69.時計台と告白
お祭りを満喫できなかった分もしっかり観光して、最後は観光名所の時計台。
エマさん達が王都の街並みを一望できる絶景スポットだからと教えてくれたのだ。陽が沈む夕方がひときわ綺麗だと聞いてわざわざそのタイミングに合わせて展望デッキに登る。
「長い…」
ただの時計台だと舐めてた。一体何階建て分の高さがあるんだろう…?エレベーターなしにこの階段を登るのはきつすぎる。
「あと少しだ」
「さっきも…同じこと、言ってた」
一方のレオルドさんは息切れひとつしていない。何だったら一般の観光客っぽい人達にも先を越されまくっている。冒険者をしてるから体力も増えたと思っていたのはまやかしだった。
「仕方ないだろ。あと残り五段だぞ」
「…あ。ホントだ」
脚を動かすことしか頭になくて俯いていたら、ゴール目前だった。
最期の一段を登り切って膝に手を付いて息を整える。思いの外冷たい風が吹いていて気持ちがいい。
視界の端では人々の脚がスタスタと軽やかに私達を追い抜いていく。この世界の人達はみんな体力が無尽蔵なんだ、きっと。
呼吸が落ち着いてきて顔を上げる。さぞかしいい景色が見えるんだろうと思っていたのだが、展望デッキは思ったよりも広さがあり、観光客の背が西側のほとんどを覆い隠していた。みんな夕日目当てに時計台に来ているのだ。
「あっちは人が少ない。そっちに行くか」
「…うん」
ちょっと残念だけど、あんなに群がっているところに突撃する気力は残っていない。
レオルドさんが指差す東側の展望の縁へと歩を進める。
「すごい…」
正面に聳え立つ荘厳な王城。オレンジの光が王城の純白を塗り替えていて、夜の帳と西日の名残が東の空を藍と薄紫のグラデーションが彩る。人が全然いないのがどこかの世界に迷い込んだように思わせた。
景色に見惚れて言葉を失う。こんな経験は初めてだった。
「好きだ」
レオルドさんの呟きが空気に溶けた。
らしくない気もしたけど、幻想的な絶景につい零れたのだろう。
「ね!」
「一応告白なんだが?」
「………え?こ…?!?!?!」
遅れて理解した言葉の意味に勢いよく顔を向けると、レオルドさんは欄干に右肘を立てた姿勢でその掌で口元を覆い隠していた。普段は柔らかく薄いベージュ色の瞳が陰によって灰白色に染まり、真剣さを如実に物語る。
「そんなに驚くことか」
壊れた首振り人形のようにコクコクと上下に首を振る。
喉を震わして笑うレオルドさんは今、何を想っているんだろう?
「返事はいつでもいい。考えてみてくれ」
「…分かり、ました」
私に向けられた三文字の言葉がレオルドさんの声で何度も脳内再生されて、景色に感動するどころの話ではなくなってしまった。
悶々と悩むルナはもう王城を見ていない。
きっと今だけは俺のことしか考えられないはずだ。それが少し愉快だった。
俺はルナに惚れている。
魔術師としての技量に有用なサブスキル。
基本魔術だけでなく、氷結魔術や聖魔術といった希少なスキルを高レベルで保有し、高火力と戦況に応じて臨機応変な対応が可能だ。相手を選ばない戦闘スタイルは安定性と安全性を実現する。
時空魔術の収納、調薬によって齎されるハイクオリティポーション、付与魔道具の動きを阻害しないのにしっかりと効果を発揮する防具と武具、結界魔術による不可視の防御と鑑定妨害…。冒険者にとって喉から手が出るほど欲するスキルがルナの場合では挙げればキリがない。
幼少から数多の高位冒険者を観てきた。その中でも後衛としての役割だけ評価を下したとて、トップクラスに位置する。
囀るだけで大した実力もない者共を仲間にして、足を引っ張られるのは二度と御免だ。
一人で二役も三役も熟してくれる。引き込まない理由がない。
そして、脅威的な固有スキル。
ルナの実力には天井がない。そして、【天眼】と【贈与】の相乗効果を利用する事でそれは俺にも適応される。
これさえあれば、俺がS級冒険者になるのも夢じゃない。
それに、ルナが俺を見捨てることは絶対にない。
これまでずっと傍で見てきた。あの善良さは疑いようがない。
ゆくゆくはルナを妻にする。
誰と比べても圧倒的に優位で俺の未来においてルナが隣に居るのが一番いい。
…それだけのはずだ。
ルナを好く理由にこれほど明快で合理的な物はなく、夫にさえ為れれば離婚は事実上ほぼ不可能。
焦る必要はない。じっくり時間をかけてこのまま確実に囲い込めばいい。
「そろそろ帰るぞ?」
「!う、うん」
ビクリと肩を揺らしたルナが俺の後を付いて来る。時間が経って人が増え、背の低いルナは認識しづらくぶつかっては謝るを繰り返す。
本当に鈍臭い。
「ルナ」
人混みに手を伸ばし、一回り以上も小さいその手を掴んで進む。
これまでもその気弱さから不利益を被り、頭で理解しても行動には移せない。かと思いきや、ルナの琴線に触れた時だけは思いがけない言動ができる。
ともすれば、俺が居ないと駄目なんだとその瞳が訴えかけてくる。今も、あんたは安堵して嬉しそうに笑うんだ。
「レオルドさん、ありがと」
その度に形容し難い感覚が皮膚の上を粟立たせる。
渋滞していた人波は展望台を降りた途端、驚くほど滑らかに流れていった。
もう、手を繋いでいる理由もない。
「さっさと戻るぞ」
「う、うん」
されど、拒む理由もない。
そんな思考よりも先に自然と手を引いていた。
感想を2件も頂きましてこれはちょっとアカン…と感じたため、レオルド視点を加筆修正しました。
以下は加筆修正前の文章です(変更なしの部分は載せていません)。
ゆくゆくはルナを妻にする。
たったひとつの貴重な枠だとしても手に入れるためなら惜しくない。そこに嵌めさえすれば離婚は余程の事情がない限り不可能だ。
焦りはミスを生む。じっくり時間をかけて、確実に囲い込んでやる。
「そろそろ帰るぞ?」
「!う、うん」
ビクリと肩を揺らしたルナが俺の後を付いて来る。時間が経って人が増え、背の低いルナは認識しづらくぶつかっては謝るを繰り返す。
本当に鈍臭い。
遠慮のし過ぎで不利益を被り、頭で理解してもその気弱さから行動に移せない。だが、ルナの琴線に触れた時だけは思いがけない言動ができる。
ともすれば、俺が居ないと駄目なんだとその瞳が訴えかけてくる。その度に形容し難い感覚が皮膚の上を粟立たせる。
今も、手を掴んで誘導してやればあんたは安堵して嬉しそうに笑うんだ。俺がどう思っているかも知らずに。
結局人は簡単に変われないんだと、どうしようもなく理解させられる。
それでも、この瞬間だけは悪くない。
修正前と後を比較して、少しは恋愛感情の部分を描写できていましたでしょうか?
冒険者としての能力って部分もカットしました。ここが元凶だった気がする…。
2025.6.29・6.30
コメントありがとうございます。
執筆レベルの低さに誤解を招いていましたので、補足を。
・レオルドは恋愛的にルナを好いている。
・しかしながら、過去の言動に起因してお綺麗な感情を抱ける人間ではないと『人格の否認』をする。
・この感情は?→合理的な条件の一致と独善的で利己的な判断故の基。
・なぜこんな流れに?→昨晩は弟が話題に挙がって劣等感を再熱。本日、ドラスティア国への帰省が既定路線に乗ったため。ネガティブシンキングって奴です。
本当にルナの「能力」しか見ていないのなら騙してしまえばいい。奴隷にするなり、妻にするなりです。給餌行動もルナの意思を尊重する必要もないと思いませんか?
文章って難しいよぉ…!