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46.方向性と疲労困憊

客室に戻ってすぐ化粧を落とし、メイド服に着替えて応接室へ向かう。


そこには既に盛装から幾分か楽な服装となったレズリー様と急遽招いたウィリアム様、私同様使用人姿に戻っているレオルドさん達がいた。


会場退出間際のほんの数瞬。人混みの隙間を縫った先に犯人らしき人物を確認できた。


「それで見つかったのかな?」


口火を切ったのは大事を取って夜会に参加しなかったウィリアム様だった。

注目が一気にこちらへ集中する。それが会場での視線の悪辣さをフラッシュバックさせ、動悸がしてくる。


「…呪術というスキルで確定ではないかと思います。ただ…」

「どうしたのだ?」


【天眼】の通常発動は術者である私に多大な負担を強いるため、多少の能力制限を掛けて持続時間を引き延ばしていた。それでも少なくない負担が今も、この身を襲っている。


たった数秒の、しかも距離の離れた鑑定では内容の確認が不十分となってしまった。


「名前やスキルは確認しましたが、距離や時間が影響して相手の素性がはっきりしませんでした」

「どういう事だ?」


面々がそれぞれ真剣な表情を浮かべる。

この場にいる誰もあの場の人達とは結び付くはずないのに、背中に冷や汗が伝う。


「【天眼】も万能ではないということです」

「なるほど。素性が分からないのでは探すのも一苦労ですね…」


納得がいったという風に頷くと同時に渋い表情を浮かべたのに対して、どうにか訂正を述べるため口を開く。


「…いえ、その。レズリー様やウィリアム第二王子殿下であれば鑑定時に“ドラスティア国外交官房議員”や“セルバイド王国第二王子”といった身分が確認できるのですが、そのスキル所持者はセイクリッド勇王国の三澄宰相閣下と歓談していたにもかかわらず確認できませんでした」

「犯人の身分が一般市民であると?」


【天眼】をこんな形で発動することはほとんどないから、自分でも完璧に理解できてるわけじゃない。だから、そこまで断定は出来ないのだ。

けど、どう説明したらいいんだろう…。


「いえ…えっと、貴族当主と夫人、それから王族関係者や役職持ち以外の身分にあるという事だと思います。令息などは候補になるかと…」

「それでも該当者が相当絞れるね。宰相に話かけれる立場にあって、特段重要なポストにない者」

「絞れたとて多いがな」


現状を飲み込み把握し、鷹揚に頷いては私に報告を促す。


「犯人は飲食物を介して他者に呪詛を掛けているようです。犯人自らセイクリッド勇王国の宰相閣下へ呪詛を付与した果実水を手渡していましたので」

「…しかし、私はアスリズド中央国側が用意した食事にしか手を付けていません。これはアスリズド中央国に共犯者がいるということでは?」


ウィリアム様の表情が強張り、多少なりとも安心してもらうために推測を述べる。


「…確かではありませんが、アスリズド中央国は関与していないかと。会場にいた人達だけでも呪詛に掛かっている人が何人もいましたが、ただの会場給仕にも状態異常にかかっていましたので。…恐らくですけど、基本的にはスープやお酒などに細工をしているんじゃないかと、思います」


ウィリアム様個人ではなく、多人数への無差別犯行。

ほぼすべての国に対して敵対行為を行うことに何の目的があるのかが、まるで掴めない。


「…それが事実だと、食事もままならないね」

「そうなるな。鑑定士を連れ歩かねばなるまい」

「それが出来れば苦労しませんよ」

「違いないな!」


それに現状は健康被害くらいしか影響がないけれど、呪詛を重ね掛ける事がどのように作用するのかも分かっていないのだ。問題放置も危険だろう。


その対処法も食事を摂らない事だけど、人間食べないと死んじゃう。やっぱり鑑定による安全確保と都度の状態異常回復しかないのだろうか…。

しかし、鑑定スキル所持者は結構希少なのだ。今から雇い入れるのもそう容易ではない。


「一つ疑問なんだが。我は何故呪術に侵されていないのだ?」


レズリー様がふと問いかけた。

思いもよらなかったが、これが防衛措置の糸口となるかもしれない。


「それは私が鑑定による確認や結界を張っているからだと思います」

「ならば話は速いな!ルナよ。ウィリアムにも結界を張ってくれ!」

「有効範囲があるので常時発動は難しい、です。魔力の問題もありますし…」

「…うむ。結界魔術も万能ではないのだな!」


結界魔術はそこそこ得意な部類の魔術だけれど何でもできるわけじゃない。

でも、やりようはあると思う。


「はい。しかし、食事だけを警戒するならレズリー様と一緒に食卓を囲んではいかがですか?それなら私も結界を張れますし、何か起こっても回復魔術やポーションで対処できますよ」

「回復魔術も使えるとは本当にルナは有能だな!ウィリアムよ。そなたはそれで良いか?」

「ええ。むしろこちらからお願いしたいくらいですよ。…ルナさん。お願いしますね?」

「は、はい。お任せ下さい」


ウィリアム様に返答をして犯人の相貌や名前、スキル構成などを報告して私の役目は終了となり、バレないようにホッと一息吐く。


あとは決定権を持つ二人が内容を詰めるだけ…。






レズリーと第二王子の協議は佳境に差し掛かっていた。


それに引き換え、ルナの顔色が明らかに悪い。特に報告中はそれが顕著で、みるみるうちに青褪めていった。


今すぐにでも休ませるべきだが、雇い主の安全に関わる議題でその要がルナだ。他の奴らも体調不良に気が付いて気遣わしげな視線は送っているものの傍観を貫いている。それだけ現状に危機感を感じているという事だろう。


「…そういえば。ルナさんが所有してる万能型ポーションってどのくらいの数があるのかな?あと、他にも特化型の物も是非見せて欲しいな」

「何かと物騒だからな!用心しておくに越したことはないだろう?という訳で、我にも頼むぞ!」

「…かしこまりました」


ルナは言われた通りにテーブルへ近づく。

しかし、テーブルへ寄る時の足元は覚束なく、手は震え、顔も青を通り越して薄白だ。



これ以上はもう、看過できない。


「失礼します」


一言だけ告げてルナに駆け寄り、肩を支える。

が、相当身体に堪えたのかそのまま崩れ落ちそうになり、慌てて抱え上げる。


「…レズリー様、ウィリアム第二王子殿下。今のルナには疲労が蓄積しております。これ以上彼女を酷使するのはおやめください」


すかさず発せられたエマの言葉にやっとルナの体調不良に気が付いたレズリー達はばつの悪そうな表情を浮かべた。


「ルナちゃんベッドに連れて行ってあげて」


と、ジュリアに促されて力なく寄りかかるルナの膝裏と肩を抱いて運び出す。


「すみませ…」

「いい。大人しくしてろ」

「……はい」



目的の部屋に到達し、ノックもなしにそのまま扉をこじ開ける。


「な~に、ってぇ!レオルドじゃ~ん!どうしたのかなぁ~?お姉さんに相手して欲しいのかなぁ?」


今日の職務を終えているサーシャが何かを口走っているが、今は構っている暇はない。

無視を決め込んで空いている適当なベッドに下ろしてやるが、ぐったりとしていることに変わりはなかった。


横たわるルナの顔を覗き込んでようやく事態を把握したのか、サーシャが静かになった。


「ルナちゃん、どしたの?」

「体調が悪いのに無理して報告は済ませたんだが、あまりに顔色が悪かったから連れ出してきた」


血の気の失せた顔にいつもより荒い息遣い。


休むのにこの服は寝苦しいだろう。

着用しているエプロンのリボンを引っ張り、寛げていく。


「はあ?まだこんな小さな子供に大人が寄って集って何してんの?」

「まったくその通りだな。俺ももっと早く連れ出せたら良かったんだがな」


背中を支えて左肩から肩紐を抜く。


「そういえばセルバイドの王子様が来てんだっけ?難しいに決まってんじゃん」

「こういう時に権力者ってのは面倒だな。ホント」


支えはそのままにエプロン本体を引き、残りの肩紐を外した。


「そうだねぇ……ところで。あんたはルナちゃんに何しているのかなぁ?」

「何って、見たらわかんだろ。この堅っ苦しい服を脱がしてんだよ」


エプロンは脱がせた。次は…。



胸元のリボンを引き抜いて脇に置き、ボタンに手を掛けた。ルナの手が俺の手首に添えられる。


「ストップスト~ップ!!!レオルドそれはない!ルナちゃんは女の子なんだからさぁ!」

「だがこのままだと苦しいのはルナだぞ?」

「あたしがいるでしょうが!同性のあたしが!ルナちゃんだって恥ずかしがってる!」


その説得には一理ある。血の気の失せていた顔にはほんの少し朱が差していた。


ルナの手をベッドにそっと置き、三つ目のボタンに伸ばしていた手を引っ込める。


「…なら初めから協力的な態度を取ってくれ」

「言ってよ!言われたらさすがのあたしもやるよ!」

「じゃああとは頼んだ」

「りょ~かい!まったくもう…」


サーシャに後を任せてベッドから少し離れると「行っちゃうの…?」という消え入りそうな呟きを耳が拾った。

ベッド横に移動し、空を彷徨うルナの左手をそっと右掌で包み込む。想像よりも熱い。


「大丈夫だ、ここにいる。安心して休め」


掌の体温と声に安心したのか寝返りを打ち、俺の手甲に額を擦り寄せて瞳を閉じた。



寄り添って手を握るふたりを背後から眺めるジュリアは「愛だねぇ」と小さく漏らしていた。




疲労も相まってルナはすぐに寝息を立て始めた。


「熱がある。それと、起きたらすぐ俺に報告してくれ」


ジュリアにそれだけ伝えて部屋を後にした。






「ルナちゃんにだけ頼りきりで恥ずかしくないのですか?私はひとりの大人としてとても恥ずかしいですよ」

「そうよ!大人の私達が重荷を増やしてどうするのよ!?」


応接室に戻ると、サーシャやエマに滾々と説教を食らっていた。主にレズリーが。

そのせいか珍しく項垂れていた。


「力不足な自分を悔しいとも感じています。どうにか負担を軽減しようと考えてあげるべきではないですか?」

「それは!しかしだな…」

「「言い訳しない!」」

「す、すまない…」

「「謝る相手が違う(でしょう?)!」」

「わ、分かっておる!」

「「なら明日、謝りなさい!」」

「ああ…」

「「返事ははい(でしょう)!」」

「ハイ!」


いつもの威勢はどこへ行ったのか完全に力関係が逆転していた。

それを見てほんの少し溜飲が下がった。


「戻りました。ルナのことはサーシャが看てくれています」

「そう。ならひと安心ね」

「ああ。この後は食事の用意に取り掛かろうかと。夕食もまだですからね」


分かりやすくレズリーに視線を合わせて非を煽る。

言いたい事があるのだろうが、ふたりの反応を気にして口を噤んでいた。


一礼の後、扉のドアノブに手を掛け。




「これ以上負担を強いるんなら、あんたらに売らないようルナを説得するぞ?」




そう捨て台詞を残して応接室から退散した。

最後までお読みくださりありがとうございます!

楽にさせようという善意だったとしても服を脱がすことに対してレオルドの躊躇のなさ。書いてて「どうなんこれ?」と少し苦戦…。

レズリーとウィリアムに悪意はないのですが、国際問題に発展させないことに躍起になり過ぎた…。

あと、回復魔術があるとはいえ安易にほいほいと利用できるわけでもないので、体調不良の場合は休暇を取るのが割と常識な世界設定です。それで我慢の末に悪化して命落としたんじゃ意味ないからね…。

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