70.次の旅先
王城への帰路を無言で歩く。
レオルドさんと何を話せばいいんだろう?
このことばかりがグルグルと頭の中を回っているのに結論が出ない。
「おっ、と!わりぃ!」
知らぬ間に冒険者ギルド前にまで戻ってきていたらしい。それに気づいたのは冒険者ギルドから飛び出してきたおじさんが私達にぶつかりかけたからだった。
見渡してみると妙に騒然としている。
「何かあったみたいだな」
「聞くだけ、聞きに行く?」
「そうするか」
レオルドさんに手を引かれて私も扉を潜る。ギルド内は冒険者でごった返し、昼間以上に混雑していた。
周囲の声に耳を澄ませると、何かの発表があるらしい。
こういう場合緊急事態の説明や強制依頼が発令されることが多く、緊張が空気を伝って肌に刺さる。
それなのに、繋がれたレオルドさんの左掌が気になって妙に落ち着かない。最初は冷たかった彼の手は、今やじんわりと温かい。
何度も吸って吐いてを繰り返しているけれど、意味を為していなくて。せめて放してくれたらと思っても、一向に放してくれない。
「静粛に!王都より北東部にある魔の森にて魔獣の氾濫が発生した!迎える者は直ちに救援に向かってくれ!」
ギルドマスターの声がカウンターのある前方から響く。
過密になっている為に姿が確認できず、本人か少し疑わしい。私が知っているその人はレズリー様におんぶにだっこで事態を切り抜けようとして、協力を得られないと知るや否や狼狽えるような情けない人物だったのだから。
ギルドマスターに注目が集まっているうちに副ギルドマスターがそそくさと張り紙をしてカウンターに退避していく姿が横目に見えた。
「詳細はそちらの張り紙を呼んでくれ!話は以上だ!」
ギルドマスターの連絡事項を言い終えるよりも早く冒険者がそちらに殺到する。レオルドさんは読んでから王城に戻るつもりのようで動く気配がない。
暫くすると読み終えた人から場を去っていき、まばらに空間が空いた。
レオルドさんとは手を繋いだままだから人波に飛び込んでも離れることはなく、文字が読める位置にまで近づくことができた。
魔の森・魔獣の異常発生による緊急クエスト
最低ランク:C級以上
場所:魔の都市・リュームス
以降詳細が書き連ねてあり、簡易的な地図も載っている。中堅クラス以上の冒険者を募るって相当危険な魔獣が多数確認できているのだろう。
でも、私達はドラスティアに行くと昼間に方針を決めたのだ。ここからなら、ドラスティア国とほぼ対角の位置にリュームスがある。街道には影響がなさそうで一安心だ。
隅々まで読み終えて暫く待っても、レオルドさんに動き出す気配が一向にない。
チラリと見遣ったその先には。筆舌に尽くしがたい、複雑で険しい表情をする彼がいた。
お互いに一言も発することなく、王城へ帰還した。
買い物をしたその日は戦利品を広げて眺めるのに、今はあのレオルドさんの顔が脳裏に焼き付いて離れない。
何を考えて、何を思ってあんな表情をしたのか。
魔の森に何かあるのではないか。このままドラスティア国に行くのをレズリー様に伝えて良いのかと、何度も自問する。
でも、いくら考えたって答えなんか出る訳がない。過去のレオルドさんのことを、私は知らないから。
どうしても気になってレオルドさんが過ごす部屋を訪ねた。扉を三回叩くと、同室の人が出て来てすぐ彼を呼んでくれた。
「レオルドさん。ちょっといい?」
「どうした?」
普段と大差ないように思う。私の見間違い、ではないはず。
「…緊急クエストのことで、聞いておきたいことがあって」
「ひとまず場所変えるか」
「…はい」
彼が今どんな表情をしているのか窺うことができなかった。声色はいつも通りだったように思う。
案内されるままに到着したのは、あの秘密を打ち明けたバルコニーだった。今日は満月らしく丸い月が夜空に浮かんでいるが、雲で隠れていて少し残念だった。
防音性能を付与した結界を展開する。
そして見上げた顔は少しだけ強張っているように思う。本当は踏み込んで欲しくないのかもしれない。
「…ここならいいか。何から話したもんかな」
「レオルドさんのペースでいいから、聞きたい」
あなたのことが知りたい。あなたが私に心を砕いてくれるように、私も寄り添いたい。
「俺が奴隷になったのが、緊急クエストの発令されたリュームスだ。それまでは今と同様、冒険者をしていた」
「うん」
リュームスで、奴隷に…。
「深刻に捉えてるみたいだが、それくらいだぞ?」
「…ホントに?」
「感傷的になっただけだ。ルナと出逢ってから毎日目まぐるしかったからな」
本当に、それだけ…?
それだけであんな…。
「本当にホント?」
再度問えば、レオルドさんは私に視線だけを寄越してすぐに俯き、観念したようにひとつ、溜息を零した。
ぽつりぽつりと彼の声で語られていく。
「…あそこに、俺以上の実力者は殆どいなかった。パーティーメンバーは小間使いであって仲間だと思ったこともない。他の冒険者の事も無能だの何だのと事ある毎に見下していた」
レオルドさんはA級冒険者だ。それもA級内で上位の実力を誇るだろう。少なくとも今まで私が鑑定してきたA級の人達よりも強いのは確かで。
だから、調子に乗ってしまった?
それで扱いに嫌気が差した人達が?
「恨まれて腕を切られた?」
「いや。あれは依頼中に格上の魔獣に出会して千切られただけだ。で、俺の許を全員が去っていった。当然だな。それだけのことをしてきた自覚も、今はある」
自分の行動を客観的できてるレオルドさんはすごい人だと思う。
「どうして?」って。「なんで?」って嘆くばかりで私はひとりでは前を向けなかったから。
「それでひとりでエリクサーを探すしかなくて借金を作っちゃったんだね…」
「借金の殆どはそうだが。違約金の返済と、その頃は遊び歩いてもいたしな」
腕をなくしてパーティーメンバーも居なくなって、頼みのエリクサーもあれでは製作できる人なんて限られる。
毎日毎日、すごいストレスだったんだろうと想像することしかできない。
「違約金の返済も…。私達はパーティー口座にちゃんと貯金しとこうね」
「積極的に頼む。ただ、俺は冒険者ギルドにも嫌われてたらしくてな。例外的にパーティー除名と違約金の全額負担が受理されてた」
「酷い…」
「まあな」
性根が腐ってる。
元仲間の人はくだらない嫉妬とか自己保身だろうけど、冒険者ギルドは冒険者に対して中立でないといけないはずなのに。
どうせ高ランクのレオルドさんのおかげでたらふく私腹を肥やしたはずだ。それを利益だけ享受して怪我したら借金押し付けて追放とか許せない…!
私は頼りすぎてるけど、スキルがなくても未経験でもサラッと何でも熟してくれるレオルドさんほどの実力者をたかが片腕になったくらいで見捨てるって見る目のない人ばっかりだ。
「でも。そんな人達だったから私はレオルドさんに出逢えたんだよね…」
「どした?」
「…その。過去のレオルドさんには申し訳ないけど、そのおバカさん達のおかげで今があるのかと思うと、感謝しないといけないのかなって。ふ、複雑で…」
「クッ、ふ…そ、そうだな…!」
考えてた事がポロッとそのまま口から飛び出ただけなのに、なぜかレオルドさんが声を圧し殺して爆笑してる。肩を震わせて耐える姿なんて初めて見た。
「どうしたら、そんな発想に……至るん、だよ」
暫く笑い続けてたレオルドさんが問いかけた。
暗い顔してるよりも断然こっちの方がいい。何が刺さったのか分からないけど、良かった。
「だってレオルドさんって強いし、何でもできるし、頼りになるもん。魔道鞄か時空魔術がある人とか、魔術で援護できる人とか。そもそも治せばいい…はできないんだった…」
晴明君達に渡した魔道鞄はひとつ一千万リグするらしく、時空魔術も時間経過するのが一般的で欠損治癒もできない。
人間関係のコミュニケーションはダメダメだけど、私思ったよりも冒険者やれてる?あれ?
「アァ~、笑ったわ。…ルナは凄いんだよ。んで、他の奴らはそんな優秀じゃない」
すごい、優秀。その言葉がじわじわと心に沁み込んでいく。認めてくれていたんだと、感激で胸がいっぱいだ。
「そっかそっか!じゃあ、リュームスの街に行こう!」
それはきっと、レオルドさんの心の中に靄々と居座り続けるものだ。何もないというなら、張り紙ひとつであそこまで露骨に表情を歪めたりしない。
嫌な思い出に蓋をして、このままドラスティア国に向かってもいつかまた顔を出す。
「何でそうなった?!」
「レオルドさん気にしてるから。張り紙見てる時、すっごい顔してたよ?」
「…そんなにか?」
「うん。意地悪言ってくる人達を追い払ったりはできないけど、眠らせたり氷漬けにしたりはできるよ!」
「それはやめてくれ!」
何となくの勘だけど、レオルドさんはリュームスの街に行きたいと本心では思ってる気がするの。
完全な独断と偏見だから、間違ってるかもしれない。だけど、私自身が知りたい思いもある。
こうして私達は行き先を変更した。
最後までお読みいただきありがとうございました!これにて王都編終了です!本当に長かった。レオルドの告白回が書きたかっただけなのに何でこんなことに…?
さて、次は因縁の地編です。作者が書きたくてうずうずしてた章なんですよ!暫く書き溜めようと思っているので、新章は9月くらいの投稿を予定しています。フライング気味に予告しちゃって戸惑わせてしまった人にはごめんなさいですm(_ _;)m
それまでは番外編をちょくちょく投稿します!
異様に番外編が書きたくなるのはなんでなんでしょうね?我慢できなくて途中で挟んだりもしましたが…。
それではまた!