53.契約魔術
四か国会議から数刻。
ドラスティア国の客室にはばつの悪そうな表情をする三澄君と補佐官君がいる。
アスリズド中央国の面々はこの場にはいない。
「やっほー!鈴木さん、真ー!特に真は数年ぶりくらいだよねぇ!」
その代わり、にっこにこの晴明君とその仲間の姿があった。
なぜ彼らを呼んだかというと、帰る時にあの扉を通ったことで彼らも呪詛に浸食されており、尚且つ役に立ちそうだったからだ。
これに関しては一定の反論があった。
主に、クリスルレ国側に付く人間として信頼に値しないという理由で。
であるならば、信頼できる立場にすればいい。
「晴明君にとってもお得なお話があります。聞きますか?」
「何それ!聞きたい聞きたい!」
「なら、これにサインをお願いします」
私が魔道鞄から取り出したのは一見ただの丈夫そうな羊皮紙。そこには無駄に難解で遠回しな契約内容が書き連ねてある。
それを彼は確認することなく「うん?いいよー!」と安請け合いしてサラサラと記入していった。
それを確認して他の三人の前にも同様の内容の羊皮紙を準備し、「絶対に損はさせませんよ?」と言えば、何の躊躇いもなく彼女らも名前を記入した。
全て回収し終えて確認を済ませる。
一応念には念を入れて鑑定結果と記入名が違わないかも確認して。
内心ほくそ笑んだ。
「“鈴木三日月”の名において契約を締結す。故に、如何なる時も反故となる事象を我は望まず…」
朗々と口上を羅列していく。
そして、それらの文字が空中で旋回を繰り返しては羊皮紙へと吸い込まれていった。
全ての工程が終了した後に残るは契約済みの四枚の羊皮紙のみ。
「終わりました。ポーションを飲ませましょう?」
誰にともなく声を掛けたが、反応がなく行動に起こす者は居なかった。
仕方なく魔道鞄から取り出した万能型状態異常回復ポーションを晴明君達に手渡して飲むように指示を出す。
拒否することもなく、ただ言われた通りにポーションを飲み干した四人は暫くの間呆然としていたが、すぐさま自分達の行動の意味を察したのか、百面相を始めた。
晴明君達と交わしたのは『魔術契約』と呼ばれるもので、今回は付与魔術を用いた方法で行った。
羊皮紙に名を記入した者は絶対に契約を履行しなければならない。
付与魔力の消滅か、羊皮紙の破損。もしくは契約を破棄するだけの魔力を羊皮紙に注がない限りずっと。
今回使用した魔獣素材は私の手持ちの中でも高ランクに位置する物を選んだ。
魔力は軽く数年は持ち、それだけ破棄に必要な魔力量も桁違い。耐久性能も一級品。
無意識に口角が緩む。
「ご気分はいかがですか?」
私の問いかけに彼女らは気丈にもこちらを睨みつけた。
「よろしくないわ!私達を開放なさい!」
「そうです…!あたちたちがなにをしたです…?!」
「今でしたら、一人頭賠償金一千万リグで許して差し上げましてよ…?」
口々に反抗を示す彼女達。
一方で晴明君は口を開こうとはせず、冷静に状況把握に動いていた。
空気を読むことに長けている彼らしい。
「何か言い返したらどうですの!?それとも言うべき言葉をお持ちでないのかしら!」
彼の次の行動に注視していた私に痺れを切らしたマリアさんが私に掴みかかろうとソファから身を乗り出した。
しかし、彼女の手が私に届く前に晴明君が待ったをかけて、彼女はそのことに怒り狂う。
「セイメイ!この女は私達の同意なく魔術契約を行ったのよ!?これは犯罪で許される行為ではないわ!」
「…そうかもしれないけど、話を聞きたい。…ねぇ、ルナちゃん。これには理由があるんだよね?」
「はい。でも、詳細は省きますね」
「な、そんなの納得できる訳…!」
「それでもいいからお願い」
呪術士が無差別に呪詛を振りまいている事。それに巻き添えとなっていた事などだけを話し、各国の重役や王族まで絡む大事になっている事は隠しておく。
北側に国土を構え、ギルスティア連合国と国境が接しているクリスルレ国までもが出張ってくるのは相当不味いらしい。特に招待客として来国しているザンニ・セキナーストとかいう人は、金魚の糞のようにお零れを貰おうと纏わりついて来ることで有名なんだそうだ。
今回の件なんて格好の餌だろうとウィリアム様まで即答するほど。
魔術契約には情報秘匿の文言も記載しているため問題ないだろうが、念の為の措置だ。
まとめには、証拠がないからどうにか尻尾を出させたい旨を伝える。
そうすれば、晴明君は「なるほど…」と呟き、納得顔をした。
しかし、マリアさん達は腑に落ちないと言いたげにしかめっ面をしていた。
「話は分かったんだけど、契約満了のために僕は何をしたらいいの?」
「それに関しては私ではなく、計画立案兼実行を担当する三澄君に聞いて下さい」
「えっ!僕?!」
「はい」
唐突に名指しされた三澄君は素っ頓狂な声を上げた。
「真。早いとこ指示出してくんない?僕は僕でそこそこ忙しいんだよねぇ」
「いや……えっ…?マジで……?」
三澄君は戸惑い気味に視線を泳がせた。主にレズリー様とウィリアム様。となぜか私。
歯切れ悪く指示のない状況に微妙な空気が流れる。
「私はこの女の口車に乗せられて利用されるなんて、まっぴらごめんですわ!こちらに契約書を渡しなさい!」
このやり取りに我慢が限界を迎えたマリアさんが私の持つ羊皮紙に手を伸ばして四枚とも奪い取った。
そしてそれを破ろうと前後に紙を引き裂く動作をした。
が。
「な、んで…破れないのよ…?!」
マリアさんだけでなく、エリスさんやアーシャさんも同様にして破こうとしたり、ナイフなどの武器で切ろうとしたがまったく破損する気配がない。
あの手この手を使っているが、無駄に体力を消費するだけなのでぜひ諦めて欲しい。
「破れる訳がありません。それはA級魔獣の素材から出来ていますので」
「嘘よ!」
「ハッタリも、ここまでくれば…大したものです、ね……!」
「ぜったい、やぶるです!」
まったく信じようともせず、彼女達は果敢に羊皮紙へと挑んでいく。
しかし、本当に契約書の破棄が彼女達に出来るはずがないのだ。
ステータスが圧倒的に足りていないから。身体強化lv.10のレオルドさんだったら、素手で破けるかもしれないけれど。
悪あがきをしている間に晴明君は自分の契約書の内容に目を通していく。
彼女達が断固拒否を示すほどの内容にはしていないから、いくら読み込んでも非人道的な文言は見当たらないはずだ。
真っ白かと聞かれれば決してそうとは言えないが、ブラックな内容では断じてない。
「ねぇ、ルナちゃん。ここに報酬をひとつ授けるって書いてあるんだけど、これって何でもいいの?」
今回の依頼報酬として金銭ではなく、現物での納品が記載されている。
働いてもらうのだから相応の対価は必要なのだ。
レオルドさん達には「万能型ポーションで十分過ぎるくらいだ」と説得されそうになったけども、魔術契約を一方的に交わす賠償の意味もあるため渋々引き下がってもらった。
私情が圧倒大部分を占めているけど。
「私に用意出来る物でしたら何でもいいですよ」
「本当?!じゃあさ、それって魔道鞄でしょ?それが欲しいな!」
そういって指差したのは、私がポーションや契約書を入れていた魔道鞄だった。
「…これですか?」
「そうそうそれそれ!」
肩に掛けている鞄を手に取って持ち上げて尋ねれば、同意が返ってきた。
容量は以前レオルドさんが持っていた物と同じ。時間停止もなければ、沢山収納できるという訳でもない。
そして、これはまだまだ時空魔術の収納に在庫がある。
人件費としてこれは安めだろう。
「流石に中身は上げられませんが、魔道鞄だけでしたらいいですよ」
「本当っ!なら喜んで協力するよ!」
「交渉成立ですね。晴明君」
「よろしくね!」
晴明君に乞われて交渉成立を証明するように握手を交わす。よほど嬉しいのか腕をぶんぶんと上下に振って。
それに気が付いた三人は疲労を見せつつ不満を漏らす。
「その魔道鞄がどの程度の性能かも分からないのに、安請け合いしてはダメでしょう?」
「でもエリス。僕の鑑定には中程度の容量って出ているよ。確かこれくらいだと一千万リグはするんでしょ?」
「えっ…えぇ。そうですね…」
「なら、この依頼で魔道鞄が報酬として貰えるとしたらお得じゃない?」
「お得……。ええ!割が良くってよ!」
エリスさんはさっきまでの不満顔が嘘のように爛々を通り越してギラギラと目が光り始めた。
色っぽいお姉さんなのに、お金…というか、得をする事に目がない人なんだなと少し引いた。
他のふたりも視線が魔道鞄と仲間達を行ったり来たりしていた。
これはもう完全に交渉成立かな。
「それでは協力してもらうという事で、軽く自己紹介と行きましょう。こちらが私がお仕えするドラスティア国の代表、レズリー・バーン様と奥様のエマ様。そして隣がセルバイド王国のウィリアム第二王子殿下。で、こちらがセイクリッド勇王国宰相閣下のマコト・ミスミ様です」
呼ばれた人たちはそれぞれ会釈をした。
うん。なんか、すごいメンツだなって今気が付いた…。
「わぁお!大物ばっかりだね!」
「はい。言葉遣いに気を付けて下さいね」
「りょーかい!」
うん。緊張感の欠片もないね。その事に私はびっくりだよ。
こういう反応が異界人は非常識という評判に繋がってる気がする。風評被害を被る身にもなって欲しいよ、まったく…。
晴明君の反応に呆れてこっそりと小さな溜息を吐いた。
木曜日は投稿ミスをしていました。申し訳ないです…<(_ _)>
魔術契約のやり方は大きく分けて二種類。
ひとつは、付与魔術スキルを用いた方法。
もうひとつは、契約魔術スキルを用いた方法。
違いとしては契約魔術スキルだと契約内容の遂行が確約される点です。不履行が絶対に不可能です。
真も晴明も一人称は「僕」だけど、真は言葉尻が硬め。
晴明は口調がユルイ。ハーレム築いているだけあってチャラめだと思って頂ければ分かりやすいかも。
アーシャは茶髪緑眼で低身長の可愛らしい少女。実はドワーフ。
エリスは青髪青眼の大人の色気漂う女性。守銭奴。
マリアは赤髪橙眼にツリ目のツンデレ。お嬢様だけど常識人。