66.不完全なエリクサー
戻ってすぐに製作準備に取り掛かった。
レシピに必要な材料で不足していたのがレグの葉だけだったのだ。
これで、エリクサーが作れる…。
「あの。やりづらいです…」
ドレスを着つけてもらったあの一室にテーブルを運び込んで即席の調薬所が用意された。すごくありがたいけど、工程を観察されるとは聞いてない。
「良いではないか!減るものでもなかろう?」
「緊張します」
「何回かは失敗できるであろう!」
「したくないです!葉っぱが減る!」
本気で言ってるのに、ナハハ!とレズリー様に笑い飛ばされてしまった。
折角の緑茶を無駄に出来る訳がない!
「ルナちゃん。この人はこちらでどうにかするので頑張って下さいね」
「エマさん…!」
エマさんの頼もしい言葉と共にジュリアさんがレズリー様を文字通り引き摺って行った。
問答無用に涼しい顔で退室していったふたりは本当にかっこよかった。ああいう人のことを大人の女性と呼ぶんだと実感した。
「邪魔者も消えたし、やるか」
「エイエイオー!」
ノッてくれなかった。ちょっと不思議そうにしてたからこっちにはこの掛け声はないのかも?
さて。まずはレグの葉っぱを煮出すところからだ。
沸騰したお湯に葉っぱを入れて水気を失くさないように一時間聖魔術を掛けながら強火で煮る。
レシピ通りだと完全に蒸発するくらいの分量しか水は使っちゃいけないから何か対策が必要で、そのやり方について記述はなかったから、とりあえず結界魔術で空間の遮断を行う。
「無理すんなよ?」
「うん…」
魔術の二重発動に【天眼】まで同時。
まだ十分と経っていないのに尋常じゃない汗が流れていた。疲労が蓄積する割に目に見えた変化がなくてより一層辛い。
三十分が経過しても、色が少し濃くなってきたかな?くらいの違いしかない。
汗が目に入らないようにレオルドさんが定期的に拭ってくれる。おかげで魔術の継続使用が出来ているといって過言じゃない。それだけ集中力がいるのだ。
「…ま、だ……」
「あと少しだ。気を抜くな」
「………ん…」
体力の限界が来て膝から崩れ落ちてレオルドさんに支えてもらったきり私は全体重を預けていた。
継続使用の反動で吐き気や眩暈が酷い。一秒一秒が遅い。
魔力も気力ももう持たない。あと少しとはあとどれだけあるのか。
薄れた意識の中、ただひたすらに翳した手を下げることなく耐え忍んだ。
気づいた時にはベッドで寝てた。
止まない頭痛にまだ寝足りないと寝返りを打って布団を掻き抱く。でも、何かを忘れている気がしないでもない。
…。
アッと思い出した瞬間に飛び起きた。
貴重な貴重な緑茶が無駄になったかもしれない。
そう思うだけで居ても立っても居られなかった。扉に駆け寄ってドアノブを捻ろうとしておでこに衝撃が走った。
「あ!?起きてたの?!ごめーん!」
この声はサーシャさんだ。ただ扉の頭突きによる頭部への追加ダメージで返事が出来ない。
押さえたところで痛みは引かない。きっとたんこぶができる。
「…緑茶、は……?」
「…ん?リョクチャ…?」
緑茶の安否の前で気にしてられないのに、頭痛のせいで立つに立てない…!
蹲っているとジュリアさんの声も聞こえてきた。扉が開きっぱなしで気になって覗いたそうだ。
一言掛けられてすぐにジュリアさんに抱っこされてベッドへ戻された。
打ったおでこを冷たい物で冷やして、トントンと一定のリズムであやされるとまた眠気が襲ってきた。
目が覚めたのは翌日の朝だった。
よく寝たからか頭はスッキリとしている。
レオルドさんが製作中断の姿勢を示していて、それが私を心配してっていうのが不謹慎にも少し嬉しかったり。
でも、やめない。始めた以上はやり切りたい。
どんな結果になるとしても。
「これが?ホントに?」
「ああ」
ちょっと不機嫌なレオルドさんが持ってきたのはレグの葉っぱの抽出液だった。
昨日は薄ら黄緑の緑茶色だったはずなのに、ベースは金色で角度によって虹色に輝く摩訶不思議な液体に変化していた。
「何がどうしてこうなったんだろ?」
「さあな。唐突だったとしか言えんな」
「そっか。…じゃ、続きやろっか」
「ああ」
他の材料も同じように聖魔術で煮出していく。
ただレグの葉と違って半分の三十分で劇的な変化が起こるからありがたい。
処理をしては寝て食べて。処理をしては寝て食べて。
すべての摩訶不思議液体が完成したのは夕方に差し掛かる頃だった。
「で、こっからどうすんだ?」
「あとは混ぜるだけ」
「普通にか?」
「今度は回復魔術がいるみたい」
高レベルの回復魔術と聖魔術に調薬スキル。そして、空間を隔てて蒸発を防ぐスキルもしくは魔術。
それらを維持するだけの魔力量。
エリクサーが存在しないとされている理由は収集困難な素材もそうだが、これが一番の原因かもしれない。
自分で言うのもなんだけど、一般人では一生掛かっても無理な条件だと思う。
よくもこんなポーションを創り出してレシピを確立したものだと、呆れとも尊敬ともつかない感情が湧いた。
「明日にしたらどうだ?」
休憩を挟みながらとはいえ、充分疲労は蓄積されている。それを心配してくれるのはとても嬉しい。
でも、数日後にはウィリアム様はここを発つ。これが失敗した時の為にもう一回のチャンスを残しておきたい。
今の私では、どのスキルレベルも足りていないのだから。
「頑張る!」
「…頑張れ。サポートはする」
「うん!」
ひとつの容器にそれぞれの液体を流し込んで、レオルドさんがくるくると掻き混ぜる。それに合わせて魔術の発動を開始した。
蒸発を心配する必要はあるのか分からないけど、一応念のため結界魔術も使用している。
やっぱり滝のような汗が溢れ落ちていく。
一定のスピードを崩さずに混ぜて、私の汗も拭ってくれる。心配と応援の言葉もかけてくれるから疲れているのにまだまだ気力が湧いてくる。
きっちり一時間後。
虹と黄金が交じり合った、神々しい液体が出来上がった。
どう考えても大丈夫じゃないし、頑張ってるのに「頑張れ」とか「大丈夫」とか言われると辛いなって時々思います。逃げ道を作ることに良し悪しはありますが、そうした声を掛けられるだけでも心が軽くなる時もあるよね、と個人的には思います。