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44.不穏の始まり

遂に建国・誕生祭が開催された。期間は前夜祭と後夜祭合わせて17日間と長期に亘る。



落ち着いていた面会希望はガーデンパーティーや舞踏会等の夜会に代わり、レズリー様は許より護衛兼使用人の私達も日々多忙を極めていた。


しかし、レズリー様がパーティーに参加している間だけはのんびりとした時間が流れていて、ホッと一息吐くことができる貴重なひと時だ。パーティーから戻ってきたら、着替えやら湯浴みやらとまた忙しくなるけど。



建国・誕生祭三日目も堅苦しいガーデンパーティーに参加するレズリー様を抜きにワイワイとおしゃべりに耽っていたのだが、終了時刻よりも大分早い時間にウィリアム様を連れて戻ってきた。


何でも、レズリー様からみて体調を崩しているのだそうで、戻って来て早々にジュリアさんへリラックス効果のある紅茶を頼んでいた。


私からは王族の正装に身を包んだウィリアム様はいつもの五割増しでキッラキラに輝いていて眩しいだけだった。


親しい様子から二人は長い付き合いだと察せられるから、そんなものなのかなと納得しておく。



ジュリアさんが淹れた紅茶を口にすると、王子然とした仮面が剥がれ、鈍い私にも分かるほどの疲労が顔に現れた。


貴族や王族という責任を背負う立場の人は弱みを握られまいと、無理を通さなければならないのだろう。

未だに平和ボケしている私には到底理解できないなと思う。

けれど、同年代っぽい男の子が頑張っていると思うと何か手助けだけでもしたい。


まあ、私に出来る事って魔術関連のことくらいしか思いつかないんだけど…。


失礼ではあるが、原因が判明するかと思い立って【天眼】による鑑定を行う。




【呪詛】

・精神疲労

・睡眠不足

・食欲不振




『呪詛』なんて状態異常、初めて診た。

状態異常の掛け方も、経過も、治療の仕方も、何も知識がない。


自分の手には余るため判明した事実だけでも報告するために口を開く。


「お寛ぎ中に失礼します。今、お時間頂いてもよろしいでしょうか?」

「うん?どうした。言ってみるが良い」

「ありがとうございます。…ウィリアム第二王子殿下。失礼と承知の上で鑑定させて頂いたのですが、ウィリアム第二王子殿下は状態異常に掛かっているようです」


報告を聞いたウィリアム第二王子は驚きに目を見開き、レズリー様は眉間に皺を寄せた。


「状態異常?私は遅効性の毒を盛られたのか…」

「…いいえ。『呪詛』という魔術によって状態異常が引き起こされています」

「…『呪詛』……?」


私と同様に聞きなじみがない魔術なのだろう。自身の記憶を探るためか、視線がやや落ちる。

護衛達も知らないと肩をすくめてジェスチャーしたり、思い出そうと首を捻ったりと様々だが、皆一様に憶えはないようだった。


「はい。私もこんな魔術が存在していることを、初めて知りました」

「…これは、治せるのかな?」


ウィリアム様の当然の問いに思考を巡らせる。

見た事も聞いた事もない状態異常の治療法を知っているか?と問われたら、否としか答えられないが、治癒する可能性のある手段だったら…。


そう思い至って収納から一本の状態異常回復ポーションを取り出し、目前へと差し出す。


「…治癒できるとは断言できませんが、こちらをお飲み下さい」

「これは?」

「状態異常回復ポーションです」

「分かった。ありがたく頂戴するよ」


王子様らしからぬ即決に固まる私を余所に、ポーションへと手を伸ばされた。


「お待ち下さい!」


されどすぐに、彼を制止する声が室内に響いた。

護衛として行動を共にし、後ろに控えていたアンドリュー騎士団長さんが立ち位置から一歩前へ踏み出した。


「何かな」

「この者はドラスティア国側の人間です。迂闊な行動は見過ごせません」


騎士団長さんの懸念は尤もで、ポーションを持つ腕を自身の方へ引き寄せた。

しかし、それに気づいたウィリアム様は私が下げてしまう前にポーションを掴み、反抗を示した。


「私が魔術に侵されていると突き止めたのは彼女で、治療法を提案したのも彼女だ。見過ごした私と君達の罪だと思うよ、これは。それともアンドリュー騎士団長には他の治療法に心当たりがあるのかな?」

「いえ、それは…。ですが!貴方様だけに服用させるわけには参りません。少なくとも毒見として私も服用いたします!」


互いの視線がぶつかり、一歩も引くことはないと主張する。

その熱心な視線に根負けしたのはウィリアム様で、小さく溜息を吐いた。


「…これは譲ってはくれないだろうね。ルナさん、もう一本用意できるかな?」

「はい、もちろんです。…ご安心頂くために、私も飲みますね」

「済まないね」

「いえ…」


毒見役の騎士団長さんと自分の分も含めて追加で二本収納から取り出してテーブルにそっと置く。


そして「コップを三つお願いします」とジュリアさんに頼み、テーブルに届けられた空のティーカップ三つにそれぞれ一本が三等分ずつとなるように注いでいく。


「これが呪詛に効果があるポーションなのか」


その光景が物珍しいのかじっくりと眺めながらそんな感想をレズリー様は述べた。

しかし、そんなお誂え向きな話ある訳もなく、訂正を入れる。


「いいえ、違います。これはただの状態異常回復ポーションですよ」

「ただの?それだと呪詛はどうにもならないんじゃないかな?」

「大丈夫だと思います。鑑定では全ての状態異常に効くと書かれているので…」


部屋の空気が凍り付き、トポトポッとティーカップに注がれる音だけが響く。

確実性がない事に不安があるんだろうな。



実際はまったく違う部分に驚いているだけなのだが。


「………聞き間違えかな。今、全てって聞こえたんだけど…?」

「?はい、そうですよ?初めて見知った状態異常に特化したポーションなんて、そんな都合良く持ってないです」

「……やはりこれは万能型ポーションなのだな!?」


三本全て分け終えてテーブルから視線を上げると、何故か皆私を凝視していた。

先程まで厳しい目付きで私の言動に注視していたアンドリュー騎士団長さんは何故か顔を引き攣らせていた。


私、何か変なことを言ったかな…。


「そ、そうですけど…。何に反応しているんですか?」

「そなたがこんな高価なポーションを普通に所持している事にだ!!!」

「えっ?あ、っと…!?」

「知らなんだか?」

「…これって、そんなに貴重なの…?」


空になったポーション容器に視線を落として解答を求めるかのように誰にともなく問いかける。


しかし、現実は無常でレオルドさんが諭すように話し始める。


「ルナ。これはな、王族に万一の事態に備えて国が管理するような代物だぞ。たった一本でも一般市民が一生働いても買えないくらいには高価だ」

「ふえ?!」


思わずぼんやりと見ていた空になったポーション容器に目を見開いて凝視する。


えっ?これが???いや、確かに必要な調薬スキルのレベルは高かったし、素材もやけに森の奥深くにしかなかったような…。


忘れていた事実に思い至ってつい頭を抱えそうになった。



事実、通常の状態異常ポーションというものは毒であったり、麻痺であったり、何かに特化している。その例外として、調薬lv7で製作可能となる万能型状態異常ポーションが存在する。


これは希少な薬草だけでなく、強力な魔獣から採取しなければならない素材が必要な点と高レベル調薬スキル保持者でなければ製作不可という難易度。

ここまで全ての条件を揃えても成功確率が1割にも満たない。


これが一般市民の生涯年収を超える値段が付けられている理由である。



しかし、ルナにとっては高くないハードルだった。


まず、レオルドと共に旅をするまではひとりで野営をして人を避けて山奥で過ごす時間が常人と比較しても多く、希少な薬草や魔獣にエンカウントがそもそも高確率だった。

前提となる調薬もレベルを満たしている。

それに加えて【天眼】で成功確率は10割に持っていくことが可能である。


そして、それだけの事を可能にする能力がルナ本人には当たり前の如く備わっていて。


以上により、万能型状態異常回復ポーションが高価であるという結論に至らなかったのであった。




しかし、出してしまった物は仕方がないためどうにかこの場を収めるべく、口を開く。


「と、とりあえずこれを飲みませんか…?!」


動揺を隠し切れずに語気が荒くなってしまったが、話題を逸らされてくれたウィリアム様はクスリと笑い、カップのひとつに手を掛けた。


それを確認した騎士団長さんは慎重な手つきでカップを手に取って私に先に飲むように視線で促してくる。


私は残ったカップを持ってそっと口を付ける。

青臭いような、甘いような。何とも言えない味に苦戦しながら三口で状態異常回復ポーションを飲み干して、それを見届けた騎士団長さんは最初躊躇っていたものの、覚悟を決めた表情をしたのち一気に呷ってカップを空にした。


そこから約十分後。何の症状も現れない事を確認してウィリアム様がカップをグイッと傾けて飲み干す。




空になったカップがテーブルに置かれてしばらく、【天眼】で状態異常欄が空白となっている事を確認した。



「ウィリアム第二王子殿下。治療に成功したようです」

「うん、だろうね。飲んですぐに思考がクリアになったし、身体も軽くなった。礼を言うよ」

「いえ!それは良かったです」


心なしか顔色も良くなったように思える。

レズリー様は私よりも顕著に変化を認識できたのか、安堵の表情を浮かべていた。



でも、どうして。一体だれが、何のためにこんな事を?


「心当たりはないのか?ウィリアムよ」

「むしろ心当たりしかありませんよ」

「そうであろうな」


レズリー様も含めた皆が考え込み、室内が無言となった。


セルバイド王国と外交関係にある国々は多く、疑心暗鬼を生ませる事で利益を確保する方法があるのか、それとも外交問題を起こさせる事自体が目論見なのか。


日本生まれ日本育ち・現冒険者には難しすぎる話だと思う。


「…呪詛という珍しい状態異常という事は、分かりやすく希少で特徴的なスキルを所持している人物が犯人だと思うのですが?」


唐突にレオルドさんがレズリー様に問いかけ、注目が一気に集まった。


「そうであったとして……!ルナが鑑定で片っ端から確認作業をすれば、犯人が特定できるな!」


あ!確かに!

状態異常に気が付けたのも私が【天眼】を発動したから犯人の捜索も訳ないね。


でも、また私追加で働くの?


「そういう事です。この件は私達に任せて頂けますか?」

「ああ!頼んだぞ!」

「お任せ下さい」


レズリー様から私たち二人に瞥見が送られた。それに対して私はコクンと首肯するに止めて、レオルドさんは胸に手を添えて礼を取っており、私も臣下らしく礼をするべきだったと反省した。


この際、ルナだけが聞き取れていなかったが、「こやつらの便利さに横着してては今後我が苦労しないか???」とレズリーが思わずといった様子で呟いていた。



「そういう事でしたら、今夜の舞踏会に護衛として参加してみてはいかがでしょう?」



今思いつきましたと言わんばかりの提案がウィリアム様から発せられ、それに驚く。


私、ただの護衛兼侍女なんですけど…?


「そうだな!それが一番効率良いだろう!夜までにドレスとドラスティア国護衛用の正装を準備しておけ!」

「万事整っております」

「流石だ!」

「レズリー様の突拍子のなさは学習済みです」

「侍女の鏡であるな!」


名案とばかりにトントン拍子で話が進み、私達の舞踏会参加が決定した。

もう既に衣装は準備されているようで逃げ場は残っていかなかった。唯一の救いはレオルドさんに加えてレズリー様やエマさんが一緒に行動してくれると約束してくれたことか。


「という訳で。夜会の準備を始めましょう!特にルナちゃんは女の子だから時間が掛かるわ!」

「い、今からですか?!」

「そうよ!」


ジュリアさんは何故か上機嫌に手をワキワキさせながら器用に私を引っ張っていく。

若干の抵抗をしてみたけれど、後ろからサーシャさんにガッと両肩を掴まれて抗うのをやめた。


「ちょっと待ってもらってもいいかな?」


ウィリアム様の制止に女性陣はピタリと足を止めて、私は前を進んでいたジュリアさんに少しぶつかってしまった。


「すみません…」と謝罪しながら視線を上げると王子様相手に恨めしそうな表情で睨みつけていた。

身体を石の如く固めるだけで悲鳴を上げなかった私は偉いと思う。


「そう睨まないで?ルナさんにポーションの代金と可能であれば追加購入させて欲しいっていうお話だから」

「…それならば仕方ないですね。ルナちゃん。言い値で吹っ掛けてやりなさい!」

「えっ?!」

「うん。その権利が貴方にはあるよ」

「と、言われましても…?!」

「我も購入希望だ!」

「ふぇ…?!…レオルドさん!」


どうしていいか分からず、レオルドに助けを求めるために必死に視線を送る。

適正価格も知らないのに言い値と言われても困る…!


「一回売ってみると良いんじゃないか。そんでもって、相場を知れ」

「うっ、うん…。分かった」


彼の提言に素直に受け入れ頷くと、視線を私からウィリアム様に移した。


「お二方も。授業料代わりに多少安く買い叩いても文句は言いませんので、ご指導ご鞭撻の程お願いします」

「良いのかい?」

「今後のことを考えればこれが最善でしょう。今回は学ばせてもらいますよ」

「…君は、商人としてもやっていけそうだね」

「お褒めに与り光栄です」


恭しく礼を取るレオルドさんと含みのある笑みを浮かべるウィリアム様。そして、満足げに頷くレズリー様。



今の会話に変な感じがしたが、それが何かは解らないままこれ幸いにと隣室へ女性陣に連行された。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます!

ポーションの特化型と万能型について。

状態異常ポーション=特化型という図式が自然と成り立つくらいには万能型は貴重です。

ルナがポーションを製作している事をレズリーに報告しているのは同室の女性陣ですが、内容を詳細に把握してはいません。下級〜特級ポーションまでは当然判別が付いているので、判るものだけは説明して判らないものは自動的に特化型状態異常ポーションに振り分けられています。

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