32.白状と事情
レオルドさんに打ち明けた翌日から、ドラスティア国一団は目も回るような忙しさに見舞われた。
各国の要人や貴族、果てはギルドマスターまでもがレズリー様との面会を求めて遣いが訪れ、一分単位の過密スケジュールで会談を行う。
そのため後片付けや準備、清掃など休む暇なくテキパキと働く。
主に他の人達が。
私達は侍女や侍従の役割について詳しくないので、レズリー様の護衛として後ろに控えるだけ。結界魔術を常時発動してるので、本当にただ突っ立っているだけである。レオルドさんはちゃんと警戒してるけど。
あれから彼との距離がまた少し縮まった気がしている。忙しい合間を縫って話をしたり、食事をしたりと行動の変化はないから私の心持の差なのだと思う。
心に余裕が生まれた。
だからこそ、晴明君が言った通りに三澄君とレズリー様との対談が目の前で行われていても動揺することなく立っていられる。
彼が入室してきた際、一瞬目が合ったのであちらも私に気が付いているはずだが、まったくそのような素振りも見せなかった。むしろ人違いなのではないかと感じるほどに終始和やかな雰囲気で会話が進み、既に対談は終了して雑談が繰り広げられている。
その内容には大いに棘が含まれているけど。
「アスリズド中央国へ来るまで魔獣に度々襲われて、道中苦労が絶えませんでした。ドラスティア国は頑強な冒険者が大勢いらっしゃいますから、羨ましい限りです」
「何を言う!異世界から来たそなた達にとっては、魔獣など相手にもならなかろう?」
「いえいえ、そのような事はございませんよ。複数の魔獣に取り囲まれた時などは一人の力だけではとてもとても」
「ほう?固有スキルを所持するそなた達も、我らと同じように苦戦することもあるのだな」
「ええ。戦闘に秀でた者であればまた話は変わってくるでしょうが、私に限っては戦闘向きではありませんから」
お互い笑顔なのに、その裏ではどれだけ情報を相手から引き出せるかを見定めながら談笑しているのが非常に怖い所だ。
それにしても、三澄君はあまり腹芸が出来るタイプではないのかもしれない。現に今の会話で異世界人全員が固有スキルを所持することの裏付けに加えて、彼自身の固有スキル及びスキル構成を絞り込むヒントを与えてしまっている。
もしくはこれを逆手に牽制しているのだろうか?
何にしても、私にはどう足掻いても出来そうにないなと思う。レオルドさん曰く、私は感情が顔に出やすいらしいから。
「そうなのか!であるなら、一度くらいは戦闘特化の異世界人と勝負をしてみたいものだな!これでも我は冒険者に選ばれた代表であるが故に、意外と強いのだぞ!」
「そうなのですね。…でしたら、そちらに居る方と手合わせしてみてはいかがでしょうか?…ねぇ、鈴木さん?」
いきなり視線を向けて私に会話を投げ掛けられた。それによって周囲の空気が凍り付くが、レズリー様は冷静に事態を静観している。
自分としては彼が話を振ってくる事は想定内。
それに。伝えたかった人への説明は既に終えているから、焦ることもない。
「…レズリー様。発言をよろしいでしょうか?」
「ああ、構わんぞ」
まずは自身の雇い主に発言許可を貰う。これが主従の基本。
それから三澄君へ視線を向けて、口を開く。
「では失礼致します。お久しぶりでございます、三澄様。宰相として獅子奮迅のご活躍をされていると聞き及んでおります」
「普通に話してくれてもいいのに、他人行儀だね。まあいいけど。…それよりも鈴木さん。セイクリッド勇王国へ戻ってくる気はない?」
「「「な?!」」」
レズリー様達が驚愕しているのが伝わってくる。
本来、主人がいる眼前で使用人を引き抜こうとするなど失礼極まりない行為だ。それを平気でやってのけるのが、彼らなのだ。私はこの人達と同じだと思われたくもない。
何より私にはもう、レオルドさんがいる。
「ございません」
「鈴木さんのために要職の用意もあるよ。何だったら爵位も付けるよ?」
「ご遠慮させて頂きます」
「…そう。気が変わったらいつでも言ってね。僕は歓迎するよ」
「心に留めておきます。…それと、私の事はルナとお呼び下さい」
「…なるほど?ではルナさん。良い返事を待っているよ。…それではこれにて失礼致します」
言うだけ言って穏やかな微笑みを浮かべながらこの場を去る三澄君。
残された私達の間に漂う微妙な雰囲気を顧ずに。
時が止まったかのように誰も動かないが、それでも次の予定は待ってくれない。
「…時間が出来ましたら全てお話しますので、今は次の面会準備をしましょう」
「…話す気があるのか?」
「…はい」
「ならばよい。そなたら!動け!」
「「「…!はい!」」」
作業に移った皆さんに混ざって私も手伝うが、チラチラと私を窺う視線が突き刺さる。
今日の面会予約は夕方まで。それまでに内容を上手くまとめておかないといけない。
「ルナよ、早速話してもらうぞ!」
「ええっと…ウィリアム第二王子殿下もお聞きになるんですか?」
本日最後の面会人であるウィリアム様が訪れたと同時に説明の催促があった。
その当の本人はレオルドさんの正面のソファに腰を落ち着けて優雅に紅茶を飲んでいる。
お客様がいるのに使用人である私とレオルドさんが隣り合ってソファーに腰掛けていて、正面にレズリー様達がいるのだ。
私としてはあまり多くの人に知られたくない話でもある。
「まあ、良いではないか!こやつには口を出させん!さあ!話してくれたまえ!」
「…かしこまりました。それではまず、ですね。私は、サクレイア聖王国に召喚された異世界人のひとり、です」
「やはりか!それで?」
それで?と先を促されても何を聞きたいのかが分からないと話せない。
特に私の固有スキル【贈与】については黙秘一択、【天眼】に関してもただの鑑定スキルだと言い張るつもりだ。
「…レズリー様が何を知りたいのか、教えて下さい」
「そうだな!一つ目はマコトミスミの固有スキル。二つ目が他の者達について。三つ目はそなたがセイクリッド勇王国を離れた理由。四つ目が国を出る前、かの国の国王が何を企んでいたか。…取り敢えずこの四つだな!」
妥当な設問に納得と自分の事が問われていない事にひとまず安堵した。
「んっと、三澄様の固有スキルは【天眼】という鑑定スキルです。…ちなみにお伝えしておきますが、面会中に私達の事を何度も鑑定しようとしていましたので、防いでおきました」
通常、鑑定は対象人物を視界に収めなければ視る事は叶わない。
その特性を突き、防御するという建前の下、結界魔術で人物を覆い尽くして多少の幻覚を違和感のないように映せば簡単に妨害可能だ。これは結界魔術と鑑定の両方の性質を併せ持つ私だからこそ発見できたことだ。
彼からしたら鑑定できなくて意味が解らなかったに違いない。元々三澄君を警戒していたというのも未然に防げた理由の一つだけどね。
まあ、対処法として【天眼】を最大出力で発動すれば看破されるような小細工ではあるのだけれど、それをすると脳に負荷が掛かり過ぎて激しい頭痛に襲われる。笑顔を振り撒きながらするには困難な芸当だからやってこないと踏んでいたけど、見事にその予想は的中した。
「そうなのか?!感謝するぞ!…して、そなたの固有スキルは何なのだ?」
「…私も【天眼】です」
「そなたも同じ固有スキルなのか?ああ言ってはいたが、ミスミとやらも強いのか?」
「私と比較しますと弱いと思います。…異世界人にも得手不得手が存在します。私には魔術の才能もありましたので」
彼は私と同様【天眼】持ちでありながら、クラスメイトの中でも成長速度が異常だった私。
今思えば、元クラスメイト達に目を付けられたのも必然だったのだろう。そこには本質を理解したか否かというだけの相違点しかないけれど。
「そういうものなのか!他の奴らはどうなのだ?」
「他の方達は…セイクリッド勇王国の国王は【先導者】と【聖王覇】、王妃は【聖なる癒し】、騎士団長は【覇気】、魔術師団長は【魔術創作】…国の重役に就いている人達はこれだけのはず、です」
「…凄まじいな……」
「…【聖なる癒し】とは、どのような固有スキルでしょうか?」
ずっと口を噤んでいたウィリアム様が問いかけた。
レズリー様に目配せをすると頷くだけだったので話せという事だろう。
「【聖なる癒し】は魔獣に効果を発揮するスキルで弱体化がメインで弱い魔獣であれば浴びせるだけで絶命させることが可能なのだそうです。一応回復も出来るとは聞いています」
「脚を生やすことは可能ですか…?!」
「脚、ですか?」
「……半年ほど前、セルバイド王国の王太子である私の兄が魔獣に襲われまして。その際に、脚を…」
「脚を…それで…」
「この傷を巡って私が王位継承すべき、と言う者が後を絶たず…」
どこか希望に縋るような、それでいて既に不可能なのだと諦念を悟っている瞳でこちらを見つめていた。
兄の脚を取り戻したいというのは理解したのだが、なぜ回復魔術ではなく、固有スキルに拘るのだろうか?
「あの、脚の治療であれば回復魔術師を頼ってはいかがでしょうか?」
「……それは、もう…」
えっと、言い淀んでしまうような何かおかしなことを言っただろうか?
「…ルナは知らんのか?傷口の塞がった欠損治癒が出来る回復魔術師などおらんぞ?もしかしたら教会の総本山であるセイクリッド勇王国の聖女とやらであれば可能かもしれないと言われているくらいだ!まあ、そなたの反応からして不可能なのだろうな」
レズリー様からもたらされた衝撃の事実にバッとレオルドさんに視線を向けると、「知らなかったのか?」と平然と返され、呆れられた。
という事は、私はこの世界で唯一欠損治癒ができる人材なの? 確かに今まで鑑定した人に回復魔術lv.8に到達しているのを見たことはないけど、本当に?
「…つまり、誰も治せる人がいなかったって事ですか…?」
「そういう事だ!」
リアルガチでした。
だからあの時レオルドさんは「誰にも言うな」と、耳にタコができるほど私に言い含めていたのか。今更ながら彼に感謝しておこう…。
この件に関しても後で話し合いの場を設けてもらおう。私は何か力になりたいけれど、それにはリスクが伴う事は重々承知しているのだから。
「この話はこれで終いだ!それでそなたが国から出た理由はあるのか?」
レズリー様が強引に話題転換をしてくれたおかげでウィリアム様の追及を免れたと云えよう。まずはレオルドさんと方針を擦り合わせてからでないと何とも言い難い。
「私が国を離れた理由は単純に彼らとは反りが合わなかったからです。私には何でも都合が良い様に上手くいくとは、どうしても思えなくて」
「前にも言っていたな!現実が見えてない、と」
「はい」
「少なくとも我らと肩を並べるには常識不足、と言えるだろうな!」
「…どうして皆さん私を見るんですか?」
レズリー様の発言に反応して室内の全員が一様に私を観察する。私はこのような視線を向けられる覚えはない。
「道中非常識な行動ばかりしていたからな!謎が解けて我はスッキリしたぞ!」
「ええ。諸々の言動に納得しました」
「…ルナ、諦めろ。これが正当な評価だ」
快適な野営を実現しただけなのに!
それだけなのに何で?
「レオルドさんまで?!もういいです!…四つ目って何だっけ?」
「四つ目は今の国王が何を目論んでいるか、だな」
「そうでした!ありがとうございます。はっきり言いますと、あの人は何も考えていません」
「「「何も?」」」
「はい、国盗りも思いつきの行動の末ですし。だから今後何をしでかすかはまるで見当が付きません」
「思い付きで簒奪を企てたというのか?」
「そうですね。…異世界転移と謂ったら国王即位かな?!みたいな会話を耳にしてから一週間後に国が堕ちました」
「「「…」」」
「その程度なのです、彼らにとっては。責任感も、使命感も、緊張感も、重圧も、何も感じていません」
「深刻、ですね…」
そこには大勢の民草が存在している現実だというのに、彼らにとってここはただのバーチャル世界。
だから軽薄な決定が簡単に出来てしまう。
「ですから、彼らがどこかに戦争を仕掛けても驚きはしません」
「そうか…。そうならないように祈っておくか」
「ドラスティア国とセルバイド王国は距離がありますから、大丈夫ではないですか?」
「直接被害がなくとも交易に重きを置くセルバイド王国では間接的な影響は避けられません。ドラスティア国に至っても同様の事が云えるでしょう」
「冒険者の国だからな、うちは。戦争が起こればそちらに人員が流れるから打撃を受ける事は免れないな!」
「そうなのですね…考えが浅かったです」
「よいよい気にするな!そなたは一介の冒険者に過ぎぬのだからな!」
「そうですよ。それに子供は大人に甘えるものですから」
「…ありがとうございます」
この世界では日本人顔は幼く映るらしい。15歳が成人なので多分5歳程度若く見えていると思われる。不服ではあるけれど、子供のままでいさせてもらおう。
私はまだこの世界で大人を名乗れるほど立派には成りきれないのだから。
「他に聞きたい事はありますか?」
「…他に回復系統の固有スキル持ちはいませんでしたか」
「……おりませんでした」
「そうですか。ありがとうございます」
「いえ…」
影を落としているウィリアム様に追い打ちを掛けるような返答をした。自身の保身のために。
それがモヤモヤとした不快感を胸に抱かせた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
日曜日に投稿できず、申し訳ございませんでした…<(_ _)>
レオルドさんは自身の右腕を取り戻すための情報収集として時間が経過した欠損治癒できる者がいない事は知っていました。それでも諦めきれずに眉唾物の噂に踊らされて借金が膨らんだ経緯があります。
【先導者】:カリスマによって人心を掌握することができる。精神作用系。なお、意志の強い人には効きづらい。
【聖王覇】:閃光を放つことができる。魔獣に効果抜群。
【覇気】:オーラを放つ。相手を怯ませる。周囲に人がいるとフレンドリーファイアするので注意が必要。
【魔術創作】:魔力操作が逸脱しており、複数種類の魔術を同時使用可能(普通の人でも努力や才能で再現可能)。長所は全属性の習得難易度が低くなる事と魔法耐性が常人より高い事。
2025.8.11
誤字脱字報告ありがとうございます。