56. 一癖も二癖も
建国・誕生祭、十二日目。
誕生祭当日の早朝。
城下では都全体が色彩豊かに飾り立てられ、夜明けを待たずして誰も彼もがみな祝言を挙げる。各家の貴族達も盛大なホームパーティーを開催して盛り上がりを魅せていた。
神秘的な白亜の王城内も、より一層豪奢な装飾が観る者を魅了し、荘厳さを主張していた。
そんな中、お祝いムードの濃い王宮内の一部区域では前日までは何もなかった場所に廃教会が鎮座し、異質な気配が漂わせていた。しかし、誰もがそれに見向きもせず素通りしていく。
まるでそこには何も存在しないかのように。
元は白かったであろう外壁の塗装は剥がれ落ち、蔦草が這って退廃的な雰囲気を醸し出している廃教会。
もし、認識できていたとしても誰もが気味悪がって近づこうとはしないだろう。
「ここに、在るんですなァ…!ワタクシ達を待ち望む杖が!」
しかし、吸い寄せられるかのように喜色満面な様子で廃教会へと入っていく集団がいた。
一連の凶行犯である呪術士御一行。
木製の老朽化した両扉を甲高く鳴らして易々と侵入した廃教会には、破損したチャペルチェアや燭台などに埃が蓄積しており、嵌められたステンドガラスにも罅が入っていた。
しかし、彼らは迷うことなく講壇へと歩み寄っていった。手荒にそれを退かすと、隠された地下へと続く階段が出現した。
闇に染まる地下階段を自分達が持つランプの光源だけを頼りに、少しずつ慎重に進んでいく。
時折。
ピチャッ……ピチャッ……
ジリッ…………ズリリリッ……
といった水音や何かを引き摺る音が木霊する。
何分何十分、それ以上の時間を掛けてゆっくりと階段を下った最終地点。
そこには苔生して古びた石造りの扉が彼らを待ち受けていた。
「扉ですぞぉッ!!!」
「ワタクシ達はここに導かれてアスリズド中央国まで来たのでしょうなァ!!!」
彼らは不気味な歓声を零しながら、重く建付けの悪い石扉を数人がかりで少しずつ押していく。
ズ……ズズズ………ズズズズズ…!
開くにつれて光が漏れ、暗闇の足元を照らす。
完全に解放したその先には中央の祭壇に奉られた杖。
杖本体が眩い虹色の光彩を放ち、尋常ではない覇気をも放散させていた。
容易に触れてはならないと、本能が警笛を鳴らす。
しかし、膨れ上がった欲望はその警告音をかき消してしまう。
じりじりと、確実に距離を詰める彼らは時間を掛けて、遂に杖へと手を触れる。
そこで歓喜に胸が躍っている彼らの期待を裏切って、視界がブラックアウトしたのだった。
眩う光に充てられて意識を浮上させた彼らが真っ先に探すのは、集団共時夢で現れた古の杖。
しかし、見回した周囲には杖も、祭壇も、つい先程までいたはずの廃教会の面影すらない。
あるのは、先日会議中の所に突撃した際に見た、美しい調度に囲まれた貴人達の優雅な姿だった。
時は暫し遡り、十日目の夜。
方針を固めてまず行ったことは、アスリズド中央国の面々の解呪だった。
注意力に欠け、楽観的な思考しか持たなくなっていた彼らに状態異常回復ポーションを服用させることは、訪ねるには非常識な時刻ということもあって随分と骨が折れたらしい。
そのおかげでこちらの指示に鬱陶しい横やりを入れられることはなく、素直に動いてくれる手駒となった。
私はその間、寝る魔も惜しんでスキルの習熟に勤しみ、呪術lv.3にて生成される品や偽装のアイテム、追加の万能型状態異常回復ポーションも製作し、三澄君の希望通りに納品した。
この世界に来てから一、二を争うくらいには頑張った気がする。
空が白み始めた頃。やっとの思いでベッドに潜り込み、意識を失うように眠りに就いた。
建国・誕生祭、十一日目。
早朝から働き出したメイド達の集団にエリスが紛れ込んでいた。
王宮勤めのメイド達は顔立ちの整った者が多く、集団に居ても浮くことなく溶け込む。
振られた担当はギルスティア連合国代表用の客室。
侍女頭の指示に従って仕事を共にするメイドに接触する。
「おはようございます。今日からこちらに配属されました、リュシーです。よろしくお願いします」
「よろしく~。掃除道具はこっちの用具入れにあって…」
丁寧に説明される内容を真面目に聞いてテキパキと清掃準備を整え、同じ担当メイド達と移動を始めた。
「忙しいからって、何もいきなり賓客の所に不慣れな新人を割り当てなくてもいいのにね」
「本当に。分からないところがあったらすぐに聞いてよ?」
優しく声を掛け、この采配に苦言を呈する先輩メイド達に「ありがとうございます。頼りにしますね」と自信なさげな反応を返す姿は、まさに初めての部署に不安を抱える新人メイドそのもの。
一リグにもならないこんな事…。いいえ。魔道鞄を手に入りさえすれば、これからの仕事効率は飛躍的に向上するはず…。
今の自分が何を目的としてこの仕事を受けたのかを再度改め、脳内で未来の個人資産に想像を膨らませる。
割当場所に着いた先輩メイド達は軽いノックをした後、マスターキーで鍵を開けた。
その後ろについて入室を果たした私は先輩たちの指示に粛々と従う。
まだまだ起床には早く、夢の住人な招待客を起こさないように丁寧かつ慎重に清掃を済ませていく。
主任メイドの後について最終チェックを行って、この場の仕事は完了した。
「今日の朝ごはん何かな~?」
「お祭り期間はいつもよりご飯が豪華なのがいいよね。…その分忙しいけど」
食堂への道中に雑談を交わすメイド達へ適当な相槌を打ち、頃合いを見計らってエリスは輪を抜けた。
そのままアスリズド中央国が用意した一室向かい、メイド服から一見して高貴だと判る盛装に着替え直した。
そして、二度寝をしようと心に誓ってまだ眠っているだろう仲間の許へ歩みを進めた。
燦燦と照りつける日光が真南に差し掛かる頃。
「…という訳で、しっかりと撒いて来ましてよ」
まだまだ寝足りないが、仕方なく起床して宰相閣下に報告を行う。
ついでとばかりにテーブル上に置いたのは小さな空瓶。
「ありがとう。これで次に進めるね」
笑顔で礼を言う正面の彼はノールックで空瓶を回収した。その腕には昨日まではしていなかったブレスレットが填まっていた。
さすが一国の宰相閣下。庶民とは金銭感覚が違うわ。
何だか気落ちしそうで、その思考を追いやる。
先程彼が回収した小瓶にはセイメイと同郷だとかいう女がスキルで生成した粉末が入っていた。
思考低下と快楽を齎す呪詛。
メイドに扮した自分が退室直前にそれらを散布したのだ。
国際的に違法とされる魔薬に酷似した代物を作り出して躊躇いなく使用する。
話を聞いていた限りだと彼等も敵方に同様の薬を盛られたようなのに、どうしてこうも平然とやり返せるのか。貴族という特権階級は本当に気味が悪い存在ばかりだ。
そして、何の違和感を抱くことなく実行に移す異界人達も。
「じゃあ、晴明達を手伝いに行こうか」
「かしこりましてよ」
まだまだ下準備が積載しているため唯々諾々と従い、揃って彼らの元へ急ぐ。
到着した場には、アスリズド中央国の第二王子と第三王子立ち合いの許、おどろおどろしい廃教会が建設されていた。
主導するのは8人の中で土魔術のレベルが最も高いセイメイ。
補助は宰相閣下とその補佐官のリヒトだ。
他のメンバーは外壁の老朽具合や自然の浸食具合といった違和感を持たせないディテールに拘りを尽くす。
貴族達がお茶会を始める時間帯になってやっとあの女も合流した。
本当に、良いご身分だこと。
内心で悪態を吐きつつも、作業の手は止めない。
基本属性持ちは何かと便利で、全体の作業効率が上がるのがこれまた憎たらしい。
急ピッチで建築工事を行い、その日の夕方には不気味な廃教会が完成した。
「後は頼んだよ、リヒト」
「お任せ下さい」
真は茜色に彩られる廃教会を眺めながら、信を置く部下へ策を託した。
皆が寝静まった丑三つ時。
呪術士達が熟睡している所へたった二人だけが降り立った。
ここで仕込むは、彼らの興味をそそる夢。
昼間に建設した廃教会の地下祭壇に奉納された、古の杖の偽物語を。
今か今かと所有者を待ち侘びている強力な武器が彼らに夢の中で一晩中語り掛ける。
“北側の朽ち捨てられた廃教会”
“太古の昔に奉られた美しく、強大な力を秘めし杖”
“幾重もの時代を得てその事実は人々の記憶から抹消されたし”
“失われたとて気づく者は誰も居まい”
“選ばれし者よ”
“どうか…”
と。
何度も何度も繰り返し、彼らを誘う。
杖は既製品に装飾を施して付与魔術でそれらしく見せているだけのガラクタ。
この策を実行するにあたり、対象に任意の夢を見せるスキルが必要不可欠だった。
しかし、8人の内誰も所持していなかった。
最近までルナも【天眼】での鑑定を出来ていなかったが、ドラスティア国のメンバー内には所持する人がいた。
それはレズリーの奥さんのエマさんだ。
彼女が睡眠中に無意識下でスキルを発動してしまっていた所に、偶然起きた私が【天眼】で鑑定しない訳もなく。
杖の製作と呪術スキルを習熟させるだけでなく、『夢見』というスキルの獲得にも勤しんでいたのだ。
そして、ここに『幻術』組み合わせて、一晩中洗脳を施せば。
白み始めた空の御許にて、呪術士達は疑うことを知らず高揚勇んで廃教会へ急ぐ姿があった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
現在執筆中の小説が何作品もありまして、完結が見えている小説からさっさと書き上げようと思っています。そのため暫くの間、現在週二回の投稿が予告なしにお休みになるかと思います。
ビビり魔術師は一章目のアスリズド中央国編が長々と続いていますが、作者の構想上では四章までストーリーが展開されていてまだまだ終わりが見えないんです!自身の遅筆さが恨めしい…!
レズリーとエマの閑話も書きたい!