54.静かなる怒り
「さて。話は済んだようじゃから本題に移らせてもらうぞ!という訳で、ミスミ宰相よ。策はあるのか?」
「ですから!何で僕なんですか?!」
当然と言わんばかりに丸投げするレズリー様に三澄君が素で吼えた。
何故も何もなく、この役は三澄君しかいないと思う。
「このふたりの能力を貴方以上に把握している者がいないのですから、しょうがないですよ」
ウィリアム様が言う事も一理あるが、この中で彼だけが外交の場において評判を下落させられたのだ。
そして、それを理由に掲げてこの二カ国を仲間に引き込んでいる。
三澄君がせずして誰がするというのか。
「僕だって知らないですよ!鈴木さんなんてスキル構成一体どうなってるのさ!?」
「だそうです。作戦を立てるために大まかにで良いので、出来る事を教えてくれる?」
問いを投げ掛けたウィリアム様だけでなく、レズリー様やエマさん。果ては騎士団長さんに晴明君や三澄君までもが私に期待の眼差しを向ける。
仲間内で能力の情報共有をする。これは冒険者が合同クエストを受ける際にはよくある事。
でも、普通ではない私が開示できることはそう多くなく、範囲を絞れば矛盾や疑惑が生じるだろう。
レオルドさんが「やめろ」って視線で語りかけてきているから言う気も端からないけれど。
最悪、欠損治癒が出来る事バレるかもだし。
「…黙秘権を行使させて頂きます」
「教えてくれないと作戦を立てようにも立てられないよ?」
そう返されるよね~……どうしたものかな…。
う~ん…思い浮かばない……。
言い訳に頭を悩ませているとレオルドさんが自身の存在を主張するように一歩前へ出る。
「横から発言失礼しますが、上の者が策を教授し、下の者が完璧な舞台を整える。そのために私達がいるのです。些末な事は考慮に入れず、望む結果だけを提示して下さい。必ずご希望に沿う道筋をご用意しましょう」
大言壮語としか思えない持論を堂々と豪語する。
これに一同は微苦笑や困惑を露わにした。
「しかし…」
何かを言い淀むウィリアム様の言葉に被せるようにしてレズリー様が切り込む。
「ならば、呪術で相手を呪う事は出来るのか」
と。
その瞬時にレオルドさんからのアイコンタクトが向けられる。
“出来るか?”
“…出来ると思う“
“確実にしてくれ”
“うん。わかった”
確認を終えてすぐさま彼の視線が私から外れた。
「時間を頂けるのでしたら、彼らを呪い殺すことも可能かと」
藁人形に釘を打ち付けて人を呪い殺すよう、日本の知識を用いて呪術で再現する。【天眼】で逐一術の経過を確認すれば失敗もないはずだ。髪や爪などの人体の一部が必要だからそれを入手する方が大変だと思う。
失敗を微塵も考慮せずただ成功への算段を付け始めていく。
が。
「ならば、今この場で呪術をやってみるが良い」
数日前まで存在すら知らなかったスキルを発動できるなどと簡単に受け入れられるはずもなかった。
大口を叩いた割に、今の私のステータス画面には『呪術』の文字は表示されていない。
この呪術を実行するには色々と事前準備が必要だけど、それを理解してもらうには固有スキルの詳細説明が必須である。
しかし、それは出来ないのだ。
ならば、私は今からぶっつけ本番で呪詛を扱えると証明しないといけないのだ。自分とレオルドさんの為に。
それに私のスキルを秘匿するためとはいえレオルドさんにあそこまで言わせたのだ。これで出来なかったら笑い者になってしまう。何としても成功へ導かないと…!
「かしこまりました」
心臓が今までにないほど脈打ち、手も足もガクガクと震える。やらなくちゃいけないと思うほどに緊張は跳ね上がる。
焦らず慎重に事を進めれば、問題なく発動するはず…。
深呼吸を数回繰り返して、まずは【天眼】を発動する。
そして【贈与】も意識して。
「呪詛の核を魔力で生成。次に呪詛の付与を…」
やり方は付与魔術に類似している呪術。
しかし、これはあくまでお酒などの付与対象がある事が前提で。
「三澄君。その紅茶を貰ってもいいですか?」
「う、うん。もちろんいいけど」
「ありがとうございます」
両掌でティーカップを包み込み、性質変化させた魔力を紅茶に溶かし込んでいく。
【天眼】で一切の無駄なく、完璧な呪詛となるように。
そうして暫くの後。
「出来ました」
摂取すれば、心神耗弱状態に陥る呪詛が完成した。
ティーカップをソーサーに戻して視界に入るようにテーブルの真ん中に置く。
鑑定が出来る人財はこの場に晴明君と三澄君のふたりだけ。
「かんっぺきな呪いだねぇ」
「はい。間違いなくこの紅茶には呪詛が掛けられています」
私の鑑定にも呪詛と記載されているから嘘偽りなく、【天眼】を発動しているために凶悪さが段違いだった。
そして、私のステータス画面には“呪術lv.1”の表記が追加された。
「呪術で呪術士と黒幕を呪殺するにあたり、“藁人形”を使用した呪術を実行しようと思いますが、よろしいですか」
私が思い出せた呪術は数少なく、出来そうなのが藁人形を使う方法だけ。
となると、可及的速やかに呪術のレベル上げを開始して、その間に晴明君達に髪か爪を探してもらおう。
…これなら晴明君に魔術契約をしなくても良かったかも。
冒険者ギルドで買取に出したら、結構な値段が付けられたはずのA級魔獣の素材を無駄にしたと少し後悔した。
一方、実践するように命じたレズリー様は瞠目し、身体を硬直させていたが、私の問いかけで正気を取り戻して複雑に顔を顰めた。
「…殺すのは無しだ」
引き絞るような声で作戦の打ち止めが告げられた。
呪術を用いた作戦はされないようだが、能力への信頼を得る事には成功と思う。
所持スキルの概要に考えが及ぶような危ない橋を渡った見返りとしては些か不相応だと言わざるを得ない。
「では、いかが致しましょう?」
レオルドさんが問いかけた。
「不審死が起これば、真相解明のために長期拘束を余儀なくされるぞ。となると、自白させる一択だ!」
レズリー様から力強い方針の宣言がなされた。
藁人形に込める呪詛をそういう方向のイメージを込めれば問題なく行えるはずなんだけどな。望んでないなら仕方がない。
自白を誘導するのに手っ取り早い方法だと、あれかな。
「心筋梗塞での死亡偽装や植物状態にすることも可能ですので、一考ください。それと自白剤でしたら、何種類か用意があります」
「何を…いやそれよりも、何故そんなものを持っているのです!?」
ウィリアム様が驚愕の声を上げた。
昔に調薬スキルの練習と単なる好奇心を欲望のままに突き動かした結果、バリエーション豊かな自白剤や毒物が完成したのだ。終ぞ陽の目を観なかったポーション達が遂にお披露目の時を迎えるのかと思うと感慨深い。
純粋にどれくらいの効果があるのか気になるのだ。
しみじみと噛み締めるルナには方々からの恐怖の眼差しが突き刺さっていた。
「無味無臭で透明な液体以外にも、わっかりやすく薬品ですと主張する物や鼻からの吸引で遅れて効果を発揮する物までありますよ。どれにします?」
「…随分と乗り気ではないか?」
レズリー様が怪訝な表情を浮かべた。
ルナは非常識で底が知れない、油断ならない少女。
レズリーはそう捉えている。
が、同時に子供らしい幼稚さを兼ね備えていると認識している。そこが欠点であり、良い点だとも思っているのだ。
それがどうしてこうも過激で非道な提案を、喜色の雰囲気を孕ませてするのか。
それとは対照的に表情はドールのような“無”が支配しているのか。
ルナの言動全てがレズリーに違和感を抱かせていたのだ。
「やられたからやり返してやりたいと思う事はそんなにおかしな事ですか?相手の事を許せないと私が怒るのは変ですか?」
三澄君に言ったように、私はムカついている。
それが積極的にさせているのだ。
「…本当にそれだけか?そなたは何もされていないではないか」
でも、だけでは説得力に欠けるようだった。
確かに私自身に実害があった訳ではないけれど。
でも、レオルドさんは呪詛の餌食になった。
自己責任といえばそうかもしれないけれど、自分がもっと結界魔術のスキルレベルを上げていればと後悔が押し寄せるのだ。
この不甲斐なさが心に燻って消えなくて、それがイライラに変わって。
感情の矛先を呪術士達に向けていないと、私の中の何かが壊れてしまいそうだ。
「ただの結果論ではないですか。危険性は常にあったのですから」
「それはそうだが」
「領土侵攻してきた他国に領民は殺していないから良いだろうと言われて、はいそうですね。と納得するんですか?」
少し語気が強くなってしまったが、八つ当たりは彼らだけにしないと。
当のレズリー様は気にした風もなく、納得顔を見せる。
「しないな!」
「そういうことです。というわけで、一分の隙もない完璧な策を期待していますよ。三澄宰相閣下」
ニコリとした笑みを三澄君へ寄越すと、遠い目をして「そっか…結局そうなるんだあ……ハハハ………はぁ…」と嘆くのだった。
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