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閑話.レオルドと真

鈴木さんとの会話なんてもっとムシャクシャすると思ってた。

けど、実際は想像とまったく違った。


日本にいた時みたいに普通に自然体で話せる。

言葉に棘を忍ばせる事も、言葉の裏を探ることも、気を張り詰め続けることもない。



ただの“三澄真”がいるだけ。それがこんなにも心地いい。



ついつい話し込んでいるうちに正午を過ぎていたらしく、鈴木さんが話題の切れ目に「食事をお持ちします」と一言声を掛けて部屋を後にした。



残されたのは彼氏っぽい人と僕のふたり。


とても気まずい。名前は確か……レオルド、だったかな?


見栄を気にする貴族達が好みそうな整った顔立ちにお仕着せの上からでも分かるほどに鍛えられた身体。

身長も羨ましいくらいに高く、強者独特の威圧感も感じる。


正直意外だと思った。

鈴木さんはこういうタイプの人を好みそうにないと勝手に思っていたから。


何となく彼女は穏やかな包容力のある普通の人を選ぶ気がしていたから、少し僕の中での印象が変わった気がする。


「何だ?」


まじまじと観察する視線が鬱陶しかったのか、彼は鋭い視線でこちらを射貫く。


さっき鈴木さんから冒険者だと聞いた。確かに言葉遣いは粗いが、それ以外に粗野な印象は見受けられない。

けれど、視線の鋭さだけは死線を潜り抜けてきた者のそれで。

身体が一瞬硬直した。


「…何でもないよ。それより名前教えてもらっていい?」

「レオルド」

「僕は三澄真。…こっちではマコト・ミスミ、かな。よろしくね」

「ああ」


仲良くする気ゼロだね。宰相になってここまでの塩対応されたの初めてかも。

うん。やっぱりなんだかなって感じ。


「…なんでルナと呼ばないんだ?」


彼が問うた。


「鈴木さんの本名って知ってる?」

「スズキ・ミカヅキ」


姓を先に、名を後に。

その文化がこちらにはないはずなのに、その配慮に少し感心した。


「ルナの言葉の意味って鈴木さんに聞いた?」

「…いや」


そこはまだなのか。

これは言ってもいいものか…。


………口止めされてる訳でもないし、いいか。自分から話すのも時間の問題な気がするし。


「ルナって僕たちのいた世界では“月”を意味する単語で、月の女神の名前でもあるんだよ。で、三日月は“欠けた月”を表す言葉」

「…」


レオルドは考え込むように沈黙した。


鈴木さんは日本への帰還をとっくの昔に諦めている。たぶん、僕達の中でも一番早くに。

その反面、僕達の中で一番その事実を正しく飲込めていないのも彼女だと僕は思う。


だから偽名を使うように、その名に自身のルーツを嵌め込んだ。




無意識に、核心的。



きっといつの日か、この事実に直面して愁苦辛勤に悩まされる事だろう。

けれど、この世界に執着する何かが存在すれば。


「レオルドってさ、鈴木さんの彼氏でしょ?」

「…まだ付き合ってないが」

「そっかぁ」


どっと気が抜けてさっき起こした身体をまたベッドに沈める。


鈴木さん、意識してそうだったのに付き合ってないのか。まあ、仕方ないかも。この世界だと日本人は特に幼く見られがちだから、恋愛対象に入らないってよく聞くしなぁ…。




………。




いや、この人“まだ”って言ったぁ?!



脳を過った二文字が上体を再度引き起こす。


「まだってことは付き合いたいって思ってるんだ!?」

「…ソウダナ」


すっごい面倒臭そうな顔に片言で同意しなくても…。

年上のはずなんだけど、何というか。


「へぇ…!どんなとこに惹かれたの?」


レオルドが躊躇いを見せて暫くの後。


「……見捨てない、甘さ」


とだけ呟き、口を閉ざした。



彼の瞳に宿っていたのは熱く燃え上がるようなものでも、甘さを含んだ表情でもない。



何を想って、何を考えて、何を感じたのか。



僕には読み取ることが出来なかった。


ただ、その感情が浅薄ではないのは確かで。



そして、彼女の甘さに助けられた自分にもそれが解る気がして。

思いがけず「そっか」と零れた。


互いに何も喋らない。窓の外から届く夏虫の鳴き声のみ。




ちらりと盗み見るようにして覗き込んだ顔に、自身のその行動に後悔した。



そして、レオルドに対して抱いた第一印象を大幅に修正する事になった。



ふたりが互いに惹かれ合った理由に何となくの見当が付いて。


自信なさげな仕草も。不安げな雰囲気も。それとは裏腹の力への驕慢さも。


自信に溢れたその佇まいも。それに裏付けされた大人の余裕も。そこから来る傲慢さも。


本当に、似ても似つかない。けれど、似た者同士なふたり。




食事前だというのに、酷く胃が重い。

気鬱に精神を擦り減らしてただただこの空気に耐える。


そんな沈黙の中で微かな囁き声を耳が拾った。




「…ムカつくな。こいつ…」という罵倒の言葉を。




「…今、僕のことムカつくって言った?」

「何の事だ?」


白々しくそんなことを宣った。

腹立たしいその性格に、今回ばかりは感謝した。


「聞こえたんだけど?」

「言う理由がないが?」


吐いた言葉とは裏腹に僕を嘲笑っていて。

すぐさま感情任せに怒鳴りたいのを数刻前の彼の言葉を思い出してグッと堪える。


「嘘吐くのはどうかと思うけど?」

「意味がよく理解できんな」

「解ってるよね?解っててその態度取るんだね?」

「幻聴でも聞こえてるんじゃないのか?寝とけ」


無かった事にする気?!さっきも思ったけど…!


「…ほんっと腹立つなぁ!!!」

「気も立ってんな。呪詛の後遺症か?」


減らず口を…!

今度は苛立つ感情に任せて口を開いた。




そして、この生産性のない言い争いは鈴木さんが昼食を運んで来るまで続いた。

相性が良いのか悪いのか、分からないふたり。

レオルドは最近色々な人からルナとの恋愛進捗を求められてうんざり。あと単純に恋バナをしたくない。

真は一体どんなレオルドの表情を見たのか…。まだまだ先は長いなぁ………遅筆じゃなければとこれほど思ったことはないね!

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