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閑話.レオ先輩 後編

スーパーで買い物を済ませてきれいにしたキッチンでオムライスを作った。

玉子は固焼き。チキンライスも少し濃い目に作るのが我が家流だ。


自画自賛になるけれど玉子も破けなかったし、おいしくできた。レオ先輩も「…うまい」と言って完食してくれた。


食器を洗ってまた掃除を再開する。

物を退けて掃除機をかけた後はフローリングを拭き上げて、夕食の準備もして。


雑誌は本棚がないからそのまま地面に置きっぱなしで洗濯した洋服もまだ乾いてなくて、まとめたゴミ袋も玄関手前の廊下に積まれたまま。

それでも来た当初よりもはるかに整頓されて清潔感もある。


「今日はここまでですね…」

「こんなに片付いてんの入居した以来だわ。ありがとう」

「どういたしましてです!…まだ途中なので、明日も来ていいですか…?」


雑誌の整理もゴミ捨ても洗濯物の取り込みもまだやることがある。

なにより、何の反応も見せない先輩と一緒に居るのはとても居心地がいい。


「いいぞ」

「ありがとうございます!…ご飯作ってるのでチンして食べて下さいね。また明日!」

「ああ。気を付けて帰れよ」

「は~い」


夕方にはまだ早い青空の下、私はレオ先輩のマンションを後にした。




それから私はほぼ毎日、レオ先輩の家を訪ねた。

学校が嫌な日は朝からレオ先輩と一緒にサボって、頑張って学校に行った日はたった一時間だけでも逢いに行った。


休日はふたりで遊びに行ったりもした。ファミレスでドリンクバーだけ頼んで個々で好きに過ごしたり、食べ歩きをしてみたり。



レオ先輩の家は私たちの溜り場で、私の避難場所。



学校で逢うことも、話すこともない。

誰も知らない、秘密の関係だった。




今日は朝から気分がよくて登校していた。

昨日、レオ先輩が頭を撫でて褒めてくれた。その時の感触を思い出すだけでなんだか頑張れる気がしたのだ。


「何しに来たんだろ~ね~」

「ねぇ?よく来れるよね~」


教室に入ってすぐ数人の女子が世間話をするような声量で私の陰口を叩いて嘲笑う。


初めは湾曲的な会話も徐々に直接的な誹謗にすり替わっていく。スクールカーストは覆らないと諦めている。授業が終わればまたレオ先輩の許へ帰れるから、それまでの辛抱だ。


自分の席でホームルームが始まるのをただただ待ち耐えていた。


「ルナは居るか」


ほぼ毎日聞いてる声。今も聞きたかった声だ。


「レオ先輩!」


席を立って声のした教卓側の扉へ駆け寄った。


今更ながらレオ先輩が制服を着て教科書を持っていることにとても違和感がある。私と同じ学生なのだからおかしい所は何もないのに。


「どうしたの?」

「これ、昨日忘れて帰っただろ」


レオ先輩の手には私の教科書と水色のシャーペン。

昨日嬉しさのあまりうっかりしていたのだろう。


「あれ?気づかなかった。ありがと」


午後の授業で使うから本当にありがたい。私に教科書を見せてくれる人なんて居ないから。


教科書とシャーペンを受け取ってレオ先輩を見遣る。彼は目を細めて異様に静かになっている教室内を見渡した後、私の顔を覗き込むように身を寄せた。


「今日も来るだろ?授業が終わったら迎えに来るな」

「本当?じゃあ教室で待ってるね!」


放課後になったらいつも誰かがぶつかってくるし、絡まれる。最悪なのは水を掛けられたり、踏まれたり物を壊されたりすることだ。


でも今日は、ホームルームが始まるよりもずっと前にレオ先輩が来てくれる。色々なことに煩わされずに済む。

声は無意識に弾んだ。


「じゃあな」

「うん。また後でね!」


レオ先輩を見送って席に着く。

私への陰口が聞こえてくることなく、チャイムが鳴った。


これまでにないくらい平和に午前は過ぎ、お昼を一人で摂って残り時間は図書室へ逃げ込むのだ。


図書室は四階にある。一年生の教室は一階で学年ごとに階層で分けられているから、ほとんどの人は短い昼休みに利用しない。


「あ、レオ先輩…」


階段の踊り場で丁度すれ違う。


朝は忘れ物を届けてくれたけど、学校での関わりはこれまでなかった。

ちいさな小さな呼びかけ。他の生徒も喋ってるから耳を澄ましていない限り聞き取れるものじゃない。


「どした」


でも、レオ先輩は足を止めて返事をしてくれた。

お友達も一緒なのに。どこかに向かう途中のようだったのに。


「え、っと…どこに行くのかなって」


本当に聞きたかったことじゃない。

それでも口を吐いた言葉はさしたる意味も持たなくて。


「自販機。ルナは?」

「私は、図書室に行くところ」

「そうか。何かいるか?」

「あ、じゃあお茶ほしい…」

「茶な。後で持ってく」

「あ、ありがと」


レオ先輩は待っていたお友達の下へ階段を下りていって、何事もなかったかのように会話に混ざった。


その姿が羨ましいと同時に、とても怖かった。


私には何もなくて、彼にはたくさんのモノが集っていて。

足元から崩れていくような心地がした。


図書室で勉強をして、本当にお茶を届けてくれたレオ先輩とほんの少しだけ話もした。


予鈴が鳴って教室へ戻り、午後の授業も何も起こることなく終えて。


「ルナ帰るぞ」

「うん!」


レオ先輩は授業後すぐに教室に来てくれた。

スクールバッグに荷物を全部詰めて彼へと駆け寄る。


みんなが掃除をする中、私たちだけ校門を潜った。それにちょっとした背徳感を味わう。


しばらくして、隣を歩く彼を見上げた。

まっすぐ前を見据えていて、艶々とした髪が生暖かい風に靡く。


その瞳に映りたくて、映してほしくて。


私は駆け足で数歩前に先回りして、立ち止まったレオ先輩の顔を背伸びで覗き込んだ…。






目が覚めて真っ先に飛び込んできたのは角張った大きな手と、握り込まれた私の手だった。


「ぅ、ん…」


温かい安心する手に擦り寄った。じっとりとした掌がとても…。


「ルナ」


レオルドさんの声がした。

さっきまで夢の中で呼ばれていた時の声と同じだと思うのに、どこか違っていて。


そのことが妙に気になって額を寄せていた手から離れて視線を上げた。


「おはよう」


レオルドさんがいた。騎士服を纏った姿で。


「…おはよぅ、ございます…」


恥ずかしいと嬉しいと胸の痛みとがぐちゃぐちゃに混じり合って、隠れるようにして枕に顔を埋める。


「…レオルドさん」

「どした?」


レオルドさんの問いかけに、私は自由なもう片方の手を彼の手に沿えてギュッと両側から握り返した。


「…もう一回。ルナって、呼んでくれませんか」

「ルナ?」


やっぱり、違う。


「ルナ」


彼の声色に、なぜか無性に泣きそうになった。


どれくらいの間、そうしていただろう。

いつまでもこのまま過ごしてはいられないから、少しだけ首を動かして片目だけでレオルドさんの姿を探した。


「ルナに聞きたいことがあるんだが」

「なん、ですか…?」


視界内に彼は見えない。それでも少しの迷いと期待のような気配を感じた。


「レオ先輩って、俺のことか?」

「…?!」


バッと枕から上体を起こしてレオルドさんを見遣った。


「やっぱ俺か」


そこには上機嫌でイジワルそうな表情が浮かんでいて。

うまいごまかしが思い付かなかった私は、また枕に顔を埋めて熱くなった頬が冷めるのをただ待つことしかできなかった。

夢見スキル取得のお話。

もし、現代日本でレオルドとルナが出会ったら。

ルナが見たい夢であると同時に、こうあればという願望を垣間見る夢でもありました。

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