55. 宰相閣下が希う先は
結局あれから良案は出ず。
最終的に三澄君と補佐官君に晴明君達、そしてレオルドさんと私がレズリー様の一任という名の丸投げに遭った。
昼食を抜いていたこともあって少々遅めの夕食摂るために一時解散となった。
ご飯を食べながらレオルドさんと話し合って三澄君と補佐官君にも魔術契約をさせたのち、一部を除いた能力を開示することにした。
食後に再集合してすぐにレオルドさんが脅迫からの強制でふたりに魔術契約を締結させたのだが、先に契約を済ませていたマリアさん達三人はそれはもう複雑そうな表情をしていた。
「俺は拳闘士だ。魔術も多少使えるが、あまり期待しないでくれ。以上」
満足げな表情を浮かべて魔術契約書を見る彼に非難の視線が集まるが、それをまるっと無視して自己紹介を始めた。
簡潔過ぎる内容にブーイングが巻き起こるが、当の本人はまったく気にした風もなく、視線で私に順番を振る。
出来る事よりも、今まで披露してきた行動に齟齬が生じない程度のスキル隠蔽を図るべきだよね…。
「あの~…」
レオルドさんへの不平不満に矛先が向いていて誰も話を聞いてくれそうもなく、暫く収拾はつかなかった。
黙秘を決め込んだ彼に無意味だと悟って落ち着いてきた頃合いに、再度声を上げる。
「えっと、私は【天眼】という固有スキルを持っていて…その、簡単な回復魔術とか付与魔術…と、あと結界魔術が使えます。普段は調薬スキルでポーションを作成していて、それを売って生活をしているので、薬品のことなら任せて下さい!あとは、基本属性の魔術も一通りできるんですけど、あんまり威力はないです。……あ!あと、時空魔術の収納が使えます」
これくらいなら可笑しくないかな…?
意外とうまくスキル構成を立てられたことに満足する。
「貴方。呪詛?というスキルを披露していたじゃありませんの。あれはどういうことかしら?」
マリアさんが不審感たっぷりに問いかけた。
安心した所に疑問を投げかけられ、心臓が跳ねる。
「え、えっとですね…。日本、…じゃなくて。私達がいた世界では、呪術っていう風習?がありまして…。ドラスティア国とセルバイド王国の中に、呪術から身を護る手段を持っていたのが私しかいなかったので、色々と知識を思い起こしつつ試行錯誤してたらですね、いつの間にか習得してて……」
あはは…と笑って誤魔化そうとしたのだが、逆に怪しまれてしまった。
内心で焦る私に呆れたレオルドさんが助け舟を出してくれる。
「怪しんでいるところ悪いが、呪術スキルは本当にただルナに才能があっただけだと思うぞ」
「貴方達が何かを隠しているのは明白なのよ!これから協力しましょうという時にこれでは、信用に欠けるわ」
苦渋の表情を浮かべた彼が渋々といった様子を醸し出して、口を開く。
「…魔術契約を交わした後だから言うが、ルナの持つ結界魔術は結構万能でな。特殊な結界を張ることで幻を見せたり、鑑定を妨害したりできるんだ。俺達はこれをあまり知られたくない」
真実を交えたそれらしい理由を彼が白状すると、怪訝な顔が晴れていき、マリアさんは得意げに鼻を鳴らした。
鑑定スキルを所持する晴明君と三澄君は頷いて特に理解を示した。
「だから鑑定できなかったのか~!謎が解けてスッキリした!」
「…その結界魔術ってどうやって習得したの?」
「あ!それ僕も知りたいなぁ!」
私のスキル構成への疑惑が結界魔術への関心に移り替わり、盛り上がりを見せていくが、話が進まないとレオルドさんが軌道修正をして能力共有に話題を戻していく。
何となくで全員の目線が集まった三澄君がその場で立ち上がった。
「次は僕だね。改めまして、僕はアスリズド中央国宰相を務める真・三澄。鈴木さんことルナさんと同じ【天眼】スキルを所持しているよ。魔術は基本四属性全部使えるけど、一番得意なのは土魔術かな。その他だと聖魔術でバフを掛けることも出来るよ。よろしくね」
【名前】三澄真
【種族】異世界人
【レベル】lv37
【固有スキル】天眼
【スキル】剣術lv1
聖魔術lv3
水魔術lv1
火魔術lv1
風魔術lv2
土魔術lv4
礼儀作法lv2
【加護】女神レイアの加護
にこやかで嘘のないその内容の申告にほんの少し心配になる。
つい最近に警戒するように注意したばかり。
この場にはそれぞれの陣営に鑑定持ちがいるから、隠しても無駄と考えたのかもしれない。それでも躊躇いのなさというか、深く考えてなさそうな所を見ると不安になる。
似たような感想を抱いたであろうレオルドさんが何とも言えない視線で彼を見遣る。
それを感知しなかった彼は次の人物、自身の補佐官君に視線を寄越した。
「…私は、マコト・ミスミ宰相閣下の補佐をしております、リヒト・ブールライトと申します。武器は弓を扱い、魔術は四属性全般扱えます。……それと、『幻術』というスキルを所持しております」
促された補佐官君が緊張した面持ちでゆっくりと言葉を選びながら話す中、やはりというべきか最後に紹介された『幻術』に焦点が集まる。
【名前】リヒト・ブールライト
【種族】ハーフエルフ
【レベル】lv47
【固有スキル】なし
【スキル】弓術lv4
短剣術lv2
身体強化lv1
自然治癒lv4
水魔術lv4
火魔術lv2
風魔術lv6
土魔術lv2
気配察知lv1
幻術lv5
侍従lv3
乗馬lv1
礼儀作法lv3
直感lv2
【加護】なし
私もこのスキルが気になるし、彼の『幻術』のスキルレベルは一流を名乗れるlv.5。
純粋な人族ではなく、ハーフエルフで期待を裏切らない弓と魔術を駆使するところも私的にはポイントが高い。
出来ることなら、今この場でスキルを披露して貰って【天眼】で観ておきたい。
「そのスキルを見せてもらうことは可能か?」
私の思惑に勘付いたレオルドさんが確認した。
「…構いません」
補佐官君はピクッと肩を跳ね上げさせてほんの僅かに逡巡した後、快諾し胸前に両掌を掲げた。
それを一瞬たりとも見逃さないように目を皿にして【天眼】で観ていく。
両掌に挟まれた空間には何もないが、少しずつ色が浮かび上がるように輪郭を形作っていった。
ものの数秒後には、本物そっくりのティーセットが宙に浮かんでいたのだった。
「これってさわれるです?」
「視覚的に捉えられていても、これはただの幻惑ですから…」
浮かぶティーカップを持ち上げようとしたアーシャさんだったが、その手は空を切る。何度やっても結果は同じく触れられない。
しかし、そこに見えているティーセットは何の違和感もなく、空中に浮遊している。
「実体はないってことか…」
「はい。その通りです」
水魔術などの魔術スキルで光学迷彩の再現をしていた人もいたけれど、それとは根本的に違った。
結界魔術とも異なり、洗脳系スキルに少し似た作用を脳に直接働きかけて視覚的な錯覚を起こさせている…という感じだろうか?
ある意味、交渉役にはうってつけの人材と謂える。
一国の宰相が傍に置くだけはあると、納得をせざるを得ないほどの才覚を秘めた青年。
だからこそ、無理矢理に魔術契約を交わさせたのだ。
三澄君の為にもしっかりと役に立ってもらおう。
「良いスキルだな」
「…ありがとうございます」
レオルドさんに褒められた彼は少し照れくさそうに顔を背けた。
褒められ慣れていないらしい。有能な部下にはちゃんと褒めてあげるといいと思うよと、心の中で三澄君にアドバイスを送った。
「じゃあ次は僕がいくね!知ってると思うけど、僕は晴明・阿部!ルナちゃんと真と同じ異世界人だよ~。基本属性は全部使えるけど、得意な土魔術でレベルは6!鑑定とか掘削とか、バラエティーに富んだ補助スキルをいっぱい持ってるから、役に立つよぉ?」
自信満々に晴明君スキル構成を説明したが、冒険者の割には近接戦闘系スキルを一切習得していない。
男子生徒の多くは転移させられてすぐに「やっぱり剣だろ!」と、意気揚々に騎士団の訓練場へ突っ込んで行っていた。それも訓練の過酷さに音を上げる人が後を絶たなかったけど、ロマンという物を諦めきれない人達が色々な武器に手当たり次第にチャレンジしていたのだ。
彼は人に合わせるタイプだから一つくらいスキルを持っていても可笑しくないはずなんだけど、才能がなかったのだろうか…。
「…異界人ってのは、基本属性を扱えるのがデフォルトなのか?」
「そんな事ないよ~?僕とかルナちゃんは冒険者だから必要に駆られてだと思うし、真も基本が真面目だからさぁ。まあ、この世界の人と比べたら習得のしやすさはあるんじゃないかな?」
私とは違った角度からの、レオルドさんの思わずといった疑問に晴明君が返答し、同意を促すような視線が三澄君と私に寄越された。
「…そうだね。でも、クラスメイトの中には全く魔術を発動できなくて悔し涙を流してた人もいるから、あんまりそういう固定観念は持たないで欲しいかな」
「そうなのか。それはすまない」
「いや。実際に僕達異世界人は才能に恵まれている人が殆どだから、そう思われても仕方ないよ」
「その言い方だと、スキルがない奴がいることにならないか?」
「…一人だけね。といっても、固有スキルはあるからね。普通の人よりも遥かに恵まれているのは事実だよ」
何か、触れてはならなかった繊細な部分に抵触したような居心地の悪さが室内に充満した。
「この空気は何ですの?ここにいない人のことを今考えて何になるというのかしら。無駄話はここら辺でおしまいにして下さる?次、アーシャが教えてあげなさいな」
苛立たしげなマリアさんが欠片も空気を読もうとせず、この微妙な空気を粉砕した。
いきなり話を振られた当の本人はあわあわと落ち着きなく、慌ててソファから降りた。
「ふぇ、っと…。あたちはドワーフのアーシャです!こうみえて29さいのおねえさんで、Aきゅうぼうけんしゃなのです。ふだんはおのをもってたたかうです!」
【名前】アーシャ
【種族】ドワーフ
【レベル】lv79
【固有スキル】なし
【スキル】体術lv7
斧術lv8
身体強化lv7
自然治癒lv5
風魔術lv3
軟化lv5
【加護】なし
元気いっぱいな自己紹介を終えた彼女は信じたくないが、本当に29歳だ。しかも、ゴリゴリの戦斧術士。その小さな身に斧を担ぐためか、身体強化がlv7と驚異のレベルを誇り、風魔術lv.3で後衛も熟せる。レオルドさんが所持する『硬質化』の対となるスキル『軟化』も所持していた。
結界魔術を軽々と破壊してきそうな彼女とは絶対に敵対したくない。
こんなに可愛らしいのに…。
「俺と同じA級冒険者なのか…」
「見た目に騙されてちょっかいを掛けると、痛い目見ますよ?」
「そんなつもりは毛頭ないが…」
信じられないといった様子のレオルドさんにエリスさんがふふんっとその豊満な胸を揺らし、横から見ていたアーシャさんとマリアさんがふくれっ面になった。
「私語は慎んで下さいまし!どんどん行きましてよ!私はマリアと申しますわ。生粋の魔術師で火魔術が得意で、普段は指令塔としての役割もしていますの」
【名前】マリア
【種族】人間
【レベル】lv29
【固有スキル】なし
【スキル】体術lv1
短剣術lv1
自然治癒lv1
火魔術lv5
風魔術lv1
乗馬lv1
算術lv1
舞踊lv2
歌唱lv1
礼儀作法lv3
【加護】なし
未だにつんけんした態度を取る彼女は他の面々と比較すると見劣りするが、得意と豪語する火魔術は一流のlv.5に達している。この中では、礼儀作法や舞踊といった冒険者らしくないスキルが目立つ。
立ち居振る舞いや言葉遣いからも彼女が高貴な出だと証明している。
なんで冒険者をしようと思ったのかが少し気になる。
「となると、最後は私ですわね」
大人の余裕を感じさせる笑みを浮かべたエリスさんが悠然とした立ち姿を披露する。
「エリスよ。私はこのパーティーで水魔術士を担当しています。こんなにも優秀な人材ばっかりだと、私が出来る事はあんまりないかもしれないけれど、報酬が出る以上雑用でも何でも致しましてよ?」
と、本人は申告しているが、実際は斧術や槍術、盾術等々の近接戦闘でも輝けるスキルを低レベルながら数多く所持する。何をしてくるか予測がつかないため一番油断ならない。
【名前】エリス
【種族】人間
【レベル】lv34
【固有スキル】なし
【スキル】体術lv2
剣術lv1
短剣術lv2
弓術lv1
鞭術lv1
槍術lv1
鎌術lv1
盾術lv1
斧術lv1
槌術lv1
棒術lv2
杖術lv1
格闘術lv1
身体強化lv2
自然治癒lv2
水魔術lv3
軟化lv1
乗馬lv1
解体lv.2
交渉lv1
清掃lv1
料理lv1
裁縫lv1
侍女lv1
演技lv1
算術lv1
魅了lv1
精錬lv1
直感lv1 etc…
【加護】なし
交渉や算術、演技、清掃等々の戦闘に関与しないスキルは何だって無難にこなせそうで、雑用を引き受けるという言葉にも期待が持てる。
それぞれ秘密にしている事も多々あるがスキル構成だけで判断すると、この8人の中で一番役に立ちそうにないのはマリアさん。次点で三澄君だ。
しかし、彼には大仕事が待ち受けている。
黒幕と対峙するという大役が。
「三澄君はどうしたいですか?」
「どうしたいって?」
緊張感のないきょとん顔で三澄君が反芻した。
「さっきも言ったように呪殺も毒殺も出来ますし、後遺症を残して相手を一生不自由させることも出来ます。だから、どう思ってるのか聞いておきたいです」
「だーかーらー!物騒なんだって!もっと普通に…」
この場の全員が発言に引いた様子を見せ、三澄君は咎めるように声を上げた。
そこを遮って私は言葉を重ねる。
「普通って言うけど、ギルスティア連合国が裏で好き勝手やってましたって公表することは現実的に難しいような気がするんです。ってことは三澄君の汚名返上、名誉挽回って出来なくないですか?」
「それは…」
三澄君が言葉を詰まらせて苦悩する。
私が仕返しをしようと思えばいつでも出来る。そこに謀略とか目的とかは全くない。
三澄宰相閣下と違って。
しかし、各国が表面上への真相の露呈を拒むだろうことは想像に難くない。
レズリー様もウィリアム第二王子も、ずっと大事にする気はないと示し続けていたのだから。
ギルスティア連合国の代表のひとりが捕縛されている以上、何があっても彼ひとりに責を押し付けれる状況でもある。
焚きつけておきながら上手くフォロー出来なかった私にも問題はあるけれど、立ち回り方を誤れば祭典期間中ずっと呪術士に翻弄されただけになっていただろう。
最後に決定を下したのは彼自身だ。どういう結末を望むかはちゃんと頭の中に描いておいてほしい。
彼が最終目標を定まらなければ、過程もまとまらない。
無言のまま時間だけが悪戯に過ぎていった。
「マコト」
この沈黙を破ったのはレオルドさんだった。
沈痛な面持ちの三澄君に向けられた彼の眼差しは、真剣そのもので。
「あんたの失墜させられた外交的な評価は取り戻せない可能性が高い。だが、これからの行動によってはそんなもんよりもデカいもんが手に入るだろ」
「……何を…?」
迷子の子供のような表情をした三澄君がレオルドさんと視線を交わす。
「“貸し”だ。それも相応の立場にある連中へのな。ちなみにあんたはアスリズド中央国にデッカイ貸しが既にあるぞ。で、セルバイド王国の第二皇子とドラスティア国の議員との縁も得た。後はこれを切らせないためにうまく立ち回るだけだと俺は思うが?」
光明を得たと彼の心に炎が宿り、それにレオルドさんはやれやれといった表情を浮かべた。
今更なスキルレベルの評価基準
lv.1~4:初心者から中級者(E~C級冒険者)
lv5:上級者(一流扱い/C~B級)
lv.6~8:超一流(A級)
lv.9・10:超越者(バケモノ扱い/A~S級)
つまり、レオルドは身体強化と直感がカンスト状態なうえに、格闘術や体術も高レベルを保持するガチモンのバケモノです。ルナと出会う前からS級冒険者やれるだけの強さを持っていますが、ランクアップするのに色々と制約があるのでA級に留まっています。
因みにレオルドとルナが戦ったら十中八九引き分け、もしくはルナが勝ちます。
これだけの戦力差を引っ繰り返せるほどに固有スキルは強力で、S級冒険者になれる人達の殆どは固有スキル所持者です。
真は呪詛の影響と元来の楽観主義な部分が相互し、思考が甘くなっています。あと、ネタバレになりますが、話題に出てきた固有スキル以外の通常スキルを持たないクラスメイトに片思いした彼は告白する前に失恋した。不憫。
2025.7.13
加筆しました。