5.右腕
奴隷契約は拍子抜けするほどあっさりと終った。
レオルドさんの左鎖骨より少し上くらいに奴隷紋があり、そこに奴隷商人とともに魔力を流すだけで契約が完了してしまったのだ。
契約が終わればもう用はなく退店するだけなのだが、このまま出ると注目を集めると容易に想像できて、私が持っている最も大きなマントをレオルドさんに着せ、フードを目深に被らせた。それでも、彼の膝までしか隠れていないのだが、ないよりましだ。
ちょうど支度が終わったと同時に声がかけられ、出入口まで案内してもらった。
「申し遅れましたが、わたくし、アジェット商会長をしております、クリストと申します。またご入用の者がおりましたら、ぜひアジェット商会をご利用ください。」
クリストさんたちの礼儀正しいお辞儀と優しい微笑みに見送られて私たちはアジェット商会を後にした。
まずは宿をとろうと思い、街の西側に向かって進んでいるとレオルドさんと自身の歩幅が違いすぎて置いて行かれそうになっている。置いて行かれまいと、早歩きでついていくと、温かい日差しもあって額に汗がにじんでくる。その様子に気づいたレオルドさんが溜息をついた後、速度を緩めてくれる。
目つきからしてもっと冷たい人なのだと思っていたが、予想外に優しい。私の中でのレオルドさんの好感度が上がったのだった。
宿屋は思いのほか近くにあった。
冒険者ギルドおすすめのみどりの宿は木でできていていい香りがするとても落ち着くところだった。
二人部屋一泊小銀貨6枚でお風呂は当然なく、三泊分の銀貨1枚と小銀貨8枚を支払い、食事はそのときに一食大銅貨3枚を支払うようなシステムだった。
通された二人部屋はきれいで、ベットと机にランプと椅子だけの必要最低限といった感じだった。
それでも小銀貨6枚は格安だ。
レオルドさんはフードを脱ぎ、椅子に腰かけて立ったままの私を見上げて今日初めて口を開いた。
「で、俺に何をさせたいのですか?」
「ええっと…私は魔術師なので、守ってほしいのと…あ、あと買い物とかを、お願いできると、助かります」
問いかけられた私はいきなりのことにビックリしてしまい、つっかえながらもなんとか要望を伝え、ぺこりと礼をした。
レオルドさんは「買いもん?」と聞こえない程の小声でつぶやいていた。
そのとき未だに自己紹介すらしていないことに今更気づき、顔を上げて。
「ああの!ご挨拶が遅れました…!私、ルナって言います。よ、よろしくお願いします」
と、今度はバッと腰を折った。
「あぁ…。レオルド…です。買いもんはできると思いますが、戦闘に関しては期待に沿えない。
なんせこの腕だからな」
私の行動に引き気味な様子だったが、右腕のことになると途端に自嘲となった。
レオルドさんの反応が理解ができなかったが、すぐにその理由に思い至った。
右腕はもう元に戻らない、そう思っているのだろう。
なぜなら、時間が経てば経つほど、回復魔術は効きづらくなり、まして、ふさがった古傷は回復魔術が高レベルでないと全く意味を為さないからだ。
しかし、ルナは転移者である。つまり、レアスキルを所持しているのだ。
【名前】ルナ(鈴木三日月)
【種族】異世界人
【レベル】lv52
【固有スキル】天眼
贈与
【スキル】短剣術lv1
自然治癒lv5
並列操作lv2
時空魔術lv7
結界魔術lv7
聖魔術lv6
回復魔術lv8
付与魔術lv3
水魔術lv8
火魔術lv1
風魔術lv5
土魔術lv3
調薬lv7
裁縫lv4
料理lv5
礼儀作法lv1 etc…
【加護】女神レイアの加護
主要なスキル以外は割愛させてもらったが、伊達に転移者をやっていないといえるスキル量とスキルレベルではないだろうか。
天眼は全ての深淵を知ることができる固有スキルで、スキルを通して他人がスキルを使用しているところを観察するとスキルが獲得しやすくなり、またスキルレベルも上がりやすい。
そのため、欠損部位を回復させるのに必要と言われている回復魔術のスキルレベルがlv8まで育っているのだ。
天眼で患部を鑑定しながら回復魔術lv8で治療するのだ。治らないわけがないのである。
なので、
「じゃあ、右腕、治しちゃいましょう」
と何でもないようにレオルドさんに告げた。
「は?」
レオルドさんはこいつ何言ってんだ、という珍獣を見る目で私を見つめた。すぐに現実に立ち返って、現実を教えるためだろう、口を開いた。
「無理とは言わないが、限りなく難しいことです。この腕を治療するのは。」
「…できますよ?」
「人の話聞いてたか?限りなく不可能に近い可能なんだ」
「…?なら、私の話も、聞いてください。できるんですよ…?」
レオルドは段々イライラとしていた。A級冒険者が本気で探して、全財産に借金までしてどうにもならなかったから、奴隷になっているのだ。この目の前の少女にできると信じろというのは無理な話なのである。
できる、できないの押し問答を何度か繰り返し、ついに根負けしたようにレオルドさんが「やれるもんならやってみろ」と投げやりに答えた。
その言葉を待ってましたと言わんばかりに彼の右腕に手を添えて魔力を集めていく。ゆっくり丁寧に、均等に魔力を巡らし、骨を、筋肉を、血管を、神経を形作っていく。目を開けているのも難しいほどの眩い光が右腕を包み込んだ。
変化はすぐに訪れた。
少しずつ肉が盛り上がっているのだ。
腕が少しずつ、少しずつ伸びる、ある意味気持ち悪いともいえる右腕の様相を確認し、治療がうまくいっていることに私は微笑んだ。
体感としては3分程度かかって、彼の右腕を治療し、添えていた手をそっと下ろして座っていないもう1脚の椅子に腰を下ろした。
「…」
「終わりました」
レオルドさんは目の前の出来事が信じられないのだろう。しばらくの間、目を見張り、生えてきた右腕をじっと凝視していたのだった。
だが、時間が経つとともに少しずつ現実を受け入れ始めると、手を握ったり、腕を曲げたりしている。その動きは普通と比べるとやはりぎこちないものであるが、確かに動いているのだ。
「…動く」
「はい」
「…でも動かしづらい」
「少しずつ慣らしていけば、普通に動かせるようになると思いますよ?」
レオルドさんは前屈みになり、右腕の存在を確かめるように左手で掴み、右手を額に当てる。
「…そうか…。そうか……」
そうしてやっと、レオルドさんは右腕が治った事実を理解したのだった。
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