51.一芝居打った後に四ヵ国会談を
昼食を挟んだその日の午後。
備え付けの応接室にはレズリー様とウィリアム様、三澄君という三カ国の重鎮が勢揃いしていた。
私と三澄君が仕返しをするためには到底三人では成し遂げられない。そのため今この問題に頭を悩ませ、解決へ向けて動いている各国を利用してやろうという事になった。
かくして集結した面々は三澄君が襲撃した事実を知っているので、ピリピリとした緊張感が張り詰めている。
その空気を壊すように三澄君は立ち上がった。
「この度はバーン夫人に攻撃魔術を放ったこと、大変申し訳ございません」
謝罪の言葉を口にしてエマさんに向け、最敬礼をした。
セイクリッド勇王国において実質ナンバー2である彼がドラスティア国の現議員夫人とはいえ、元冒険者であろうエマさんに深々と頭を下げるなど宰相にあるまじき行為である。
この非常識ともとれる対応に一同、面を食らっていた。
「お詫びと致しまして、貴方に対してセイクリッド勇王国宰相である私が出来得る限りの便宜を図らせて頂くことをここに宣誓致します」
最敬礼の体勢のままなおも言い募り、その好待遇さに誰もが目を見張る。
その姿を見て宰相っぽいことしてるなぁ…と彼の事を少し見直した。国を出た時の、力を持て余して驕っていた姿はそこにはなかった。
アスリズド中央国の怠慢とギルスティア連合国の凶行の被害者であるはずの人物から、思いもよらぬほど多大な謝礼にエマさんは戸惑いを隠せないようで瞳を泳がせていた。
「…頭をお上げください。謝罪を受け入れます」
「感謝致します」
許可が下りてようやくゆっくりと最敬礼を解いた。
「失礼を承知で申し上げますが、私に力を貸して頂けないでしょうか?」
「…何に対してだ」
「黒幕を断罪するために」
真摯な表情で告げる三澄君に疑いの視線が突き刺さる。
しかし、彼が怯むことはない。
そこには未熟ながらも威光を放つ姿があり、さっきまで私と会話をしていたのが嘘であったかと錯覚するほどで。
彼が遠い存在であると、再認識するに充分だった。
「呪術士の裏で誰かが暗躍していると言いたいのか?」
「その通りです。しかし、その者は間接的にしか関与しておりません。罪に問うには些細なことのみに」
「…誰なのだ」
「ギルスティア連合国のもうひとつの民族。ケンタウロス族の長にあたる者です」
「ケンタウロス、だと!?」
驚愕と在り得ないという常識的思考により三澄君は睨みつけられ、緊張が一気に高まる。
やはり、レオルドさんが言っていたようにケンタウロス族は伝説上の生物で、信じるには荒唐無稽な存在なのだろう。
痛みを伴うかのような沈黙がその場を支配した。
「…ルナよ。事実か」
埒が明かないと判断したのかレズリー様が問いかけ、今度は私に注目が集まる。緊張感で冷や汗が背中を伝っていく。
嘘を吐いてもきっと露呈する。
ならば、早々に肯定し謝罪をしてしまった方が叱責は少なくて済む。
「…はい。申し訳ございません」
「知っていたのか」
今すぐ逃げ出したい。けれど、それは出来ない。
続く言葉をただじっと待った。
「お待ち下さい。【天眼】が代償なしに発動できると勘違いしていませんか?」
会話に割って入り、私を擁護する疑問を呈したのは三澄君だった。
一体、何を言うつもりなのか。
「…【天眼】所持者を他にも知っている。不利性も理解しているつもりだが?」
「そのようには感じられませんね」
「何が言いたいのだ」
「彼女を責めるのはお門違いだと」
頼む側だというのに、口調が強い気がする。
とても嬉しいし、ありがたいんだけど。私を庇うよりもレズリー様に自身の有能さを売り込んだ方が有益だと思う。
「取得した情報の報告は義務であろう」
「それが不確かでも?」
「どういう事だ?」
どういう事?【天眼】の鑑定結果が不確か…?
「私自身が【天眼】所持者だからこそ理解できるのですが。全ての鑑定結果を確認し終える前にスキルを強制終了させると意識も情報も混濁するのです。それは果たして報告すべき内容でしょうか?」
「そんなことは聞いた事がないが…」
私も聞いた事ない…。
今まで幾度となく使って来たけど、一度も情報が混ざるなんて事態にはなってない。強制終了自体したことももちろんない。
最初の頃に加減を誤って意識を飛ばしかけたことならあるけれども。
「スキルを秘匿することは何も不思議ではないと思いますが。冒険者であれ、貴族であれ、逆転の一手となるのですから。そして【天眼】の連続使用は使用者に負担を齎しますから、当然その分精度も下がりますよ」
「…」
申し訳なさそうな表情で正否を窺うレズリー様達。
もう一度断言するが、まったくそんなことは起こらない。
逆に私の方が申し訳なく思えてくる…。
「…言い出すことが出来ず、申し訳ございません…」
三澄君の話に全力で乗っかるけど。それはそれは申し訳なさそうに俯きますけども。
それを察した三澄君は慈悲深く私を見遣り、さらに言い募る。
「連日の【天眼】使用に、呪詛解呪への尽力。それに僕の鑑定を弾く魔術も展開している。はっきり言ってオーバーワークだよ、鈴木さん」
「そのような、事は……」
「ひとりで抱え込むのは良くないと思うよ?【天眼】所持者が二人に増えるから負担は半減できる。他にも出来る事があったら遠慮なく僕に言ってほしい。力になるから」
「…ありがとうございます。実は先日体調を崩してから調子が戻らなくて…」
私の嘘の告白に全員が罪悪感に塗られた表情となった。
悪役である私と三澄君が傍から見たら完全に被害者である。一芝居打ち始めた当の本人はとてもノリノリで楽しそうだったが。
罪悪感で押し潰されそう…。
私を気遣うような雰囲気を作り出した三澄君はそこからがすごかった。「流石宰相様!」と褒め称えたくなるほどだ。
私を出汁に使って。
「【天眼】は非常に便利な固有スキルですが、使いどころを失敗できないという緊張感も同時に孕みます。しかし、二人いればチャンスは二度、訪れますよ?」
と、笑顔で提言してた。自分はまったく発動する気がないのにだ。
あと「自分が矢面に立ちますから、是非に」という言葉が最終的な決め手となってレズリー様達は頷いてた。
最悪のケースに陥った場合、戦争が勃発するような外交問題へ既に達しているのが現状だ。
王都に来てすぐの頃、私の事を打ち明けた時に戦争は直接であれ、間接であれ、関わりたくないと言っていたなと思い起こした。
それを察知してか、はたまた為政者としての意見かは解らないが、見事に彼らが飛びつく条件を提示出来たなと素直に感心した。
密かな三国会談が問題なく終了すると、私は休憩を命じられた。さっきの「体調が優れない」というのが余程衝撃だったらしい。
ジュリアさん達だけでなく、レズリー様にまで気を遣わせてしまい、レオルドさんへ私の付き添いが命じられるほどだった。
私の眉がこれ以上下がることはないというほどに申し訳なさで下がりに下がったことは言うまでもない。
そして部屋に戻って着替え、最近やっと身体に馴染んできた使用人用のベッドで横になる。
それをレオルドさんは椅子に座って沈痛な面持ちで見つめてくる。
本当にごめんなさい。あそこで三澄君に乗らない選択肢が私にはなかったの…。
うぅ……ざ、罪悪感が………!
「ルナ、要る物があったら遠慮なく言ってくれ」
「うん…ありがと…」
「辛くなってもだぞ」
「…うん」
…何だか、申し訳ない気持ちも見つめられる恥ずかしさもあるけど。
でも、やっぱりなぜか嬉しいと感じてしまう。
いつかのように頬へ寄せられたひんやりとした掌が気持ちよくて。
心の中がポカポカふわふわした。
その優しい微睡みに身を委ねて、いつのまにか眠りに落ちていた。
建国・誕生祭十日目。
早朝から祭事期間に似つかわしくない空気が城内のとある応接室にて漂っていた。
その場にはアスリズド中央国・ドラスティア国・セルバイド王国の代表とその護衛や付き人。
加えて。
「先日に騒ぎを起こしてしまった事をここに謝罪致します」
セイクリッド勇王国宰相、三澄真。
後ろに控えるは唯一彼が信頼を寄せるリヒト・ブールライトという補佐官ただひとりで、居心地悪そうに身を縮ませていた。
その姿が怯える小動物を彷彿とさせる。ピリピリとした空気が張り詰めるこの場においては貴重な癒しだなと少しだけ私の心が和んだ。
そして、謝っているはずの張本人がまったく申し訳なさそうにしていない謝罪という奇妙な出来事が起こっていた。
予め色々と協力体制を敷くこととなったドラスティア国・セルバイド王国はこれといった反応を起こさなかったが、アスリズド中央国の、特にあちらの外交官は立ち上がって声高らかに糾弾する。
「我が国を侮辱しているのですか!皆さまも殺人未遂事件を起こした罪人だというのに、この態度を何とも思わないのですか?!」
同意を得るために身振り手振りを加えての被害者アピールに味方であるはずの同国人も含めた皆がうんざりしていた。
私から見ても胡散臭い以外の感想が出て来ないくらいには演技が酷い。
「思わんな。むしろそちらの不祥事を責任転嫁したいように映るが?」
「な、何を…?!」
「そうであろう?元を辿ればアスリズド中央国が安全対策を怠っていなければミスミ宰相は呪詛に侵されて暴走することもなかった。違うか」
問いかけの体を模した断定で非難するレズリー様に外交官は一瞬怯んだ。
彼が呪詛に掛かっていた事は報告に挙がっているのにこの抗議が出来るの、逆にすごいと思う。
だって、勝ち目なんてありはしないんだから。
「し、しかし!この罪人が他国の貴人に危害を加えようとした事実に変わりなく…」
「その貴人をそなたらが危険に曝している事実も変わらぬが?」
「そ、それは…!」
突き付けられた正論に反論の余地もなく、言葉に詰まった。
この程度で言い負かされるくらいの議論材料しか持ち合わせていないなら、初めから突っかかって来なければいいのに。
「我が国の者が大変失礼致しました。後程こちらから再度謝罪を致しますので、平にご容赦を。時間もございませんので、これより会議を始めます」
リューズ様が謝罪と共に進行を買って出て、各々が沈黙で肯定を示す。
その後ろで外交官は顔を怒りで赤らめて憎々しげにレズリー様を睨みつけていたが、どこ吹く風といった様子で意に介していない。
「初めに今ある情報を簡単にまとめさせて頂きました。
ひとつ。ギルスティア連合国の呪術士による攻撃を受けている事。
ひとつ。この犯行の被害者に関連性が見出せない事。
ひとつ。状態異常に対する対処法が存在している事。
ひとつ。今もなお、術に侵された被害者がいる事。
ひとつ。敵の目的が未だ把握出来ていない事。
以上です。他に何か掴んでいる情報があれば提供をお願い致します。…特に、ドラスティア国には回復方法の開示を要求します」
指名を受けたこちら側に視線が集中し、無表情なリューズ様の瞳にも得意げな色が宿っていた。
情報共有でドラスティア国のアドバンテージを奪おうって策略なのだろう。味方…とまではいかないが、共同戦線を張るにおいて足の引っ張り合いはやめて欲しい。
無駄だから。
「良いぞ?」
「そんなにあっさりと?」
「ああ。現状判明している呪詛の回復には、万能型状態異常回復ポーションが必要であるぞ!」
不遜な態度を取るレズリー様とそれに苦笑を浮かべるウィリアム様と三澄君。
それとは対照的なのが、アスリズド中央国の面々。
目を見開いて固まるリューズ様に一気に青褪めたニコラウス第二王子とザウス第三王子、他の人達も似たり寄ったりな反応を示した。
三澄君の補佐官君は小動物のように身体を震わせていた。
それだけ、万能型回復ポーションが希少で高価って事なんだろうね。
ウィリアム様が言っていた通りの反応をしていてこちら側の使用人として、とても愉快である。
「……そのような貴重なポーションをありがとうございます。ドラスティア国から提供頂いた二本分の代金に加えて、皆さまが使用した分の弁償金をすぐにご用意致します」
「簡単に契約を取り付けて良いのか?ドラスティア国が使用しただけで二本。セルバイド王国が使用したのが三本。セイクリッド勇王国が一本であるぞ?それに王子の分二本に、その他被害者の分もこれから上乗せされるであろうな」
「ッ…ご心配いりません。むしろ既にそれ程の数を消費しているのならば、在庫が尽きてしまっているのではありませんか?有事の際には我が国からしっかりとした治療をお約束致しますので、ご遠慮なくお申し付けください」
「お気遣い感謝するぞ!…が。まだまだポーションの在庫はある故に、気にする必要はないのだ!」
悠然と微笑むレズリー様に悔しさからほんの僅かに顔を歪めたリューズ様は口を噤んだ。
アスリズド中央国側は今の攻防でドラスティア国が魔術もしくは万能型状態異常回復ポーション以外での回復方法を確立しているのではないかと推測を立てたはずだ。しかし、それを追究するだけの証拠は何もない。
あるのは、ドラスティア国側の余裕ある態度だけ。
「そのような言葉が信じられるはずがないでしょう!?第一!万能型状態異常回復ポーションがそう易々と手に入る訳がありません!!!」
しかし、それが理解できない人もいる。あの外交官みたいな。
ついでに空気も読めていない。
「私は実際にレズリー様から万能型状態異常回復ポーションの提供を受け、治療を施されましたよ」
「友好国だからと結託しているのではありませんか?」
「そんなことはありません!」
「外交官殿。つまり、何が言いたいのだ?」
「ドラスティア国は我が国から金を搾り取ろうとしているだけでしょう!これだから金にがめつい冒険者は嫌いなのです!」
ドラスティア国が冒険者で成り立っている事を知っていてこの場で侮辱の言葉を口にする。自殺志願者かな?
護衛として潜り込んでいる冒険者の面々から殺気が漏れ出ている。
もちろんレズリー様からも。
「冒険者を愚弄するか」
「事実の間違いでしょう!嘘ではないというのならば在庫とやらを見せるか、秘匿している方法をこの場で実践して下さいよ?」
やっすい挑発ではあるけれど、無視は沽券に係わる。無言は肯定と捉えられるから。
あと、非公式とはいえ代表同士による協議会の最中だからだ。
「エマよ。ポーションを出すが良い!」
「かしこまりました。御前失礼致します」
追究があったらポーションを提示すると予め指示があり、幾らかはレズリー様の手元に渡っているのだ。
変な気を起こさせないためにわざわざ魔道鞄も用意する周到さだ。
次から次へと万能型状態異常回復ポーションが現れる光景にアスリズド中央国側は言葉を失っていた。
三澄君の補佐官君は白目を剥いて意識を飛ばしかけている。
計25本を出し終えたエマさんが礼をしても、全員の視線は未だポーションに釘付けだった。
「これを見ても信じられないのであれば信じてもらわなくて結構だ」
「…いいえ。不躾な要求に応えて頂きありがとうございます」
外交官に冷ややかな視線を浴びせたリューズ様は「この者を連れて行け」と護衛に命令を下し、外交官は床上をズルズルと引き摺られていった。最後まで何かを喚いていたが、相手をする者は誰もおらず一顧だにしない。
「ところで。こちらのポーションを少しばかりお譲りしてもらう事は可能でしょうか?」
「さあ?どうであろうな。もう片づけてよいぞ!」
その合図を聞いて「失礼致します」と素早く片づけていくエマさん。
その間もリューズ様は諦める素振りを一切見せず、様々な角度から交渉を持ち出していた。
「無体なことをおっしゃらずに」
「考えておこう」
「色よい返事をお待ちしております。今でしたら、相場から五割掛け値で購入させて頂きます」
諦める気の更々ない応酬は回収し終えるまで続けられた。
何も置かれていないテーブルにはアスリズド中央国一同の名残惜しそうな視線が向けられていた。
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