45.潜入捜査
私が初めて通された隣室はが支度を整えるためのドレスルームだった。
そこでまずは入浴をしてから全身マッサージをしてもらう。先日の野営以来の浴槽にテンションは上がったが、誰かに全身を洗われるのは恥ずかし過ぎて途中からは遠慮してもらった。その後に受けたマッサージはついつい眠ってしまうほど気持ちよかった。
次にスキンケアにネイルケア等々、文字通り足の先から頭の天辺まで磨き上げられたのち、やっとヘアセットやメイクアップに入る。
「ジャジャーン!ルナちゃんのドレス~!」
メイクが完了してサーシャさんが掲げたドレスはアイスグレーのAラインドレスだった。
人生で初めて着るドレスにちょっとだけワクワクする。
「ルナちゃんは顔立ちの割に立派でしょ?だ・か・ら!オーガンジー素材にして光沢と透け感でフェミニンな艶感を演出してみました!」
サーシャさんはニヤニヤした表情で説明しつつ、私の顔の少し下あたりに視線を落とした。
その意味に気づいて咄嗟に両手で守るように隠す。
「み、見ないでください!」
「え~?それだと準備できないなぁ?」
「普通に!普通にしてください!」
攻防を続ける私達に制止をかけたのはジュリアさんだった。
それ以降は揶揄われることなく、コルセットでウエストをこれでもかッ!というほどの締め付けられて貴族女性の苦労を垣間見つつも耐え、最後にドレスを着用する。
準備が整い次第、地球の物より彩度の劣る等身大の鏡台で全体の調整ののち、準備が完了した。
「す、ごい…」
そこには私とは思えない清廉な淑女が映っていた。
色味がアイスグレーだからか子供っぽく見られがちな印象がなくなり、私を年相応の姿に変貌させている。二の腕が半ばまで隠れるドレスと同色の総レースイブニンググローブがあるため、肩以外には全体的な露出が少ないからとても安心感があった。
高いピンヒールで転倒しないかだけは少し不安だけど。
「でしょ!スカート部分にはシフォンを何層にも重ねて柔らかく華やかにしたの。きっとこれでレオルドも悩殺間違いなしよ!」
「悩殺!?しなくていいですっ!」
「何を言っているのよ!その姿で垂れかかって来なさい!この機を逃すのは愚の骨頂よ!」
「そんなの無理ですよ!?」
「そんなこと言ってたらいつまでも進展しないじゃないのよ!」
「だから!本当にレオルドさんとは何もないんです!」
誤解を解こうと必死に言い募っても聞き入れてもらえず、何かよく分からないレクチャー講座が始まる始末。
エマさんの準備が整うまでそれは続いたのだった。
エマさんの支度が済んだのは陽が沈んでしばらく経った頃だった。
ジュリアさんの後に続いて向かった一室には既に準備を終えたレズリー様達が待ち構えていた。
「失礼します。お待たせしました」
「おお!二人ともよく似合っておるぞ!」
「ありがとうございます。レズリー様もよくお似合いです」
「そうであろうそうであろう!」
エマさんは淡々とレズリー様と受け答えをしているが、私は今更訪れた羞恥心に後ろで控えて俯いていた。
ついさっき判明したのだが、このドレスの背中側にはシースルー生地もなく肌が露出しているのだ。鏡の前で角度を変えて確認している時に気が付いてしまった。露出の少ない服装に慣れ親しんでいる私にこれは恥ずかしい。
あのまま知らずに居られれば良かったのに…!
「ルナ」
スタスタとこちらに近づいてきたレオルドさんであろう靴が視界に映り、正面で立ち止まる。
ゆっくりと視線を上げて正面の彼の風貌を下から上へ少しずつ確かめていく。
膝上まであるミリタリーブーツに脚の沿うような真白のスラックス、飾諸や左肩から垂れるコートがダブルブレストを一層旬煉に飾り立てていた。
「似合ってるぞ」
「あ、ありがとうございます。…レオルドさんも。騎士服、似合いますね」
レオルドさんは全体的に黒を基調とした騎士の正装で、それがとても似合っていた。普段は下ろされている前髪を後ろに撫で付けているのも、普段とギャップがあってますます落ち着かなくなる。
「何で敬語なんだ?」
「だって、恥ずかしい…」
「綺麗なんだから自信持てばいいだろ」
「うぅ…」
“綺麗”と言われて恥ずかしさにさらに落ち着きを失くしてしまう。
容姿を褒められ慣れていないのにストレートな感想を貰って顔に熱が集まっていく。
両手で覆って隠したいのにメイクが落ちちゃうからそれも出来なくて、俯いて誤魔化す。
すると、純白の手袋をはめた指先がこちらへ伸び、私の垂れた髪のひと房をそっと耳に流す。
その優しい慎重な手つきにドキドキと胸がうるさい。
「お主ら!いつまでもイチャイチャするでない!目的を忘れてはいまいな?」
レズリー様の叱咤に肩を跳ねさせ、無理矢理に気を引き締め直す。
今からパーティーを楽しみに行くのではなく。
「もちろんですよ。“呪詛をかけた犯人を特定すること”でしょう」
「ならば良い!さっさと行くぞ!」
「ああ。…ほら。掴まれ」
「うん」
差し出されたレオルドさんの左腕にそっと右掌を添えて、歩き出した彼に合わせて私も歩を進めた。
夜会会場までは距離があるため馬車場へ向かい、そこから馬車で移動する。敷地内で馬車移動とは何とも贅沢だけど、ドレス姿にはありがたい。コルセットが苦しいので。
「さて。作戦という作戦もないが。ルナはレオルドから離れるでないぞ!」
「はい。かしこまりました」
「レオルドも出来る限り我らの傍に居るようにな!名目上、そなたらは我の護衛となっておる」
「承知しました」
「…あまり、深追いするでないぞ」
「解っていますよ」
その会話を最後に馬車内は静寂に包まれた。
少しずつ会場へ近づくにつれて緊張が湧き上がってきて意味もなく膝上の手を組み替える。
「大丈夫か?」
「初めて参加するので…外からしか見たことないから粗相が合ったらどうしよう…」
不安に泣き言を漏らすが、私とは正反対にレオルドさんはいたっていつも通りに脚を組み、堂々としていた。
「何かあったら俺の腕を掴んで合図を送れ。フォローする。それに護衛なんて大して見られてないだろ」
「それに我らは冒険者であるぞ!マナーなんぞに気を遣うだけ無駄だ!我は気にしておらん!」
「レズリー様の言葉は極論ではありますが、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」
それぞれから慰めをもらってどうにか緊張を解していく。
そうこうしているうちに会場へ到着し、レオルドさんのエスコートで馬車から降りる。
周囲には煌びやかな盛装を身に纏った人々が次々に爛々と輝くエントランスホールへ向かっていた。
それに倣い、自分達もそちらへ足を運ぶ。
レズリー様がエマさんのエスコートを。そのすぐ後ろをレオルドさんにエスコートされながら護衛役に徹する。
警備に招待状を渡してエントランスホールを抜けて長い廊下を進むとひと際豪奢で壮大な両扉が鎮座し、それをドアマンが抑えていた。
「ドラスティア国外交官房議員、レズリー・バーン様!ならびに議員夫人、エマ・バーン様のご入場でございます!」
コールの宣誓の下、会場へ足を踏み入れると、視線が次々に突き刺さった。
好奇、詮索、警戒、嘲笑…
その性質は様々で自身が魑魅魍魎の世界に踏み込んだのだと理解させられた。
その注目を一身に注がれているレズリー様は威厳に満ちた代表責任者としての顔をしていて、隣ではエマさんが嫋やかに微笑みを浮かべて。
自身の場違いさに恐怖と緊張で足が竦み、バランスを崩した。
転倒だけはすまいと思うものの、慣れないピンヒールでは踏ん張ることも出来ず身体は傾きを増していく。
「ルナ…!」
斜める視界の端を腕が横切る。咄嗟に右腕を伸ばしてレオルドさんが支えてくれたのだ。体勢を立て直して目線を合わせると、彼は自信を瞳に漲らせて不敵に笑んでいた。
「ルナは目的だけに集中してくれていい。後の対応は俺に任せろ」
「…うん。ありがと」
「礼はこれが済んでからにしてくれ」
「…ふふ。は~い」
緊張も恐怖もまだ抜けていないけど、自身の役割と味方の存在を再確認して。
目的を果たすために周囲へ【天眼】を発動した。
『呪詛』に関連性を見出せそうなスキル所持者は周囲にはおらず、アスリズド中央国国王陛下が登壇して挨拶回りが終盤に差し掛かってもそれらしき人物は見当たらなかった。
「居ないか?」
「…うん。このパーティーに参加してないのかも」
「仕切り直しか」
「ごめんね」
「ルナが謝る事じゃないだろ。たったひとりを見つけるのはそんな簡単ではないってだけだ」
「うん」
視界に入った参加者の情報が片っ端から収拾されていき、頭痛は酷い。が、該当スキルの候補に引っ掛かることすらなくレズリー様の挨拶回りが終了した。
「ルナよ。見つけたか」
「…いいえ」
「そうか…。今日はもう良い。また次の機会を窺うとしよう」
「はい…申し訳ございません」
「よいよい気にするな。…今宵は戻るぞ」
「承知しました」
レズリー様を先頭に出口へと向かう。
移動の最中も視線を動かして捜索を続けるが、それらしいスキルはなく扉との距離が縮まっていく。
しかし、最後の最後にツキは回ってきた。
漆黒の騎士服・軍服って、良いよな…!と思う作者です。それにニーハイブーツに脚にピッタリ這う純白スラックスとか、裏地が赤とかの差し色になっている片肩掛けマントがさらにあるとなお良きって感じです…!手袋は出来れば親指の付け根の出っ張っている所(母指球とか大菱形骨とか言うらしい)の肌色がぎり見えるか見えないかぐらいの丈をホワイトでお願いしたい…!