52.御対面
ドラスティア国からの情報共有だけで午前の会議が終了した。特に有益な情報が得られるわけでもない。
ポーションの話題が降られる事もあったが、その度にレズリー様は曖昧に笑うまでに止めていた。
昼食休憩を設けた後、対策会議を再開する旨が通達されている最中に扉の向こう側が騒がしくなった。
進行役をしているリューズ様は完全に無視を決め込んでおり、何事もないかのように話を続けていく。
ただ全員が説明だけに集中出来るかというとそんなこともなく、喧騒が近づき大きくなるにつれて気も漫ろとなる割合が増えていった。
「リューズよ。この騒ぎに関して思い当たる節はあるか」
「申し訳ございません。今確認させます故、少々お待ち下さい」
「うむ。頼んだぞ」
リューズ様が視線で合図を騎士達に送り、彼らが扉から退出していった。
しかし、声が止むのを待つことなく説明は開始された。
これには苦笑を浮かべる者と不快を示す者とに反応が二分した。
それが見えていないかのように話題はどんどん進められていく。その間にも扉から聞こえる喧騒は収まるどころか徐々に酷くなっていった。
ようやく解散となった。
と、ほぼ同時にここまで閉じられていた扉がバンッッ!!と勢いよく開けられた。
そこに、いたのは。
「私達クリスルレ国を除け者にして何を企んでいるのか!ぜひとも聞かせてもらいたいものだな!」
呪詛に侵されたクリスルレ国代表責任者ザンニ・セキナーストとお付きの者達。
その中には晴明君とその仲間達もいた。彼らは緊張した面持ちで不安げに瞳を揺らしていた。
そして。
「僕も混ぜろ!自分達だけが得をしようなどと許されるはずがないぃ!」
クリスルレ国代表と同様の状況に陥っているギルスティア連合国元ディアダスト国王、ダンバ・ディアダスト・メト・ギルスティア。
その後ろには今回の首謀者と犯人である、ケンタウロス族族長と呪術士が控えていた。
【名前】ソーレン
【種族】ケンタウロス族
【レベル】lv62
【固有スキル】なし
【スキル】体術lv4
槍術lv5
身体強化lv3
自然治癒lv6
時空魔術lv3
付与魔術lv3
水魔術lv3
疾駆lv4
解体lv.6
歌唱lv3
直感lv3
【加護】なし
【名前】ゼータ
【種族】人間
【レベル】lv73
【固有スキル】なし
【スキル】自然治癒lv7
風魔術lv4
土魔術lv3
呪術lv.3
調薬lv.2
料理lv1
罠lv6
解体lv.3
直感lv.3
【加護】なし
私は客間を出てから今に至るまでずっと鑑定を発動し続けている。だからこそそのふたりの存在にいち早く気づき、すぐさま警戒を強めた。
闖入者の、しかもギルスティア連合国関係者が乱入してくれば自ずと警戒心を持つのが当たり前で。
室内全体の空気が張り詰めていった。
それに気づかないのは、開口一番から非難轟々なふたりだけ。
「…セキナースト殿、ディアダスト殿。現在我々は四か国による会議を行っていた所ですが、貴方方を招待した覚えはありません。些か無礼が過ぎるのではありませんか」
リューズ様の瞳が怒りで塗り潰されていたが、どうにか表面上は取り繕っている。
それに気付こうともしない彼らは巨体で床を鳴らしながら距離を詰めてくる。
「無礼!?私達を陥れる企みを未然に防ぐことの何が無礼か!!?!??」
「そうだ!僕に!僕に従えぇぇ!!!」
こちらとの意思疎通が出来ているとは到底思えない。相当強力な呪詛を仕込まれているのだろう。
レズリー様やウィリアム様、三澄君も不快を通り越して同情や憐憫の視線を送っていた。
それが癪に障ったのだろう。
「僕を、僕を!そんな目で見るなぁぁあああぁあああああ!!!??!??」
目が逝っている元ディアダスト国王が三人目掛けて拳を振り上げて突撃してきたのだ。
そう易々と自身の主人に危害を加えさせる事はなく、レオルドさんが間に入る。
「邪魔だあああぁああッッッ!!!」
雄叫びを上げながら殴り掛かってきた元ディアダスト国王の拳を受け止めたレオルドさんはそのまま背後に回り込み、腕を捻り上げて足を払い、跪かせた。
彼の拘束から逃れようと「離せ!離せ!?僕が誰だか知らないのか?!ディアダスト国国王!ダンバ・メト・ディアダストであるぞ?!」となおも叫び続け、暴れている。
呪詛に侵されているとはいえ、事情を把握していない者から見るとただの御乱心である。
そして、この場にはその知らざる者達の視線が多く存在している訳で。
「今回の暴挙に対してアスリズド中央国から貴国へ抗議を入れさせて頂きます。この者は牢屋へ繋いでおけ。ただし、一応賓客であるため丁重に対応するように」
リューズ様の命令に「はっ!」と返答した騎士達が元国王を連れて部屋を後にした。
その一部始終を見ていたクリスルレ国代表は顔を青褪めさせて後退っていた。
しかし、同国の者が捕縛される光景を見ていたとは思えない視線を後ろのふたりは向けていた。
族長さんは侮蔑を。呪術士には好奇が。
それがとても不快でならない。
「お二方にも事情聴取をさせて頂きますので、後程騎士が伺います」
リューズ様の言葉に彼らは面倒だという感情を隠そうともしなかった。
そしてあろうことか。
「それは必要か」
「そうですねェ。別にあれは仲間という訳でも何でもないですしぃ。好きに処罰してもらってもワタクシ共は困りませんので、どうぞどうぞ!」
「そういう事だ。我らに協力する義理はない。では失礼する」
「ワタクシもこの辺で…」
こちらの話も聞かずに話を切り上げて踵を返し、扉に手を掛けた。
それを慌てて残っていた騎士達が制止しようと立ちはだかるが、彼らが他国の賓客であるという事実に躊躇いが生じている。
「勝手にされては困ります。それに…」
リューズ様も制止を呼びかけたが、途中で言い淀んだ。
それもそうだろう。普通であれば、自国が不利益を被らないように交渉の場に自ら就く。それを二人は放棄した。
それはアスリズド中央国の好きに判決を下して、判決に応じた賠償を四カ国からギルスティア連合国に請求してもいいという事。
吹っ掛ける事も、戦争の火種にする事もやろうと思えばできてしまう。
一体何を考えているのか。この人達は。
「言いたい事があるならばはっきりと言うが良い」
「…今回の件はアスリズド中央国だけではなく、六カ国間の問題です。その事を重々承知の上でもう一度判断するべきかと」
リューズ様の純真たる優しさで齎された最終通告を前にふたりは「必要ない」とだけ残して退出していった。
純粋に政に興味がないのか、理解したうえでの判断なのか。見当が付かない。
姿のない扉をただただ眺める。
ここに戻ってくることはないと理解していても、得体の知れなさに背筋がぞわぞわとして落ち着かないのだ。
一方、リューズ様の采配によってクリスルレ国一同も一時謹慎を言い渡され、その後処分が下されるという。
そして、室内に四か国関係者のみになってすぐに昼休憩の撤回が通達され、そのまま会議が開始された。
これまでアスリズド中央国側は三カ国に対していかに不利益を軽微に出来るかという事に重きを置いていたと思われる。しかし、ここにきて元凶がボロを出し、あまつさえ弁護権を放棄したのだ。これほど都合の良い事はなく、意気揚々と元凶へ敵愾心を向けた。
そして、驚くほどに反対意見は上がらず、三カ国は便乗した。
なぜなら彼らが望むは外交関係の現状維持だったから。
結果、ギルスティア連合国に賠償責任を果たさせる事で幕引きとする可決がなされた。
既に彼らの中で今回の一件は終わった出来事として流されたのか、話題は今後の情勢に移り変わっていった。
ギルスティア連合国の内部が荒れるだとか、クリスルレ国の賠償もどうするとか。
この急過ぎる話題転換で眉間に皺を刻むのは二カ国。嬉々として安堵を表すのは二カ国だ。
今、この場においてそんな事どうでもいいはずだ。
私だってどうでもいい。
あの黒幕に。あの呪術士達に。鉄拳制裁を食らわせてやりたいと心の底から思うもの。
一国の責任者としては今後を見据えなければならないのに。最重要事項として呪術師の対応策を講じることが議題になってたにもかかわらず、彼らがもう何もしないとなぜ高を括る?
呪術スキルの詳細を未だ掴めていないのに?
今はまだ直接的な接触が必要だが、スキルレベルが上がれば上がるほど可能な範囲は広大になっていく。ならば、遠隔での強力な呪詛が私達に降りかかるかもしれない。その推測に辿り着かない訳がないのだ。
それなのになぜ、放置を選択する?
確かに処罰にあたる何の証拠も実証もありはしない。
あるのは、【天眼】での鑑定結果だけで、制約を課す事も出来ない。
どうするのだろうか…。
国としても個人としてもこの判断に理解も納得もすべきじゃない。
しかし、この感情を吐露してもいい立場にも、行動を起こしていい権利も私はない。我慢ならなくても、飲み込まなくてはならないのだ。
表情を無に繕って。
言葉に出来ない蟠りを無視して半ば雑談と化していた会議の終了を待つ。
肩の荷が下りたからなのか、話が長引く。
やっとの事で解散が告げられたのは、お茶会を開くにちょうどいい時間帯となっていた。
退出の間際、三澄君が私の真横を通るように距離を詰めてきて「セイクリッド勇王国としては今回の一件をこれで収められたっていうのはすっごくありがたいよ。鈴木さんには本当に感謝しているから、また何か違う形でお礼をさせてね」と囁いて去っていった。
何が有難いのか。ただ問題を先送りにしただけでしょう?なぜ違和感を察知できないの?
反発心を募らせつつも、続いて扉を潜った。
ピリピリとた空気を纏うレズリー様達やセルバイド国の面々と共にドラスティア国の客室へと戻り、待機組へ簡素な報告がなされた。
最終的な決定路線についての報告が進むにつれて、みるみるうちに険しい表情へと変わっていく。
これが国を想う人々にとって当たり前の反応。
一通りの報告を終えたレズリー様はソファに腰かけ、腕を組んだ。
「…ミスミ宰相やリューズの言動が可笑しかったのも、呪詛か」
誰にともなく問いかけられた。
しかし、その回答は実質私へと向けられたもので、方々からの視線が突き刺さる。
最近の傾向からしてこうなるだろうと、警戒を怠らなかった自分を褒めたい。
「…はい。退出時に扉の所にこの粉が撒かれているのを発見しました。作用は思考鈍化と快楽を与える事だそうです」
収納から取り出したのは粉末の入った小瓶。
この世界では“魔薬”と呼ばれる物と似た作用に、今までにない効果と形状。
魔薬は大陸のほぼ全土で輸出入・栽培禁止薬物に指定されている。だが、これは魔薬取締に抵触しない代物。
扉脇に撒き、風魔術で部屋内に行き届かせたのだろう。粉末状だからできること。
誰にも知られることなく、簡単に正気を奪える。
各国で議論を重ねるべき重大事項の発覚である。
事態の深刻さにどんどん表情は険しさを増すばかりで。
「敵の計画は次のフェーズに移ったという事でしょうね」
「そう捉えられると思われます。そして、あの場にいた呪術士は呪術スキルのレベルが3で今までで最も高かったです」
「だから、か…」
室内に重い沈黙が落ちる。
しかし、事は急を要していて時間は待ってくれない。
「セイクリッド勇王国とアスリズド中央国の人達を招集し、呪詛を解きましょう。話はそれからかと」
「…そうだな!とりあえず、ミスミ宰相を呼ぶか」
各々が思い思いの返事をして行動に移していく。
私がすべきはレズリー様に解呪方法の指示を仰いで準備するだけ。やはりというべきか「ポーションに決まっておる!」と返答があったのだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
結界魔術で覆われている人達は呪詛の影響を受けていません。真が結界を張られていない理由は依頼されていない事と、依頼達成後にレズリー達から報酬を受け取るのに、一リグも貰わない相手を贔屓するのもな…とルナが考えたからです。
会議シーン…。人が多いとそれぞれに上手いこと見せ場を持って来れない…。
おかげで真は最初以外ずっと台詞なし…。何も情報共有できるような事がないから、無駄口を叩かなかっただけ。という言い訳を一応用意しています…!