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閑話. ふたりの見方

久方ぶりに知り合いに会った。

そいつは奴隷になっていた。当然俺も驚いたし、レズリーや他の奴らも信じられないって顔をしていた。


それもそうだろう。奴隷はもっとこう、言い方は悪いが、不潔で虐げられて目が死んでる。そうじゃないのは愛玩奴隷として強かに狡賢く生きてる。


さりとて、その立場に満足してる奴は誰一人としていない。



食事に服装、付与魔道具、野営道具、装備品…そいつはどれもこれも俺達より高品質な物ばかりだった。



どこが奴隷だ!どこが!?


全力で抗議したいが、奴隷であるという事実を疑いはしない。が、その待遇は正気か?と疑問に思う。


「あの…何かありましたか?」


俺はレズリーの伝言でそいつのテントへ来ていた。出迎えたのはルナという少女で、この時点で異質だ。何で主人が応対してるんだよ!


「少し順路が変更になってな。明日素通りする予定だった街を食料補給のために寄ることになった。邪魔しても?」

「わざわざありがとうございます…。ど、どうぞ」


オドオドとした少女に促されて足を踏み入れる。内部にお邪魔したのは初めてだったが、何だこの充実具合は?こんなたっかそうなソファーもベッドもいるか?野営だぞ?解ってんのか?


「…お好きな所にどうぞ。お茶を入れるので、ちょっと待っててください…」

「あ、気遣わなくても…」


この野営らしからぬ豪華な空間に腰が引ける。

入口のすぐそばの一人掛けソファーに座れば身体に沿って沈み込んだ。座り心地を満喫するよりも汚してないかが心配になった。


「どこの街を通るんだ?」


俺に問いかけたのはレオルドだった。

奴隷であるはずのそいつは、三人は座れるソファーにゆったりと腰かけて脚を組み、肘掛けに肘を立てて手甲に顎を預けてこちらを見遣っている。偉そうなことこの上ない。


風呂上りなのだろう、肩にタオルを下げて濡れた髪を雑に束ねている。テーブルに飲み物まで用意してあるのが無性に腹立たしい。


が、流石に指摘したりしない。今後こいつとも仕事をしないといけないのだから、無駄に突っかかったりしないのだ。


「ここだ。ここで食料を調達する」

「で、またルナに作らせると?」

「…それについても話に来た」


そう。我々もセルバイド王国の一団も食事は仲間内で摂っていた。例外として途中から雇われたレオルド達は各自で準備しなければならなかったのだが、まさか王族や一国の代表よりもいい食事を準備できるとは誰も思うまい。


野営中は誰しもが保存の利く限られた量の食事をする。それをこいつらはうまそうな匂いを一帯に漂わせてうまそうに食いやがって!


順路の変更はこいつらが発端なのだ。それを自覚してもらいたいが、なんせ慣れた冒険者や騎士と謂えども携帯食は不味いし、まともな料理が作れる奴も多くない。それもあのクオリティを求めるとなると数はゼロになる。


「お待たせしました。…どうぞ」

「すまない。ありがとう」

「い、いえ…」


お茶にお茶請けの菓子まで。本当に野営か?

テーブルにカップ等を配膳し終えた少女はソファーに腰かけることなくその場でおかしな挙動で右往左往していたが、レオルドが自身の隣を促したことで嬉しそうに席に着いた。クソが。


ヤケクソ気味に手に取ったカップは冷えており、流し込んだお茶もとても冷たくこの暑くなってきた時期には嬉しい物だった。


おそらく、レオルドの飲み物も冷えているのだろう。いい思いしやがって。


「今日の食事、大変美味だった」

「どう、いたしまして…」

「それでなのだが。明日以降も食事の準備もお願いしたく…」


目の前の少女はレオルドの顔色を窺うように視線を動かす。

これではどっちが主人なのか…。


「材料はあっちで負担してくれるらしいぞ?」

「そうなんですか?それなら、まあ…」


少女が俯きがちでこくりと頷いた。引き受けてくれて一安心だ。


「一日二食か?セルバイドはどうするんだ?」

「そちらも含めて全員分を三食お願いしたい」

「それは、ちょっと…」

「無理だな」


少女は俺の言葉に迷いを見せる。

無理もない。今日の夕食一品だけにもかかわらず、ずっと立ちっぱなしで調理をし続けていたのだ。これを毎日一日三回が王都に到着するまで。護衛の任も受けている身としては即答しづらく、拒否もしづらい。断ってるレオルドがおかしいのだ。


「手伝いは幾人か交代で付けるが、難しいだろうか?」

「そうだとして。そんなに時間を割けんのか?」

「簡単なのをいくつかでいいのだが」

「数が多ければそれだけ時間が掛かんだろうが」


ぐうの音も出ない正論だ。ただこちらも引くに引けない。

俺も皆も、もう携帯食に戻りたくない!


あれこれと条件を詰めていき、どうにか調理の方を請け負ってもらえることとなった。


用件が済んだならとっとと帰れと言わんばかりにレオルドが俺を追い出そうとしたが、折角冷えたお茶とお茶請けも出されているのだ。堪能せねばもったいない。


居座る俺にやがて諦めたらしいレオルドが溜息を吐いた。


「ルナ。もうやっていいぞ」

「え?いいんですか?」

「ああ。ほっとけ」


戸惑う少女を余所にレオルドはカップを持ち上げて口に運んだ。何かの許可が下りた彼女はレオルドの背後に回って髪を弄り始め、それと同時に石鹸の香りがしてきた。風魔術を使用しているらしい。


「何をしているのだ?」

「髪を乾かしてるんだ。髪の手入れが楽しいんだと」

「はぁ」


貴族的な発想というか感性というか、この少女は元使用人なのだろうか?

丁寧な手つきや魔術で手入れをする贅沢さ。なによりも優しげな表情で微笑む少女に尽くされるその姿が、クッソ羨ましい。






俺は冒険者をしている。ランクはついこの間B級に上がったばっかりだ。


ドラスティア国は冒険者の総本山。

そこで若くしてB級として認められたってのはそこそこすごい事だ。


外交の一団に護衛として参加できるのもひとえに俺達へ更なる活躍を期待されてのはず。達成報酬も普段引き受けている護衛依頼とは雲泥の差がある。俺達に打診が来たこの幸運を絶対にものにしてみせる…!



「次俺らの番だってよ~」


仲間の掛け声に俺とレオルドが適当な返事をして並んでシャワーへ向かう。


わざわざ全員で向かっている訳ではない。ただ単に時間が決まっていて準備もそんなに時間が掛からないから結果として一緒に向かっているだけである。


到着したシャワーで体を洗うが、髪を刈り上げている俺らと違って長髪のレオルドは異様に時間が掛かる。探索や戦闘においても髪が長いのはデメリットだ。何故切らないのか聞いても、「何となくだ」としか返って来ない。


いつも通り先に上がった俺らは一声かけてから部屋に戻った。



遅れてレオルドがシャワーから戻ってきた。こいつが横を通った後にはいつもお貴族様って感じの匂いがする。特にシャワー直後は匂いを振り撒いてる状態だ。つい先日、レズリー様から魔獣討伐任務を任されて帰還した直後の髪なんて、言葉にはできないが、なんかもうすごかった。


A級ともなると消耗品にも金を掛けられるんだな、と。ワンランク違うだけでここまで差が開くのかといつも思う。


今使ってるタオルも着てる服や靴も新品同然で、使い潰すことなく買い替えられるだけの収入が羨ましいものだ。いつか俺達もああなる。絶対にだ!


将来に思いを馳せていると不意にノックが鳴った。一番近い俺が対応すべきだろうと立ち上がるも、先にレオルドが扉を開けた。


「あ、レオルドさん」

「何かあったか?」


訪問者はルナちゃんだった。

料理上手で素直で可愛らしい。人見知りするけど、慣れてくれば笑顔を返してくれる。身長は低いが17歳の大人らしい、何処とは言わないが子供じゃないと主張する部分がどうしても目につく。


彼女になってくれないかなと思わないでもないが、A級冒険者を敵には回したくない。


「さっき髪濡れてたから。今日はお仕事もうないって聞いて」

「まあないが…」


珍しくレオルドが戸惑ってる…?これはちょっと気になるな。

俺みたく興味の湧いた仲間と一緒になってルナちゃんを招き入れる。興味津々に部屋を見渡すのが微笑ましい。


「ルナ」

「あ、ごめんなさい。私達が使ってる部屋と少し違ったからつい」


レオルド用のベッドにレオルドが胡坐をかき、その背後にルナちゃんが立つ。


「これから何するの?」

「髪を乾かします」

「髪?」

「何で~?」


髪を乾かす?何でだ?時間が経てば勝手に乾くし、レオルドもいつもそうしている。


俺達が疑問に思う間にもルナちゃんはテキパキと櫛や何かの液体などを準備していった。


「早く髪を乾かさないと傷んじゃうからです」

「ふ~ん?」


傷んだとて何なのか?そう感じたのは俺だけじゃなかった。

すっかり興味の失せた俺達は今回の達成報酬で何を買いたいかを話し始める。どうせ貯金か武器防具の新調、今後の生活費に消えるのだろうが、言うのはタダだ。


話が盛り上がり過ぎてルナちゃんがいることを忘れていた。結構際どい内容も口にしていたから不快に思っていないといいが…。


思わず振り返った先にはレオルドの髪を丁寧に丁寧に梳って液体を馴染ませていくルナちゃんと満更でもない顔をしたレオルドがいた。




こういうことかー!


俺達ふたり、髪を切らない理由に納得と同時に嫉妬した。

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