39.難題を解決する策に
「さて、今日は派手に動いて印象操作をするぞ!」
期限最終日の朝食後、開口一番レオルドさんが告げた。
私の口から「えっ?」という驚きが漏れるのも仕方がないと思う。だって、目立つのが嫌で視認されないように隠れてコソコソと魔獣を倒していたのだから。
当初の作戦は何のためだったのかという話である。
「えっと…印象操作する理由があるんだよね?」
「もちろんだ。普通に考えて欲しいんだが、A級冒険者が王都を発ってから明ら様に魔獣の出現頻度が落ちたらどう思う?」
「あ…。その人が討伐したと思う…」
「つまりそういう事だ。手にした情報から俺たちに辿り着くだけならいいが、レズリーの腹を探ろうと鎌かけてくる奴も出てくるかもしれない。それに…」
「それに?」
神妙な表情で眉間に皺を寄せ、彼は言い淀んだ。
レオルドさんがこんな顔をするのだから相当問題のある事だと緊張感を高め、ゴクリと唾を飲込む。
「レズリーの野郎が絶対に馬鹿にしてくるぞ!」
「あ、それは……そうだね…?」
「ニタニタ笑いながらネチネチと嫌味を言ってきてこの上なく鬱陶しいに違いない!」
「う、うん…」
それについてはなんとなく想像がつくけど、正直「それだけ?」って思ってしまう。「あんな勿体ぶるようないい方しなくても良かったんじゃない?」とも。
レオルドさんの言う事には一理あるし、対策を講じる事はした方が良い気はするけれど。
「ええっと。それは分かったんだけど、具体的に何か策はあるの?」
「ああ!ちゃんと考えてあるぞ」
「そ、そうなんだね…?」
何故か生き生きとし始めた彼に「初めから気づいていて私は上手く掌で踊らされただけなのでは?」という疑惑が浮上したのだった。
作戦会議を行って今は昼前。
夏の日射しに焼かれてかれこれ一時間ほど都門の検閲待ちの列に並んでいた。あと十組で自分達の順番が回ってくる。
隣では涼しい顔を浮かべたレオルドさんの姿がある。
日陰で涼みたい気持ちはあるが、このまま門を潜るわけにはいかない。
あと少し…あと………と焦燥感を募らせていた。
すると、遠くからドドドドッ…と地鳴りのような足音が聞こえてきたと同時に列後方から悲鳴が上がった。
辺りに響き渡る怒号に否応なく魔獣の存在を報された。
砂埃が舞い上がる中、依頼遂行中の冒険者たちが進行を妨害するために魔術を魔獣の群れへ打ち込んでいく。
彼らが警戒態勢を整え、今もなお魔術での迎撃を続ける前線へよく目を凝らすと、ようやく魔獣のシルエットがはっきりとしてきた。ウルフ系統やオーク系統などで構成されていて、統率する特殊個体は居ない。
これ以上混乱を極めては冒険者達が不利だ。この速度で突っ込んできたら最悪商人も含めて乱戦になる。
結界魔術で王都壁内へ逃げようと門へと押し寄せる商人達を覆う可視可能な結界を構築した。
「けっ、結界を張りましたので、落ち着いて下さい!」
自分にしては大声を張り上げたつもりなのだが、パニックになっている人達の耳には入っていなかった。
暫くして、結界の存在に気が付いた商人たちが脚を止めて声を上げたことにより、興奮が少しずつ沈静化していくのが目に見え、フゥ…と安堵に息を吐きだす。
その時、魔獣と応戦する冒険者達から歓声が上がった。
前線では、フードを目深に被って長剣を振うひとりの剣士が群れに立ち向かい、次々と魔獣を斬り伏せていたのだった。
しかし、多勢に無勢とは正にこの事で、少しずつでも確実に王都へと群れが接近していた。
冒険者も戦闘に加わり、着実に数を減らしているのだが、剣士ほどの腕前の者はいないようで押し返すだけの助力にはなっていないのが現状であった。
じり貧だと誰もが憔悴し始めたその時。
フード剣士の仲間と思われる、これまたフードを目深に被った怪しげな人物が空から現れたのだった。その人は太陽を背にして私のすぐ近くの空中に制止した。
杖を翳してブツブツと呪文を唱える様子が見て取れた瞬間に氷の槍がフード魔術師の周囲に浮かび上がる。
そして、手を振ると同時に魔獣へと放たれた事で実にあっさりと形勢が逆転してしまい、ものの数分足らずで目に映る魔獣はすべて討伐されたのだった。
魔獣の姿がないことを確認した私は商人達を覆っていた結界だけをすぐさま解除した。
武器を収めた剣士は、
「俺たちはこの場で倒した魔獣素材の権利の一切を放棄する!冒険者たちで均等に分けるがいい!」
と、大声を張り上げてすぐに転移魔術と思われる歪と共に二人ともが姿を消したのだった。
一瞬の出来事に冒険者だけでなく、商人までもがザワザワと騒ぎたて注目する傍ら、私の肩を叩く感触があった。
「ルナ、戻ったぞ」
私の耳朶に息のかかるほどの距離でレオルドさんの囁きが聞こえたが、隣に立つ姿は何事もなかったかのように微動だにしていない。
「結界、三秒後に切るよ?」
「ああ」
三…二…一……。
と胸の内でカウントダウンを取り、ゼロのタイミングでそれぞれに自分達へと張っていた結界魔術を解除した事で本物のレオルドさんが現れたのだった。そして弄した策が成功した事にお互いに顔を見合わせてニヤリとほくそ笑み合った。
そう、魔獣の群れが現れた最初から全て私達の自作自演である。
まず、私達は列へ並び視認を作る私と魔獣を王都郊外まで誘導するレオルドさんの二手に分かれた。
そして、押し寄せてきた魔獣に苦戦する冒険者に正体を隠した彼が助太刀するかのように登場する。
普段は使用しない剣術lv2で長剣を用いてあたかも剣士であるかのように応戦し、私は存在をアピールするため結界魔術で商人達を覆い、安全を確保しておいた。
次に数で敵わないが故に押され気味になってきたタイミングを見計らい、仲間を結界魔術で投影。
私のすぐ近くの空中にさも今、空を飛んできたかのようにフード魔術師を出現させ、その人が攻撃しているように偽装しながら魔術で放っていたのだ。
戦闘終了後にレオルドさんとフード魔術師が姿を消した転移についても結界魔術である。
エフェクトを付けたド派手な演出に注目を集め、その隙にフード魔術師は結界魔術を解いて姿を消してレオルドさんには光学迷彩を施した。
あとは、誰にも見られることなく私と合流するだけ。
戦闘終了と同時に商人達を覆う結界を解除したのは彼が戻ってくるためである。
魔獣の出現減少に関して、謎の高位冒険者が魔獣を討伐して回っているという噂が独り歩きして、目撃情報のある私達は早々にその対象から除外されるはず。
ここまですれば、完璧にレズリー様の要項を満たしたと言っていいだろう。
短時間で詰めた計画だったため内容の粗い部分は多かったが、満足のいく結果となった事を素直に喜ぶ。
安全の最終確認を済んでから検閲が再開され、早々に順番が巡ってきた私達は冒険者ギルドカードを門兵に見せて都門を潜ったのだった。