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61.真の【天眼】

【天眼】を完全開放した瞬間。


頭に膨大な情報を無理矢理押し込まれる感覚とキャパシティ管理の杜撰で処理が追い付かない故の激しい頭痛。


これを表情キープしたまま発動し続ける鈴木さんは人間じゃない。


まだ一分も発動していないというのに額から汗が噴き出し、視覚の邪魔をする。【天眼】は対象を視認しなければ何の意味を為さない。

ソーレンを視界に入れて雑に腕の生地で汗を拭う。


「さっきの質問に答えて欲しいな~?」


晴明ののんびりとして聞き取りやすいこの喋りが今に限っては腹立たしい。

さっさと話せと。話を進めろと。心が悲鳴を上げている。


「…信用ならん」

「そうかもしれないけど!でも、僕は彼らと違って仕える主がいないからさ。協力できるかもよ?」

「必要ない」

「さっきの反応からしてそれはあそこの王族絡みじゃない?結構無謀な事しようとしてない?」

「そんなことはない」

「___?」

「____」


意味のない、埒が明かない問答が目の前で繰り広げられる。

その間も処理してなお溜まり続けるタスクに脳が悲鳴を上げていて、一秒でも早くこの状態から解放されたい。


その一心で、重たく渇いた唇から息を吸う。


「、定住地の開拓、でしょ」

「!何故知っている?」

「…、そんな事、どうでもいいでしょッ…!さっさと、話して」


どうにか鑑定情報を言葉にしていくが、風邪をひいた時のように息も苦しい。ゼエゼエと粗い呼吸を繰り返して酸素を肺へ取り込んでいく。

手甲の血管が見た事もないほどに紅く浮かび上がっている。


「彼はねぇ!ゾウラさんのことなら何でもお見通しなんだよ!話す気がないって事なら勝手に聞くだけだよ?」

「…そうすればいいだろ」

「えー?!自分の知らない所で内緒話暴露されてめちゃくちゃ妨害もされて計画を台無しにされるかもしれないのにぃ?」

「貴様…!…良いだろう。話してやる」


ぐしゃりと顔を歪ませたソーレンに苛立ちが吹き上がり、敵意を込めて晴明を睨みつける。




ソーレン以外を視界に移す余裕のない真は知る由もない。付き従うケンタウロス族の男衆が憤慨して臨戦態勢を取ったことも、その対象の最優先人物に自身が挙がっていることも。


場は限界まで弦を張ったような、一触即発の緊張感で満ちていた。




「最初に言っておくが、我らは人族ではなくケンタウロス族だ。そして、発端は頭の沸いているあれが我らの暮らす地域一帯を開発すると一方的に宣言した事だ。自然を愛し、共存共栄する我々にそれは到底受け入れられない通達だった」


ケンタウロス族という伝説上の種族名が明かされて驚いているのはこの場でたった一人。

そのことに対してソーレンは怪訝な表情をしつつも語りを継続する。


「しかし、戦で無垢なる命を散らすのも憚られた。苦渋の末、我らは人間の説得を試みながらも移住する選択肢を視野に入れた行動を開始した。だが、探索に赴いても今の定住地のような豊かな自然が残った場所は多くなかった。南下した先だけは遭遇する魔獣が他所よりも強力だからか、ほとんど手を付けられていなかった」


ソーレンの堂々とした語り口調が静まり返った室内に重く響いた。


ここまでの所に嘘はない。

余裕のない身体が先を聞かせろ!と、心に汚い罵声を上げさせる。


「そうでしたら、そこに居住地を移してしまえば良かったのでは?」

「出来るならとうにやっている。そこには先客がいたのだ。それがこいつらだ」


親指を立ててソーレンが指し示す先に居たのはゼータたち、呪術師だった。


それを追って視界に入れた途端に彼らの膨大なデータも流れ込んできて、圧迫された脳へ更なる負荷を強いることとなった。自身を襲うその激痛に堪らず俯き悶絶する。

後悔してもソーレンを監視することを辞めるわけにはいかず、どうにか顔を上げる。


「こいつらはそこからの脱出を望んでいたからな。我らとは利害が一致していた。人族が興す街に案内して王家の使者にもその旨を言付けてやった。我としては他種族との波風を立てない穏便な解決策を講じたつもりだった。が、欲深き人族の王はあろうことか半ば決定していた移住先にまで開発の魔の手を伸ばすと宣言し、先住民だったこいつらも同意したという」

「…同意したので?」


リューズが呪術士に問いかけた。

無意識にそちらへ首を回そうとするのを思い止まり、ソーレンを視界に入れ続ける。


汗を纏って前髪が下がって来たのを周囲の視線などお構いなしに豪快に掻き上げた。


「ええ!あそこは強力な魔獣が蔓延っていますからなァ。安全のためにも手を加えるのが良いと思いまして」


あっけらかんと肯定したゼータの声音には正しさが滲んでいたが、それがソーレンには許容できなかった。


「我は、ここまで無碍に扱われることも恩を仇で返されるとも思わなかったぞ!…次の候補地を考えなかったわけではないが、また同じことを繰り返す可能性は大いにあるだろう。たった一人の人間の機嫌で明日にも滞在地を追い出されるとあっては我らケンタウロス族と雖も疲弊する」



どこにも偽りは、ない。



これまで通りに【天眼】が瞬時に真偽の検証を終えたと同時に、脳が活動限界を迎えた。


プツン…と切れた回線のように情報の流入が途切れ、痛みが少しずつ引いていく。それでもまだ強烈なことに変わりない。一時的に脳の処理上限を大幅に引き上げ、それに応えるために血液循環が異常に行われた身体は長時間運転した機械のように熱を帯びている。


過剰負荷に侵された身体は当然の如く休息を欲する。




もうなにも、かんがえられない。






興奮冷めやらぬゾウラは怒りを瞳に宿していて、嘘偽りを語っていたようには全く見えない。


「…つまり。今住んでるところを、追われないようにしたかった?」


セイメイの、場に似つかわしくない普段と変わらぬ高めの声で呟かれた。

それは情報の整理と確認の意を孕んでいたように見て取れる。


「そうだが?己が種族を護る為に行動を起こして何が悪い!」


セイメイの言葉を非難と受け取ったのか、ゾウラが怒りを発露させていく。

怒りは本物に見えても、その威勢がどうにも取繕っているようにしか見えず、痛々しい。


伝説と謳われるケンタウロス族の族長かと、疑念が湧くほどに。


「悪かろうよ。そなたは味方を犠牲にしたやもしれぬのだぞ」

「何も知らぬ部外者が知った風な口を聞くな!」

「知らんとしても。方々に敵を作るような真似はすべきでない。そなたがすべきは味方に引き込み懐柔することであった」

「欲望の前に人間は愚かなもの。懐柔などに意味はない!」


ゾウラの怒気を滲ませた声が空気を震わせる度に部屋の温度が僅かに下がっていく心地がする。

強力な魔獣か強者に相対した時と同様の全身の皮膚が粟立つ感覚に襲われるのだ。


「人間とは欲深い以前に愉悦に浸りたいものだ。親愛を深め、同情を誘えば簡単にこちらに堕ちてくる」

「信じられん!今までの歴史が全てを物語っている!」

「そう思い込みたいならば良い。我から言わせればそなたは無用な諍いの火種を呼び込んだだけだ」


レズリーの声は一切の澱みもなく落ち着いている。

無駄に騒がしい普段の様子からかけ離れたレズリーは本質を説くように、静かにゾウラの主張の悉くを否定していく。


正論に見せかけた言葉はどれも都合よくゾウラの耳障りとなって、心に影を落としただろう。



自分が過ちを犯していたのではないか、と。


「先のそなたの言によればあやつが開拓を推し進めていたのだろう?」

「それが何だ?」


虚勢が覆い隠しきれなかった、疑心に揺れる瞳がレズリーに向く。


「王族の一存で政策が罷り通ることは皆無と言って良い。政策案の提出から始まり、議会での審議を何度も重ねて賛同を集めてようやく施行される。ここまでするのに少なくとも一年から数年単位の時間的猶予があるのだが、それをそなたは確認したのだろうな?」

「…」


レズリーの疑問は尤もなものだ。政に多少なりとも関わりのある者ならばすぐに違和感として引っ掛かる。

そして、顔つきを一変させ目を泳がせて言葉を探すゾウラの様は、早合点で周囲を巻き込んだと証言するのと同義だった。


あからさまに首を振ってやれやれとでも言いたげな反応をする者までいるほどに、ゾウラの選択は悪手。


多くの者が呆れや困惑を飲み込めないでいるこの状況下でマコトとその従者のリヒトだけが微動だにせず、引き結ばれた口角で緩やかな弧を描く。


「まずはそこからであろう。そなたは相手の言を鵜呑みにし過ぎた。愚かと断ずる人間の言をな。これではどちらが真に愚かであるか、分からんよ」


凪のようなレズリーの声音が独白の様相をもって地に沈み、沈黙に呑まれた。

言葉のひとつひとつが冷徹さを感じさせられた。だが、憐みを含んだニュアンスがどことなく散っていた。




これが、外交官房議員としてのレズリーなのだろう。

最後までお読みいただきありがとうございます。

真とルナの違いは慣れによる処理能力の向上とスキルによる補助の有無。痛みから逃げずにちゃんと訓練していればルナよりも処理能力は高い。地頭が違うので。…と、どこかで前に説明書きしたような…?

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