43.各国の思惑 ③
建国祭・生誕祭に招待された国は計五か国。
最後の一ヶ国がギルスティア連合国。
二つの民族と一つの国家が統合されることによって新しく建国された連合国家である。
ギルスティア連合国はアスリズド中央国の北東に位置し、それぞれの民族が統治する地域によって特色が異なる。
そのためまったく統制が取れていないのであった。
今回の招待では特別にギルスティア連合国にはそれぞれの民族に合わせて三室準備されていた。
現連合国家の南東部。
唯一アスリズド中央国に接する土地に統合以前から国を下ろしていた、生まれながらにしての王族。
この事実が血を脈々と受け継いできたディアダスト王家の誇りであった。
ダンバ・ディアダスト・メト・ギルスティア国王。
でっぷりと突き出ているだらしない腹部。吹き出物と二重顎が大半を占める顔面。子供と見紛う低身長。
どの部分を見遣っても威厳などは感じられない。
そんな彼にとって先人達が積み重ねてきた歴史は何物にも代えられない。
言い換えるならば、それ以外に誇りと呼べるものが何一つとしてない、過去の栄光だけに縋りつく能無しの王族なのだ。
それ故に彼らは強欲で傲慢だった。
今回の統治も二つの民族を自身の駒として扱き使う事しか頭になく、最初から政治に関与させる気がなかった。にも拘らず、御せるだけの政治手腕もなくこうして一国の代表者として二民族も他国に招待され、あまつさえ自身と同様の歓待をされていることに腸が煮えくり返っていた。
「下種な者共など、骨の髄まで搾り取ってくれる」
憎々しげな表情で酒瓶を直接口にし、高価な酒を喉に流し込んでいく。
恨みの籠ったディアダスト国王の発言は大言壮語も甚だしい。自身の実力と器を顧みる事が出来ていればそもそもこのような発想などなかったことだろう。
それでも彼にとっては自分が。自分だけが唯一、一国の王に相応しいのだ。
「窮屈だ。なぜ我らがこのような空間に押し込まれなければならない?」
気だるげにソファへ身を預ける貴人が文句を垂れた。
全体的に地味な色味にだぼだぼとした服装を身を包んでおり、優雅さはかけらもない。
しかし、そのような姿にあろうはずもない覇気というものが全身から溢れていた。
その見た目は人間と何ら変わりないが、彼らは獣人ですらない。ケンタウロスという種族である。
場合によっては魔獣扱いする地域もあり、そのため存在は世間一般には知られていない。
その彼らの本質は戦闘力と持久機動力に優れた、壮大な自然と共に生きる情に厚い騎馬民族である。
そして、ここに招待与った彼らは自身の姿を人間に偽るスキルを習得している腕利きでもあった。
「俺も同じことを思っているが。少しは許容してやれ」
「そうだぞ?人間っていうのは狭い所が好きな生態をしてるんだからよ」
「そんなものか?」
「じゃなきゃこんなちっさい閉鎖的な邸を建てるか、普通」
「まあまあ。あそこに比べたらここはまだ広い方だろうよ」
「それもそうか!」
この会話を彼ら以外が耳にすれば間違いなく侮辱されたと厳しい目を向けられることは必至であるが、彼らに悪気はなかった。自然を愛する彼らにはわざわざ建物を建造するという発想がそもそもないのだ。
これだけの規模の建造物を建築するのには相当なこだわりがあるのだろうと彼らなりに人間社会を理解しようとしているだけである。
「早く帰りたい。そもそもなぜ我々が人間共の世に関わらなければならぬ?」
「それを決めたのは族長だぜ?」
「違いない!」
複数人の快活な大笑いが室内に響く。
それを聞きながら族長と呼ばれたケンタウロスは「はぁ…」と憂い気に溜息をひとつ吐いた。
連合を組んだことに対して、族長には族長なりの考えがあった。
きっかけは連合国家となる以前から生活していた北方の拠点がどこの国にも所有権のない土地であったために、拠点を追われる可能性が浮上した事だった。
故に族長は自身の代でケンタウロスという種を途絶えさせまいと発起して民族代表となり、策謀を巡らせて今に至ったのだ。
しかし、言葉では言い表せない不安が胸に去来しては巣食っていた。
(なんだ、この悪寒は…)
何か致命的な判断ミスを犯しているのではないかと、幾度も思考を巡らせて。
ギルスティア連合国に与えられた客室のとある一室。
そこでは不気味な笑い声がひっきりなしに響き、廊下を通る使用人たちに恐怖を与えていた。
「ケケケケ!!!ガンマ殿!順調ですかな?」
「私の前では問題が起ころうはずもない!」
「素晴らしいですなぁ!ニシシシ!!!」
この一室に詰めている全員が似通ったローブに身を包んでいるうえに、みな痩せ細り、生気のない青白い顔をしていた。
彼らの正体は魔術重罪犯の子孫達である。
彼らが潜んでいた連合国家南西部の地域には古代の遺跡が数多く残存しており、凶悪な罠が設置された遺跡が魔獣の闊歩する深森の何処までも続く。
魔術重罪犯であった彼らの祖にとってはこれほどお誂え向きな拠点もなかったことだろう。貴重な古代遺跡の発掘品、強力な魔獣、それらに対抗しうる来訪者達。実験体が尽きる事はなかった。
そんな彼らは幾重もの世代を超えてもなお、高度かつ非人道的な実験を繰り返し、実験の規模はさて置いてもその都度何らかの成果を常に上げてきた魔術師集団。良心の欠片も持ち合わせない精神異常者の集まりである。
目先に彼らの興味を引く玩具が転がっていれば、好奇心の赴くままに、自身の欲望に忠実に、何の躊躇いもなく罪を犯す。
他国で故意に騒動を引き起こした場合、国際問題になるという常識は彼らには通用しなかった。
「もっともっと材料を持ってこさせろ!」
「次はこの私の番ですぞ!」
「ワタシにも良い術が!」
水を得た魚の如く生き生きと争い始め、青白い顔が興奮で赤味を帯びて行く。
それに代表役は手掛ける術に目を輝かせて自分だけの世界へトリップしており、欠片の意識も逸らすことがない。
「キシシシ!さて、実験の経過は上々。結果が楽しみであるなぁ…!!!」
締め切られた室内では聞く者を不快にさせる嘲笑が湧いていた。
最後まで読んで下さり、ありがとうございました!
『各国の思惑』を二話構成にすれば良かったと今更ながらに反省中…。