド先生!」
私は今、ポーションの相場について学んでいた。
下級ポーションの販売価格はどこも千リグ。
中級ポーションはその十倍以上。
上級ポーションは最低でも百万リグはする。
特級ともなると大体時価だ。
ひとえに、貴重な薬草がいくつも必要なためそうそう作ることは出来ないかららしい。
ここまでは薬師ギルドで訊ねたら普通に教えてくれるから、知ってて当然の知識。
…訊ねるまでが大変だったけど。特級ポーションの素材だって手つかずの山や森ではたくさん手に入る。ありがたみが感じられないのが本音だ。
「ここまでは問題ないな。ただ今回は卸値だ。下級ポーションは幾らで売る?」
「場所によるけど、平均で三百リグくらいです!」
私が答えた瞬間に一切の物音がしなくなった。
この部屋にはレオルドさんだけじゃなくレズリー様やエマさん達も居るというのに、誰も何も発さない。
「え、えっと…?」
「…一番安い所で、幾らで売ったのだ?」
「百リグです」
レズリー様の問いに答えればまた空気が凍った。
さすがの私も理解した。ぼったくられていたらしい。
「…レオルドさんと売りに行ったら最低五百リグで売れました」
「それまでどこで売ってたんだ?」
「薬師ギルドだよ?あそこ以外で売ったことないもん」
「薬師ギルドでも騙されてたのかよ…」
レオルドさんが項垂れてしまった。
「でも!レオルドさんが居てくれたら適正価格なんだよね?」
「…そうだな。今後はないとは思うが、知っていて損なんてことはないからな」
顔を上げて気を取り直したレオルドさんに相場を教えてもらった。
殆どの商品は販売価格の五~七割くらいが卸値になり、輸送予定の商品だともっと安い三割程度で取引されるらしい。
ポーションは保存の関係で瓶で保管されるから輸送には向かず、そのほとんどが街内で消費される。つまり私はただカモにされたのだ。
そこまで理解した所にウィリアム様が合流した。
「遅れて申し訳ないね。ちょうどポーションの話をしていたみたいだから、万能型ポーションの話もしようか」
「…お手柔らかに、お願いします…」
「私が騙すことはないから安心して、ね?」
ウィリアム様が苦笑交じりに慰めてくれる。
レオルドさんと旅を始めた経緯をレズリー様に聞かれて話したことがあった。その時の話を覚えていて、場の空気を察してくれたんだろう。その気遣いが心に沁みる…。
「さてと。以前に話したと思うけど、万能型ポーションは一般市民が一生働いても買えないくらい高価だ。ルナさんはひと月に幾らくらいあれば生活できるかな?」
「……三十万リグくらい…?」
「「「…」」」
ウィリアム様は笑顔のまま固まり、レオルドさんは片手で顔を覆って天を仰ぎ、レズリー様は肩を震わせて、エマさんは気の毒そうに私を見る。
今までにどれだけ損をしたのか。もはや言わないで欲しい。
「…ルナさんは料理に凝っているから、香辛料が高いのかもしれないね?」
「…香辛料買ったら倍くらいいると思います」
「…ごめんなさい」
王族に謝られた。すっごい気まずそうに顔を逸らされて。
「冒険者だからな!毎日宿代が嵩むのだ!」
「…私、基本野宿でした」
「…すまぬ」
議員にも謝られた。こちらも視線は合わない。
「ってなると、何に金かけてたんだ?」
「…ポーション瓶?」
「…悪かった」
レオルドさんまで謝らせてしまった。腕を下ろした彼は優しげな眼をして私の頭に手を乗せ、ゆっくりと撫で始めた。
「パンひとつ幾らで買ってましたか?」
エマさんが問いかけた。
「五百リグくらいです」
「そうなのね…」
エマさんに背後からギュッと抱きしめられた。
近所の子供が同じパンを百リグで買っていったのを目撃して以来ひとりでパン屋に行ってない。
ほとんど自家製だ。
曰く、一般市民の4人家族でひと月10万リグもあればちょっとした贅沢もできるらしい。
…私は一体何にお金を払っていたんだろう。
「…支出についてはひとまず置いておこうか」
遠い目になりかけていたところを、ウィリアム様が話題転換を図る。とはいえ、未だに目線は逸らされたままだ。
わざとらしい咳払いが部屋に響く。
「これまでに取引された万能型ポーションの最低価格は五千万リグ。最高落札価格は一億を超えていたはずだよ」
「…額がすごくて、よく分からないです」
「そうだね。技術を磨いた薬師が、貴重な素材を何度も無駄にしてやっと完成させられる。供給がないから、需要に応じて更に値も吊り上がるよ」
一般的には、そういうものらしい。
私が初めて作った時は少し効果が良くなかったけど、今や失敗なし。収納の時間停止で素材が劣化することもない。使う機会が今まで来なかったから便利だなぁとしか思ってなかった。
ただ最近作り過ぎちゃって材料が数少ない。万能型状態異常回復ポーションがたくさんあるけど、採取には行っておきたいな。もしもお金に困った時に備えられる。
「これでこの万能型ポーションの価値が分かったと思う。それが解った上で、ルナさんはこのポーションが幾らで売れたら嬉しいかな?」
「えっと…五千万、だと思います…」
「どうして思う、なのかな?」
「…私としては。ただの収納の肥やしだったから、売れたら売れたで嬉しいなって思いますけど、相場を知ってて安く売るのは他の薬師さん達に迷惑が掛かるから、です」
このポーションを作って生計を立てている人がいるはず。その人達の生活を蔑ろにしちゃいけない。未来の薬師が育たなくなって、最悪万能型状態異常回復ポーションのレシピが失伝しちゃうから。
私は初めてのポーション作りでそう教わった。
「…ちゃんと考えているんだね。五千万リグで購入するよ。…君も、それでいいかな?」
「構いません」
レオルドさんが受諾の返答をしてからは彼とウィリアム様とレズリー様の三人での交渉が進んでいった。
話に入って行けそうになくて、私はエマさん達と仲良くお喋りをして終わるのを待っていた。
ウィリアム様は10本で、レズリー様はなんと25本も購入するらしい。代金は後日冒険者口座の方に振り込まれる。初めレズリー様は全購入を希望していたけど、お金に余裕がないらしい。レオルドさんにめちゃくちゃ値切り交渉してた。一歩も引かず一本五千万リグで売った彼は確かに商人の才能も有りそうだった。
五千万リグでさえ想像つかないのに、それが35本。現実味がなさすぎてちょっと意味が分からないし、言葉もでない…。
「伝え忘れていたが、これまでに提供された万能型ポーションは一本一億でアスリズド中央国が買取ることで合意しておるからな!一緒に振り込むから覚えておれよ!」
「いちお…!?」
たたたったたた確か?!ウィリアム様の分と王子二人分と、あと…!?!?
「承知致しました」
「れ、れおレオルふぉさん!?何れそんにゃ冷静なんしゅか?!」
「まず落ち着け」
「おち、おちつけりゅわけ…」
背中をレオルドさんに撫でてくれた。暫くそうしていると、本当に落ち着くことができた。
「落ち着いたか?」
「はい…ありがとうございます」
「一億は大金だが、A級ともなると一回の依頼でそれに近い額を貰う事もあるぞ。それに万能型ポーションが高いのは分かり切ってた事だ。これくらいの額は予想の範囲内だな」
A級スゴイ以外の言葉が見当たらない。むしろちょっと怖い。
「…これからもお願いします。レオルドさんのこと、すごく頼りにしてます」
お願いすると同時に自然とレオルドさんへ抱き着いてしまった。
宝くじが高額当選した人は不幸になるらしいから、突然大金持ちになってしまったことが本当に怖い。
「…まあ、任せとけ」
本当に、頼りにしてますからね…!
後方父親面でニヤニヤ顔のレズリーがいると思います。そして、それに気づいて嫌な顔をするレオルドもきっといます。