閑話.暑い日においしいあれ
廃教会が完成した。
日本の夏のようなジメッとした湿度はなくとも、昼間の一番気温が上がる時間帯に外で動けばそれなりに汗もかく。メイド服の通気性もあまり良くない。できることなら今すぐシャワーを浴びて汗を流したい。
「アイス食いた~い!」
晴明君の一言には同意せざるを得ない。
某有名な棒アイスの味を口が欲している。定番のサイダーが食べたい。
とはいえ、アイスが気軽に食べられるような庶民的なスイーツではなくなってしまったのもまた事実。夏に氷を浮かべた冷たい飲み物さえここでは贅沢品だ。氷魔術を扱える人材は付与魔術士並みに貴重なのである。
「いいねアイス。この世界にはないのかな?」
三澄君もすかさず同意した。この疑問にそこまで深い意味はなく、ただの雑談のつもりだろう。
「あいすってなんですか!」
「アイスはねぇ、冷たくて甘~いスイーツだよ!」
アーシャさんの問いに晴明君が簡潔に答え、それに彼女は瞳をキラキラとさせている。
「たべたいです!」
「だよね!マリアはアイス食べたことある?」
晴明君がマリアさんに続いてエリスさんにも訊ねたが、ふたりとも否定した。すぐ隣では三澄君が補佐官君に訊ねて首を横に振っている。
私もレオルドさんに聞いてみたら、彼は子供の頃に食べたことがあるらしい。
それは知り合いの冒険者が気まぐれに作ってくれたジュースを凍らせただけのアイスキャンディーで、おいしいとは言えない代物だったらしい。それでもやはり氷菓子自体が物珍しく、上層階級のお金持ちしか口にできないだろうとのことだった。
そういう意味では冒険者っていい職業だ。色々な人種に出逢って普通では経験し得ない人生が積める。…命懸けだけど。
「誰か作り方知らない?」
冒険者ってやっぱりなんかすごいと、漠然とした感心を抱いていたらなぜか私へ一斉に視線が注がれた。
注目されることにはまだ慣れない。いきなりともなると、特に。
咄嗟にレオルドさんの肩口に身を寄せたが、もちろん全身を隠すには至っていない。
「一応、作ったことはあるけど…」
色々あって疲れたから普通に休ませてほしい。
「ホント!?お願い作って!!!」
続くはずだった言葉は晴明君の食欲に忠実な声に遮られてしまった。
私はこの後レズリー様たちの食事に同席して鑑定と結界での護衛が待っている。それが終われば補佐官君と一緒に呪術士に洗脳…ではなく、ちょっとしたおまじないを一晩中掛けないといけないのだ。少しでも仮眠をとって身体を休めておきたい。
「…まず、冷凍庫がないと無理だし、材料もあるかどうか。それに、最低でも三時間はかかるよ」
「え、すぐできないの…?」
晴明君が口をぽかんと開けたまま愕然としている。三澄君も言葉にしなかったものの、眼が雄弁に語っていた。
「冷やす時間だけで三時間、だよ。料理時間も入れたらもっとかかるよ?」
アイスと言えば、バニラアイス。
とろみのあるカスタードを作って泡立てた生クリームを混ぜて、冷やす。途中で掻き混ぜないと滑らかにならないから手間がかかる割にペロッと食べられちゃうのが、とても切ない。
マリアさんによれば、料理に文句つけられるみたいだし。
「…でも僕は冷たいの食べたいの!」
文句モンスターが駄々を捏ね始めた。
マリアさんと一緒になって白い目を向ける。何かと反りが合わないけど、今だけは同じ気持ちだろう。
「…私は戻ります。まだ仕事があるので」
夕食までまだ時間はあるが、仕事を理由にレオルドさんと離脱し、隣り合って渡り廊下を進む。
「あいす、な。いつか作ってくれないか?」
隣を見上げると横目でこちらに視線を落とす彼が緩やかに口角を上げた。
“今”じゃない、“いつか”
それは確かな未来の約束で。
故郷のことを知ろうとしてくれているのが、すごく伝わってくる。
「うん!いつか、ね?」
たったこれだけがこんなにも嬉しい。
夕食の準備中、補佐官君とマリアさんが訪ねてきた。
どうやら我が儘なふたりに振り回されて困り果てているらしい。
「あの、本当に申し訳ございません…」
伏し目がちに頭を下げた補佐官君は、弱々しい声で謝罪した。
「あれは異世界人の性情なんですの?まるで子どもですわ!」
願望ばかりで何もしようとはしない晴明君に怒り心頭なマリアさんはいたく不機嫌だ。
とはいえ、彼らと私を一緒くたにしないでほしい。私は駄々を捏ねてはない。食べたいは食べたいけれども。
「私の所に来られてもですね…」
付き合ってあげてるこのふたりは優しいと思う。わざわざ私のところまでお願いしに来ているし。
でも、私にもやらなくちゃいけないことがあって、その後にも予定が詰まってる。補佐官君だって少しは仮眠を取っておきたいはずなのに。
「宰相閣下があのように思った事を口に為さる所を私は初めて耳にしたものですから、叶えて差し上げたいのです。どうか教えていただけないでしょうか」
想像と違った。
私たちが見ていた三澄君は、彼の前では凛とした姿をしているらしい。宰相として責任を負って日々頑張っていたのだろう。
晴明君と違って!!!
マリアさんも「…尊敬できる方で羨ましい限りですわ」と三澄君を持ち上げて晴明君を扱き下ろしていた。
クラスメイトと再会したことで年相応な自分を取り戻して今を送っているのかもしれない。
「…分かりました。厨房で氷とジャムとフルーツを貰ってきてもらえますか」
何となくちょっとしたご褒美があってもいいかも、なんて思ってしまった。
レオルドさんのおいしくなかった思い出を塗り替えれるかも…とも。
「!ありがとうございます!ただちに行って参ります!」
彼は踵を返して行ってしまった。
「感謝しますわ。それで、わたくしは何をしたらいいのかしら?」
「これくらいの…お椀?」
花火大会の屋台でよく見るあの器のイメージをジェスチャーして見せた。
本当はガラスとかの方が見栄えがいいんだけど、生憎とこちらのガラスは透明度が低い。数もないだろうし、すごく高額だ。私たちが利用している厨房に置いてあるとは到底思えなかった。
「本当にお椀でいいんですの?本当に?」
「高さのあるコップとか深皿でも大丈夫です。あ、あとジュースも少しお願いします」
納得いってない様子ながら彼女は了承し、彼の後を追うように出て行った。
時間がない。もうすぐレズリー様たちの夕食が始まってしまう。
「レオルドさん!ちょっと私抜けるので!」
廊下に出てすぐ、視界の端にその後ろ姿を見つけて一声を投げた。
それに彼は振り向いて目を白黒させ、こちらに駆け寄ってくる。
「はぁ?何だ急に」
「あのふたりが冷たいの食べたいんだって」
「まだ言ってんのかよ」
「らしいよ?でも」
視線の先に居るレオルドさんは面倒臭そうな空気を滲ませていた。
「聞いてたら私も何だか食べたくなっちゃって!」
レオルドさんに笑顔を向けると、一度の瞬きの後相好を崩した。
一緒に食べて。それで「おいしい」って、言ってほしい。
「そうか。ひとまずレズリーには俺から伝えておく。結界と鑑定だけは頼むぞ?」
「うん!ちゃちゃっと作るから!」
「ルナさん!お待たせ致しました!」
声に振り返ると、補佐官君が戻ってきた。少し遅れてだが、マリアさんも一緒だ。
「そうしてくれ。で、後で俺にもくれ」
レオルドさんが呟いてすぐ、この場を立ち去る足音が聞こえてきた。
その背中に一言を投げる。
「楽しみにしててね!」
貰って来た氷は何もしなければ少しずつ水になっていく。
部屋に通して材料を並べ、二人にバレないように氷と器を氷魔術で冷やす。
「これらをどうしますの?まさかただのジュースなんてことはありませんわよね?」
マリアさんはこれらから晴明君が納得するスイーツができあがるとはにわかに信じられないみたいだ。
「ジュースじゃなくて、かき氷を作ろうと思ってます」
「「かきごおり、ですか?(の?)」」
「シロップもかき氷機もないので、なんちゃってかき氷ではあるんですけど」
夏の風物詩“かき氷”
アイスよりも簡単だし、懐かしさもあっておいしさはひとしおのはず。
まあ、定番かき氷を作るには着色料がなくて“なんちゃって”だから、懐かしさがあるかは微妙かもしれないけど。
「氷が溶けだしたら作れないですから、時間との勝負ですよ!マリアさん!ジュースとジャムをいい感じに混ぜて下さい!」
「わ、分かりましたわ!でも、いい感じって何ですの?!」
「補佐官君はフルーツをいい感じに切って下さい!」
「かしこまりました!」
「いい感じで本当に伝わってますのそれ!?」
大事な味の部分はマリアさんにまるっとお任せして、私は氷を削る作業だ。
これまでも夏になったらひとりでかき氷を食べていた。最初は苦労したけど、今となってはもうコツは掴んでる。
屋台で食べるシャリシャリ食感ももちろん好きだけど、今回はふわふわなかき氷。その方がきっとフルーツとの相性が良い。
キンキンに冷えたガラスの深皿に氷を綿雪のように振らせていく。ドーム型に整えたらまず一個目だ。
「フルーツ切れました!」
「タイミングバッチリ!またいい感じにフルーツ乗っけて下さい!みんなの分作るので一人に盛り過ぎないようにお願いしますね!」
「はい!」
「フルーツが盛れたらマリアさんが作った奴をかけて完成です!責任重大です、マリアさん!」
「もっと早く言ってくれませんこと!?わたくしひとりに責任を押し付けないで下さいまし!」
と言いつつも、マリアさんの作業は酷く丁寧だった。焦ることなくちゃんと氷の形状も見て、味を調えている。色も鮮やかできっと映えること間違いなしだ。
「かけちゃったらすぐに持って行かないとどんどん溶けていっちゃうので、人数分一気にかけてから急いで持って行って下さいね!」
完成させたシロップ代わりのソースを綿雪のような氷の山に掛ける手を止めて、マリアさんがギギギと壊れた機械のような挙動で振り向いた。
「それをもっと早くに言いなさいとさっきから何度言わせますの!?」
キレイにできあがったかき氷。でも、まだまだ人数分には程遠くて作っている間に溶けてしまうのは確実。
「…味見でもします?」
風魔術の発動は止めずにスプーンを取って二人に差し出す。
「「…いただきます(わ)」」
ふたつともが手から離れたのを確認して私もスプーンを手に取り、ふたりの分を多めにかき氷を取り分けていく。
小皿によそわれて不格好になったかき氷をひとくち掬う。
「お、おいしい…」
口に入れた瞬間ふんわりシュッ…と融けてなくなって、果物の甘酢っぱさが絶妙で。
「これは、おいしい…!」
「なかなかのデキね!流石わたくし」
「すごいですマリアさん…!」
いい感じでの注文にこんなにおいしいソースを作り上げてくれたマリアさん。そんな人の料理にとやかく言うワガママモンスターの方がおかしい。
「そうでしょうとも!セイメイの舌が変なだけなのよ!」
「はい!晴明君はむしろ可哀想な人です!」
「…そこまでではないと、思うわ…?」
かき氷の味に舌鼓を打ちつつもどんどん仕上げていく。補佐官君もマリアさんも食べると同時に片付けや盛り付けを熟していて、完全に料理に慣れている人の動きだった。
人数分の盛り付けまで終えた氷の上にソースをかけてすぐに、ふたりはかき氷を乗せた盆を持って挨拶もそこそこに切り上げて駆け足で去っていった。お嬢様っぽい彼女と宰相補佐の彼が手慣れてたということはいつもこんな感じでなんだかんだと振り回されているのだろう。
作業していたテーブルに残ったかき氷はふたつ。私とレオルドさんの分だ。
「それが異世界の氷菓か!」
収納に入れようと手を伸ばしたが、私が触れるよりも先に伸びて来た手が器を掬いとった。
「レズリー様!それは私た「ん!うまいなこれは!」…」
立ったままかき氷を頬張るレズリー様。よほど口に合ったのだろう、既に半分近くがなくなっていた。
もうこれは諦めるしかなさそうだ。
「レズリー様…そん「む!?何故だか分からんが頭が痛いぞ?!」…はぁ…」
少しは人の話に耳を傾けてほしい。幸い、もう一つあるこ「これはなかなか…」
………。
視線を移した先ではもう一つのかき氷を過剰なほど上品な所作で堪能するウィリアム様が居た。
ソースは残ってるけど、フルーツと氷は使い切ってしまった。
レズリー様の侍女で、仕事中の身だ。
報告もせずに調理していたのだから、食後のデザートだと勘違いされても仕方がないと理解はできるが、驚くほどにスウー……っと冷めていき、心の中ではブリザードが荒れ狂う。
「…寒くなってきたね…」
「所詮氷ですから。」
「頭も、痛いのだが…」
「アイスクリーム頭痛です。」
「「…怒ってるのかな(怒っているのか)?」」
「いえいえそんなことはございません。」
「「……………」」
「私一人のせいでご夕食が遅れているようで、申し訳ございません。すぐに準備いたします。」
私史上最も軽蔑を込めてふたりを見据え続けた。それはかき氷を完食しても夕食が始まってもずっとだ。
終始据わりの悪そうに食事を摂るふたりを眺め、ただの侍女に徹する。
いつもよりも早く食べ終えたウィリアム様は忙しなく帰っていった。早急に片づけに取り組めたので、少しは時間が取れそうだ。
「気を落とすなよ?」
レオルドさんが慰めてくれる。私を撫でる掌が温かくて心のブリザードが牡丹雪にまで落ち着いた。
「…レオルドさん。今から作ったら食べてくれる?」
最期の後片付けを済ませて問いかけた。
魔術で氷は出せる。マリアさんが作ったソースもある。フルーツさえ厨房で貰ってくれば作れるのだ。
でも…。
「そんな暇があんなら、その分寝とけ」
レオルドさんならこう言うと思っていた。
彼に引き寄せられるままソファに腰を下ろし、彼の肩へ頭を預ける。
「…食べて欲しかった。次作る時は、豪勢なスペシャルなので…」
「ああ」
「フルーツたくさん盛って…」
「ああ」
瞼が重い。彼の体温がポカポカですごく安心感がある。
「わふうなの、とか……ミルク…かきごおりと、か…」
「ああ」
「………あいすも、たべようね…」
「楽しみにしてる」
レオルドさんの返答に満足した私は雲間から陽光が差すような心地よさに、意識を手放した。
作者がかき氷食べたい!書きたい!というだけで我が儘ボーイズにされた真と晴明が若干不憫。
レズリーに唆されたウィリアム。罪悪感を抱いているはず…
2025.8.5
感想があまりにも的を射すぎていたので、少し加筆しました。ルナは侍女の仕事中で異世界ですから、そこら辺はあんまり深く考えないで頂けると…!一応、使った氷やフルーツなどの食材は厨房から取ってきた物ですし。