35.護衛の任は別の者に…?
面会希望が最近になってようやく余裕が出始めた。
遂に特上・上級ポーション用の薬草が無くなって三日が経過した。が、未だに入手の目途は立っていない。
ひとまず製作を状態異常回復ポーションに切り替えたけど、レシピが不明な事も含めて日に日に焦りが募っていく。
本日はいつもと違って、冒険者ギルドから火急の用だとして王都支部ギルドマスター並びに副ギルドマスターと対面していた。
ギルドマスターを名乗った人物は30代くらいの男性で髭を生やしていて「今から討伐にでも行くの?」と10人中10人が思うような、ザ・冒険者といった格好をしていた。王宮内なので帯剣はしていないが。
片や副ギルドマスターは痩身で荒事には関わりなさそうな風貌をしていて、なんとも対称的な印象を与えている。
「レズリーの旦那ぁ!助けてくだせぇ!!」
「何があったのか話してもらえないのでは助けるも何もあるまい?」
「そうです。落ち着いて下さい」
情けない声に顔を晒して懇願しているギルドマスターとそれを諫める副ギルドマスター。
見た目に反して肝が据わっているのはギルドマスターではないらしい。
入室してからソファに腰を下ろしても落ち着きなく足を動かしたり、手を何度も組み替えたりと冷静さを欠いており、支部とはいえ組織のトップがここまで慌てふためく事態って何事なのかとこちらの不安を煽ってくる。
一番上に居るからこそ冷静に対局を見極め、先手を打たなくてはいけないのに本当にこの人に任せていて大丈夫なのだろうか?それともそのために副ギルドマスターにこれほど落ち着き払った人が宛がわれているのだろうか?
「申し訳ございませんが、私の方から説明させて頂きます。只今、王都近郊に魔獣が多数出没しておりまして王都民だけでなく、商人達にも検問待ちで襲われる被害が拡大しております」
「へい!魔獣の討伐が間に合わないんでさぁ!」
「何故早々に対処していないのだ!冒険者はどうなっている?」
「例年通り祭りの前には討伐依頼を出して駆除したんスけど、予想以上の数で…。どうにかしようとしても酒飲んでどんちゃん騒ぎしてる奴らが多くて討伐に出られる冒険者が少ないんでさぁ!」
「それで対処が難航している、と?」
「商業ギルドとの連名で騎士団の方にも救援要請はしたのですが、生憎と要人警備に人員を裂かれているようでして助力は得られないと今朝方連絡がございまして…」
「そうなんでさぁ!どうしたらいいっスかねぇ!?オレ!!」
眉をハの字に垂れさせ、パニック状態に陥りかけている冒険者ギルドのトップ。対して呆れと若干の苛立ちが垣間見え始めた副ギルドマスターとレズリー様。
「まずは落ち着かんか!報酬の上乗せは既にしたのであろう?」
「はい。通常の5割増しに致しております」
「であるならば、C級冒険者パーティー辺りに指名依頼を出して都門付近の商人らの守護をさせるが良い。ひとまず目先の問題はそれで解決する」
「はい。そのように致します」
「ドラスティア国の冒険者方に出ては貰えないんですかい?!」
ギルドマスターの発言を聞いた瞬間に額に青筋を浮かべた副ギルドマスターがものすごい速さで頭をぶん殴った。
ドゴッという到底頭から発せられたとは思えない音が聞こえ、「いってぇー!?」と頭部を抑えて悶絶していたが、誰も同情しない。むしろ殴られたギルドマスターには冷ややかな視線が、殴った副ギルドマスターにはよくやったと称賛の眼差しが贈られる。
「申し訳ございません!この馬鹿が失礼致しました!」
「まあ良い、今回はな。それだけ切羽詰まっているという事であろう。…だが、次はないぞ?」
「寛大なご配慮に感謝致します!」
「何なんっすかぁ…」
涙目になりながら嘆いていたが、ここにいる彼を除いた全員が自業自得だと思っている。
このアスリズド中央国にレズリー様がいるのはドラスティア国代表として貴賓で招かれているからだ。
雇われて共にここに来た冒険者が最も優先すべきなのは、レズリー様の護衛である。
いくら当の本人が強かろうが、それは覆ることはない。もし彼に何かあろうものなら国際問題に発展する。
それだけでなく、アスリズド中央国の冒険者や騎士団を差し置いてドラスティア国の者が事を収めてしまったら、この国は問題解決を他国に頼る、もしくは自国内の人員では対処が出来ないんだと馬鹿にするようなものだ。
わざわざ喧嘩を売るような行動を侵すべきではないのである。
それをまったく理解していない者がこの室内にたったひとり。
私もひと月前はあちら側だった。レオルドさん達に教えてもらわなければ今も理解できていなかっただろう。そう思うと少し可哀想だった。
「…この無能は後できっちりシメておきますので」
「頼んだぞ」
「お任せ下さい」
張本人は話の意図が見えず困惑しているが、お構いなしでどんどんと内容が詰められていった。
口を挟もうとしても反応してもらえず、最終的には借りてきた猫の様に大人しく背筋を丸めていた。
「レオルドとルナは明日から魔獣の間引きに行って来るが良いぞ!」
「え?」
「は?」
冒険者ギルドとの面会を終え、彼らの退出後に紅茶の入ったカップを優雅に持ち上げたレズリー様に命令された。
今や私達もドラスティア国代表団の一員だ。まったくもって予想外である。
返事が出来なくても仕方ないと思う。
「何故かお聞きしても?」
私よりも早く驚きから立ち直ったレオルドさんが問う。
それに対してレズリー様は楽しそうな、何かを企むしたり顔を浮かべた。
「そなたたちは元はと言えばアスリズド中央国の冒険者であるからな。この国に助力しても何ら問題はないという訳だ!」
「しかし、ドラスティア国の護衛として王宮に登城している以上、その論は些か強引ではないでしょうか?」
「何を言っておる。あくまでも我らに関係なく、冒険者活動をするのだ!魔獣は収納に詰め込んで後々売り捌けば良かろう?」
「…秘密裏に魔獣を間引け、と」
「そういう事だ!簡単であろう」
「「…」」
レズリー様の快活な確定宣告に何も言葉が見つからない。
多少の隠蔽で良いのならば簡単と言って差し支えないが、“誰にも痕跡すらも悟られる事なく”という事であれば無理難題である。
城門を潜るだけでも門兵によるチェックが行われるし、どこかで使用人服から冒険者衣装に着替えなくてはいけない。大勢の商人や観光客が未だに王都へ詰め掛けているのだから、どこの宿も満室であろうし、チェックインするにも人の視線があるため難しい。
それ以外はいち冒険者の肩書を利用して誤魔化せるため悩む必要はあまりないのだが、もちろん人気の多い場所は避けなければならない。
どの程度の隠ぺいを望んでいるのか、レズリー様の匙加減ひとつで難易度が乱高下する。
レオルドさんの方へ視線を向けると、眉間にそれはそれは深い皺を寄せていた。
「…お望みは?」
「そうだな…。尻尾さえ掴ませなければ良いぞ?」
「え、良いんですか?」
「構わん!さて、どうする?」
「……………承知いたしました」
「ナハハハ!頼んだぞ」
条件としては良心的なレベルまで下がったと言って良く、胸を撫で下ろした。
この時ルナは気付いてないが、レオルドは先程よりも更に深い皺を眉間に刻んでいた。
そして室内にはレズリー様の快活な笑い声だけが響いていたのだった。
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