63.アーシャさんのおねだり
建国・誕生祭十三日目。
寝てたらなんか全部収まってた。
レオルドさんから聞いた話では絶滅したはずのレグの実を唯一栽培・管理する、これまた伝説上のケンタウロス族は情報提供・取引を建前に無罪放免となったようだ。
色々現場でもやらかしてくれたらしいが、権力者が集えば碌な結果にならない。
ゼータ達も『呪術』という未知のスキル所持者として研究協力者兼監視対象扱いになりそうなんだとか。
暴れたディアダスト王の件は当初の通り賠償金支払いが済んだ時点で、表向きにはこの騒動に終止符を打つらしい。
十中八九、ディアダスト王はそう遠くない未来に次世代交代となるだろうとのこと。
ケンタウロス族達はディアダスト王家の暴走に巻き込まれた被害者で。
ケンタウロス族の族長さんは早とちりで暴走して。
知らぬ間に策に組み込まれた呪術士達は好奇心で勝手に暴走して。
暴走の連鎖に巻き込まれた側からすればいい迷惑でしかなかった。
スキルの過剰使用で三澄君と補佐官君は今も寝込んでいる。
結末も現場に居合わせなかったこともあってどうにも腑に落ちない。
建国・誕生祭十四日目。
久しぶりの丸一日休日を貰った。
晴明君と昼食の予定が入っている他は何もない。気分転換に目一杯買い物を楽しむつもりだ。
燦燦と照りつける太陽と人々の熱気が混ざり合ったような盛況さ、二週間にも亘って開催しているとは思えない弾けるような勢いがあって。
胸の内を興味と楽しさが埋めていく。
「レオルドさん。気になるものある?」
レオルドさんは最近見慣れた騎士服ではなく、街に溶け込む平民風の服装をしている。高身長と整った顔立ちと特有のオーラで目立つから、今の所誰ともぶつかっていない。
はぐれないようにと思って彼の腕を掴んでいるけど、必要なかったかもしれない。
「酒のアテが欲しいな」
「お酒好きなの?」
「まあな」
宿屋での食事で一、二杯飲むことはあっても酒瓶を買いこむ様子はなく、嗜む程度なのかと思っていた。
レオルドさんなりに主従関係が気になっていたのだろう。
「そうなんだ。お酒も買う?」
「そうだな。いい酒があるといいんだが」
酒屋さんに干物屋や精肉店などのアテを売ってそうなお店を探しながら流れに沿って進んでいく。
そのほとんどがお祭り仕様で食べ歩きに適した食べ物だったりお酒だったりを露店販売していて、なかなかレオルドさんのお気に召す品を買えないでいたが、粘り強くお店を覗いてやっと購入にありつけたのだった。
「楽しみだね!」
「ああ。他の店も酒に合いそうなのを売ってたからな。また祭りが終わったら買いに行くか」
「うん!」
購入品は保存の利く物ばかりを選んだので、レオルドさんの魔道鞄に収納された。
散策に夢中になっていたからか、気づけば時計台の針は約束の時刻十分前を示していた。
急いで晴明君との約束場所の飲食店に行くと、そこはレズリー様のオススメでもあるらしい高級料理店だった。
待ち合わせであることを店員さんに告げて案内された先は、夏らしい鮮やかな花々が咲き誇る裏庭を眺望できるテラス席だった。
屋外座席ではあるものの蔦植物が日陰を作り、傍には観賞魚が優雅に泳ぐ池もあって涼しい風が吹き抜けていた。
「ごめんなさい。遅くなっちゃった」
「待たせて悪いな」
既に待っていた晴明君達は裏庭に視線を奪われていて私達が声を掛けるまでこちらに気づいていなかった。
「大丈夫だよ。僕達もさっき来たとこだしね!」
空いた席に二人並んで座ると、待っていたかのように次々と配膳されていく。この世界の高級料理店では珍しい和食の御膳のような形式でそれぞれの目の前に小皿に盛られた料理が幾種類も並んでいる。
そして、それらとは別の大皿に魚料理がドンッと置かれた。これもひとりに付き一皿。
「…高級店だからってちょっと舐めてたかも」
迫力満点の大きな魚が丸々一匹。蒸し料理っぽいホクホク感が見るだけでも伝わってきてとてもおいしそう。
でも、一人一匹は流石に多い。まだ一口も手を付けていないけど、晴明君と同様に私も食べ切れなさそうだ。
「おなかすいたです!あたたかいうちにたべるです!」
瞳を輝かせてフォークを握るアーシャさんが今か今かと急かす。
ここを指定したのは晴明君なので、自然と視線が彼の方を向いた。
「そうだね。とりあえず食べてから考えよっか!」
満腹になった未来への思考を捨て去った晴明君の一言を皮切りに「いただきます」とそれぞれが食前の挨拶を口にして目の前の料理に舌鼓を打つ。
素材の味を生かすシンプルな味付けがとてもおいしい。メインの魚料理もふわふわとした身がおいしくて思った以上に食が進んだ。
直前に塩っ辛いお酒のアテを食べ歩いていたからか、レオルドさんが物足りなさそうにしていたのが少し面白くてこっそり笑ってしまった。
食べきれなかった料理はまだまだ食べられるらしいレオルドさんに完食してもらった。試食と称して酒にアテにと買っては食べて飲んでを繰り返していたのに、どこにあの量が収まっているのか本当に不思議だ。
もしかしたら、ブラックホールが広がっているのかも…?
「もう、たべれないぃ…」
「げんかい、です…」
どうにか気合で完食したふたりがお腹を擦って気持ち悪そうにしていて、その動作のシンクロ感が微笑ましい。
「どうしてもこうもおバカなのかしら?解っていたでしょうに」
「…マリア。時に人は、限界を超えなければいけなくってよ……ケプッ…」
「…はぁ」
執念でもって完食を果たしたエリスさんは口元を手で押さえていた。
自分の適量だけをおいしく味わったマリアさんだけが普通に座っている。頬にそっと添えたしなやかな指先が優雅で、愚か者を見る冷めた瞳に恐ろしさをも添えた。
夏なのに、温度が緩やかな下降を開始した。快適に整えられた空間が薄ら寒い。
「それで。話って何だったんだ?」
水で喉を潤したレオルドさんが問いかけた。
置かれた不透明なグラスに手形が残っていてそれを掻いた汗がなぞり、テーブルを濡らしていく。
「魔術契約の報酬の件ですわ」
「ああ、なるほど」
「エリスとセイメイは魔道鞄を。私は万能型状態異常回復ポーションを報酬に望みますわ」
マリアさんが発言した瞬間、空気がヒリついた。
「魔道鞄ふたつだけでも報酬としては過剰すぎるくらいだ。そこに万能型ポーションも持って行くつもりか?」
「魔導契約書には報酬をひとつ授けるとだけ明記されていますわ。何か契約違反があったかしら?」
「一人ひとつとは明記してない事も理解したらどうだ?それに、報酬は対価だ。まともな成果を上げていない奴にやる筋合いはないな」
レオルドさんとマリアさんの議論がヒートアップし、冷え冷えとしていた場が一転して熱を上げていく。
口を挟めそうにない口論に冷たい水をチビチビ飲んでやり過ごしていると、隣から袖を軽く引っ張られる感触があった。
「どうしました?」
苛烈になっていく二人を刺激しないように内緒話をするため、アーシャさんに顔を近づけた。
「あたちはぎそうのふよまどうぐがほしいです」
可愛らしい子供のような彼女に上目遣いで言われたらあげたくなってしまうけど、あの場に居合わせていないからこれが適正なのかどうか分からない。きっと勝手に約束すると私が怒られる。
今もマリアさんと口論になっているし。
「ごめんなさい…」
「…そう、です…」
しょんぼりと肩を落として俯くアーシャさんに罪悪感が湧き上がる。
どうにかしてあげたいと思ってしまう。
何か彼女から貰えるもので、私が欲しいもの……。
「…『軟化』のスキルを見せてくれたら、用意してもいいですよ?」
開いた距離を詰めるように私からアーシャさんに近寄っていき、コソッと耳打ちした。
彼女にとって『軟化』のスキルは隠している訳ではないのかこちらに向いた瞳には既に輝きを取り戻していた。
「いいです?!」
「もちろんです!」
「じゃあはい!です!」
私に突き出された彼女の両手は肘から先が骨や関節がなくなったかのようにグニャグニャと曲がりくねる。
「わあ!すごいすごい!触ってみてもいいですか?」
「どうぞです!」
恐る恐る触れた手は人の肌と同じ肌触りで体温も伝わってくる。でも、握ったり押したりするとぷにぷにとしたずっと触っていたくなる不思議な感触だった。
「ぷにぷに~」
「くすぐったいです~!」
腕にも触ってみるとちょっとだけ感触が違った。ぷにぷにもちもち感が最高だった。
「こっちはもちもち~」
「…何やってんだ」
ぷにぷにもちもちの肌を楽しみながら、レオルドさんの方に顔だけ向けた。
さっきまで白熱していたのが嘘のように熱が引いて、勢いも萎んでいた。
「話終わった?」
「終わってないが。隣で盛り上がってたら気になるだろ。で、何してんだ?」
「スキルを見せてもらってるの!」
腕から手に持ち替えてレオルドさんの方へ引っ張ったが、途中で手が離れてしまった。
『軟化』の言葉通り軟らかくはなるが、伸びはしないらしい。
放してしまった手を取ってムニムニと丸めようとするが手応えなく、手から滑っていく感覚がした。縮みもしないらしい。
検証するようにあれこれと触っていると左肩に手が乗せられた。
「んで?」
接触の悪いロボットのように首を回せば、レオルドさんが良い笑顔で私を見ていた。
今までにないほどの綺麗な笑み。だからこそ怖い。
「…偽装の、アクセサリーを……その…」
「ルゥナァ?」
「ご、ごめんなさいぃ…!」
レオルドさんの冷やりとした低音が鼓膜を揺らし、圧が掛かったその声音に自然と謝罪の言葉が飛び出ていたのだった。
真摯に謝り倒してなんとかレオルドさんには許してもらった。
晴明君達の報酬はレオルドさんの交渉の甲斐あって魔道鞄二つと偽装のアクセサリーに納まったのだった。
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